4-18『A/ご覧の通りです4』
それからの俺たちは、昨日と同じルートを、今度はふたりで回ることにした。
そうすることが特別であるかのように。特別に特別を重ねれば、もっと特別になるとでも言うような。
たとえるなら、目的地へ通じる近道を、全ルート選んで通ることで、結果としてまっすぐ行くよりも時間をかけているかのような遠回り。
途中で少し遅い昼ご飯を食べて、そのあとはふたりでお土産屋を冷かした。
お世話になっている人たちへの土産には、さっき食べ損ねたまんじゅうを選ぶ。さなかも同じものを、家に買って帰ると言っていた。
「あとは家用にうどんでも買うかな。やっぱ名物だし」
「お、いいねー。わたしも買って帰ろうかな」
「……しかし、さなかのお母様も、なんていうか独特なペースのお方だったよね」
そんな話を振ると、さなかは「むぅ」と頬を膨らませた。
どうにも面白くない模様。
「旅行が終わったら挨拶に行ったほうがいいかな?」
「いーやーだー! だめっ、絶対だめだからね、うちのお母さんに手を出したらっ!」
「……あの、それ本当にそんなことすると思って言ってますか……?」
だとしたらショックどころの騒ぎではない。
「まあ本当には思ってないけど……とにかく未那はダメ!」
「俺だけなのか……」
「うちの話はいいでしょ! そんなことより未那の話が聞きたいんだけど。わたしだけ不公平だよー」
「ええ……? 別にうちに面白い話とかないよ? ひとりっ子だし」
「じゃあ、ご両親の話とか聞かせてよ。ほら、独り暮らしを許してくれるくらいだし、仲いいんじゃないの?」
「どう、かな……まあ別に悪くはないと思うんだけど。うちの親は、あれだ、母親が強いタイプっていうか。なんかこう、オッサンみたいなお母様だよ」
「はい……?」
「豪放磊落で酒飲みだからね、うちの母親は。最初に『独り暮らしがしたい』って頭下げに行ったら、『え、お前に女を連れ込む度量があるとでも?』って真顔で返された。『やめとけ。拗らせて傷つくだけだ』とも言われた」
「すごいお母さんだね……」
「俺は思わず、『さ、最初に言うとこはそこですか……』と返した」
「まあ、普通はそこじゃないよね。お金とか家事とか……」
「そして、秋良は横で、ひとりで腹抱えて笑ってた」
「いたんだ!?」
厄介なことに、うちの両親は、どちらも揃って秋良を気に入っているのだった。
揃って「うちには嫁に来ないほうがいいぞ」とか言う辺り、単に女の子をかわいがっているというレベルを過ぎ、本気で秋良の人間性を好んでいることが窺えた。
いや、別にいいけどさ……普通は逆じゃないのかな……。
「お父さんのほうは?」
「父親は逆に線が細くて静かなタイプだな。よく本読んでる。で、あんま喋んない。まあ独り暮らしはあっさり許してくれたんだけどな。意外と味方してくれたわ」
「そうなんだ、へえ……なんか、あんまり性格は似なかったんだね?」
「あはは……まあそうかも。そういうさなかは、遼子さんとも結構似てるとこあるよね」
胸とか。うん、これ言わないほうがいいですよね。
「え、そうかな? だってうちのお母さん、だいぶ天然だよ?」
「……そっか。自分は違うと思ってるんだ……」
「な、なんだよぉ……そんなこと言わなくてもいいじゃんかぁ……」
むくれて拗ねるさなかは実にかわいらしい。
いやもう本当にこの子かわいすぎでしょ。
楽しい時間だった。過ぎていく速度があまりに早すぎる気がする。
そんなに時間があるというわけじゃない。夕方には宿まで帰る予定だった。
せっかく六人で旅行に来ているのだ。さなかとふたりでいるのもいいが、六人で過ごすことも大事にしたい。
楽しみは、多ければ多いに越したことないだろう。
「しかし、買って帰るのが食べ物だけってのも味気ないよね」
土産ものを見ながら、なんとなしに言う。
「あー、確かにね。人にあげるお土産にはいいんだけど」
「食べ物なのに味気ないというのも、また面白い話ではありますが」
