第三章
3-00『プロローグ/主役と脇役』
ここいらで改めて、俺の考える《主役》というものに今一度、目を向けてみたい。
いくら主役理論なぞ云々したところで、目指すべき地点がきちんと定まっていなければなんの意味もないのだから。
さあ、
それはもちろん、《自分の人生を主役として生きている人間》のことだと言えた。
これは決して他者の存在を抜きにした思考ではない。
友人と遊び、笑い合い、一度きりしかない青春を最高に楽しめる存在ならば、自分の人生の主役と言えるはず。そう考えただけに過ぎない。
多くの物語の主人公が尊ぶ、《なんの変哲もないごく普通の日常》とやらが本当に最高のものならば。
俺は、それが欲しいと願った。
これまでの自分と決別することを選んだ。
だが普通の青春とやらは、ただ普通に待っているだけで無条件に与えられるようなものではない。
普通を、普通には願えないことなど、きっと誰だって知っている。
ならば俺は、可能な限りの努力をもってそれを手に入れよう。
自分が信じる
それが俺の本懐であり、主役理論とはそのための方策を条項化したものである。
この考えは今だってまったく揺らいじゃいない。
確かに入学前に想定していた生活とはかけ離れた現状になっているが、俺の中の主役への渇望は未だ健在なままだ。
――では、この再確認には意味がなかったのだろうか。
もちろん違う。目標を改めて強く意識しておくことには意味があるし、でなくとも俺のこれまでの行動が間違っていなかったと、自分自身が信じられるのなら価値はあった。
そして、何より俺ではない人間のことを考えられる。
たとえば
彼女はヒロインになりたいと言った。それが俺の思う主役とは少し違うのだとしても、完全に逆の方向を目指しているわけではないだろう。
これまでは一歩を踏み出せなかったさなかが、踏み出すことを恐れないと決意できたことが尊いと思う。
だから彼女は、自分の理想とするヒロイン像を模索している。
まだ見つけていないことなんて問題じゃない。それを探そうとすることが、探そうとできることが変化だから。
そんなさなかが隣にいてくれることで、俺もまた自分の道を間違えずに済む。
――ならば。
たとえば、
彼女は脇役哲学者を自称する。では叶の言う《脇役》について思考してみよう。
生粋の趣味人である叶は、自分の願う行為が誰かによって邪魔され得ることを知って、だからそれを避けるように生きると決めた。彼女の言う脇役とはそれだ。
脇役ならば、妙な過干渉を受けることはない。
脇役ならば、自分の思う通りに生きたって誰にも迷惑をかけない。かけられない。
その意味では叶もまた、自分を、自分の人生の主役として定義している。
では俺の言う主役と、叶の言う脇役は、実のところ同じものなのだろうか。
お互いに、ただ自分が楽しく青春を過ごすために生きている。この点は確かに同一だ。
違いがあるとすれば、叶があくまでひとりであることを望むのに対し、あくまで俺は自分ではない誰かの存在を前提として考えていること――その点にあると思われる。
だから俺たちは肝心なところで噛み合わない。
同じような思考をして、似たような趣味を持ちながら、けれど決定的に逆のベクトルへ歩みを進めようとしている。
それこそ、まるで鏡合わせのような正反対。
――なんて。
こうまで論を進めてきたところで、もはやわかりきった結論しか出てこない。
だから結局のところ、俺たちは今もこうして、なあなあに日々を送っているわけだ。
当然、お互いに当初の目的を見失ったわけではないだろう。少なくとも俺はそうだし、叶だってそれは変わらないはずだと思う。
だが、同居の目的についてはどうか。
果たして俺たちは、自分の理想のために今もこの関係を活用できているのだろうか。
少なくとも俺はそのつもりでいる。
なぜなら単純に、叶といっしょにいることを楽しいと思えるからだ。
それが楽しいことならば、俺はたいていのことを受け入れられる。
理想に――理論に沿っているからだ。
いつだって喧嘩ばかりだし、何かあれば競ってしまう。趣味は同じでも考えは真逆で、肝心なところで意見が合うことなどほとんどない。
