S-13『友人の立場から見る面倒臭い人たちの話』

 たとえば吉永よしながあおいにとって、《友人》とは《気を遣う相手》をいう。

 なんて本当に言うと、いやいやそれは逆だろう、むしろ気を遣わなくても済む相手を友人というんじゃないか? なんて返しをされてしまうとも思っているけれど。だから別に、口に出して言うわけではない。

 気を遣う、というと語弊があるだろうか。かもしれない。

 だがより正確に表現するなら、《気遣うに値する相手》だと言い換えることになってしまう。


 それは別に、いちいち遠慮して振る舞うとか、相手の気持ちを斟酌して自分を押し殺すとか――少なくともそういう風に言い表されるような感情ではなくて。

 親しき中にも礼儀あり、というか、親しいからこそする配慮というものがあるよね、というお話だった。

 言うなれば、特別扱いをする相手のことを友人と呼ぶわけだ。

 時間を割いたり相談に乗ったり、そういう、誤解を恐れず言えば自分ではない誰かのために自分を使うこと。極論になるが、そういう行為の連続が人間関係である以上、それらを当たり前にできる、してもいいと思える相手のことを、少なくとも彼女――吉永葵は友人として認識していた。


 その意味で言えば、葵にとって湯森さなかはいちばんの友達だ。

 電話で長話をすることなんてざらだし、結構意外と面倒臭いこの友人に振り回されることがないわけじゃない。でもそれを嫌だと思うことはないし、むしろ嬉しいと思っているし、逆に葵がさなかに甘えることだってある。

 それを当たり前だと思える関係を、友人と呼ぶに過ぎない。

 単純にそれだけのことで、別に強く意識しているわけじゃなかったし、この先もそんなものだろう。


 ――まあ、それでも。


「ねえ、葵……人生って難しいよね」

「ソウダネー」

「でも、それが生きるってことなんだと、今はわたしも思うんだ」

「スゴイネー」

「ねえ葵。今のために、過去を忘れることって本当に正しいのかな……?」

「ドウカナー」

「……あの。さっきから葵、ちゃんと聞いてないよね?」

「だって今日のさなかめっちゃくちゃめんどくさいんだもん!」

「ヒドくない!?」

「だからヒドいのはさなかだってば!!」


 こうまで面倒臭くなられるとまた話は違ってくるよね? っていう。

 まあ、そういう感じだった。


「え、何……? なんなの? わざわざあたしを呼び出してまでする話がそれなの? なんなの?」

「いや……あの、そこまでこう、言われてしまうと、わたしとしてもなんか違うかなって思えちゃうというか?」

「なんか違うとかいう程度だった今の?」

「すみません全てが違いますよねすみません……」

「……はあ。いや、いいんだけどね」


 ほかの相手ならいざ知らず。

 さなかなら、こうやって発作を起こすこともあるだろうと葵は納得している。

 いや充分すぎるくらい面倒臭いのだが。


 そういう面倒臭い部分も含めて友達をやっているのだ。

 それ自体は、そこまで気にすることでもない。


「で……今度は何? いったい何キャラやってるの、それ?」


 葵は訊ねる。最近のさなかは、どうも自分のキャラの薄さを気に病んでいるというか、その打開のためにヒロインチャレンジ(←意味がまったくわからない)を行っているらしい。いろんなヒロインの真似をしているというか。

