1-08『それは素晴らしき青春の諸々4』
「ひょわ~……」
というさなかの嘆息が、かんな荘一〇二(および一〇三)号室の内情を見た感想だとするのなら、果たしてどう受け止めるべきなのだろう。よくわからない。
少なくとも典型的な《独り暮らしの男の部屋》スタイルでないことは確認してもらえたと思う。思いたい。これでも俺は、割と綺麗好きなタイプだと自任していた。
午後四時を少し回った頃。
駅前の店で買い出しを済ませた俺たちは、このかんな荘まで戻ってきていた。鍵を開けてまず俺が入り、続けて入ったさなかの漏らした感想が、さきほどの溜息だったというわけである。
そのさらに後ろから、「お邪魔しまーす……」とおっかなびっくり入ってくる葵、そして両手にレジ袋を提げた勝司が「おーい。荷物重いから詰めてくれー」と続いた。
こういう些細な部分だけでも、
純粋に独り暮らしの部屋というものに興味があるらしいさなか、あくまで礼儀正しくお宅に訪問するという構えの葵、自ら荷物持ちを買って出ながらも明るく振る舞う勝司――こういった違いは、見ているだけで面白いと俺は思った。
逆を言えば、こういう些細な個性というものを、これまでの俺は見逃して生きてきたのだと思う。
主役理論はあくまで俺自身が楽しく生きるためのメソッドだが、それに則って生きることがどこか自分を成長させているのなら、それは悪くないことなのだろう。
朱に染まれば赤くなる、という。それは逆から見るならば、自分という存在が成長することで、周りに集まる人間も変わってくるということだ。
あくまで養殖の主役を、しかも目指している最中の俺が、そうそう他人に影響できるとも、気軽に人柄を判断できるとも思わないけれど。人生を楽しむには、まず自分を変えるべきなことだけは間違いない。
「さて。狭いところですが、まあどうぞ」
俺は言う。言ってしまってから、賃貸アパートを狭いと俺が言い切るのは、貸し主の瑠璃さんに悪いのではないかと考えたけれど、まあ慣用表現ということで諒とされたい。
そして案の定、入ってきた三人は驚いたように言った。
「いや……思ってたより、広い……っていうか」
お菓子や飲み物のペットボトルが入ったレジ袋を置いて、勝司が呟く。
それを受けて葵も続けた。
「……隣の部屋と、続いてる……?」
そうだよね。そこ気になるよね。ていうかならないわけないよね。
もしかしたらワンチャン流せるんじゃないかと考えていた、というか願望していた俺。だがそんなはずもなく。当たり前のように突っ込まれてしまっていた。
しかし慌てない。言い訳なら考えてあった。
ていうか、これに関しては事実を言うだけで済む。
「ああ。壁なら壊れた」
「壊れたのっ!?」
大仰に驚いてくれたのはさなかだ。いつも明るい奴で、そのためかリアクションが常に大きい。そんなところが、元気を感じて俺は好きだったのだが、ともあれ。
「思いっ切り壊れた。まあ幸い、瑠璃さん――管理人のお姉さんには怒られなかったから、まあ、いいかなって感じ。もともとアパートってわけじゃなかったらしいよ?」
「……でも、両方の部屋にキッチンとか、あとトイレとお風呂もついてるけど……それ、おかしくない?」
さなかの言葉に、俺は思わず押し黙った。
――うん、確かにおかしい。
気にしてはいなかった。だが気になっていなかったわけじゃない、みたいな。
だって、どう見ても部屋ごとに別々の暮らしが送れるよう設計されている。だというのに「壁だけがなかった」は正直、意味がわからない。何か隠されているような気がした。
俺がこの話を流した理由はふたつ。仮に秘密の理由があったところで俺には関係がなく、ならば流してしまったほうがいろいろと都合がよかっただけ。
だってお家賃がお得だから。
「ま、部屋が広くなる分にはラッキーだからね。ぶっちゃけ深く考えてないや。あ、ほら、どうぞ座って座って。何もお構いはできませんがって感じだけどさー」