――そんな関係が楽しかった。
友達になりたいと、恥ずかしい台詞を言い切っただけの価値はある。そう思っている。
けれど――だからこそ考えてしまうのだ。
俺はいい。
だけど叶はどうなのか。
彼女は今もまだ、俺に理想を期待してくれているのだろうか。
――もしもそうだとするのなら。
果たして友利叶は、今もまだ脇役哲学を彼女の理想としているのだろうか――。
そんな疑問を抱きながら、俺は叶に言ったのだ。
「――今度、俺の旧友がこっち遊びに来るらしいんだけど、ウチ泊めてもいいか?」
「長々黙り込んでたと思ったら、また貴様はいきなり何を言い出すかねマジで本当」
いや。なかなか切り出しにくい頼みだから、なんとなく機を窺っていたのだが。
意を決して訊ねた俺に対し、叶さんたら即答だった。
呆れの表情が脊髄反射の速度だ。
「泊めるってここに? いやまあ、文脈的にそりゃそうだよね」
ふたりで寛ぐときは基本こっち側を使うのだが、理由はそれだけじゃない。
「まあ、お察しの通り……『ぼくを泊めてくれないか』って頼まれてさ」
「……ふうん。ま、そりゃそっか。未那の友達、だもんね」
謎の呟き。それから小さく嘆息して、叶は軽く言った。
「あんたの部屋なんだから、あんたの好きにすれば……とは、言えないか。さすがに」
「もちろん、そんな風に言わせるつもりじゃねえよ。俺だって」
「わたしとしては、むしろそう言いきりたいんだけどねー。そういうとこで我慢させるの嫌なんだよ。もちろんあんたのためとかじゃなくて、わたし自身の哲学として」
やたらと男前な台詞を吐く叶だった。俺としては、逆にその程度のことを《我慢》とは呼べないのだが。
同居を受け入れている以上、責任は等分されるべき筋合いなわけで。
「はい、未那。できたよ」
流しの前にいた叶が、湯気の立つカップを両手にひとつずつ持って戻ってくる。
「ん。サンキュー」
普段通り自堕落に過ごしていた(何やら古い機種のテレビゲームに熱中していた)叶に話があると告げ、わざわざこちらの部屋まで呼び出したところだった。
だったらちょうどいいし、わたしにも使わせろ――と以前購入したコーヒーメーカーでふたり分のコーヒーを作ってもらったわけである。
自分でも作りたい、という叶の言葉が嘘だとはまったく思わないが、あるいは雰囲気的に気を遣わせたのかもしれない。
んー。そこまで改まった話でもなく、単なるお願いだったのだが。
卓袱台を挟んで、叶が正面に腰を下ろす。この光景もずいぶん見慣れてきたものだ。
考えてみれば、まだたった三か月そこそこの付き合いでしかないというのに。いつから俺は、叶といっしょにいることを当たり前だと思うようになったのやら。
ずず、とひと口、自作のコーヒーを叶が啜る。
難しげな表情から察するに、まだ納得のいく出来ではないようだ。
そんな様子を見てから、俺もまたカップに口をつける。
「……美味いじゃん。変な顔してた割に」
「何それ。お世辞で言ってる?」
「逆に訊くけど、俺がお前にお世辞なんて言うと思うの?」
褒めたにもかかわらず、まるで拗ねたような表情で唇を尖らせた叶。
相変わらず面倒な奴だと思いつつも、当然の前提を言ってのける。俺は叶にお世辞を言ったりしない。
本人も違うと気づいたのだろう。叶は一瞬だけ明後日の方向へ視線をやって、それから再び俺のほうを見ると、なんだか言いにくそうに、珍しくも小声で呟いた。
「……ありがと」
思わず目を点にする俺である。なんなら点になった目を天にやったレベル。
もちろん見えるのは天上ではなく天井であって、だから地上に視線を戻して答えた。
「もしかして、叶……今、照れてた?」
「うっさい。ブッ飛ばすぞ、ばか」
即座に腹の立つ表情に戻って睨みつけてくる叶であった。
かわいげのない。
「どっちにしろまだまだだってーの。未那だってわかってるでしょーに」
「だってお前それ、ほのか屋の味と比べてんだろ。その相対評価で美味いコーヒー作るのはさすがに無理だって」
「じゃあ訊き返すけど、未那は今のまんまの腕で満足してるわけ?」
「…………」
「ほら、してないじゃん。わたしも同じだってだけ」
――ふん、と鼻を鳴らして、叶は再びそっぽを向いた。
