1-18『そして何も言えなくなった8』
そういって訪れたのは、コーヒーメーカーやミルが置かれている一角だ。
そう。せっかく喫茶店の仕事で多少なりとも舌が肥えたのだ、どうせなら、こだわってコーヒーを入れられるちょっとした器具くらい備えておいて損はあるまい。
「もう俺は、インスタントじゃ満足できないカラダにされちまったからな……」
「や、何その言い方?」
苦笑するさなかといっしょに棚を巡る。
いろいろな種類があるようで、正直ちょっとわからない。コーヒーといえばイコールでインスタントだった人生を俺は反省した。喫茶店で二週間程度バイトしたからといって、そうそう通ぶれるはずもないということだろうが。いや店じゃ使わねえしな……。
「とりあえず安そうなのを適当に買っていく感じでいいか。確か下に、豆を売ってる店もあったよな?」
「うん、あるね」俺の問いに頷くさなか。「はー。さすがは喫茶店バイト。こういうのにもこだわるんだねえ……」
「感心してもらったとこ悪いけど、まだこだわってないから今買ってるわけでして」
「ま、それもそうだけどね。味ってやっぱ変わるものなんだ?」
「そりゃ店の味とインスタントを比べればね。さなかもこの前飲んだろ?」
「うん。確かにすごく美味しかった」
俺程度の舌でも、はっきりとわかるくらいに味が違うのだから、やはりプロはすごい。その味を再現することまでは不可能でも、近づける、ないし後を追うくらいのこだわりは持っておきたいところだ。
単純に、自宅でも美味いコーヒーを飲みたいという欲もある。
友利ならおそらく大賛成だろう。どうせ住んでいる場所はいっしょなのだし、なんなら半額は支払ってもらってもいいくらいだ。
いや、別にそんなことは頼まないけれど。
むしろ料理の技量で負けている分、同じ段階で始めたコーヒーくらい勝っておきたい。
――と、俺が思ったということの意味をもう少し考えるべきだった。
陳列されている商品のひとつに手を伸ばしたところで、ちょうど背後から、わずかな舌打ちの音が聞こえてきたのだ。
その主が誰なのかは、考えるより先に認識できていた。
「……お前も来たんかい、友利」
「くっそ……また我喜屋と思考が被った」
苦々しげに、を通り越して憎々しげに表情を歪める友利。本当かわいくねえ。
どうやらフライパンを買うことにしたらしい友利が、商品を抱えながらこちらにやって来た。その背後には、もちろん勝司の姿もある。
そういえばキッチン用品コーナーの付近まで、いつの間にかやって来てしまっていた。
「考えることは同じみたいだな?」
俺は言う。友利は、どこか不敵に笑みを作って答えた。
「さて、どうだかね……わたしは、単にわたしが飲みたいから来ただけだけど」
「……ほう。その言い回し、俺に対する挑戦と見て間違いじゃないな?」
「料理の腕で水を開けられてるのはわかってるよね。その隣みたいなジャンルでわたしに勝とうなんて百年早いんじゃない?」
「言ってろ友利。こっちならまだ時間的な差はないんだ。お前みたいな脇役主義者が俺に勝とうなんてほうが、むしろおかしいってもんだ。おこがましいと言ってもいい」
「は――悪いけど人生を楽しむことにかけて、わたしが負けるとは思えないよね。我喜屋みたいな中途半端な趣味人が、わたしと争おうってほうが笑えるよ」
「悪いがお前みたいなのは酔狂っていうんだ。友利お前、自分が周りとずれてること自覚したほうがいいと思うぜ」
「あんたはただ集団に迎合しただけでしょうが。究めるってのは自分との戦いなんだよ」
「――いいだろうその喧嘩買ったァ!」
「かかって来いや、このわからず屋!」
「なぜ今の流れで喧嘩になった!?」
おっと。
そういえばここは店の中、あまり騒がしくするわけにはいかなかった。
勝司のツッコミで落ち着きを取り戻し、とりあえず俺たちは息をつく。
友利とのこんなやり取りはいつものことなので、今さらいちいち本気で怒っているわけでもなし。
「いや驚くわ……」どこか戦慄の表情で勝司が言った。「今、明らかに《気が合ったね》って流れだったじゃん……どうしてそこから喧嘩に発展するんだ、お前ら……」
なぜって、そんなことを訊かれても。
俺と友利は顔を見合わせ、それから勝司に向き直って口々に答えた。
「待て、勝司。そもそも俺たちは喧嘩してたわけじゃない」