一〇二側――つまり我喜屋エリアの中央には背の低い卓袱台が置かれている。その周囲に四つほど座布団も設置してあった。
要するに、初めから人を招くことを考えてある。
今回はあくまでお宅訪問それ自体が目的だったから、集まって何をするということは特に考えていない。交流を深めるための、ちょっとしたパーティと思えばいいだろう。
「それじゃ、あたし準備するね。我喜屋くん、グラスとか出してもらっていい?」
レジ袋をよいしょと持ち上げて、葵が言った。手伝うぜー、と勝司も言う。
葵は、普段は温厚で静かな子だが、これで面倒見がよく、小柄な割にお姉さん気質だ。直接確かめたことはないけれど、本当に弟か妹がいるんじゃないかとこっそり思っている。
そういった類いの情報を話のネタとして溜めておくことも、主役理論実践編の方法論のひとつではあるのだが、いや、なかなかプライベートな話に突っ込むのも難しいよなあと思う。
まだまだ経験値が足りていない。主役EXPを稼がなければならない。
この点、勝司なんかはお手本のような会話運びができる奴だから、俺は心の中でこっそり師と仰いでいたりする。
「おーい葵ー、もうこれ全部出しちゃったほうが早くねー?」
「いやいや、結構買ったよー? 残った分は置いてくことになるんだから、なんでもかんでも開けないほうがいいってー」
「あーなるなる。んじゃ小分けされてるヤツ優先にすっか。あー、でもチョコ系は冷蔵庫しまっといたほうがいんでねーの」
「そだね。んじゃ一個残して残りはしまおうか。勝司、どれがいい?」
そんな会話を小耳に挟む俺。
上手いなあ。上手いけどチャラいなあ。チャラいけど上手いんだよなあ……。
主役理論を実践するようになってからというもの、俺はこの手の会話運びを自然にできる人間を尊敬するようにすらなっていた。
しれっと道化のように振る舞いながら、着々と準備を進める方向に仕向けている。そもそも葵から下の名前で呼ばれている辺りすごい。
さなかと葵は同じ中学の出身だが、確か勝司は俺と同じで、高校からの付き合いのはずだ。だというのに、俺より遥かにあっさり葵と距離を詰めていらっしゃられる。
ハンドリング力というかコーナリング力というかキーパリング力というか。
どう言えばいいのかわからないが、とにかくそういった能力に素で秀でている証拠だった。俺はまだ葵からは《我喜屋》呼びなのだから、これは目に見える経験値の違いの表れだろう。
少し茶色に染められた髪からもわかる通り、外見と同じだけ中身もチャラい勝司。だがその割に男女で人を区別しないというか、態度を変えない辺りが嫌われない理由なのだと推測していた。
たぶん数か月もする頃には、自然と彼女を作っているタイプの人間。なんなら相手は葵かもしれない。
「出すの少なめにしておこっか。必要ならあとから開ければいいし、我喜屋くん、あとで友利さんも来るんだよね? あ、待って勝司、それゴミ袋にするから出しといていいよ」
と、葵がこちらに向けて訊いた。彼女は本当に気が回る。
俺はグラスをさなかに手渡しながら頷き、答えた。
「そうだね。何か買ってくるかもしれないから、まあまずは質素にしておこうか。別に、余ったら余ったで次に回せばいいし」
「はー……いいよな、独り暮らし。すげえ憧れるわ」肩を揺らして勝司は笑う。「ていうかまずこの家がいいわ……ガッコ近えし。最高。あー俺、入り浸りになりそうだわー」
「うわー。我喜屋くんかわいそー」
「ちょっと葵さん? それどういう意味だ、おーい」
「あ、我喜屋くんごめん、これ冷蔵庫に入れておいてもらっていいかなー?」
「スルーだよ!」
大仰に落ち込んでみせる勝司。俺は笑いながら残りのビニール袋を受け取ったが、頭の中では妙な敗北感が鐘を打ち鳴らしていた。
俺ではまだ、葵とここまで気楽に話せない。
くそう、これだから天然モノのコミュ強は違うぜ……! だがその技、俺がいずれ盗み出してくれよう! 見ているがいい! 最後の笑うのは努力するアリであることを!