「いやそれは面白くないよ。突っ込まない」
「…………」
最近は、笑いにかなり厳しいさなかさんである。
さなかだけではなく、叶も秋良も勝司も葵も、全員が言うときは言うタイプだからな。思えば地味に共通点かもしれない。そのほうが俺も気楽ではあった。
まあ、今のでも葵なら倒せたと思うけど。《あらゆるダジャレで必ず笑う女》の二つ名をほしいままにする葵さんならば、どんな下らないネタでも絶対に
「んんっ。まあとにかく、せっかくだしなんか記念に残るものが欲しいよね」
話を誤魔化しながら、そう提案する。
さなかは頷き、それから言った。
「だったらさ。ふたりで、お互いに何か贈らない?」
「ああ。プレゼント……っていうか、お土産交換ってこと?」
「そんな感じかな。どう、未那?」
「いいね。面白そうだ」
面白そうなら俺は断らない。
が、しかし。
俺は咄嗟に店内に視線を巡らせる。ここからは時間との勝負になる。
――俺は、自分のセンスというヤツに自信がない。
だから各々が選んで渡す、となるとハードルが少し高いのだ。センスを試されるような事態になっては困る。
いや、さなかはそれでも平気だろう。だが正直、俺は自信がない。
さなかからいいものを渡されて、返す俺の選択がしょぼかったらいたたまれない。「あ、うん、ありがとね……へえ」みたいな微妙な空気になったら死にたくなる。
されどこの点、俺も百戦錬磨の兵だ。
洋服選びは秋良に委ね、お土産選びは《人気一位!》のポップに従う。誰かの誕生日に贈るプレゼントならば、必ず事前に欲しいものを聞いておく――それがこの俺!
この経験値をもってすれば、自分のセンスを使わずに生きていくことも実に容易い。
要するに経験値がゼロって意味だし、そろそろマジで反省したほうがいい。
とはいえコトは急を要する。店内中に視線を這わせた俺は、お土産用の民芸品が並んでいるコーナーに目をつけた。
さなかに言う。
「あ、さなか、これなんてどう?」
「どれどれー?」
俺が目をつけたのは、手作りらしきストラップだ。ちょうどピンクと青の二種類があるため、いっしょに買って交換すれば、センスの格差を比べられずに済む。
「……こ、これ?」
だがさなかは、予想に反して狼狽える様子を見せた。
少し首を傾げてから、気づく。だが、そのときにはすでに遅かった。
――し、しまった! センスが比較されることは回避できても、これでは元のセンスが悪かったら結局は意味ないじゃないか……!
もうどうしてこんなバカなの俺。
いや、それなりにかわいらしい品だとは思うのだ。この一瞬で目についたのは、さなかに似合うんじゃないかと思ったから。
特に変わったデザインというわけではない。いかにも和雑貨といった柄で、落ち着いた雰囲気ながら趣味はいい。はず。
温かみがあって優しい雰囲気だから、さなかに渡しても変じゃないと思ったんだけど……こういう地味なのって女子は嫌なんじゃろか。
「あ、えと……これでいいの?」
おそるおそる、という感じのさなかに問われる。
俺は落ち込みながら答えた。
「す、すみません。嫌でしたら別に、ほかのものでもいいんですけれど……」
「ちち、違くて。嫌とかじゃなくてっ!」
慌てたように首を振るさなか。彼女は続けて、
「……こ、これだと、その……お揃いになっちゃうけど……へーき?」
「――――――――――――――――」
俺って奴は本当にどうしようもない野郎ですよ。
そんな部分まるで考慮してなかった。バカすぎるんじゃないですかねマジで。
今の、もう完全にお揃いのストラップをつけようっていうお誘いだって思われたよね。
思われたっていうか、やったよね。普通にやったよね。付き合ってもないのにね。
「その……ええと、デザイン的に許容範囲で、かつ使ってやってもいいという、広い心をお持ちであるのなら……あくまで一案としてどうですか、というアレなんですが……」
「そこまで言わなくても断らないよ!?」
――わたしのことなんだと思ってるんだよぅ、とさなかは唇を尖らせた。
