5-11『いつか望んだ奇跡だったから、2』
昇降口に回ってさなかを待つ間、人波を避けて壁に背中を預けながら文化祭のしおりを読み耽る。
置いてあった明日の来場者用のひとつを借りたのだ。
どこに目星をつけるのがいいだろう。
ステージ系……演劇部の公演や有志バンドの演奏などはそうそう外れまい。生徒としていくつか見ておきたいところだ。
明日からの二日間の予定は綿密に立てる必要がある。
お化け屋敷が三つもあるが、さて、この中ならどれがアタリか。
しおりの地図から読み取ろうとするよりも、これは実際に前を取って凝り具合をチェックするべきだろう。
食品系で気になるのは……やはり三年のドーナツ屋か。壁かけのポスターでメニューをチェックしたことがあるが、明らかに某有名チェーン店を意識している。
というか完全に転売だった。負担なく、けれど売り上げは狙える位置にいる。
それ以外にもラーメン屋……これはおそらくインスタント麺を作って売るだけだろう、敵じゃない……となると問題はカレー屋で、こちらは手作りと書かれている。
こういうの、ともすれば味はレトルトのほうがいい可能性もあるのだが、あくまで文化祭の出し物であることを考えれば、やはり生徒が作っていることが評価に繋がる。
それにカレーなら、どうあれ失敗するということはないだろう。ライバルになりそうだった。
あと怖いのは、メイド喫茶、コスプレ喫茶、執事喫茶に女装喫茶……この辺りか。
もう被らなければなんでもいいと言わんばかりの雑多さだが、もしここから抜きん出るような組があれば侮れまい。
――うむ、どれも一度はチェックしに行きたいところ。
これたぶん俺が行きたいだけの話だな。
なんてことを考えていたところで、横合いから声をかけられた。
「――なんか気になるところはあった、未那?」
「お、さなか。お帰り。――まあ、どこも強敵だけど、負ける気はないよ」
外靴に履き替えて現れたさなかに、軽く肩を竦めて答えた。
「おぉー。意外と自信あるんだね、未那。確かにみんな、がんばってきたもんねー」
校庭に向かいながらさなかと話す。
「もちろん。戦いは、戦う前から始まっているのだぜ」
「あはは。開会のあとみんなで円を作ったときは、結果は気にせず楽しんでやろー、とか言ってたのに。こんなに強気な未那って、ちょっと珍しいかも?」
それは普段の俺は弱気だということだろうか。
うーむ、主役理論者がこんなことを言われていいものか。気になりつつ応じる。
「強気も強気よ。もう勝ったと言ってもいいね」
「そんなに?」
「そもそも文化祭の各分野の賞って、誰が決めてるか知ってる?」
「え? ……そりゃ実行委員とか先生たちじゃないの?」
「その通り。これは言い換えれば、つまり必ずしも売り上げだけできまるわけじゃない、ということなのだよ――この意味がわかるかね、さなかよ?」
「な、なんやとぅ……っ!?」
さなかは、なぜか関西弁っぽくなった(この意味はわからない)。
「そう。これはあくまで文化祭。つまり学校側も、選ぶときに教育性なんかを重視すると聞いている」
「せ、せやったら、未那はん、まさか……!?」
「……地域の飲食関係者からゲストを招き交流を重視した教育的クレープ屋の評価は高いということだ! 此香を呼んだ時点で半分くらい勝利していると言っていいだろう!!」
「あんさん、あくどいやっちゃでー!」
諸手を上げてさなかは言った。
それから手を降ろして、少しジトっとした視線で。
「……ていうか、未那、セコい。普通に」
「ですよね」
俺は軽く肩を竦める。
「もちろん、それだけで決まるわけでもないけど。出店申請のときに地域との交流がどうこう書いたのは本当。プラスになるかも、ってくらい」
「そういうとこ、未那って感じだよねー」
呆れた様子のさなかに、こちらからも反撃を試みる俺。
「そういうさなかこそ、さっきのエセっぽい関西弁、なんなの?」
「方言女子はかわいいと聞いたのです」
お久し振りのヒロインチャレンジでしたとさ。
「それは本当に使えるからかわいいってヤツなんじゃない?」
「えっへへ。だよねー」
本人もわかっているのか、軽く笑ってさなかは言う。
「だけど女の子は、いつだってかわいく思ってもらおうと必死なんです、よ?」
「……おう」
「ほんなら行こか~。いっしょになぁ~」
さなかは俺の服の袖をきゅっと軽くつまんで、ほんのわずかに引っ張って言った。
思わず目を見開く俺。
さなかは楽しそうに笑ってから、袖を離して早足で俺から距離を取った。
それから振り返ると、ぱたぱた手を振って、にっこりと笑い。
「あーしーたーはー。えっへへ、楽しみにしてるやで~」
「…………」
「なーんて、ね。ほら行こ、未那!」
たぶんその方言は正しくないのだろうけれど、そんなことはどうでもよくて。
俺の彼女はめちゃくちゃかわいい。
それだけは、何ひとつとして間違いのない事実であること疑いようがクッソかわいいな本当に! ドキドキしたあ!! 超さなかわいいよー!!