「――ねえ、未那ー?」
「あ。ごめん、何?」
阿呆の極みみたいなことを考えていたところで、さなかに声をかけられた。
取り留めもない脳内漫談を片づけ、俺はそちらに向き直る。煌く視線が俺を貫いた。
「……え、どしたの?」
「この部屋、探検してもいいかなっ!?」
おめめキラッキラのさなかさんであった。かわいい。
笑顔が魅力的、とはこういう子のことを言うのだろう。いや、さすがにそんなことを口に出しては言えないが。
考えてみれば、自室に女子を招くというイベント――なかなか青春度が高い。
あんまり意識していなかったが、これなかなか桃色イベントなのではないだろうか。青ではなく。
俺は言った。
「……まあ別にいいけど」
「いやあ」なぜか照れてみせるさなか。「やっぱ、独り暮らしって憧れじゃないですか。どんな風に暮らしてるのかなー、って。さなかさん、ちょっと興味がありまして」
「そんな面白い暮らしはしてないと思うけどね」
「やはは。いやいや、やっぱり気になるものなのですよ?」
若干、顔を赤くしているさなかさんであった。
なぜ照れているのか。と思ったが、逆の立場なら確かに俺も照れるかもしれない。まあ男から女子の部屋を探検したいなどとは、そもそも言えないだろうけど。
「ご自由にどうぞー」と、言ってから俺はつけ足した。「あ、でもこっちのスペースだけで頼むな? 壁の向こう――っていうかなくなった壁の向こう側は一応、あんまり使わないようにしてるからさ」
「そなの? ん、わかった」
あっさり頷いてくれるさなか。いや、ここで嫌だとか言う奴そうはいないが。
もちろんあまり使っていない理由とは、アパートの契約が云々とか遠慮がどうこうではなく、単に友利のスペースだからというだけだったが。別に嘘はついていない。
そんな俺の言葉をどう思ったが、そこで、なぜかニヤニヤと勝司が笑みを作った。
「まあ察してやれよ、さなか。そりゃ未那だって見られたくないモンのひとつやふたつ、隠してることだってあるだろうからよ。なあ?」
うっわあ……と引いてみせる葵。
一方のさなかはわかっていない様子で、
「見られたくないもの?」
きょとんと首を傾げていた。ヤダこの子ってば純粋。
俺は勝司を横目でじとっと睨みつけつつ、あははと笑って誤魔化してみせる。それでも勝司は余計なことを言うのをやめず、さらに補足までつけ足しやがった。
「野郎の独り暮らしだぜ? いろいろ溜まるものもあるだろうさ」
俺はジト目で答える。
「おいやめろ。セクハラだぞ勝司」
「いやいや、そのくらい気にしねえって別に。なあ葵?」
「あたしに振らないでほしいんですけどー。勝司サイテー」
「ていうか、俺に対するセクハラだって言ってんですけどー。勝司サイテー」
「それは予想外だな!?」
などと、勝司がおどけてみせたところでオチがつく。
ひとりだけ、最後までわかっていなかった様子のさなかだけが、しばらく経ってから「ああっ!?」と叫んだが、それには三人で微笑ましい視線を向けることとなった。
耳まで真っ赤に染めるさなかは、やはりかわいらしかったことだけ追記しておこう。
――ともあれ。
そんな感じでグダグダと準備を終わらせ、俺たちは小規模な交流会を開始した。
一応はホスト側であることを考え、俺がそれぞれのグラスにジュースを注ぐ。それから代表して乾杯の音頭を取った。
そのあとは、もう雑談会みたいなものだった。
たとえば勝司が中学時代と同じく高校でもバスケ部に入るつもりだとか、意外とグルメな葵はこの辺りの美味しい店をだいたい網羅しているから、今度紹介してもらおうとか。さなかは方向音痴で学校見学会のときに迷子になってしまったとか、俺が務めている喫茶店の売り上げに今度貢献してほしいだとか。
そんな、益体もない四方山話。
言ってしまえばどうでもいい、どう考えても役には立たない、どこまでも下らないただの雑談。だとしても、それで今が盛り上がるのなら素晴らしいことだと俺は思った。
主役理論の実行さえ半ば忘れて、ただ現在に色を塗る。思い出が鮮やかであれと願う。
それを、たとえばあの捻くれた旧友ならば、友人関係を履行し続けるための契約儀式とでも表現するのかもしれない。
友利ならば無為と片づけるのだろうか。
そのどちらも、きっと間違っているわけではないのだと思う。客観的な事実とは、常に揺るがないものだから。
違いがあるとすれば、それを受け取る俺たちがどう認識するか。その時間にどんな価値を見出すか。
きっと、それだけの話なのだ。
だから俺は色を塗る。
青くても、赤でも緑でも黄色でも。モノクロよりはずっといいから。
塗り絵そのものに価値がなくても、色を塗っていた時間は、その記憶は、俺の内側にいつまでも残る。
それだけが、今の俺が求めることだったから。
――友利叶が姿を現したのは、尽きない話題が三十分ほど繰り広げられた頃だった。
ぴんぽーん、という間の抜けたような響き。玄関の呼び鈴が鳴らされた音。
この部屋を訪ねてくる人間は限られる。もちろん友利は普段、チャイムを鳴らしたりはしないが、さすがにこの辺りは意図して隠すべき部分だ。
「あ、友利さんじゃないかな?」
音に反応して葵が言った。勝司は軽く笑顔を作って、
「よし。駆けつけ一杯を準備しとこう」
「そんなおじさんみたいな……」
「いや、おじさんって」
息の合ったコントを繰り広げるふたりを尻目に、俺は玄関へと向かう。
戸を開けば、そこには友利叶の姿。
着替えてあったのだろう。地味に見慣れない私服を友利は纏っていた。
普段は見ている側の気が抜けるようなジャージや寝間着姿ばっかり、そういえば見ている気がする。
「――こんにちは」
と。友利叶はそう言った。
俺に向かって、花の咲くような笑みを見せて。
整えられた格好で頭を下げる。
――ん、んん……?
