6-16『閑話/後の祭りの踊る夜』
「お、こんなトコいた。何やってんの?」
ひらひらと手を振りながら現れた少女の声に、しゃがんでいたふたりが顔を上げる。
うち片方は、歩いてくる少女を出迎えるように笑顔で手を振り返して。
「やあ、
「会うなり謎なことを……何それ」
冗談めかした態度の
いっしょに旅行にまで出かけた仲とはいえ、知り合ってからまだ日も浅い他校の少女であることを思えば、またずいぶん急速に打ち解けたものだと思わなくもない。
自分が、という以上に――あるいは秋良の隣に座る親友が、の意味で。
「そりゃね。もう後夜祭だってのに、こうしてこっそり出入りしているわけだから」
薄く笑う秋良に、あー、と葵も得心して。
「いや言われてみればそうだわ。ナチュラルすぎて意識してなかったけど」
「確かに……」
と、秋良の隣のもうひとり――
「ぜひ口止めにご協力願おうかな」
「いや別にいいけど……違和感ないのが怖いな、もう」
「へえ……実際、もしぼくがこっちに進学していたら面白かったかな?」
悪びれる様子もなく、そんな言葉を秋良は零す。
葵もうるさく言う気はない。流れに従うように雑談に乗って。
「秋良が雲雀高だったらかー……想像つくようなつかないようなだわ」
「はは、どういうことさ」
「んにゃ、まんま言葉通りなんだけどさ。こんなふうに話すようになってたかな、って」
「まあ確かに、形は違えていたかもだ。少なくともぼくは、自分が通っているほうの高校では、あまりこういう感じでは通していない。だいぶん猫を被っているんだよ」
「へえ……普段どんな感じなの?」
「――わたし? えー、別にフツーだよー?」
「――――――――――――――――」
一瞬で。目の前にいるのが見知らぬ別人にでもなったかと思うような変貌。
顔だって声だって服だって、急に変わったはずがない。
ただ表情とイントネーション、そして纏う雰囲気の違いだけで、宮代秋良は別人へと変貌を遂げていた。
葵は思わず息を飲む。
友達が見知らぬ誰かに変わったのに、まるで変わった先のほうが古くからの知り合いであったかのような、言葉にできない不思議な錯覚。
そういえば自分には、こんな友人がいたかもしれないと思わせるような――。
「なんちゃって」
と、秋良が元に戻るまでの数秒。
葵は本当に、呼吸の仕方さえ忘れていた。
「……び、びっくりした……えっ、今の演技ってコト……? マジで別人に見えた……」
だとすれば今すぐ女優を目指すべきじゃないかと、葵は半ば本気で思う。
顔のよさだけなら今でさえ一流だ。
そこに実力が伴うならマジで売れそうな気がする。
だが、そんな葵の妄想に反して秋良は小さく首を振った。
「違うよ。別に演技ってわけじゃない。そんなことは人並みにしかできないよ」
「そうなの……?」
「どっちも素だからね。猫を被ろうとも脱ごうとも、ぼくの側面の一部には変わりない」
「それは……そういう言い方をすればそうかもしれないけど」
「事実だよ。ぼくは基本的に、楽でいるのが好きなんだ」
常日頃から演技をして過ごすなんて面倒、宮代秋良は御免なのだ。
そんな気苦労は背負い込みたくない。基本的に、秋良という少女は《楽》を尊ぶ。
「というか、こっちの顔も少し見せたことがあった気がするけれど」
「そういえば……本当に初対面くらいの頃は、少しそんな感じだったっけ……」
小さく、さなかが呟いた。
彼女もまた、隣の少女の変貌に息を飲んでいたのかもしれない。
「ぼくがこうやって、気負いのない姿を見せるのは受け入れてくれる相手にだけだけど。そうやって葵たちに甘えるのと、普段は気を遣うのとで、大きく違いはないんだ」
「甘える?」
「ぼくは友達には甘やかしてほしいタイプだからね。楽が好きだし堕落も好きなのさ」
にっこりと、同性の葵から見てさえ心臓が高鳴るほど嫣然とした様子の秋良。
言われてみれば意外だけど、秋良は意外と甘え上手なのかもしれない。
ずるいなあ、と思わされたのは一度や二度じゃないが、それで嫌いになれないのだから大概である。
「よっ、と」
言いながらさなかが立ち上がった。
その場を離れず、ただ遠くに瞬くキャンプファイアーの篝火を見ながら。
「にしても……こんなときに女子だけ三人で、踊りもしないで固まってるなんてね」
くるり、と。
いつかの踊りの名残を胸に、少女はひとりで夜を踊った。
その視線が、篝火の方向へと注がれる。
親友のそんな様子を見ながら、葵は隣に座る笑顔の少女にふと訊ねた。
「もしかして秋良って、意外と怠け者?」
「そうだよ。だけどぼくがサボってても意外と誰も気づかない」
「やー、ずっるいなあ……」
「それは酷い。これでも気を遣うことだってあるんだけどな」
遠くに視線を投げる秋良。葵も自然と、彼女の目線の先を追った。
あるいは、それがよかったのかもしれない。
互いの表情が、見えなくなったことが。
「届かないかもしれないものに手を伸ばせる人を、ぼくは尊敬している」
「…………」
脳裏に浮かんだ顔が誰だったのか。
お互いに、言葉にしようとは思わなかった。
「ぼくにはできないことだから。届かないと判断したものに、初めから手は伸ばさない。ぼくはそういう人間で……だからぼくみたいなのが邪魔しちゃいけないものも、ある」
「……懺悔?」
「告白」
「……文化祭らしいや」
「葵はどう?」
「こっちのほうは、それ失敗したばっかだったりして」
「おっぱいを貸そう」
「胸とお言い」
下らないことを言い合った。
こんなに親しいつもりはなかったのだが、まあ、これが機会ならそれもいい。
投げる視界に映るのは、目に眩く輝く橙色の炎の灯り。
それに照らし出されるものがあれば、陰になるものだってある。
もう傍にいる祭りの終わりに、未だ心は――浮足立って踊っていた。
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