IF-1『我喜屋未那(20)』

 なにせ早生まれなものだから、アルコールが法的に解禁されるのも周囲に比べて遅かった。

 せっかくの楽しみだ。自分をそこまで真面目な人間だとは思わないけれど、どうせならきちんと二十歳の誕生日に開けるとしよう。

 そう決めてから飲んだお酒は――しかし、どうだろう。

 正直言って、よくわからない。味がわかっているのかいないのか、それさえ自分では不明だった。

 これでもコーヒーに対する味覚はそこそこ鍛えられている、という自負があるのだが。昔取った杵柄というか、今でも独り暮らしの自室に、いろいろと関連の器具は置いてある。


 まあ、わざわざ手で淹れることは、めっきり少なくなってしまっているのだが。


 というか、家で飲むこと自体があまりないというか。

 ともあれお酒よりはまだ味がわかる。ならばこの機会にアルコールへの味覚も鍛えておこう、と俺が決意したのは単に流れであって、実際には「ようやくお前も飲めるんだし、飲もうぜ!」という友人たちに誘われた結果と言うべきだろう。

 

 ――これまではあんま誘えなかったからな。

 大学に入学して以来の友人は言った。甚だ疑問ではあったが。

 酒は飲まないが、これでも飲み会にはそこそこ出没していたのである。それともソフトドリンクだけを頑なに飲み続ける俺に気を遣っていたのか、その逆で俺が気を遣わせていたのか。

 それは定かではないが、とにかく呼ばれた飲み会に俺は向かった。


 合コンだった。



     ※



「……そういう意味かよ……」

「ひとりだけ飲まねえってヤツを、こういう場に呼ぶのもなんだしな」


 香椎かしいという名の友人は、軽く肩を竦めて笑った。

 呼ばれるまで、これが合コンだということを知らされていなかったわけである。

 うーむ。ていうか、正直言って合コンなんて都市伝説だと思っていた。本当に開催されているイベントだったのか。

 近くの大学と三校合同で開催されたというそのお祭り。いったい香椎のどこにそんなコネがあったのやら。


「おし、乾杯といこうぜー」

「さっきやったろ。全体で一応」

「お前とはまだ、ちゃんとやってなかったと思ってな、我喜屋。まあいいじゃねえの」

「……じゃあ」

「乾杯。二十歳おめでとさん」

「祝いの言葉よりプレゼントを寄こせよ、プレゼントを」

「だから呼んだだろ」

「舐めんな」


 泡の立つ琥珀色の液体を、ちびちび舐めながら俺は言った。

 この苦さに、なんだか慣れないのだ。別にマズいとまでは言わないけれど……いやどうかな。


 そんな感じでしばらくの間、運ばれてくるコースのつまみをもそもそと食べる。

 見知らぬ誰かに、あまり積極的に声をかけようという気にはなれない。疲れてしまったのだろうか。

 ところどろこでほろ酔いの学生たちが、大きな声で中身のない話を繰り広げている。

 そんな輪に加わり切れず、いつの間にか隅っこに追いやられていた俺に、近づいてきた香椎がこう言った。


「おうおう、飲んでるかー?」

「典型的な酔っ払いの絡み方やめろよ。面倒臭え」

「はは。んじゃ合コンらしく、お目当ての子がいたかどうか聞こうか」

「……あー」


 言われるまで、もはや自分が何をしに来たのかさえ忘れていた。


「まったく考えてなかった」

「バカじゃねえの」

「うるせえ」


 と俺は返すが、まあ、確かにバカだろう。

 この機会に女の子と仲よくなろう、という覇気以前に意思すらなかったとは。間抜けも極まれりだ。


「なんだよ、まさかお前、意外と理想が高いタイプか? 結構レベルは高えと思うけど」


 香椎の言葉に首を振ろうとして、できなかった。

 縦にも、横にも。


「人見知りなもんでな」


 軽く冗談めかして言う。


「初対面の相手と仲よく話すのは苦手なんだ」

「よく言うぜ。……ま、好みの子がいないってんなら仕方ねえけど」


 大して小さな声で話しているわけではない。

 それでも誰にも聞こえていないのは、さすがに学生御用達の居酒屋だけあって喧しいからだ。

 おそらくだが、隣も似たような人種が似たように騒いでいるのだろう。なんだか少しだけ愉快な気がした。


「おい、香椎」


 俺は箸を置いて言った。


「あ? どうした」

「煙草くれ。喫煙所行ってくる」

「たかるんじゃねえよ……」


 気取っているのか遠慮なのか、この場で煙草を吸っている人間はいない。

 だが少なくとも香椎が喫煙者であることは知っていた。

 なにせ二十歳になった俺に喫煙を薦めたのもこいつだから。以来、自分で買うことはないものの、ときどきこうして香椎にたかる形で喫煙所に籠もったりする。

 時間を潰すための、いい言い訳だとでも認識しているのだろう。

 面倒臭い貰い煙草をする奴だ、我ながら。そろそろ怒られても仕方あるまい。


 香椎から煙草とライターを借りて、座敷を出た。

 スリッパを履く。と、ちょうど隣の座敷の襖が開いて、奥から人が現れる。

 俺はそちらを見なかった。

 知らない人をまじまじ見るほうがおかしいだろう。初めは気にも留めなかったほどだ。

 だがそいつが、まるで硬直したように動かないことには、さすがに違和感がある。


「……?」


 なんの気ない風に俺は顔を上げた。

 それと同時、立ち竦んでいた相手と視線がぶつかる。


「――……叶?」

「未那……」


 数年振りに顔を合わせる、かつての同居人がそこに立っていた。

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