え。いや、え、ちょっと待って。これ、何これ?
「今日は呼んでくれてありがとうね、我喜屋くん。あ、これお土産。遅れてごめんね?」
「え。あ、お、おう……」
呆然としたまんま、俺は手渡された包みを手に取った。なんだか高そうなお菓子だ。
……おっとぉ? この一見お淑やかな美少女はいったい誰だ……?
誰だも何も当然、友利叶に決まっている。
だが、まさかこうまで見事に仮面を装着変身してくるなど、いくらなんでも想定外の極みだった。俺は視線で問う。
――いや、何してんだ、お前?
友利は笑みを深めた。表情が雄弁に物語る。
――あら、何かおかしいことがありますかしら?
俺は完璧に絶句した。
「…………」なんだこいつ。
そして誰だこいつ。なんだこの文字通りの変貌っぷりは。明日の天気は槍の雨か。
俺の知る友利叶という概念存在は、朝に弱い自堕落な脇役哲学者だ。夜は常に遅くまで起きていて、文庫本を読んだりネットを漁ったりとダメ人間ムーブに余念がない。格好も常に機能性だけが重視され、見た目に気を遣うなど髪を整えることすらやらないレベル。口から洩れるのは「あー」とか「うぇー」とかいう呻きが大半で、だらしない格好オリンピック日本代表級の実力者。それこそ独り身のOL概念もかくやという気だるげ女なのだ。
これは違う。
これは友利叶じゃない。
友利叶という皮を被った別の何かだ。
俺はそう考えることにした。
「……あー。まあ、中へどうぞ?」
ともあれそう告げる。いつまでも玄関でお見合いしているのも馬鹿らしい。
ここからは気合いを入れてかからないと、友利との同居が見抜かれてしまう可能性があった。
俺の言葉に、友利は笑みを深めてこう答える。
「ありがと、我喜屋くん」
「――っ! い、いえいえ……」
咄嗟に噴き出しそうになったのを堪える俺がいた。
いや、我喜屋くんて。
お前の口から俺に対して我喜屋くんて。
何これ? さては俺を笑わせようという念入りにして高度なコントだったりするのか?
噴き出すことだけは必死で堪えて、俺は半身をずらし友利を中に誘導する。
友利はそのまま俺の脇を通って中に入っていこうとしたが、その途中で――俺の足を思い切り踏んだ。
「いったぁ!?」
思わず叫ぶ俺。友利は振り返り、両の手を合わせると言った。
「あ、ごめん我喜屋くん? 痛かった?」
「…………」
この位置関係で振り返ったということは、友利の表情が三人からは見えないということ。
不敵に憎らしく、そして露骨に厭らしいこの笑みが!
