3-20『接続章/少女二人珍道夢中』
「ん、わかった。それじゃあね……うん。帰ってくるの待ってるから。またね」
そんな言葉を最後に、湯森さなかは通話を切った。
使っていたスマートフォンを、持ち主である宮代秋良に返す。少女は笑っていた。
「ありがと、秋良」
「いや。ともあれふたりとも無事に戻ってきそうで何よりじゃないか」
「そうだね……うん。よかったよ」
「よかったのかい?」
よかったと笑う少女に、もうひとりの少女がよかったのかと訊ねる。
けれど訊ねられた側の少女は、それを奇妙な問いだと一笑に付すことはなかった。
「よかったよ。よくないことなんて、だって、何もなかったでしょ?」
さなかは、あくまで笑みのまま。
少なくとも受ける秋良は、その笑顔を強がりや無理だとは思わなかった。だからこそ、あえて秋良は悪戯っぽく問いを重ねる。それはひとつの信頼だった。
「さなかとしては、未那と叶の距離が近づくのはひとつのピンチなんじゃないのかい?」
「んー……そういう言い方をしたら、そうかもだけどさ。否定はしないよ」
だけど、と少女は笑う。
その笑みは、きっと未那も、叶も――あるいは秋良でさえ持たない強さの発露。
「でも、じゃあ秋良は、帰ってきたふたりが、いきなり付き合いましたーとか言い出すと思う? これから普通に恋人になったりする可能性、あるかな。あのふたりが」
「なるほど。一本取られたかな」
秋良も笑った。
「確かに。あの信じられないほど面倒臭いふたりが、いきなりそんなところに飛躍していくわけもない、ね。むしろ逆に、またぞろぼくらでは理解できないような結論を持って帰ってくる可能性のほうが高そうだ」
「てか、そんなこと言ってたしね、未那も、叶ちゃんも。友達になったとか言ってたし。いやいや、なってなかったのかよこれまでって話だよ、まったくもう」
「あのふたりはおかしいからね。……だが逆を言えば、あのふたりほど無駄に通じ合っている関係もそうはないだろう? そういうところ、まったく不安にはならないと?」
「ならないよ。少なくとも、秋良が言おうとしてるような意味ではね」
「ほう?」
「そりゃそうでしょ。だってわたし――叶ちゃんのこと敵だと思ったこと一度もないし」
その強い言葉に、思わず秋良は目を見開く。
「……いや、驚いたね。叶如きなど眼中にもない、と。言うじゃないか」
「そういう意味で言ったんじゃないよ!?」
「わたしのほうが明るいしかわいいし叶ちゃんよりモテるんだからー、と!」
「ねえ秋良!? 絶対それ違うってわかって言ってるでしょ!!」
「さなかは本当にかわいいリアクションをするなあ」
「ああもうっ! ここんとこ、ずっと秋良に振り回されっ放しだよ……」
「未那が気に入るのもわかる」
「――っ! だ、だからそういうことぉ!!」
なんか格好よく話していたと思いきや、すぐに顔を真っ赤にするさなか。
そんな様子が愛らしくて、秋良はどうしても笑ってしまう。バカにしているというわけではなく、むしろそれは尊敬に近い感情だ。
無論、からかっているのも事実だが。
「で、どうするんだい、君は」
「わたし?」
「そうだとも。ぼくは君とも友達だから。友達の相談には乗るよ? これでも幼馴染みと言えるくらいの関係ではあったわけだからね。義理ならあるのさ」
そんなことを、やたら決まったウィンクとともに軽く言ってのける秋良。
これにはさなかも苦笑した。まあ確かに、未那と幼馴染みだったということは、秋良もまた幼馴染みだということだけれど。
彼女だけは、名前までちゃんと覚えていたのだし。
「でも、そう言われてもなあ。どうしたらいいと思う?」
「どうもこうもない、というのがぼくの考えだけど。ほら、兵は拙速を尊ぶと言うし」
「……いや、だからそう言われても」
「まあ実は孫子は、厳密にはそんな風には言っていなかったんだけれどね」
「そんなトリビア知ってて、なんで今それ持ち出してきたの!?」
ツッコむさなかに、はははと笑って誤魔化す秋良。
さなかは小さく溜息をつくと、諦めたようにこう続けた。
「……まあ。そりゃもうちょっとこう、攻めて行かないととは思う、けど……」
「攻めていく?」
「ほら、やっぱりアピール? とか大事でしょ。未那も、たぶんわたしが未那のこと好きだって気づいてないし。もう少し、なんだろ。ヒロインっぽい感じ出さないと」
「…………」
「ていうか未那って好きな人いないのかなあ……。恋人欲しいとかは言ってた気がするんだけど。叶ちゃんは違うっていうし、やっぱり特定の誰かってわけじゃないのかな……」
「……………………」
「その辺り、秋良はどう思う? 秋良なら知ってたりしないのかな」
「…………………………………………」
「あれ。秋良?」
「……………………………………………………………………………………あ。え?」
「何その間!?」
「ははは。なんでもないよ。ははは」
「いや確実になんでもある感じだったけど!?」
「ハハハ。ナンデモナイヨ。ハハハ」
「なんか壊れたロボットみたいになってるけど!?」
――この子、本当は未那や叶なんて比較にもならないほど鈍感娘じゃないか……!
