2-05『デート・オア・デッド2』
とはいえ何、そう難しい話ではない。
要は、さなかを誘って遊びに行こうというだけのことなのだから。
この程度は、今さら大した問題じゃあない。初めてってわけじゃないのだ。みんなで連れ立って遊びに行った経験ならすでに持っている。
それを、あとはふたりで行こうと誘うだけの話。
少し前にあったゴールデンウィークにも、そんなような青春イベントは達成している。
週明け、月曜日。さっそく俺は行動を開始した。
今週は月、水、土でほのか屋のシフトを入れている。さなかが部活をやっていることも加味して、まあ放課後ではなく、日曜日辺りに予定を組むのがベターだろう。そのほうが過ごす時間も多くなるというものだ。うん、悪くない作戦である。
作戦とはいったい。
アホなことを考えつつも、時刻を示す針が十二を回って、昼休みになる。
多くの場合、昼はさなかを含めて、勝司や葵なんかといっしょになることが多い。この日も、だから自然とそんな感じになることを俺は期待したのだが――。
「――ごめーん、今日わたし委員会なんだー」
と言われてしまってはどうしようもなかった。
ていうか、考えてみれば昼をいっしょにしたとして、だからってこの場でさなかを誘うことなどできるはずもなし。
いくら主役理論者でも、衆人環視でやる勇気はない。
「あ、そ、そうなんだ……行ってらー」
なんて風に、見送るだけで精いっぱいだった。
すぐ近くに腰を下ろしていた吉永葵が、きょとんとした風に首を傾げて言う。
「……どしたの、未那くん? なんかヘンな顔してるけど」
「いや……別になんでもない。ただちょっと、人生ってままならないなあ、と」
「ふうん?」
特に興味もなさげに、いそいそとお弁当を取り出す葵だった。まあ俺も俺で、何言ってんだという話でしかなかったが。
そんな様子を見て、勝司がこちらにニヤリと笑う。
「ああ。大変だよな、人生」
「勝司はまた適当なこと言うなあ、もう」
「いやいや。知ってるか? 来月にはもう中間が始まるという事実……! これを大変と言わずしてなんと言おうか……!」
「あー、それはそうだねー。今のうちに勉強し始めとかないと、確かに大変になりそう」
「え? 今のうちにこそ遊んでおこうって話じゃねえの?」
「勝司はばかだなー」
「葵さん、実は結構言いますよね……」
葵と勝司のやり取りを小耳に挟みながら、俺も軽く混ざっていく。失敗したことをいつまでも悔やんでいるなど、それこそ青春の損失だろう。
この場だって、空間青春含有量なら15パーセントほどを見込めるのだから。
「……そういやふたりとも、成績のほうはどうなの? 勉強とか得意なタイプ?」
俺自身はせいぜい中の上といったところか。
それも中学時代の話で、駅の反対側にある
もし成績が下降した場合、それこそ独り暮らしに亀裂が走ることもあり得るのだから。
「俺か? 俺はまあ、数学だけは得意って感じだな」
勝司がそんな風に答える。
意外なような、イメージ通りなような。微妙なラインだ。
「それ以外は微妙って感じだよな、正直。ここも結構ギリギリだったしよ。あ、体育なら得意だぜ? 何段階評価でも常にマックスだったぜ」
「そこはイメージ通りだな……葵は?」
「あたし? あたしは、うん。まあ、実はそんなに得意じゃない」
「そうなんだ? それはちょっと意外な気がする。さなかよりは得意そうに見えるけど」
「あー。さなかが聞いたら怒るよ、それ。いや、悲しむかな」
俺の言葉に苦笑する葵。
与えるだけで瀕死からでも回復できそうなほど元気の塊であるさなかが、怒ったり悲しんだりしている様子というのも、なかなか想像しにくいが。
「さなかは勉強得意だよー?」
まるで自分のことのように葵は笑う。
「ていうか、さなかは苦手なことってほとんどないタイプだよね。たいていのことは上手くできちゃう」
「へえ、そうなんだ。まあ要領はいいのかもしれないね、確かに」
「や、それはどうかなー……できることはできるけど、できないことは一切できないってタイプでもあると思うな、さなかは。あたしが言うことじゃないけど」
