3-07『きっと、当人以外は知っていた3』
「え、あ――え。女の子……だよね? そうだよねやっぱり!?」
ここでようやくのようにさなかが再起動した。
あるいは俺が蹴り抜かれた衝撃が地面を経由してさなかのスイッチを押したのかもしれない。しれなくない。
「一応、そういうことになるかなー」
一方でこの旧友ときたら、意味もなく意味深げな返答だった。一応も何も勘違いの余地なく普通に女子なのに、どうして含みを持たせるのだろう。
確かに容姿が優れているから、見ようによっては美男子に見えないこともない。
実際、たとえば叶もバイトのときは男装だが、それはあくまで男装で、どう見たって男と間違う人間はいないだろう。だがもし同じ格好を秋良がしていたら、遠目には男子と見紛う者もいないとは言えなかった。
もちろん、近場で正面から見れば完全に女子である。
「……え、芸能人か何かなんですか……?」
「聞いたかい、未那? 褒められてしまったよ」
「俺はノーコメントで」
「ははは。ありがとね、さなか!」
「あ、いえ。だって、その……未那の友達だって聞いてたから、なんか、想像と違って。めちゃくちゃかわいいから……その、驚いちゃって。あはは……」
「別に初対面じゃないじゃない。わたしからみれば、さなかだってすごくかわいいよ?」
「……あはははは、ありがとうございます、あはははは……」
乾いた笑いを零すさなかと、口調をころころ変えながらいい気になって喜ぶ秋良。
俺を蹴り飛ばした叶は、やはりこちらをじとっと睨み上げながら小声で呟く。
「本当に。あんたって男は本当に、もう……」
「なんだよ。なんなんだよ、さっきから」
「こんなん聞いてないんだけど」
「いや、わかれよ。そもそも男だなんてひと言も言ってなかったろ」
「唯一の友達っていうし、一人称が『ぼく』だったら普通に男と思うでしょうが……!」
言われて、そういえば秋良の宿泊許可を取りつける際、叶の目の前で喋り方の物真似をしたことがあったと思い出す。
あのとき『ぼく』と言ったせいで勘違いさせたようだ。
いや、でもにしたって勘違いするかな?
「あのな叶、仮に男子だったら、そもそも泊めていいかなんて訊かねえよ。そこまで俺もバカじゃねえって。お前だって一応、女子なんだから。そのくらい考えるわ普通に」
「――――――――」
「あれ? ていうかお前、男だと思ってたのに泊まっていいってオーケーしたの?」
「――――――――――――――――」
「それはお前……もうちょっと自分のこと大切にしてもいいと思うぜ? いやまあ思えば俺とは初対面からだったけど、これは例外なんだから。黙ってりゃお前も顔は――」
「死ねえっ!!」
「あ痛ってえっ!?」
「こ、この――ほんと、お前は、おまっ、この、くっ――むぁーっ!!」
「なんだよ、なんでキレてんだよ、意味わかんねえぞ!? ちょ、痛い痛い、蹴るな!!」
「ふか――っ!!」
「怖えよ。猫みたいな威嚇してくるなよ……」
圧倒的に理不尽なキレ方をしてくる叶だった。わけがわからない。
女だと思っていたのに男だった、なら怒るのもわかるが、男だと思っていた女だったのなら、むしろ叶的にも都合はよかったはずなのに。いったい何に怒っているんだ。
しばらく肩を怒らせていた叶だったが、もともとエネルギー消費の大半を計算下に置くタイプだけあってか、しばらくすると呆れたように息をついて、だらけた表情に戻った。
「……はあ。もういいや……あんたに怒っても仕方ないし。つかわたしにゃ関係ない」
「えー……だったらなんで怒ったんだよ。キレられ損なんだけど」
「死ねクソ野郎」
「あの。ねえ、今日ちょっといつもより酷くない?」
「別にわたしはいいけどさ……」
頭痛がするとばかりに額へ手を当てた叶は、その視線をさなかに向けていた。
そちらを見ると、秋良とさなかは、なんでか目を細めて俺のほうをじっと見ていた。
「……あー。えっと、なんだ?」
