6-14『祭りの後の祭り』5
祭りとくれば踊らにゃ損か?
だからって、踊れば得とは限るまい。
ならば得とは自らで、掴むが主役の本懐よ。
「あー。あー……楽しかった」
――という感じで、俺は存分に後夜祭の中を暗躍し続けた。ちなみに表立って。
まあ、それこそ踊らされているだけだったのかもしれないけれど。
そんな自虐は意識せずとも封印できるくらい、俺も主役理論に慣れている。
「あっはは……もう途中から、まともに踊れなくなってたね」
隣に座るさなかが、遠巻きに揺らめくキャンプファイアーを眺めて零す。
「まあ、後半もはや簡単に踊れるような曲じゃなくなってたからな」
「未那が放送部にリクエスト制を取りつけたからでしょ。そんな制度なかったのにさー。みんな思い思いに自分の好きな曲をリクエストしてくからカオスになってたよ」
「結果それで盛り上がったんだから大目に見てくれ。踊りたい奴は、それでも踊ってたしな。つーか、さなかだってしれっと流行りの曲頼んでたろ。しかもラブソング。カラオケ大会が始まった最初の一手、さなかのアレだったと思うんだけど?」
「別に悪いとは言ってないもーん」
「悪い言い訳だよ」
「……悪い女ですからねー。へへへ、今さら気づくなんて、未那も見る目なーい」
「…………」
宴もたけなわを過ぎている。お開きは近い。
はしゃぎ疲れて、俺たちは炎を囲う中心部から少し離れて座っていた。
「まあ、楽しかったからいいんだよ」
さなかはそう言った。その目は未だ、こちらに傾いてはいない。
遠い橙色の輝きに照らされた、彼女の横顔を俺は見る。それは夜の闇が帳となって隠す秘密を、こっそりと覗き込むような感覚だったけれど。
遠くの喧騒を見つめるさなかの横顔は決して、隠さなければならないものではなく。
「お祭りも、……終わりだね」
その満足げな笑顔は、誰に憚ることもなく輝いていていいものだった。
ならば。それを隠しておきたいと――秘密にしておきたいと思ってしまうのは、単なる俺の独占欲か。秘めた感情から零れた、青く幼いひとしずくなのか。
――この時間が終わらなければいいのに、と。
そんな、口に出すのも恥ずかしい、痛くて醜い執着でしかないのだろうか――。
「これが終わったらまた日常だあ。またすぐにテストが始まると思うと怖いねえ」
さなかは言う。彼女はもう、続く未来に目を遣っている。
すぐさま俺が頷いたのは、置いていかれたくなかっただけかもしれない。
「人は言う。普段から勉強しておけば、試験にいちいち慌てないと」
「言うだけなら簡単選手権の常連選手じゃん……」
「テスト範囲の数学なんて、決まった例題を解き慣れてれば対応できるでしょ」
「そんな効率で数字と向き合ってないのです」
「暗記科目に至ってはただ覚えたこと書くだけじゃないか」
「それができたら! 苦労しない!」
「えっ、現代文の勉強……? 生きてるだけで満点くれるでお馴染みの教科なのに?」
「国語だって結構覚えることあるよね!?」
「――以上。旧友Aさんの中学時代の語録です」
「知ってる人だった――!」
「さなかのリアクションだけは、昔から変わらぬ味わいだよね……」
「それ褒めてるかなあ!?」
「まあ、あいつを基準にするのは何かが間違ってると、俺も卒業前には気づいていたが」
「……遅すぎるよ、それは……しかも気づきが結構アバウトだし」
今にして思うと俺、あいつに大概なんか人生歪められた気がしないでもない。
宮代秋良基準で構築した物差しなど、現実的にはまったく使い物にはならないのだ。
「――おや酷い。未那もさなかも、いないと思って好き勝手言ってくれるね」
「どぅおわはぁいっ!?」
と、素っ頓狂な声で驚いたのが俺ではないことは明かしておきたい。
こっちは慣れている。話題に出した時点で、背後に接近しているタイプの物の怪に。
「人を人外扱いはよくないよ、未那」
「心の中まで読んでくるなら話も変わってきますけど!」
「……それは未那がわかりやすすぎるだけだろ。ねえ、さなか?」
「えっ。あー……、あははは」
「さなかが否定してくれなかった!?」
愕然としつつ、俺は背後から近寄ってきた人間に振り返る。
なぜしれっと他校の後夜祭に潜んでいやがるのか。――宮代秋良がそこにいた。
いつも通りに変わりなく、相変わらず腹立たしいほど可憐な笑みで。
「恋人同士の語らいを邪魔して悪かったね。ちょっと間に入れてくれたまえ」
「ぜんぜん悪いと思ってないだろ、お前……その流れで真ん中に入ろうとしてんじゃん」
「ぼくはさなかの隣がいい!」
「じゃあ奥行けや!」
「未那とも隣がいいんだよ。――だめ?」
悲しそうな(でも絶対に嘘だとわかっている)表情で見上げてくる秋良。
瞳まで潤ませて宣うのだから、大概こいつも悪鬼の類いだ。顔面がよすぎる。畜生め。
結果、俺とさなかは、すごすごと並んでいる間を開ける羽目になる。
そして当然の如く、一切の遠慮なく普通に真ん中に座って、秋良は笑った。
「ありがとう。でも君たちちょっと押しに弱すぎるぜ」
「それを秋良に言われるの釈然としない……」
「本当だよ。どういう神経してんだよ。俺たちイチャついてるとこだったんですけど」
「いいいイチャついてはないよ!?」
「あ、あれぇ……? さなかに否定されちゃったぁ……?」
「あっ!? あ、いや未那、違くて、――えっとぉ!?」
「――はいはいご馳走様でした」
「あ、秋良あっ!!」
顔を赤くして、じとっと秋良を睨むさなか。
――イチャついてるのは俺じゃなくて秋良とさなかだったのかもしれない。
おかしい。なんだこの気分。完全な敗北感がある。なんで?