気持ちはわかるけれど。俺はもうひと口、コーヒーを喉に流し込んでから、言った。
「……せっかく褒めてやったってのに。かわいくない奴」
「褒められたいなんて言ってないでしょ別に。だいたい褒めるって考えがもう上から目線じゃんか。思った通りだよ。未那、絶対さっき、自分のほうが上手いと思って言った」
なんだか実に不満げだ。というか、これはもしかして拗ねているのだろうか。
叶は頬を膨らませたままで、重ねて同じことを二回も言う。
「自分のほうが上手いと思って言った」
「言ってないだろ、そんなこと」
「でも絶対思ってた!」
「……まあ正直、勝ったとは思ったけども」
「ほら見ろ! くそぅ、やっぱりあのとき譲んなきゃよかった! 未那のほうがたくさん使ってるんだから、先に上達するに決まってるよ……!」
叶の言う通り、ふたりでいるときは基本的に俺がコーヒーを作っている。
叶からの評価は割と散々、というか常に比較対象をプロにしてくる辺り厳しすぎる感じなのだが、こいつは自分に対しても同じ基準を適用したようだ。
趣味には本気の叶さん。
「好きに使っていいって言ってあったろ、最初から。意地張って使わねえからだよ」
「……だって、買ったの未那だし。ふん……今に見てろってんだ。ばかみな」
「やっかましいわ、ばかなえ」
アホな罵倒を交わし合う俺たちだった。
これもまあ、いつも通りでしかないのだが。
……ていうか冷静に考えてみれば、いつも通りの話をしている場合ではない。
叶のほうも、どうやら本題を思い出したらしい。
俺が思い出したのと、ほとんど変わらないタイミングで、「あ」という顔になっていた。ちょうど会話が途切れたからか。
「ごめん、話忘れてた。友達……旧友? 呼びたいとかだっけ」
「俺も忘れてたからいいよ。まあ、でもその件だ。さすがに泊めるとなると、お前の許可なしってわけにゃいかないからな……ま、ダメ元で頼むだけ頼んでみようかなって」
正直、ただ遊びに来るだけならばともかく、泊まりとなっては叶は肯じないだろう。
ただでさえ脇役主義者。
まして自分のパーソナルなスペースに、まったく知りもしない相手が入ってくることをこいつが認めるとは思えない。そのときは素直に諦めよう。
「ダメ元って……頼み方に誠意が感じられない」
叶はそんな風に言う。仮に誠意を感じさせたところで、態度が変わるとも思えないが。
「まあ……やっぱりダメか」
「……正直なとこ、歓迎しますとは言いにくい」
「だよなあ」
「だって、未那の友達――なわけでしょ? さすがのわたしもそこまでの勇気はなあ」
妙な言い回しだ、というか普通に受け取ると俺が理由でダメってことにならない?
少し傷ついていると、直後に首を振って叶は言葉をつけ足した。
「いや、さっきも言ったけどさ。わたしだって、できればダメとは言いたくないんだよ? この生活を続けていく上で、未那に我慢させるようなことは極力したくない」
「……実際お前、そのために一度は壁を復活させたりしたもんな」
「うっさい、このバカ。恥ずかしい事件を思い出さすな。顔にクッション当てんぞ」
ちょっと顔を赤くして叶は言うが、これはさすがに照れ隠しだろう。
いや別に例の件が恥ずかしいというわけではなくて――まあそれも含めてだとは思うが――こいつは単に、叶が自分の優しさを知られることを恥ずかしがっているというだけ、だと思う。
泰然自若にして傍若無人に一見思えるが、これで叶は、周りの人間にかなり気を遣う。
なにせファッションを《見ている側への礼儀》とまで割り切っている女子高生だ。
それ自体は単に叶が着飾ることに興味のない性格なだけ、と言えるかもしれないが、翻すならそもそも叶は、周りに人がいればきちんと気を遣う性格だ、と言うこともできるわけで。
まあ、なぜか俺に対してはまったく気を遣わないのがかなり謎だが、それを除けば叶は普段、常に周囲を見ている。
学校で地味に過ごそう、という脇役としての在り方ゆえでもあるのだろうが、もともとこいつは普通に優しい。ただ悪ぶっているだけで。
――そんな叶が相手だからこそ、俺だって極力、甘えるようなことはしたくなかった。