「いや?」と秋良は小さく笑って言う。「ずいぶん仲がいいと思っただけさ。妬けるね」
「なかよく」「ないけど」
最近は言葉の被せ方にも芸が出てきた我々です。じゃないけれども。
秋良は視線をさなかに向けて、苦笑しつつ問いかける。
「このふたり、いつもこんななの?」
「あ、うん……この辺は、もう気にしたら負けなところだから」
「なるほど。これはさなかも苦労するね」
「本当に……いや。いやそれはなんのことかわからないけど。いや」
「面白すぎるな君たちは」
ちょっとだけ、俺と話すときの感じに戻る秋良だった。
秋良は一人称が『ぼく』で、しかも大仰というか芝居がかったというか、珍妙に持って回したみたいな喋り方をする奴だ。しかも素で。
こんな奴が、こんな奴のまま学校になど通っていたら、当然のように浮いてしまったことだろう。俺みたいに(自虐ギャグ)。
そうならなかったのは、秋良が普段はそんな素振りをまったく見せないからにほかならない。常のこいつは実に社交的で人当たりがよく、また猫を被っているでもなくそちらも素の自分とばかりに自然だから。言ってみれば歩く詐欺にも等しい。
使い分けというか、なんというか。どっちも別に偽っているわけではないのだろうが。TPOを弁えているだけ、というのが本人の談だった。落差は著しいのだが。
「ところで」と、そこで秋良は言った。「未那。君らはこれから何か用事があるのかな?」
「用事……っていうか、ウチで遊ぼうぜっつって呼んだんだよ。ある意味でタイミングがよかったかもな」
「ふむ。そいつは、ぼくがご一緒してもいいのかい?」
「いいんじゃない? ……いいよね?」
ふたりにそう訊ねてみる。
叶はもう我関せずと言った風情で明後日の方向を見つめながら「いーんじゃないの」と呟き、さなかのほうは「あ、うん。もちろん。懐かしいしねっ」と方々に視線を彷徨わせつつも笑う。
どうしてふたり揃ってこっちを見ていないのかについてはわからなかった。
ともあれまあ、予想外の形にはなったが、これもひとつの青春だろう。たぶん。
旧い友達と新しい友達。
その輪がこうして広がるのも、また楽しからずや、なんつって。
「いいってさ。まあ、来る前に連絡くらい入れろよとは思ったけど」
こいつが悪戯っぽいのは昔からだが、こんな生き当たりばったりのことをするのは意外だったため、そう告げる。
だが秋良のほうは軽く笑って俺の胸を小突いた。
「そうは言うがね。ぼくが連絡を入れられなかったのは、未那、君のせいなんだぜ?」
「……は? いやそれ、どういう意味だよ」
「やっぱりわかっていなかったか。――言っておくがね未那。君、叶さんと同居している事実を、親御さんに伝えていないだろう。その点、どう考えているのかな?」
「――あー……」
その通りだった。いや、だってそんなこと言えないですし。
さなかが不潔なものを見る目で俺を睨む。
「……未那、黙ってたんだ、それ……」
「いや。えー……だって普通に考えて許してくれないでしょう?」
「てっきり許してもらってるのかと思ってたよ。未那と叶ちゃんの親ならそういうこともあるかと。ふたりとも変わってるし」
俺のせいで両親にまで風評被害が及んでいるという事実が図らずも発覚した。
俺は逃亡を試みるために、さっと叶に話題の矛先をずらす。
「叶だって言ってないだろ……」
だが叶はあっさり言った。
「いやいや。望が来たでしょ? それにわたしは、母親には言ってあるよ」
「――言ってあんの!?」
「そらそうでしょ。望がここ来た日、親んとこ行ってたの言ったよね? そんとき伝えてあるから、わたしは。わたしが決めたんならいいって許可も貰ってるし」
「しかも許しちゃうんだ……マジかよ……」
「信用してもらってるからね、わたしは。まあさすがに父親のほうには秘密だけど」
これまた意図しないところで、友利家での父親の立ち位置が透けてしまった。