「お前、何しに来たんだよ……」
とはいえそれを言葉に出すわけにもいかず、俺は秋良に本題を訊ねた。
意味もなく、こんな時間までここにはいないだろう。……本当になんでいる?
「ぼくはぼくで、この時間を楽しんでいただけだよ。名残惜しくね」
応じた秋良の返答は、妙に要領を得ないふわっとしたもの。
なんだか少し、秋良らしくない答えだった。
煙に巻くのは得意な秋良だ。こういう態度を取ること自体は多い。けれど訊けば答えてくれるのが秋良でもある。確認をそれでも濁すのは、明白に珍しい反応だった。
初めから答える気がないならまだしも、話があって来ただろうこのタイミングで――。
「いや、すまない。――ぼくにも少し惜しむ気持ちがあった」
思わず目を細めた俺に、秋良は首を振って。
「……あん?」
「なんでもないんだ、気にしないで。それより本題――ぼくは言伝を言いに来た」
言伝。
言葉を伝えに。
――それは、ならば誰からか。
「かんな荘の前で待っているそうだ」
――答えを聞いてもいないのに、俺の呼吸は詰まりそうになった。
心臓が跳ねる。
肺が動かない。
内側にある全てのものが、俺に対して反乱を起こす。
いや。
そもそも俺には、初めから――自分のモノなんてひとつだって。
「以上だよ。ぼくから伝えることはそれ以上にない。――そろそろ帰らなくちゃ」
答えすら聞かず、けれどその場からも動かず。
どこか突き放すように秋良は言った。
俺は。
だからって、
「――行ってらっしゃい」
と。何を言うよりも早く、さなかが言った。
俺は目を見開く。よりにもよって今、それをいちばん言うはずのない彼女が。
「なん……何言ってんだよ?」
俺の口から零れたのは、だから、そんな意味もない喘ぎのような音。
――今ここは、楽しい時間のはずだった。
俺は祭りの中にいて、もう終わってしまうとしても、それはもう少しだけ先のはずで。
ここにきて、それを投げ出せと言われるのは、あまりにも酷い話だと思う。
――だってそうだろう。
その時間が。
この時間を楽しいと思う気持ちがあったから。
――少なくともその間だけは、目を背けていられるはずだったのに――。
「そう、そうだ……だって今、俺は……さなかと」
「わたしはもう充分。貰えるものは、ちゃんと貰ってあるんだもん」
「でも、」
「だから未那。――わたしを理由にしないで」
「――――――――ッ」
たぶん、それがとどめだった。
それを言われては、俺に採れる選択肢はひとつしかない。
そうだ――だってその理由がなければ、俺には迷う必要そのものがない。
別に、それは相手が誰であるかになんて一切の関わりなく。
俺の理論に、呼び出しを断るシステムがない。
「わかった。……なんか呼び出されたから行ってくるわ。じゃあな、ふたりとも」
だからそれだけを言い切って、俺はその場からすぐに立ち去っていく。
振り返りはしないし、返答もしない。ただ、特別な意味をそこに持たせない足掻き。
わかっている。
わかっているんだ。
俺の理屈なんてとうに破綻しているし、足掻きに意味がないことくらい。
それでも、――だとしても、俺のこれまでを否定することは絶対にできないから。
だから、わからないのは――どうなるのかということだけで。
炎から離れて、暗いほうへと歩いていく。
※
「――損な真似をするね、と。言ってあげるべきところなのかな?」
「――これがわたしのわがままだって。聞かなくても、秋良ならわかってるでしょ?」
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