見えていないということだ。
よくわかった。実によくわかった。今の言葉はこういう意味だ。
すなわち、
『あ、ごめん我喜屋、思わず踏んじゃった。ちゃんと痛かった? ――ならよかった』
確実に疑う余地なく絶対こいつわざと踏みやがった。痛くなかったら、なんなら二回目踏むくらいの勢いでいやがった。
だが俺に――今の俺に、それを責めることなどできるわけがない。
というかできないと理解しているからこそ、あえて攻撃のチャンスだとばかり踏んでいったのだ、友利は。
やりやがる。ああ、やってくれやがるぜ、この女。
うん。いいじゃない。なるほどね。いやいや? え? いや、別にこの程度ではね? 俺もそんな、怒ったりとかしませんよ。これでも度量の広い男なんでね、我喜屋くんは。
――覚えてろ。
笑顔の仮面を装着、変身。
扉を再び閉めて戻った俺の視線の先で、友利が三人と挨拶を交わしていた。
「ごめんね、急にお邪魔しちゃって。えーと、友利叶です。同じクラスの」
相変わらず全力で《誰だこいつ》状態の友利。もともと顔立ちは整っているし、ならば振る舞えさえ気を払えば一流になるとは確かに思っていた。
しかしここまで徹底するか。
「いらっしゃーい、ってあたしが言うのもおかしいけど。えっと――」
「――吉永葵さんでしょ? そっちが宍戸勝司くんで、あとそっちが湯森さなかさん」
「わ。あたしたちの名前、覚えてたの?」
「そりゃ同じクラスだしね。ていうか今日会うってわかってたのに、名前覚えてないってことはさすがにないよ。今さらだけど、これから一年よろしくね!」
笑顔の友利。
嫌だ嫌だ嫌だもうなんかいっそ怖い怖い怖い怖い怖い。
「名前知ってるなら話は早えな、友利ちゃん! 俺のことは勝司でいいぜ!」
「あっはは! うわー、チャラいなー、宍戸くん!」
「お、言うねー、友利ちゃん。未那とは同じバイトなんだって? 友利ちゃんがいるって知ってりゃ俺も行ったんだけどなあ。喫茶店ってことは制服っしょ?」
「そうそう。制服かわいいよー。是非みんなで来てね! って、もう我喜屋くんが普通に誘ってるかな?」
「いや正直、野郎の制服姿を見に行く趣味はないからな」
「ほほう? じゃあ、わたしの制服姿なら見に来てくれると?」
「もちろん!」
「うーむ。じゃあ勝司が来る日はシフトを変えてもらうべきかな……」
「……酷えっ!?」
「あはは。あ、わたしのことも別に叶でいいよ。よろしくー」
「あ、そしたらあたしも葵でいいよー」
一瞬で打ち解けていく、友利叶の姿がそこにはあった。
何これ。
なんだこれ。
いったい何がどうなったらこうなるってんだこれ。
不覚にも呆然としてしまっていたところで、こちらを向いてさなかが言った。
「――未那? 何してんの?」
「え。ああ……いや、なんでも」
俺はかぶりを振って輪の中に戻っていく。葵がこちらを向いた。
「我喜屋くん、まだグラス余ってる? 叶ちゃんの分も用意しなくちゃ」
「あ、我喜屋くんに渡したのお土産だから、よかったらみんなでね」
応じるように友利も言って、その視線を俺に向けた。それが語って曰く。
――グラス、さすがに五つもないでしょ。
同居人だけあって、さすがにそこは把握済み。人を招くことを考えて四つまで揃えてはいたけれど、さすがに普段使いしないグラスをそれ以上は持っていない。
俺はわずかだけ頷いて、友利の部屋の側に向かった。友利が使うなら友利のコップでいいだろう。
友利エリアのモノの位置も、この一週間で完全把握するに至っている。ものぐさな友利はひとつしかコップを持っていなかったので、それを持って我喜屋エリアに戻った。
すると、なぜだろう。
さなかが、なぜかじっと俺を見つめていることに気がついた。
「……どしたの、さなか?」
持ってきたコップを友利に手渡しながら問う。
さなかはそこで、ペットボトルのお茶をコップに注ぐ友利に一度視線をずらしてから、再びこちらに向き直って首を傾げた。
「――あ、いや。そっちの部屋はあんまり使ってないって言ってたから」
ぴしりと硬直する俺がいた。
おんなじ感じの友利も、たぶんいた。
「あ、や、大したことじゃないんだけどねっ」
「――おお、おう。うん」
「なんか、かわいいコップだな、って思っただけで」
再び硬直する俺と友利。
友利の使っている陶器製のコップ。ピンク色の、クマだかパンダだか、たぶんそれ系の動物をモチーフにしているらしく――見るからに女性もの。
――え。いや、さすがにこの程度でバレたりとかしないよね……?
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