ああ。強く生きてね、見も知らぬ友利父……。
「だからぼくが来たというわけさ。こうやって、抜き打ちでね」
唇に指を当て、内緒を示すジェスチャーをしながら秋良は無駄に色っぽく微笑む。
「独り暮らしを始めて未那が堕落していないかを、ぼくが報告するということになったというわけさ。未那のご両親はお忙しいし、……ぼくのほうが未那より信頼されてるしね」
「……それでいきなり来たわけね」
「ま、安心しなよ。逆を言えばぼくが『問題ない』と告げれば、それで万全なんだから。逆にバレる心配がなくなったと言えるくらいだね。感謝してくれていいんだぜ?」
「それは、お前に命綱を握られたと言うのでは……?」
秋良の視察如何では、俺の動向が両親へ報告されるという意味だった。
いや別に言われて問題あるようなことはないけれど。叶という存在を除いて。
それがいちばん大問題なんですけれども。
「ご不満かな? ぼくも、よほどでない限り未那の方針には口出ししないけれど」
「別に。お前がダメっていうようなことあれば、それはダメなんだろうしな」
「信頼してくれて嬉しいぜ、友達」
「うっせ」
「もっとも未那の母君だったら、もし知っても『お前にしてはよくやった! 今のうちにモノにしてこい』くらいは言うだろうけれどね。なかなかファンキーなお人だから」
「うわ言いそー……そしてお前、何? 俺の親の物真似とかいつ習得したの?」
「それはもちろん、君のいなくなった間にさ。その間の話は、またじっくりとね。うん、未那の話を聞くのも楽しみだ。いや、見るのは、と言うべきかな?」
「俺はお前に娯楽を提供するために生きてるんじゃねえっつの」
そんなことを話して。
それからふたりして、顔を見合わせてわずかに笑った。
ああ、こいつは本当に変わらない。
なぜだろう。理由は、自分でもよくわからなかった。
ただ俺は、その事実がどうしてか妙に嬉しくして仕方なかったのだ。
電話では連絡を取り合っていたのだから、そんなことわかっていたはずなのに。それでも、こうして顔を合わせると、また違った感慨がある。
「さて。……そろそろ来ると思うんだが」
と、そんな折だ。小さく、秋良がそんな風に呟いた。
なんだろう。いったいなんのことを指しているのかよくわからなかった。これ以上まだ誰か来るというのだろうか。
疑問の答えはすぐに現れる。
表の通りの側から、かんな荘の敷地に入ってくる人影があったのだ。
「――お待たせー、みんな。うん、揃ってるならちょうどよかったかなー」
「あれ。瑠璃さん?」
かんな荘の管理人のお姉さん――
その姿に俺は驚く。いや、別に瑠璃さんがここにいること自体は、驚くことではない。かんな荘の裏手側の家に住んでいるわけだし、そうでなくとも管理人さんだ。頻繁に顔を見にきてくれるし、逆に向こうに呼ばれることだってあった。
俺が驚いたのは、なぜか秋良が、瑠璃さんと知り合いのように振る舞うことのほうだ。
「えーと……あなたが宮代さんだね?」
「はい。初めまして、神名さん。このたびはお世話になります」
「いえいえ。別にわたしが何をするってわけでもないし。気にしないでよ」
会話を聞くに初対面のようだが、そもそも名前を知っていることがまずおかしい。
そんな俺の疑問に当然、秋良はこちらの顔を見るまでもなく思い至っている。何を訊くよりも先に、彼女のほうから俺に説明をしてきた。
「お世話になるんだ。挨拶くらいは当然ちゃんと入れているよ」
「俺には秘密にしてたのに、瑠璃さんには連絡してあったんかい……」
周到、というかまあ、そつがない。俺の親と繋がっているのだから、そりゃ瑠璃さんの連絡先くらいは簡単に調べがつくだろうけれど。
秋良はそこで、扉の脇に置いてあったそこそこ大きめのキャリーバッグ(これも目立つパンク風の衣服に合わせて黒色だ)から、お土産らしきものを瑠璃さんに手渡す。
これは我喜屋さんから預かってきました。あらあらご丁寧にどうも。