と、口に出せないヘタレは、静かにあとを追うのであった。
※
「…………これ、重くね……?」
「ヘタレたこと言ってんじゃねーぞ、未那。勝司は文句言わずに……いや言ってたけど、それでも平気そうなツラでやってたからなー。お前も気張れー」
屋台を引っ張り終えた俺に、後ろからついて来た此香が失笑しつつ言った。
その隣には今、泰孝の姿もある。彼の番は次なので、屋台の牽引は俺の仕事だ。手伝うとは言ってくれたが、それは情けないからと固辞した形である。
結果、デカいこと言ってヘタレる男が完成した。
我喜屋未那と申します。はい。いやバスケ部の男といっしょにされてもだよ。
「別に運べないほどじゃないけど絶妙に動き出しまでがキツいな……」
小さく呟いた俺に、此香が肩を竦めて。
「力入れすぎると壊れそうで、それはそれで怖いしな?」
「造りは頑丈なはずなんだけど……なぜだろう、いざ動かすとなかなか怖いな」
呟いた俺に、あはは、と
「苦労したからね。そのせいで臆病になっちゃうのはあるかも」
「……泰孝、これ大丈夫か? 運べる?」
線の細い友人男子は、けれど軽く微笑んでこう答えた。
「問題ないよ。確かに動き出しは苦労するけど、そこさえ越えちゃえば、あとは楽なものだしね。というか、本当なら動き出しは赤垣さんが手伝ってくれるから」
「なんで俺は手伝ってくれなかったの!?」
振り返った俺に、此香は呆れた視線を向けて。
「ひとりでやるっつったの未那だろ」
「……それは、みんながひとりでやってると思ったから……ぐぅ」
そんな間抜けを晒しながらも、さて営業再開である。
中庭に移動してきた。校舎内にいる人間に、いちばん目につく外のエリアだ。
交代からしばらく経っており、さなかは休憩に向かっている。あと一時間ほどで、俺も泰孝にバトンタッチして交代になる。
まあ、屋台を引く役は、移動さえなければ暇なもの。客足によっては売り子に徹して、移動が一回もないこともあり得るのだから、実際は言うほど大変でもない。
屋台にしたからといって、常に動き回るわけではないのがミソだ。
それでは客も、どこに屋台があるのかわからなくなる。
移動販売の最大の利点は、特に目立つ立地を確保できること以上に――配られるしおりに《屋台/移動販売》と記される点になる。
基本的に場所ごとに分けられるため、目立つことができると考えたのだ。
狡いことしか考えていない、とお思いかもしれないが、とんでもない。
なぜなら、半分は小春と泰孝が考えたからである。
持つべきものは頭の回る友人だ。
一度、休憩に戻った泰孝を見送って、しばらく売り子として働く時間になった。
まったく途切れないとまでは言わないにせよ、悪くない客足である。普段は顔を見ない中高一貫部(俺たちは高等部で、このふたつは制服ごと分けられている)の生徒たちも、文化祭となれば現れるのだ。
明日明後日の予行としては充分すぎる幸先のよさだろう。
「そろそろ休憩になるな、未那」
と此香が言った。気づけば確かに、そろそろ俺のシフトが終わる。
「此香は休まなくて平気か? 朝からずっとだろ」
「いいよ。楽しいし、ずっと客が来てるわけでもないからさ。そこまで生徒いねえしな、いくらなんでも」
