S-06『叶と未那が喋るだけシリーズ1』

「……ねえ未那」

「あん? ……何?」

「暇なんだけど」

「知らないんだけど」

「は?」

「いやキレんなよ、こわいよ。なんだよ」

「あんたも暇でしょ?」

「バッカ、お前、俺は常に青春に忙しいんだよ」

「は?」

「わかったて。ごめんて。その『こいつマジで何言ってんの』って顔やめてね。傷つく」

「いやちょっとイラっときたから」

「だから正当性があるみたいな順接やめろや。ねえよ。よしんば俺の言ってることがおかしかったとしてもねえよ」

「言ってることはおかしかったでしょうが」

「おかしかったかもしれないけど」

「……まあ未那が変なのはいつものことか」

「おい納得を偽造するな。だいたい最近は俺よりさなかのほうが相当変だ」

「……あー……それは」

「まあ、あれはあれで面白いからいんだけどさ」

「……あんたにそんな風に思われてちゃ立つ瀬ないでしょうね」

「あ? どういう意味だよ」

「そのままの意味だよこのバーカ」

「なんなの? 喧嘩を売っているの? ねえ?」

「別にー。ただ酷い男だなあ、と思うだけ」

「ねえ売ってるよね? 絶対これ喧嘩売ってるよね?」

「最低な男だなあと思うだけ」

「なんでさらに発展してんだよ、はっ倒すぞ。暇だからって絡んでくんじゃねえよ」

「あ、そうだ思い出した。暇なんだよ」

「えぇー……」

「なんか暇潰ししない?」

「なんかって……まあいいけど。何するんだよ?」

「暇じゃなくなること」

「雑」

「なんか思いつけよ青春バカ」

「雑の極み。いや青春バカってなんだよ」

「その通りじゃんか」

「……まあ冠に青春ってつくならバカでもいいか」

「納得しちゃったよ……」

「つってもなあ。なんか遊ぶもんとかあったっけ……そうそうないぞ」

「未那、結構いろいろ持ってたよね」

「ボードゲームとかだろ? だいたいやり尽くした感があるんだよな正直。別に同じのでいいならいいけど」

「んー……なんか、やったことないのがいい」

「絶対それ言うと思ったわ。お前が面倒臭いこと言い出すときはどこまでも面倒臭い」

「なんだそれ」

「いや否定できないだろ。自覚あるだろ」

「あるけど」

「あ、本当にあるんだ……あるのにこれなんだ……」

「だいたいさあ。未那と勝負すると、こう、なんかいつも熱くなっちゃうじゃん? 絶対に勝つまで諦めないっていうか」

「うん。まあそれはそうなんだけどもね? なんでさも俺だけみたいに言うの? お互い様では? お前もでは?」

「そういうとこだよ……だから、もっとこう、下らない感じで時間が潰せることがしたい」

「だから雑なんだよ要求が。どないせーっつーんだよ」

「そこは男の甲斐性の見せどころでしょーに。デートプランを女子に任せたりしないでしょ?」

「これはデートじゃねえしお前は女子じゃねえだろ」

「いや後半はおかしいでしょーや」

「つってもそもそも無茶振りが過ぎるんだよなあ。なんだ……また散歩でも行くか?」

「たるい」

「これだもの。インドア派なのかアウトドア派なのかわかんねーよ。どこ基準で別れてんだよ」

「インドア派が外に出たい日だってあるでしょうが。逆も然り。そういうこと」

「これで解決ですねみたいに言わないでね」

「ほらなんか思いつけよ。得意分野なんじゃないのかよ主役理論者」

「脇役哲学って他力本願って意味じゃないですよね……いきなり思いつけって言われてもなあ。休みだし、ほかに暇してる奴を呼ぶとかは――」

「絶対嫌」

「――だと思ってました知ってた。俺ならよくてほかの奴がダメって基準がわかんない」

「いや待って。その表現やめて。別に未那ならいいってわけじゃないから。そういう言い方をされるとなんかわたしが未那にデレてるみたいで非常に苛立たしい。これはあくまでそういう契約だからであって、こっちだって連れ回されたりしてるんだからその分の協力はしてもらうっていう――」