ふうん、と俺は頷きを作った。それは、ちょっと意外ではあった。
確かにさなかは明るくて、その分ちょっと抜けているようなキャラではある。
しかし、考えてみれば集団の中で《明るく振る舞う》ということ自体、一定のバランス感覚のようなものが求められる行為ではあろう。明るいとは、ただ騒がしいだけの人間に与えられる評価ではないと俺は思う。
明るい人間は、同時におおむね空気も読める。
――まあ、それと勉強ができるかどうかは、あまり関係ないかもしれなかったが。
さなかや勝司、葵といった、俺が表現するところの高主役力者たちは、俺が必死に理論を考えて行っている行為を、当たり前のようにこなしている。
けれどそれは、何も考えていないこととは違う――そういう話だと思う。
「そういや、叶ちゃんはどうなんだろうな。知ってるか、未那?」
勝司にそんなことを問われる。俺は弁当箱を開きながら、少し考えて答えた。
別に、叶の成績なんて俺も知らない。だが予想ならつくというものだ。
「あいつは、たぶん学校の勉強はサボらないタイプだと思うぞ」
かなり自堕落で、怠け者ではあるけれど。
必要なことには努力を惜しまない。それが俺の知る、脇役哲学者の在り方だ。
「……へえ」
「そっか。まあ、叶ちゃんは真面目そうだよねえ」
口々にそんなことを答えるふたり。
別に、あいつが真面目だとは思わないけれど。その話は適当に流した。
――などとやっているうちに週末になってしまった。
何もやっていないうちに、と言い換えたほうが正しいような気もするが……いや。
いや、違う。違うのだ。決して何もしていなかったわけではない。それだけは、どうか信じてもらいたい。
必要だというのなら、俺は主役理論の神に誓おう。
ただそんな神はいないようだった。
あれ以降、何をやってもさなかを誘うことができないでいる。
なぜか。それは俺にもわからなかった。なんかこう、俺とは信仰を異にする邪教の神的存在(たぶん脇役哲学の神)が、あらゆる手練手管を費やして俺を妨害していたのだ。
火曜日。さなかは部活でふたりきりになることができなかった。
水曜日。俺がバイトだったため放課後に補足できず。
木曜日。ようやくさなかを放課後にキャッチ、声をかけることに成功する。
した。
したのだが――まあいいや。
ここから当日のハイライトってことでどうぞ。
「あ、さなか。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「あれ、未那? いいよ、どしたの」
廊下の途中で、女子の友人たちと話していたさなかに声をかける。さなかは友人たちを見送って、こちらに歩いてきてくれた。
こういうとき、女子から不審に思われないだけでも素晴らしい進歩だと俺は思うのだが、どうか。中学までの俺だったら、怯えと警戒に嫌悪を滲ませた邪視を頂くところだ。
思い返すと落ち込んでくるので忘れるとして。
「ん。いや、ちょっと、その、伝えておきたいことがあって」
片手を挙げて、さなかに笑顔でそう告げる。
事務的な連絡と思っているのか、さなかのほうはきょとんと自然に首を傾げるのみだ。
「なにー?」
「……えっと。その」
改まって言うとなると緊張してくる俺こと元脇役。
やばい。なんて言えばいいのかまったく考えてこなかった。どうやって話しかけるかのほうに意識が向かいすぎていた。誘い文句が、俺の言葉の引き出しの中にない。
え、まずい。どうしよ。これなんて言ったらいいんだ。わかんねえ。
今度デートに行きませんか、でいいのか? いやそれなんかおかしくない? だいたいデートに誘った時点で目論見がもう透けちゃってない? それほとんど告白じゃない?
なら単に遊びに行こうと誘うべきか。それなら経験がある……が、いや、ふたりきりになれない気がする、それだと。勝司とか葵の名前を出されたらその時点で断れん。いや、ふたりで行きたいんだ、と念を押したら――それもうデートって言ってるのと同じだ!