 そうすることで、自分を真なる主役(ヒロイン)の座へと至らしめることが目的とかなんとか。

 正直、一から十まで何言ってんだこの子マジで、と思う葵だったが、本人がこうもノリノリでは野暮も言いづらい。

 現にさなかはこう答えた。


「……どうなん、だろうね……?」

「いや知らねえけども。なんであたしに訊くんだよ」


 言うときは言うのが吉永葵という少女である。

 ゆえに、それを知っているさなかはこの程度でへこたれない。


「いや。違うんだ」


 さなかは遠い目をしていた。

 格好つけているようだった。


「確かにわたしはこうして陰のある女をやっている」

「陰のある女をやっている」


 そんな面白いこと言わないでほしい。


「だけど……どうだろう? こうして放つ言葉はそれでも、わたしの本心なんじゃないかな?」

「いや、うん……だから知らないけれども」

「――はっ!?」

「いや、はっ、じゃないけども」

「ということはわたしは、やっぱり実はヒロインっぽいのでは――!?」


 葵は言った。


「めんどくせえっ!」

「めんどくせえっ!?」


 さなかは狼狽えた。


「だ、ダメでしょそれ言っちゃ! それ言っていいのは未那と叶ちゃんだけだよっ!」

「確かにあのふたりも信じられないくらい面倒臭いけれども!」

「あとはギリギリ秋良だけだよ!」

「誰て!?」


 その人は知らない。


「でも、わ、わたしはそこまでめんどくさくはないはずだよ!?」

「いやめんどくせえっ!!」

「あー、また言ったなあ――!?」


 むすっとするさなかであった。

 そして、そうしたいのはむしろ葵のほうであった。


「なんなん! なんなの!? なんなのそのヒロインチャレンジとやらはっ! それどこを目指してるの!?」

「ど、どこって……だからヒロインらしい振る舞いを身に着けるために、というか……」

「だとしたらチョイスがおかしいでしょうがあ!!」

「それは……そうかも、しれないけど……」

「ていうか第一、もうさなかもちょっと笑いを取りに来てるよね? ウケ狙ってるよね!? いくらなんでも、そこまで抜けてないよねホントはね!?」

「うっ……!?」


 ――その指摘は図星であった。


 というのもだ。

 割と天然な部分は否めずとも、基本的には目立つタイプで、付き合いも多いさなかである。当然、そういった人間はそういった人間として、それ相応の振る舞い方というものが求められる。

 空気を読み、人間関係の機微に聡く、あるいはある部分で鈍感さを求められる。場の空気を一定のラインで保ち続けるためには、ある種のコミュニケーション能力が求められるものなのだ。

 湯森さなかがそれを所持していないはずがない。


 だが、だからこそ彼女は、これまであまり《ボケる》という行為をしてきたことがない。

 よく見ればボケるまでもなくボケている気もするが、それを措けば彼女は笑顔を保つことはせよ、積極的に人を笑わせるということに、これまで触れてこなかったのだ。


 ――しかし、ここで《ヒロインの真似》という(謎)行為を開始したさなか。

 彼女は気づいてしまった。

 それをすると、割と(主に未那を)笑わせられるということに――!


 もちろん、それを目的して本末を転倒させるさなかではない。

 彼女はきちんと真面目に、本気で、真剣にやっている。


 それでこれなのだ!

 それでこれなのである!


 だから彼女は、失敗したら「もう笑わせる方向にシフトしよう」と考えてしまった。

 楽しかったのである!

 ちょっと楽しくなってきちゃったのである!

 これまでウケを取るという行為に慣れていなかったさなか! 自分のボケで人を笑わせることに、ちょっとした恍惚さえ覚え始めてきてしまったのだ!

 さなかがらそれは、年上を困らせるイタズラを覚え始めた子どものように!


「あたしはもう、さなかがどこを目指してるのかわかんないよ……」

「……わたしもよくわかんなくなってきたけども……」


 最近は自分でも「もしかしてなんか違うのでは……?」と思いつつあるが、しかし打開策は見当たらない!

 当然だ。主役らしくなる、という目的のために、どっかから取ってつけてきたキャラで振る舞ったところでそもそも初めから意味などないのだから。チョイスがおかしいというのは、《どんなキャラを演じるかが間違っている》という以前に、そもそも《キャラを演じるという方向性そのものが間違っている》という意味なのだから!!

 しかし気づかない!

 さなかはそれに気づかない!

 なぜなら、彼女に唯一ツッコミを入れられるはずの未那が、「さなかがやりたいならいいんだろう」というくらいにしか考えていないのだから! これは、さなかが本当は《(未那にとっての)ヒロインを目指す》ことを目的とした、実質的に告白同然の台詞を吐いたというのに、話の流れで《(自分なりの)主役を目指す》という宣言だと認識してしまったからにほかならない!

 当然、葵たちからすればそもそも《ヒロインを目指す》という言葉の意味そのものがわからないのだからツッコミのしようがない!


 ――必然!

 さなかはボケ続けるしかなくなってしまったのである――!