「まあ確かに客足も途絶えてきたな……この分じゃそろそろ開店休業状態か」
「っと、言ってる間に客だぜ。ほら未那」
なぜか呼ばれて前を見る。と、なるほど確かに理由がわかった。
俺は笑う。いつ来るかと考えていたけれど、客足の途絶える昼頃を狙いにきたか。
「――いらっしゃいませ。よければどうですか、クレープ。美味しいですよ」
お客様はわずかに笑ってから、こんなことを言った。
「いやあ、きもちわるー」
「よーし帰れ!」
指を遠くに指してゲラウト宣った俺に、友利叶は愉快そうな笑みを見せるのだった。
「お前ら、前も似たようなことやってなかったか?」
「やってたかもね」
此香のツッコミに、叶は噴き出して。
「久し振り……ってほどでもないけど。来たよ、此香。期待してるからよろしくね」
「あははっ! もちろんだよ、叶。本業のほうにも来てくれてる客に、文化祭のクレープとはいえ情けないところは見せないからな」
「うん。楽しみ」
満面の笑みになるふたり。
なんかもう波長が合っているというか、叶と此香は結構、仲がいい。そんな様子を見ていると、こちらに再び目を向けた叶がニヤリと言った。
「ま、てなわけでほら、客として来てやったぞ。感謝しろよなー、未那ー?」
いつも通りのその調子に、こちらも笑うほかになかった。
「はいよ、いらっしゃい。悪いな、来てもらって」
「そうだねー。来ようとは思ってたけど、まさか未那がいるときになるのは予想外」
「どういう意味だ、おい?」
「本当は未那が休憩のときに来たかったってこと。そんなにこっち出てるわけでもないんでしょ? まったく、どうしてこう的確に引いちゃうかな、わたしって奴は……」
「そんなに嫌なら俺がいないことを確認してから来ればいいだろ」
「なーに言ってんだか。せっかくの文化祭だよ? 綿密にルート取りしてんのに、なして未那がいるってくらいで予定崩されなきゃならんのさ。それこそ負けだろっちゅーに」
「さすが脇役哲学者。文化祭を巡るルートすら事前計画を立てるとはな」
「当然だね。一貫部も含めて、可能な限り全部を回ろうって思うなら、取捨選択やコース取りは綿密に決めておかなくちゃだもん。自分で言うのもだけど、完璧だぜ……?」
「本当に自分で言うならだよな。お前はそれ、ひとりで回るんだもんな」
「悪い?」
しおりを胸に抱き締めた小柄な少女が、首を傾げて試すように問う。
もちろん俺はこう答えた。
「何も悪くないね。それでこそ友利叶ってもんだろ。むしろ予想通りすぎて、逆に驚いたくらいだ」
「ならいい。……ならいいか? なんか引っかかるけど」
「細かいこと気にすんなよ」
「じゃあ気になるようなこと言うなよ、これマジで……っと。さて、何にしよっかな」
屋台の前面に張られたメニュー表を見る叶。
そこでようやく、その対面にいる此香がわずかに噴き出して。
「ったく……相変わらず仲いいよな、お前らふたりは。喋り出すと入る隙がねえよ」
叶はことさら否定はせず、軽く肩を竦めて。
「ああ、ごめんね? バカがバカ話し出すと長くなっちゃってさー」
「ちょっと?」
俺のツッコミは無視された。
仮にそうでもお前もバカの側じゃないの?