実は最大の問題はさなかだったらしいという衝撃(?)の事実に、秋良も一瞬だけ我を失いかけたようだ。
あるいは誰しも、自分のことをいちばん理解していないのか。
現に、さなかは言った。
「でも結局、わたしはこれまで通りにするだけ、かな」
「……これまで通りじゃ残念なだけじゃないかな」
「秋良まで残念って言ったっ!? いや、そういうことじゃなくって!」
もうっ、と怒ってみせながら秋良を止めるさなか。
彼女にはもちろん、彼女の考えがある。
「……わたしは、前に進むって決めたからさ。未那がそうしてるみたいに」
「前に進む……か。言うのは簡単だけどね」
「あはは、そうだね。その通りだ。でも結局そういうことだよ。わたしは未那や叶ちゃんとは違って、あんな風にいろいろ考えられないし。だからひとつのことだけ考えるんだ」
「……と言うと?」
「やりたいこととか、そういうの、結局あんまり見つけられないんだけど。だけど、なりたい自分ならわかってる。……だから、そのためにできることをするよ」
それは、未那や叶と似ているようで――けれど違う。
やりたいことを考えたふたりとは違い、あくまでさなかは、自分がどうなりたいのかという点を優先して考えている。同じようでいて、おそらくそれは決定的な違いだ。
それはさなかが、誰より鮮明に目指す光景を見据えているということだから。
「もちろん……ほら。未那の……その、恋人にもなりたいし」
照れながら、それでも、さなかは言った。
それが、あのふたりには絶対にできなかったことだと秋良は知っている。
「……強いね、さなかは。君はきっと間違わないんだろう」
「秋良?」
「ぼくらは少なくとも間違った。失敗した。ま、だからこうなってるわけだけど」
「……秋良は、未那のことが好きだったの?」
「いいや?」
秋良は笑顔で答える。
「異性としてならノーだよ。あんな面倒臭い男、ぼくは絶対にごめんだね。――だけど人間としては、友人としてなら愛している。誰よりもだ」
かつて秋良は、未那に庇われた。そして対等ではなくなってしまった。
結局、その後始末を秋良は自力でつけたけれど。
だとしても、もう、これまで通りではいられなくなってしまった。それはきっと、自分の弱さが招いたことだと秋良は思う。
そして、その話を、秋良はさなかにも告げていた。
なにせ夜は長かったのだから。女子ふたり、話したいことがいくらでもあった。
「……秋良もじゅうぶん、めんどくさいよね」
小さく笑って、さなかはそんな風に言う。
秋良は笑って、友達へ答えた。
「そういうさなかも、正直かなり面倒臭い女だぜ。しかも重いし、あとバカだ」
「そ、そこまで言う――!?」
「だけど、そういうところがぼくは好きだよ。愛してるぜ、さなか!」
「へ? ――ひゃっ!?」
唐突に飛び掛かってきた秋良に、さなかは押し倒されてしまう。
敷かれた布団の上でいちゃいちゃと絡み合う、少女ふたりの図があった。
「ちょ、秋良、何するのさ!?」
「さっき、未那のことが好きなのかと訊いたね?」
「答えまで聞いたけど……てか、ちょ! や、秋良!? ど、どこ触って――」
「実は言っていなかったことがひとつあるんだが」
「ひ、ひゃわっ、な――何、や――」
「――実はぼくは女の子が好きなんだ、と言ったらどうする?」
「え……え、ええっ!? じょ、冗談だよ、ね……?」
「さて? どう思う?」
「あ、でも確かに中性的だし……え、うそ、ほんとに?」
「さなかは実にタイプだぜ? どうだい、ぼくとひと晩、気持ちのイイことでも」
「だだだだだダメだよそんなの!? うひっ!? ちょ、ちょっと、ちょっと待って……!」
「まあ冗談なんだけれどね」
「あ、よかっ――よくないっ! なんで!? なんで冗談なのに手が止まらないの!?」
「――本当は、どっちもイケるというだけだからさ」
「ぎゃ――――っ!? たすけてー! 襲われるー!? むしろ襲われてるーっ!!」
「というのも冗談だが、まあ、なんだ。ふたりが帰ってくるのは明日だ。今日も、ぼくがさなかを独り占めできると思ったら……うん。ちょっと昂奮してきてしまった」
「やめっ、や、やめろぉ――!? そ、そこは洒落にならな、ひっ!? ちょ――あ、」
――ともあれ、まあ。
こうして少年少女たちは、少しずつ大人に近づいていく。
いやもちろん言葉通りの意味で。
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