「俺も、さっきも言ったけど、これを我慢だとは思わないって」
「……でも実際、わたしがいなきゃ、未那は友達を家に呼ぼうとか考えてたわけじゃん。それもたぶん頻繁に。だから独り暮らしをしたわけでしょ?」
「それは……独り暮らしなら、家でも青春できると思っただけだよ。考え方が逆だ」
「あっそ」
まるで信じていないという表情だった。
「ま、どっちでもいいけどさ。どっちにしろあの日以来、未那がここに人呼んだのなんてあの一回だけじゃん」
それもまた事実ではあった。
一度、さなか、勝司、葵の三人をこの部屋に呼んだことがあったが、それ以降、あの三人や別の友人を招待したことは一度もない。
だけどそれは俺のほうだって、別に叶に気を遣っているとかではなくてだ。
「だって冷静に考えて、もはや呼べるわけなくない?」
「あの三人なら呼んだっていいでしょ。いちいち文句言わないよ、わたし」
「…………」
「結局、どうあったところで当初の考えとは違うわけでしょ。わたしがいることが、直接にしろ間接にしろ、未那が友達を呼んでこれない理由になってるなら同じこと」
こうまで断言されてしまって、俺は軽く頭を掻いた。
参った。まさかここまで叶が負い目に感じているとは思わなかった。
俺からすればあくまで手段のひとつであって、家がダメなら外に遊びに行けばいいだけの話なのだが。
「そういえば未那、砂糖の買い置きとかしてたもんねえ。使わないくせに。もはやわたしとしか使ってないボードゲームなんかも置いてあったりするし」
思い出すようにそんなことを言う叶。
「……叶。お前……」
「あれも未那の涙ぐましい努力なのかと思うと、わたしとしても責任感じちゃうよ」
「お前……やっぱり俺に気を遣ってるんじゃなくて実はバカにしてるな?」
気づけば叶の奴は半笑いだった。
こいつマジでこいつ。俺の感動を返してほしい。
恨みがましく睨みつけてやると、叶はやはり薄い笑みのままこんなことを言う。
「未那って、もしかしてこれまで友達を家に呼んだことほとんどなかったのかと思って」
「――――――――」
「だから、あんなにノリノリで入学前に準備、してた……のか、と……思って……あの」
「――――――――――――――――」
「…………ごめん」
「こういうときだけ謝るんじゃねえよチクショウ!」
図星でしたけどね!
正直、あの旧友が何回か来てくれたことあったかな、って程度ですけどね!
だから独り暮らしを始めたときに、友達を家に呼んだら楽しいかなって、ちょっとノリノリで準備しましたけどね!
「クッソ、こんにゃろ……いんだよ別に。これはこれで楽しいんだし、全部わかった上で壁は直さないって決めたんだから。この話はもうやめにしろ」
「……そうだね。もう、忘れようね。ごめん、ね……?」
「その悲痛そうな態度を取り続けるってんならそっちは許さない」
どんな話をしていても、最終的には必ず殺し合う方向に行くから叶は面倒臭い。
いろいろな意味でやっていられなくなったため、俺はもう話を畳む方向へと持っていくことにした。
「だいたい長々と前置きする時点で、要するに無理ってことだろ。ならそう言えや」
「……まあ、そうなんだけど。ちょっと悪いかなって」
「あーもうやめやめ! いいよ別に、わかってたよ最初から。あいつには俺から言っとくから気にすんな。もともとダメ元だって言ったろ?」
「だからダメ元って言い方は釈然としないんだけど……いや言えないけど」
「だってお前はそう簡単に、知らない奴をいきなり受け入れたりとかしないだろ?」
「……、うん……?」
なぜか叶は、ここで肯定というより疑問じみたニュアンスを絡めてきた。
こいつは脇役哲学者なのだから、別におかしなことは言っていないと思うのだが。
「……いや、だってそうだろ? お前じゃなくても普通はそうか。友達でもない初対面の奴と、いきなり同じ部屋で寝泊まりするなんて。そりゃできんよな」
「――うん。うんよし待てちょっと待て」
叶が。
なぜか待てと言った。
「え、急に何……?」
「――その人、泊まっていいよ。許す」
そしていきなり意見を翻し始めた。
あの友利叶さんが。まさかの前言撤回ときた。
こんなことが起こり得るなんて。