「そっか……考えてみりゃお前ら、もう半年近く同居してんだもんなあ。そりゃ、そんな熟年夫婦みたいなやり取りになるよな」
楽しげに笑う此香に、叶がちょっと眉を顰めて。
「こんな頭の悪いやり取りする熟年夫婦、そうそういないと思うけど……」
「そういう意味じゃねえよ」
「……まあいいけど。どっちにせよあと少しのことだし、まあ今くらいはねー……」
と。そこまで言ったところで。
ものすごく。
それこそ青天の霹靂とばかりに驚いた表情で、此香が目を見開いた。
「……え?」
「え、って何よ?」
「え……あ、えっと、何? お前ら、別々に暮らすことに、なんのか?」
「……当たり前だと思うけど」
「いやでも、ああ、そっか……そうなるのか。そう、だよな。そりゃそうだ……よな?」
なぜか疑問するように呟く此香。
言っていなかったのか、と叶の視線がこちらに向けられる。
わざわざ言うわけないだろ、と俺は視線で答えた。
叶は肩を竦める。
「あー、すまんすまん! いや、別に他意はねえんだよ!」
此香は慌てて執り成すように言う。叶は首を傾げながらも頷いて。
「いいけど。別に謝られることでもないし。というか、どしたのさ急に?」
「いやあ……まあ、なんだ。なんか当たり前みたいにセットで考えてたからよ。ちょっと想像つかなくて、そんで驚いただけだよ」
「そんなもんか……?」
と、俺は訊ねる。叶も首を傾げたままで。
「よくわかんないけど……まあ、いいならいいや」
「そうそう。で? 注文どうするよ?」
気を取り直して訊ねる此香。
「それなら――」
「――チョコバナナ」
と、そこで叶に先んじるように俺は言った。
きょとん、と女子ふたりが目を見開く。俺は笑って。
「あってるだろ?」
「……くそ」
叶は顔を背けた。
「むかつく……そういうトコ本当にムカつく……」
正解だったようだ。
此香は軽く肩を竦めて、「毎度」と簡易冷蔵庫を開けて調理に取りかかる。
長い付き合いだ、好みくらい把握している。俺は続けて言った。
「奢ってやるよ、叶」
「……なんだよ急に? 何企んでんだ?」
「いや、ちょっと頼みがあるだけ」
俺がいきなり言い出したことに、叶は怪訝そうだった目をすっと細めた。
我喜屋未那が友利叶に対しただで奢りを申し出るあるはずがない、という篤い信頼感のなせる察知。それを信頼と言うかどうかは別として。
「……まあ言ってみ?」
訊ねた叶に、俺はこう告げる。
「いや、午後から回るのってステージ系とかだろ? 確かリハ見られるはずだし」
「それだけじゃないけど……で、それが?」
「いっしょに回ろうぜ。お前の立てた計画に合わせるからさ」
きょとん、と叶は目を見開いた。
そんなに驚くような提案ではないと思うのだが。
「今日は休憩が飛び飛びでさあ……明日のためにもいろいろ見て回っておきたいし、付き合ってくれる奴を捕まえられるか微妙なんだよなー。だからってひとりで回るのも俺的にもったいないし、そしたらちょうどいいところに叶がいたから」
こいつならどこを回るにしろ、趣味が合わないことはない。
というか、まあ。
叶といっしょなら、どこ回ったってきっと楽しいだろう。
「…………」
しばらく叶は黙っていた。
している間に、特に大きくもない声で此香が言う。
「できたぜ。ほいよ、叶」
「ん……ありがと。いただきます」
ひと口、チョコバナナのクレープをはむりと食べて。
笑顔になった叶は此香に言った。
「ん、美味しい」
「そいつはよかった。――まあ誰が作っても大差ねえけどな?」
「そんなことないと思うけど。今度またお店に行くね」
「おう!」
ニヤリと笑う此香。
叶は、それから俺に視線を移して、こう言った。
「いいよ。こっちに合わせてくれるんだし。いっしょに回るのも楽しいかもだ。――友達だから、ね?」
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