「いや、気持ちはわかるよ?」


 葵は言う。


「本当に……?」

「要するに未那へのアピールなんでしょ? だとしたら絶対間違ってるとしか言いようがないけど」

「うぅ……っ!? いや、そもそも別にアピールとかそういうんじゃ……」

「だとしたらより悪いわ。しろや。何もたついとんねや」

「葵が厳しい……」


 そう。この吉永葵に、さなかのボケは通用しない。

 下らないダジャレには信じられないくらい大笑いするこの女、センスが少しズレている。

 そうでなくとも昔からの親友であるさなかのことは、初めからボケた人間として認識していた。今さらちょっとやそっとボケたくらいで、さなかならそんなもんだろうとしか認識しないのだ。


「で、でも……でもね? やっぱり、こういうのって簡単なものじゃないと思うんだよ!」


 さなかは言い訳を開始した。

 まあ、彼女にも彼女で言い分はあるわけで。


「……何? なんか、そんな躊躇うようなハードルあるわけ?」


 訊ねる葵に、さなかは小さく笑った。

 どこか儚い笑みだ。同性である葵でさえ一瞬、息を呑んでしまうほどに。


「ない、とは言いづらい……かな」

「どの辺がよ?」

「……説明に困るんだけどさ。えーと……わたしはさ、そもそも未那を、なんだろ。尊敬してるわけ」


 ――あの男にそんな人間として尊敬されるべき箇所などあっただろうか?

 と思った葵だが、それを言わないくらいには空気が読めた。


「や、まあ尊敬って言うとちょっと違うかな。憧れって言っても少しズレるけど」

「んー……悪いけどよくわかんないなあ」

「えーとね。わたしがやりたくても、勇気がなくてやれなかったことを、未那はちゃんとやってたわけ」

「それで尊敬……って?」

「まあちょっと違うんだけど。それはさ、未那が別に当たり前にできることじゃないんだよ。たとえば同い年のスポーツ選手を見てさ、大人の世界で活躍してる人で、ああすごいなって尊敬することはあるじゃない?」

「……うん。言わんとせんことはわかるよ」

「だけどやっぱり、そういうのって遠い話だと思っちゃうっていうか。同じ場所を目指してるわけでもないし。才能がどうとか言うつもりはないし、すごい尊敬に値することだとは思うんだけど、でもそれは、わたしとは違う人の話だと思うんだよ」


 葵にも、さなかの言うことは理解できる。

 天才卓球少女とか、最年少棋士とか、そういう人たちを確かにすごいと思うし、ある意味で憧れもする。だけど同じ立場になりたいかと問われれば、たぶんそれは少し違うのだ。

 次元、というよりは舞台の問題か。立っている場所が違うのだから、目指すべき場所も当然、異なる。

 それは良し悪しの話ではない。違う場所で戦っている人間の行動を尊敬したとしても、それを自分と同一に考えることはできないという、単なる違いの問題だ。格差の話ですらない。


「未那はさ……わたしと同じなんだよ。同じところにいて、同じような問題があって、でもそれに対して未那はわたしと違う風に答えを出してた。それはわたしがやりたくて、だけどやれなかったことだったから」


 さなかの言葉は遠回しに過ぎ、察することはできても厳密な感覚までは共有できない。

 だけど、言いたいことはだいたいわかったつもりだ。これでも葵には、さなかの親友をやってきた自負がある。


「まあ確かに、未那とさなかって少し似てるよね?」


 そんな葵の言葉に、さなかはきょとんと目を見開いた。


「え、そう……?」

「ふたりとも、割と目立つ割に自分から中心に立とうとはしないじゃん? 周りのために動くこと多いし、そんで、そこに自分の中で理屈をつけてるよね」

「どういう……」

「まあ要は明るい割に意外と内側向いてるっていうか、実は結構暗いってーか」

「実は結構暗い……!?」

「暗い、は違うか。でも結構、ふたりとも内側に溜め込むタイプなのは見ててわかるよ。その上で、だけど振る舞い方を考えてるから一見して明るく見えるだけで。うん……そういう意味では確かに似てるなあ、未那とさなか」


 さなかは微妙な表情だった。あんまり嬉しくはなさそうである。

 未那と似ているかどうか以前に、単純に褒められているようには感じられなかったのだろう。


「似てるっていうなら、それこそ未那と叶ちゃんじゃない……?」

「……あたしは言うほど、あのふたりは似てないと思うけど」

「え――え!?」


 大きく目を見開いて驚くさなか。

 リアクションが大きいのは、それほど予想外だったからか。


「だって、あのふたり考え方ほぼ真逆じゃん。それ似てるって普通、言わなくない?」


 葵はあっさり言う。さなかは、むむむ、と眉根を寄せて。


「……確かにそれはそうだけどさ。だけど根っこの考え方がびっくりするほどいっしょじゃん、あのふたり」

「だからそれ、けど」

「……えと、どういう……?」

「だってさ」


 葵は言う。


「あたしらはそりゃ、ふたりと仲いいから知ってるけど。たとえば学校で訊いたら、まず大半の人が似てるとは言わないと思うよ。それこそまだ未那とさなかのほうが近いっていうよ、みんな」