「心配しなくてもお前からデレの要素を感じたことはねえよ。なんならツンすらねえよ」

「……じゃあなんならあるんだよ」

「ダレ」

「ダレ」

「だいたいダレてんだろ」

「かもしれないけど」

「だるっだるだろ」

「でもその表現はおかしいやめろ。わたしはどっちかといえば引き締まっている」

「別に体型の話はしてないんだが……まあいいや。めどい」

「めどい」

「繰り返すなや。……じゃあ、なんだ。あれだ。しりとりでもするか」

「…………」

「おっとレスポンスが途絶えましたね?」

「……うっわ」

「テメエ。おいテメエ。テメエが暇だっつーから暇潰しを考えてやったっつーのになんだその態度。文句あんのか」

「いや……それが未那の思いつく精いっぱいだっていうなら、うん。わたしにも文句はないんだよ」

「言い回し」

「なんかごめんね?」

「謝るなや!」

「そうだよね……考えてみれば、未那ってこれまで友達ほとんどいなかったんだもんね。ひとりだったんだもんね? 暇を潰すといったら、そういうのになっちゃうよね」

「おい。おいやめろ、おい。俺の心を抉ろうとするのをやめろ」

「ひとり遊びが得意なんだったよね……。ふたりで遊ぶ方法なんて思いつけないよね……」

「やぁめろっつってんだけど!?」

「うん。そうだね。大丈夫、心配しないでね、未那。しりとりだってひとりだったんだもんね? いいよ、わたしが未那に付き合ってあげるから。満足するまで受け止めてあげるから。ほら、しりとりの『り』から始めよっか。未那からで、いいよ? 先行、譲ってあげるよ? 『る』攻めとかできるよ?」