本当にわけがわからなくなってきた。いったい今の会話のどこに、叶が意見を翻すような点があったというのだろう。
というかそもそも、こいつが一度決めたことを変えるなんて。
あまりにも意外だった。
「……え、なんで? おい、別に無理するようなことじゃ――」
「いや無理なんてしてないからぜんぜん。いいって。泊まっていいって。むしろ泊めろ」
「泊めろとまで!?」
「うん……そうだよ。考えてもみれば別に気にするようなことじゃないよ。そうだとも。だって一度はやったことなんだ。否定なんてしたら未那だけ……」
「俺が何?」
「……いやいやいや。わたしは未那だけ特別扱いとかする気ないから。そういうこと」
「ごめん、ぜんぜんわかんない。知ってるし」
「いいっつってんだからいいんだよ、うっさいな! うだうだ言うな!」
「えぇー……」
まったく釈然としない態度の叶だった。もはや逆ギレの域。
だが、確かに叶がいいと言っているのだから、まあいいのだと思っておこう。
「……わかった。ありがとな、叶。この恩はなんかしらで返す」
「別にいい。ただ言っとくけど、わたしのほうの部屋に入ったり覗いたりしないようには言っといてね。あくまで一〇二号室に泊まるってことで」
「そりゃもちろん。まあ大丈夫だって、あいつは……まあ割と変わった奴ではあるけど」
「未那が言う《変わった奴》って怖すぎなんだけど」
「やかましい、お前ほどじゃない。……あいつなら大丈夫だよ。俺よりよっぽど頭いいし、コミュ力もある。気も遣える奴だ。お前が嫌がるようなことはしない。俺が保証する」
「……その保証に価値があると思ってるの?」
「ないか?」
「……わかった。信用する」
小さく溜息をついて、叶はそう言葉を切った。
ない、と断言されたらどうしようかと思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
これなら大丈夫だろう。
正直、あいつは――あの旧友は叶とはそれなりに相性がいいと思っているのだ。
いい友達になれるかもしれない、なんて、皮算用以下の算段もある。
「未那の友達、ねえ。どんな奴なのやら」
「友達っつーか旧友だけどな」
そう表現することに、意味があるのか、それともないのか。
俺がどう思っているのかもわからないのに、まして叶に伝わるはずもない。
「その言い回しの差がわかんないけど……まあいいや。旧友とやらにかこつけて、新しいほうの友達を蔑ろにしないようにねー、とは言っといてあげよう。一応」
コーヒーを啜りながら言われたそんな言葉に、小さく苦笑を俺は返す。
「お前に人間関係を心配される日が来るとはな」
「うっさい。未那よりわたしのほうがコミュ力はあるっちゅーに」
「使ってないじゃん、お前」
「……そんなだから彼女できないんだよ」
ぐ、と思わず狼狽えた。くそう、まさかそんな角度から攻撃を喰らうとは。
反撃しておこう、と思って俺も同じ台詞を返した。
「そういうお前はどうなんだよ。彼氏なんかできそうにないじゃねえか」
「別にいいですけど」
「何それ? 実はお前、俺のこと好きなの?」
叶はちらとこっちへ目を向け、そして鼻で笑った。
「――はっ」
「うっぜえ……」
「すみません、理性的に無理です」
「お前そのフレーズ今の一瞬で考えたの? 攻撃の天才かよ」
ただ慣用句として《生理的に無理》って言われるより、こっちのほうがきちんと考えた結果として無理だったという感じがして、よりダメージが大きいもんな。すげえわ。
俺だってお前のことは理性的に無理だよ、こんちくしょう。
またしてもいがみ合う俺たち。なんかもうアホらしくなってきた。
話も終わったのだ。しばらくゆっくりしていよう。
そう考え、再びコーヒーへ口をつけた俺に、叶がふと思い出したように言った。
「――ところで未那、イマジナリーフレンドって言葉、知ってる?」
「俺の旧友が本当に実在してるのか、遠回しに探るのはやめろや!」
友達がいなすぎて創り出した妄想とかじゃないから!
ちゃんと生きて実在してるからあ!
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