「それは……まあ、そうかもしれないけど。でも、だからこそよく見たら本質が似てるって――」

「だから、よく見なきゃわかんないもの同士を、似てるって表現することがおかしいじゃん、そもそも」


 さなかはきょとんと目を見開いた。そんなことは考えもしなかったとばかりに。

 だが葵は、少なくとも以前から思っていたことで。


「さなかの言う本質って何? ふたりが似てる根っこの部分って、どこを指して言ってんの?」

「え……や、急に訊かれると困るけど。どうだろ……」

「考えたことない?」

「えーと。たとえば同じものを見たとき、あのふたり感想がほぼいっしょじゃん? 趣味がいっしょっていうか」

「趣味が同じ人間なんかいくらでもいるでしょ。それを似てるとは言わない」

「……あれ……? いや、ここで言う趣味ってのは、モノの感じ方っていうかそういうことで――」


 困惑し始めるさなか。

 話の内容以前に、そもそも葵がこんな話を始めたこと自体に面食らっている。

 葵は、それに気づいた上で続けた。


「だいたいさ。広い視点で見れば、モノの感じ方なんてほとんどの人間がだいたい同じだと思うけど」

「ええ……そうかな?」

「そうだよ。そりゃ受ける印象の深い浅いはあるだろうけど。だけど人間、だいたい気持ち悪いもの見ればみんな気持ち悪いと思うし、綺麗なもの見れば綺麗だと思うでしょ。ホラー映画観れば怖いし、修学旅行でお寺を見れば、まあ興味のあるなしはあっても、普通にすごいなーくらいはだいたい思うでしょ。ちょっとでも興味あれば」

「ま、まあ確かに」

「そういうのって……なんだろ。学校で習った風に言えばコモンセンスってヤツの範疇じゃない? もしくは生理的な反応ってコトでもいいけど、どっちにしろ大半の人間はだいたい同じこと思うよ。普通に」


 そう言われると、さなかとしてもそう思えてきてしまう。

 天邪鬼な人間なんていくらでもいるだろうけど、大抵の人間は確かに変わらないかもしれない。

 あのふたりが似ているのではなく、人間とはそもそも本質が大して変わらないという視点。

 ――いや。


「それで言うならさ、あのふたりはたぶん、同じもの見たときに感じる気持ちの大きさまでいっしょだよ。それに、何に興味を持つかっていうのも、たぶん同じだと思う」

「そんなのわからないじゃん」


 葵は。それをあっさり否定した。


「叶ちゃんと未那が、本当に同じものに同じだけのことを感じてるかなんて本人たちですら確認できないことでしょ。興味の向く先だって厳密にいっしょじゃないし。だってふたりは、そもそもやってること違うじゃん。実際問題」

「ん、んん……そう言われると、そんな気もしてくる、けど……」

「じゃあ《似てるかどうか》ってのは、根っこがどうとかじゃなくて、むしろ表面的な考え方がどうかのほうが基準になるべきじゃない? 本来それって内側じゃなくて外側の問題でしょ。なら似てないよ別に、あのふたり。むしろ」

「……その考え方はなかった」


 どうなのかではなく、どうするかという点。

 似ているいないの話をするなら、基準は前者ではなく後者だろうと葵は言うわけだ。

 葵はにやりと微笑んで、話を畳むようにこう告げた。


「――だから。そういう意味で言えば、未那といちばん似てるのは、あたしはさなかだと思うってこと」

「ようやくわかった。葵、最初っからその話するつもりだったわけだ……」


 からかってるでしょ、とむくれるさなかに、嘘言ったつもりはないよ、と葵は笑みを返す。

 けれど、それからすぐ葵は真面目な表情を見せた。そして言う。


 当然なのだ。こんなこと。

 だって、吉永葵は、湯森さなかを贔屓する。特別扱いする。

 そこに理由なんていらなかった。


「……だから。何か変なとこで気後れしてるとか、叶ちゃんに遠慮してるってなら、そういうのは違うと思うよ、あたしは」

「あー。あはは……そういう風に見えるかな、わたし?」

「そうじゃないならさっさと付き合えとしか思わない」

「まあ、そうじゃないけどね」

「遠慮してない?」

「するわけないじゃん。お互い好き合ってるわけでもないしね、あのふたりは別に。だけど相性がいいのはわかりきってるんだから、変に遠慮して手遅れになったらバカみたいじゃん」