「泣かす。お前泣かす。絶対いつか泣かす。必ず泣かす」

「あれあれ? しりとりのルール、わからない? 違うよ、『り』のつく言葉から始めるんだよ? わかる?」

「くっ、こっ――き……ぐ……っ!!」

「何言ってるのかわからないよ? 日本語わかる? 使わないから言語中枢が退化しちゃったかな?」

「……『リール』」

「『ルール』」

「……」

「――ぷっ。くっ……ふっ、は、お――お腹痛っ、あはははは! 素直ー!」

「…………ふっ」

「……あん?」

「お前は言ったなあ? 俺が常にひとりでしりとりをしていたと」

「え……何? どしたの……?」

「――その通りだ!」

「はい!?」

「その俺が『る』攻めについて詳しくないとでも思ったか! 『ルシフェル』!」

「なんだその悲しい自信!?」

「喧しい。ほら、『る』だよ『る』。返せよオラ」

「……えー……『ルミノール』」

「『ルーブル』」

「即答!?」

「『る』で始まり『る』で終わる語彙の数で俺に負けはない……!」

「ダセえ……」

「やっかましい、オラ来いやあ!」

「……『ルーブル』」

「テメエ……」

「通貨と美術館は別でしょ」

「『ルーズボール』」

「『ルノワール』」

「『ルーテル』」

「る……『ルイス・キャロル』」

「食らいついてくるな意外と!」

「詳しいのが自分だけだと思うなよっ! 高校生にもなれば、しりとりで一回くらい調べるもんだよ! たぶん!」

「そうかい。『ルナール』」

「何それ……」

「フランスかどっかの作家」

「……る、『ループトンネル』」

「『ルミナスパープル』」

「いやだからなんだそれぇ!? 本当か!? 本当にあるんだろうな!?」

「本当だよ。なんなら調べてみろ。あるから」

「くぅ……」

「ほら? ほらあるんですか? オラ返してみろよ。言っとくが俺はまだストックがあるぜ? あ?」

「……わーかったよ! すみませんでした負けましたっ!!」

「フハハハハハハハ無様なり叶! 侮ったな俺を!!」

「はいはい。よかったね」

「……」

「どうした」

「いや……なんか、なんだろう。……虚しい」

「やめろよ……こっちまでちょっと悲しくなってくるじゃんか……」

「もうしりとりとか今後一生やりたくねえわ俺……」

「言うなよ……。ちなみに、ほかには何があったの?」

「あー。『ルージュコーラル』とか」

「なんだっけそれ。口紅?」

「の色っていうのかな。赤い珊瑚の色みたいな感じだったはず」

「なんでそういうことばっか無駄に知ってるんだ……」

「言うてお前も結構知ってただろ。ぱっと『ルイス・キャロル』は名前知っててもそうそう出てこねえよ」

「まあ……一回は調べるよね。さすがに未那ほどやんなかったけど。使いどこなかったし」

「……まあ、そうだな。俺の場合はアホみたいに語彙力のある友達がいたから」

「あー。例の? なんだ、ひとりしりとり以外もやってたんだ」

「俺のことバカにしすぎでは?」

「あはは。ごめんごめん」

「…………」

「…………」

「……で?」

「で、って何?」

「いや。いきなり暇潰しに付き合えとか言い出した理由」

「暇だからだよ。ほかにないでしょーに」

「……あっそ」

「なんだよ、その納得してない感じ」

「いや。まあ別に」

「なんかムカつくんだけど……」

「……叶さ。お前、最近どうなの?」

「いや急に何」

「まあ、なんか……学校とか」

「親戚かよ」

「……似たようなやり取りが最近あった気がするなあ、これ」

「はい?」

「こっちの話」

「あっそ。……で?」

「で、って何?」

「そのまま返してくるなし。なんでそんなこと訊いてくんのかって話」

「別に。ただの興味だよ。脇役哲学は上手くいってますかっていうだけの興味本位。一応、ほら、お互い敵対的協力関係にあるわけだから。その辺の進捗は確認しといて損ないだろ」

「敵対的協力関係って……」

「間違っちゃないだろ」

「まあ言い得て妙という気はするけど」

「どうなんだよ」

「……どうって訊かれてもね。別に普通としか。何があるってこともないよ。もともとそれが目的なんだから、上手くいってるってことなのかもしれないけど、これが」

「そうか……と思うのか、お前は。これで」

「……なんだよ、その意味深な感じ」

「だから別に他意はねえって。ただほら、最近はお前も話す奴あれで増えたみたいだし?」

「それこそ『別に』なんだけど。わたしはもともと孤立しようとか敵を作ろうとか、そういうこと考えてるわけじゃないんだから。むしろ逆、埋没して敵を作らないようにするのが脇役哲学の本意でしょ。目立たない騒がない」

「俺は初対面から喧嘩売られた気がするんですが」

「アレは別だし、あんただってわたしのこと言えないでしょうが」

「…………」

「なんか言いたいことがあるって感じだよね」

「……まあ、そうだな」

「おや、否定しないんですか。なら聞くだけは聞くけど?」

「いや――いい。っていうかわからん」

「……こっちがわからんだけど」

「言いたいことがあるような気はするけど、自分が何を言いたいのかわかんねえんだよ。言葉にできねえ。なんか、ただ、なんとなくもやもやするってだけで。でもお前自身がいいっつってんならいいのかなあ……」