そんなやり取りがある。
俺の知らないところで話が進んでいることが、なんだかちょっと面白くない。
「そういうことで。しばらく厄介になるよ、未那」
にっこりと笑って秋良は言う。
その横で、いきなり愕然とした表情を見せたのはさなかだった。
「しばら……え、えっ!? み、宮代さん、まさか未那の家に泊まるの!?」
「嫌だなあ」
満面の笑みで秋良はさなかに振り返る。
「秋良でいいって言ったじゃない」
「え、あ、うん。……いやそうじゃなくって!?」
「もちろん泊まるよ? 普通にそうなると思うけど」
「普通に考えればそうかもしれないけど! あれ、それ普通か!? もうなんかわたしもワケわかんなくなってきたっ!? ああああもうっ! ……羨ましい」
小さくそう漏らすさなか。なんだかいつも以上にテンパっている。
とはいえ、さなかの気持ちは俺にもわかった。
それを察せないほど鈍感ではない。
――なにせ彼女はヒロインチャレンジャー。
ひとつ屋根の下の生活には、きっと憧れがあるはずだ。その気持ちは、主役理論者たる俺にも実にわかる。
思えばさなかも、そういえば独り暮らしをしてみたいと言っていた。勝司や葵よりも、その気持ちは強かったように見える。
なるほど、秋良の話を聞けば羨ましくもなろう。
しかし、さすがにこの部屋にさなかを泊めるわけにもいかない。
というか、さなかだってさすがに野郎と同じ場所では眠れないだろう。
あの叶でさえ、俺が相手でも初めはそうだったのだから。頭を抱えたくなる気持ちがよくわかった。
こういうチャンスが、目の前で、自分とは関係なく過ぎていく悔しさ。青春を志望する者にとって、それは歯噛みするほど無念なことなのだ。
主役理論の第四条――《行動してこそチャンスが舞い込む。それを掴み取る握力こそ、青春に最も必要な武器》。
機会とは、求める行為が呼び寄せるものだった。
そして。
さなかはきっと、このとき幸運だったのだろう。
それは彼女が生来的に主役的強運を持っていたからかもしれないし、あるいはチャレンジャーとしての心境の変化が、運命を変えるだけの意味を持っていたのかもしれない。ああ、きっとそうだろう。
秋良が来たこと。俺と叶が壁を破ったこと。ここに瑠璃さんがいること。
それらの積み重ねは、ただ運が運んできただけのものではないのだ。決して。
とはいえ、いずれにせよ。
ここで瑠璃さんの落とした爆弾発言が、誰にとっても予想外だったことは間違いなく。
「あ。じゃあ、さなかちゃんもしばらくここ泊まる?」
超なんでもないことのようにごくあっさりと述べられた瑠璃さんの言葉に。
俺だけではない。さなかも、叶も、秋良でさえも驚きを露わにして目を瞠った。
「……へ?」
と、突然の言葉に口をぽかんと開けるさなか。意味は理解できておらず、ただ単に名を呼ばれたから反射で言葉が出た、というような風情だ。
対する爆撃手は笑顔で。
「いや。ほら、反対側の部屋。一〇一号室。空いてるし、夏休みの間使っていいよ?」
「え。え、え――え? わ、わたしがですかっ!?」
「もちろんっ! 今しかない青春、お姉さんは若者に楽しんでほしいからねっ」
花咲くような笑みの、ぽかぽかと陽だまりの如き瑠璃さんであった。
自分でも完全に思いつきの台詞を、それはもう天啓だとばかりにポンと手を叩いて。
「――え、あ……えと、あの、あああああああ!?」
さなかはといえば完全に目をぐるぐる回している。混乱しているようだ。
行き着くところまでテンパりきったさなかは、やがて俺たちの目の前で片手を挙げ。
「じゃ、じゃあ――わ、わたしも泊まりますっ!?」
「やったあ。楽しくなるなあ。えへへー」
と笑う瑠璃さんの鶴のひと声で。
なんか、よくわからないが。
――そういうことになった。
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