「さなかが女子高生みたいなこと言ってる……」

「それどういう意味!?」

「てか、そうじゃないならそれこそさっさと付き合いなよ」

「無視だ!?」

「どうなん?」

「……そうじゃないけど。だけど、そういうことじゃないんだよ」


 小さく、さなかは言う。

 諦念ではない。達観とも違う。それは確かに、決意を宿した瞳であるよう、葵には見えた。


「さなか……?」

「なんだろ。わたしにも、欲しいものはちゃんとあったって感じかな。あはは……ちょっとロマンチックでしょ?」


 ――それでね、と少女は続ける。

 まるで、どこかここではない遠くにある、尊い何かに手を伸ばすようにして。


「でも、それは今のままのわたしじゃ、きっと手に入れられないものなんだ」

「…………」

「上手く言えないんだけどね。もっと苦労して、大変な思いして、つらいことがあって、だけど、それでも手を伸ばせるわたしじゃないと、たぶんダメなことなんだよ。わたしは、そういうわたしになりたいんだ。そう決めたから」


 ああ、と葵は納得した。

 ――なんだ、あたしのお節介なんてとっくに意味がなかったんだ、と気づいたから。

 自分を変えるという決意――いや、そうじゃない。

 それはきっと、という少女の決心。


 自分自身を、自ら主役として認められるようになろうという決意なのだ。


 遠慮なんて初めからしていない。むしろ彼女は、本気で、全力で、望む何かを手に入れようと足掻いている。

 いつの間にだろう。親友はとっくに、自分なんかより先へ進んでしまっていたらしい。


「ま、だから躊躇ってるわけじゃないんだよ。相変わらず恥ずかしくて、上手くいってないんだけど。でもそろそろ、決着つけてもいい頃だって思わない?」

「……言うなあ」

「欲しいものには手を伸ばすし、行きたい場所には足を運ぶ――って決めたからね。後者はともかくとして、欲しいものは欲しいって、ちゃんと言うのは決めたんだ。いいタイミングだしね」

「いいタイミングなんだ?」

「……あ、ごめん。今日はその話しに来たんだった。ねえ葵、ちょっと旅行行こうぜ!」

「急!」

「忘れてたや」

「おい本当に大丈夫なのか、この女……今ちょっと格好よかったのに……」


 やっぱりさなかはさなかだなあ、なんて風に思いながら葵は笑う。

 まあ、それでいいのだろう。というより、そうあるべきなのだろうと思う。


「じゃあ……何、その旅行は未那も来るんだ?」

「うん。叶ちゃんも来るよ。あと秋良」

「……だから誰なんだよ、その秋良さん……」

「あと勝司も来るよ。だから葵も来るでしょ?」


 さなかはあっさり言った。


「だからってなんだよ……まあ予定ないしね。お金もないけど」

「……葵はいいの?」

「何が」

「勝司に告白しなくて」

「うぇあ!?」


 思わず噴き出す葵であった。

 まじまじと、思わずさなかを見つめ返してしまう。


「き……気づいてたんだ」

「いや、だって見てればわかるし」

「それ《さなかにだけは言われたくない言葉ランキング一位》なんだけど」

「何それ!?」

「つーかあたしのことはいいでしょ別に。今はさなかの話でしょ」

「逃げたな……」


 ――逃げるに決まっている。

 と、葵が思っていることはともかくとして。


「じゃあ、さなかは……言うんだ?」


 葵のその問いに、さなかは恥じらいさえ見せずに、笑顔で頷いた。

 決意を湛えた親友の姿を、葵は素直に、格好いいと思う。






「――うん。未那に、告白するよ、わたし」



     ※



「大丈夫かなあ、振られないかなあ……なんかわたし、未那に女子として見られてない気がするんだよぅ」

「……なんで最後までもたないかな、この子は」 

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