「いいの?」
「うん。かわいいし、記念になるしね。カバンとかにつけるよ」
さなかは一色ずつ手に取って、それから「はい」とピンクのほうを手渡してきた。
交換する、という話だから、お互いに相手の色を買うということだろう。
さなかはしばらく手元の青いストラップを眺めていた。と思うと、いきなりこちらに手を伸ばしてきて、なぜかストラップを俺の顔の横に当てる。
「……何?」
「ん? えへへ……似合う似合う」
にへら、とはにかむさなか。
何かが心臓を抉り抜く音が聞こえた、気がした。
「……これ、髪飾りとかじゃないけど」
「わかってるよー……へへ」
「……んじゃ」
俺もまた、正面にいるさなかの顔の横に、ピンクのストラップを翳してみる。
そんな風に使うものではないけれど。
それでも、まあ、確かに似合っている気がする。
「どう、未那?」
「……ん。似合って……あー。かわいいよ」
「へへ……じゃ、決まりっ」
お互いに手を離した。店の中で何やってるのっていう話。
ふと視線を切ってみれば、店員らしいおばちゃんと視線がぶつかる。
……あああああああああああああああああ見られてたあああああああああ……っ!
過去最強レベルの羞恥に襲われる俺。世界に俺ひとりならもんどり打って転がるところだ。
穴があったら入りたいし、ないなら自力で掘削して温泉を掘り当てたい畜生。
目撃者のおばちゃんはニヤリと、茶目っ気のある表情で微笑んで。
「買ってくかい、おふたりさん?」
「……はい。すみません、これください……」
「毎度」
慣れたもので、おばちゃんはそのまま会計に移った。
「み、見られてたね……」
「……そうだね」
ふたりで顔を見合わせて、それから、小さく噴き出した。
夕方頃。俺たちは再びロープウェーに乗って、頂上の《見晴駅》を目指した。
そこには上ノ山公園という場所がある。
正直なところ、昨日と同じコースになってほっとしたことのひとつに、この公園にもう一度来られるという部分があった。
というのもこの場所、かなりいかにもなデートスポットなのだ。
景色のいい展望台には《ときめきデッキ》という、もし独り身なら爆撃して破壊したくなること請け合いの名前がつけられているし、さらに《幸せの鐘》という、はいカップルさんどうぞ鳴らしてくださーい、と言わんばかりのモニュメントまで用意されている。
全般的に言って、なんだ、こう……殺傷力の高い公園だった。
――が。
「あー……割と、人が多いね?」
「だね。昨日より時間遅いからかな……それとも偶然か」
ときめきデッキから、見晴らしのいい群馬の大自然を眺めながら苦笑する。
正直、ムードも雰囲気もあったものじゃなかった。
とはいえ嫌な気持ちになるわけでもない。駅の改札前でイチャイチャしてるカップルを見れば腹も立つが、テーマパークや夜の公園で見ても「せやな」って感じなのと同じだ。
ここはそういう場所だという空気。
もはや結界が張られていると言っても過言ではあるまい。
そして、なんだろう。生来の性質か経験値不足か、別にひとりで来たわけでもないのに心臓が苦しい。
なんか結界に弾かれそうになっている気がした。心が弱ぁい……。
「ていうか、あれだよね」
さなかが苦笑しながら呟く。俺も笑って、
「……言っちゃう、それ?」
「なんか、ちょっと……いづらいよね」
「言っちゃった……」
「さすがにカップル多いなあ……」
「もうダメだ」
お土産を買ったあと、さすがに素に戻ったというか。
そのせいで、素直に楽しめなくなっているというか。
――そもそもの話として、俺たちは別に付き合っていないというか……。
そこだよね。
そこがいちばん、こう、ネックの部分ですよね。
「……とりあえず、鐘鳴らしてみよっか?」
「そうだね。せっかく来たんだし」
ふたりでそんな話をして、《幸せの鐘》まで向かった。
ネーミング的に鳴らすと幸せになれるのだろう。別にカップル専用でもなんでもないと思うが、さすがに周囲には男女ペアが多い。