やばいまずいやばいまずいやずいまばい、は?
ダメだ混乱してきた。
俺はいったいここで何をしているんだ。そもそも俺って誰だ。
お、落ち着け。冷静になれ。主役理論を思い出せ。
主役ならここで何をする? さあ考えろ。そして最高の言葉を捻り出せ!
俺は言った。
「――今日、すげえ、いい天気だよな」
誰かこのクソ間抜けを殴ってくれ。
何言ってるの? 何言ってるのっていうか……いや何言ってるの?
なんで天気の話題をし始めたの? バカなの? 死ぬの? うん、いっそ殺して。
「あはは!」
俺史上五指に入らんとする妄言(俺調べ)に、けれどさなかは笑った。
どうやら冗談だと思ってくれたらしい。
「うん、そうだねー。そろそろ梅雨も近づいてきたけど、うん。今日はいい天気だ!」
何この子、女神かなんかなの?
これが叶だったら『は? いきなり何言ってんの。頭打ったの?』とか言うとこだ。
もはや、さなかに後光が差して見える俺だった。
いきなり天気の話をし始めた俺に対する、この快活なフォロー。変な顔など一切せず、ただ受け入れてくれるこの慈愛。
俺のような偽物とは違う、本物の主役の対応だ。
この優しさに応えずして、何が主役理論だろう。
気分を落ち着け、決心をして、俺は再び口を開く。
ここで決めねば男が廃る。
「――だよね。こんなに天気がいいと、思わず外で昼寝したくなるよね」
廃った。
もう終わりだった。
なぜ俺は天気の話を掘り下げているというのか。
「あははっ、それいいなー。わたしも外でお昼寝とかしたいかも」
「《春眠、暁を覚えず》っていうからね。こんな日に寝ればきっと気分がいい」
「はー。未那でもそういうこと考えるんだねー。いっつもほら、活動的に動いてるから。なんか止まらないみたいなイメージあったよ。常に忙しそうにしてるっていうか」
「そんなことないと思うけどね。でもまあ確かに動き回ってはいるかも」
「忙しないよね。その分、楽しそうでもあるけど」
「まあ、俺の中学時代のあだ名は《空を泳ぐまぐろ》だったからね」
「まぐろ」
「そう。止まると死ぬ」
「止まると死ぬ」
「なんだか眠たくなってきたよ」
「死ぬよ! 寝るな、未那! まだ寝ちゃダメだ!!」
「寒い……早く体を暖めないと……」
「雪山で遭難した人みたいになってるけど!?」
「だが俺はまぐろ」
「またまぐろ!?」
「まぐろは止まるわけにはいかぬ」
「まだまぐろ!!」
「では俺は行く。遥かなるあの海へと」
「もうなんかよくわかんないけど! よーし、それじゃあ行ってこ――っい!!」
「さらばだっ!」
「おうっ!」
俺は廊下を走り去った。なぜだろう、目尻がわずかに湿っている、そんな気がした。
背後から聞こえるさなかの声が、徐々に遠くなっていくのを俺は感じていた。
「――あれっ。結局、何しに来たの、未那は!?」
それはちょっと俺にもわかんねえな、これな。
うん。
いや違うの。
聞いて。
怒るのは俺の言い訳を聞いてからにして。
俺だってがんばったんだ。
必死に、なんとか会話を繋がなくちゃいけないと奮起した。幸い、主役理論を実践するための特訓は積んでいた。だから、ただ喋り続けるだけなら俺にもできるんだ。
でも喋る話の、その内容までは吟味が行き届かないっていうか。
そもそも考えながら喋れないっていうか。
うん、そんな感じ。言葉の泉から湧き出すワードは、俺にはどうしようも不随意なの。
恥ずかしさで頭が
――死にたい……。
ともあれそんな感じで、さなかをデートに誘う作戦はものの見事に失敗した。
金曜日に至っては、もう声をかけることすらできなかったレベルである。
※
という話をしたところ。
おでん屋の少女――
「……未那って、意外とバカなのな」
返す言葉もなかった
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