「なんの話をしてるわけ……?」

「それが自分で理解できたら、もうちょっとスマートに話せてる」

「開き直られても……」

「だな」

「…………」

「それよりお前、確か今、暇なんだよな?」

「まあ暇とは言ったけど。何? 何企んでんの?」

「……なんでお前は言われる側に回ると警戒から始めるの?」

「そりゃそうでしょーに」

「だったらさっき俺が警戒してたのもわかりますよね」

「あー。お互い様だなあ……」

「似たもの同士ではないと思うんだけどなあ」

「……で、暇だから何よ。まさか暇潰しになること思いつけとか振ってくるわけ?」

「そんなお前みたいなことはしない」

「……普段だったら絶対するくせにさ……」

「お黙りなさい。……ほら、あれだよ。お前、こないだ少しキャンプ用品とか買ってたろ?」

「ああ……雑炊とラーメン作ったこともあったっけね。河原で。アレは面白かった」

「その『アレ』が何を指しているのかはのちほど追及するとしてだ。実は俺も前々から興味はあったんだ」

「……まあ今さらその程度の共通項では驚かないけどさ。なるほどね、つまり」

「そう。キャンプ用品の店とか知ってんだろ? ちょっと案内してくれよ。興味があるとは言ったけど、まだまだぜんぜん詳しいとかじゃなくてさ。どうせならそっちも含めて」

「……あー。暇って、そういえば言っちゃったんだったね」

「迂闊だったな?」

「やーかましー。でもま、そんくらいならいいよ。正直いろいろ値が張るからさ、シェアできるものがあるなら実は助かる気はしてたんだ」

「分け合っちゃったらふたりで出かけられないじゃん……」

「……いや。おのれはわたしとふたりでキャンプに行きたいのかと」

「そりゃ行きたいに決まってんだろ。絶対楽しいじゃん」

「……………………にゃろ」

「なぜ睨む」

「なんでも死ね」

「なんでもないじゃなくて?」

「うっさいな。わーったよ、案内してやっから支度しろー。出かけるぞ」

「はいよ。んじゃちょっと着替えてくっか」

「…………」

「いや待ておい待て! いそいそとこの場で服を脱ごうとするな!」

「……ふぅん? 気になるんだ?」

「喧しいんだよ! なんのために此香このかから貰った暖簾をかけたと思ってるんだ!」

「いや、ここわたしの側のエリアなんだけど」

「俺が向こうに行くまで着替えるの待てって言ってるだけだけど!?」

「ふふん。……勝った!」

「何に!?」

「あー、そだ、それよかご飯どーしよっか。外?」

「しれっと話を変えやがって……まあ、そうだな。たまにはいいか。最近ちょっと此香のとこに行きすぎた気はするけど、その分は松沼まつぬまさんの差し入れが支えてくれてるし」

「あれはありがたいよねえ……いや、あの人の存在自体はかなり謎なんだけどさ」

「失礼かよ。いやわかるけど」

「まあ、この《かんな荘》に住んでる人なんて、基本的には変わり者ってことなのかもね」

「ああ……かもしれないな」

「わたし以外は」

「俺以外だろ」

「言うと思ったよ」

「こっちこそ。……そっちこそ?」

「どっちでもいいよ」

「それもそうな。んじゃ着替えたら再集合ってことで」

「おけー」

「そろそろ松沼さんにお土産とか返したほうがいいのかね、しかし」

「どうだろ。それ言ったら瑠璃るりさんだってよくご飯に呼んでくれるじゃん。だいたい言っても受け取るかなあ」

「まあその辺りは追々考えるか」

「どうでもいいけど、しかし未那も開き直ったもんだよね。もうわたしと出かけるの気にしないことにしたんだ?」

「ああ、何、その話?」

「そりゃ一応は気くらい使うよ。未那と付き合ってるなんて、あんな噂が不本意なのはわたしも同じだけどさ。それはそれで、こっちとしては完璧に都合が悪いとまでは言わないから」

「……前も言ってたっけな、それ。思ってたんだが、お前、もしかして――」

「そうだよ。男避けになるかな、と思ってる」

「…………」

「怒る?」

「なんでだよ」

「じゃあ呆れる?」

「だからなんで」

「こういう考え方、未那は好きじゃないかなって。つーか普通は好きじゃないか」

「別に。黙ってりゃモテそうだしな、お前。顔はいいんだし」

「……褒めてる?」

「外ヅラはいいんだし」

「なるほど。言い直したってことは褒めてないな? ブッ飛ばすぞ」

「ただの客観的な評価だよ」

「あっそ。……ま、とにかく未那はいいわけね?」

「俺で役に立てるなら俺はいいよ。確かに噂自体は不本意極まりないけど、お前は俺を便利に使っていいんだから。その権利はある」

「そういう約束だから?」

「そのための同居だからな。正直、そんなこったろうとは思ってたんだ」

「……いや。いやうんまあそうなんだけど。わたしはよくても未那はどうなの? 互いを利用できるのは、あくまで互いに邪魔にならない範囲ってのが約束だよね」

「や、考えてもみりゃ、そんな絶対あり得ない噂を信じる奴って、たぶんそこまで仲よくない相手だけだからな。今後の青春に大した影響はないと踏んでいる」

「……………………」

「……その無言の間はなんだよ」

「いや、絶対めっちゃ気にする人が確実にひとりいるじゃん、と思って」

「あん? 誰のこと言ってんだ?」

「わかんねえのかよ。バカかよ本当に。勘弁してくれよ……」

「だから誰だよ。……あ、お前か?」

「……もうそれでいいよわたしは知らんバカ」

「なんなんだよ」

「別に。そういうとこ未那だなって思うだけだから。他意はないよ」

「他意だらけじゃねえかよ」

「うるさいな。いいからさっさと着替えてこいっつの。脱ぐぞ」

「そんな斬新な脅し聞いたことねえよ……」

「本当にもう。――わたしは、何も知らないからな」

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