まあ外から見れば、俺たちだって違和感があるってことはないだろう。
「よし、せーの」
「えいっ」
ふたりでいっしょに鐘を鳴らす。
からーん、という響きがした。
「……幸せになったね」
「そうだね。これで完璧だ!」
いくらなんでもそんな即効性はないだろうが、まあ楽しければいいという話で。
「さーて。そろそろ帰ろっか?」
「うん! いやー、楽しかったっ! ――あ、そうだ未那」
帰り道を歩きながら伸びをするさなかが、雑談の延長のような気軽さで切り出す。
「……ん、何?」
「や、ほら。話があるって言ったじゃん?」
「言ってたね。さなかも、俺も」
「……あれ、やっぱり今日の夜でもいっかな?」
ごくなんでもないことのように言われて、思わず俺は笑ってしまった。
「く、ははは……っ」
「な……なんで笑うのっ!?」
慌てるさなかに、違う違うと手を振って答える。
「いや、俺も同感だと思って。なんか、少なくとも、今日は帰るまではいいやって気分になったからさ」
「あ……そっか。未那もなんだ」
それは単なる感情論。場の雰囲気に浸っていたいという甘えでしかなかったけれど。
今日の、この楽しかった一日を、そのまま思い出にしておきたい。そんな風に、なんとなく思ったのだ。
余分なものをくっつけるより、綺麗なまま、特別にしておきたいと。
「そっか……えへへ。おんなじ風に、思ってくれたんだね」
さなかは、嬉しそうにはにかんでいた。
「うん、気が合ったね」
そう答えて、俺も笑う。いつだったかどこかの公園で、誓い合ったことを思い出して。
俺と叶に共有したい理想があったように、きっと俺とさなかの間にも、同じように共有できる幻想がある。
お互いが、ただ自分の心のままに、同じものを尊いと思えるのだ。
あの日、確かに俺たちが、同じ道を目指して歩いていけると思ったように。
目指す場所は違うかもしれない。
たまたま一時、道が交差しただけなのかもしれない。
けれども、確かに今、このとき、この瞬間――俺たちは、同じものを見て笑っていた。
あの日の誓いを、今日まで嘘にしないでいられた。
「まあ、だからって先延ばしにはしないよ? 今日話すって決めたからね」
さなかに向かって俺は言う。
さなかも笑って俺に答えた。
「もちろんだよ。じゃ、今日の夜、どっかで話そ?」
「……おう」
勝司や秋良には呆れられてしまうだろうか。それとも笑ってくれるだろうか。
どちらでもいい。確かに今、俺たちにはそれが大事だったから。
――それに、告白するにはこの場所は、あまりに決まりすぎていて据わりが悪い。
俺のような主役理論者には、いい場所すぎて、ちょいとハードルが高いってもんだ。
「ねえ、未那」
と、さなかが言う。言われるより前に、俺は彼女が言い出すことがわかっていた。
「写真、いっしょに撮ろ?」
「いいね。記念に残しておこう」
そうして俺たちは、高い場所にある素敵な山の公園で、ふたりで一枚の写真を撮った。
胸の中に、大事な宝物を仕舞っておくための
そいつは無限大の容量があって、入れたいものを好きなだけ投げ入れても、いっぱいになったりしないのだ。けれども無限大に広いせいで、取り出すときには苦労する。
時にはあまりの広さのせいで、忘れてしまって取り出せなくなるものもあるだろう。
大事なものが、確かにそこにあるっていうのに、思い出せなきゃもったいない。
だからいつでも取り出せるように、きちんと綺麗に整頓して、名札をつけて区別する。どれだけの時間が経っても、その日のことを、きっと思い出せますように――。
今日という日の思い出を、大事に大事に箱に仕舞う。
昨日のことも、旅館でのことも、道中の電車でのことだって、それぞれちゃんと名札をつけて、きっちり管理しておこう。
それさえ守れば輝きは、いつまでだって失われない。
――そんな理想を、俺たちは、今だって無垢に信じている。
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