「……は? いや、だって今、明らかに……」
「ちょっとお互いの主張を確認し合っただけだよ」友利は猫被りをやめたらしい。「いわば競争? ほら、スポーツで競い合ってる人たちを、別に喧嘩してるとは言わないでしょ。そんな感じそんな感じ」
「俺ちょっとお前らのことマジわっかんねえわ……」
なんだか諦めたように首を振る勝司だった。
そして、さなかまでもがなんだか遠くを見るような表情をしてこう続ける。
「……ていうか、話の内容だけ聞けば《お互いにコーヒーを作り合おう》って話だったしね、今の……喧嘩っていうか、むしろもう完全にめちゃくちゃ仲よしだったよね……」
俺と友利は同時に、同音で言った。
「――いや普通だって」
「あはははは!」
さなかは口だけで笑って。
「そういうところだあ、ちくしょーっ!!」
と言った。
勝司が、さなかの肩にぽんと手を置いて頷いている。
なんの共感なのやら。
まあ、こればかりは俺と友利の間でしか伝わらなくても仕方ない気もした。
電話で旧友にも似たようなことは言われたし、ほのか屋の真矢さんも首を傾げていたのだから。
本当に、ただ普通に話しているだけなんだけれど。
好きでも嫌いでもないし、なんなら友達ですらないかもしれない。友利は友利で、しいて言っても単なる同居人でしかない。
というわけで、俺たちは別々に棚を捜索した。
勝司とさなかが、もうなんか何かを諦めたみたいに背後から並んで眺めてくるが、それは気にしないということでひとつ。
しばらくしたところで、ふと棚の真ん中辺りにいいものを見つける。
それに手を伸ばそうとした瞬間、
「……ちっ」
「おい。舌打ちしたいのはこっちだテメエ」
またしてもタイミングが友利と被ったっていうかもうなんなんだよこいつマジで。
どうしてこうことごとく似た方向に寄るかね、趣味が。趣味以外の生き方はどこまでも正反対だというのに。
ともあれ俺は友利を睨みつけて、威嚇するようにこう告げる。
「俺のほうが早かったよね、今ね? 若干ね?」
「は?」当然のように睨み返してくる友利。「そういう細かいこと言うからモテないんだよ、我喜屋は。レディファーストって言葉知らない?」
「知ってるけど? ていうかモテないとか言うんじゃねえよ」
「だったら器が大きいところ見せてほしいものだよね」
「いや、相手がレディなら俺もそうするに吝かじゃないですけどね?」
「お? おう、おう我喜屋おう、今のどういう意味だ? 言いたいことがあるなら言ってみろ。聞くぞおう?」
「――ハッ」
「ヤダこいつ鼻で笑ったブッ飛ばした――い!」
「もうお前らふたりで同じもん買えばいいだろうが……」
背後から呆れたような勝司の声が再び響いた。
うん。さすがに恥ずかしくなってきた。
それは友利も同じらしく、俺より少しだけ低い位置から、こちらを見上げるようにする表情が少しだけ赤い。
「……わかった」と、友利は言った。「今回は、わたしが引くとしてあげましょう」
「いや、いやいや別にいいよ。お前が買えばいいんじゃない?」
「わたしが引くっつってんのに、この男は……っ!」
「なんか大人ぶって余裕見せてます的な空気がムカつくし」
「面倒臭いなあ!」
「お前が言うなや!」
「今回はわたしが少し遅かったから引くって言ってんの! ていうか逆を言えば、引くって先に言ったのがわたしなんだから引く権利は我喜屋にはないっ!」
「……くっ。その理屈を持ち出されると……」
さすがは友利、俺を納得させる理屈作りが上手かった。
これは、引き分けということにするべきだろう。まだ挽回の機会はあるはず。
しかし、それはそれとして。
「……なあ、さなか。今、あいつら何に納得したの?」
「知らないよ……。ていうかわたしに訊かないでほしいんだけど……もう心折れそぉ」
「……強く生きろよ?」
「やだ勝司ってばむかつくー!」
「痛い! 痛い痛い痛い痛い、足を蹴るな!?」
ところで勝司とさなかは、いったいなんの話をしているのだろう。
なんか妙に仲よさげにじゃれ合っていて、ちょっと羨ましいというか、妬ましい。
俺と友利の言うことが伝わっていないというが、勝司とさなかの会話も俺たちには割とわからないことがあったりする。このふたり、仲いいよなあ……。
なんだかなあ、といった気分だ。
俺にしてみれば、そっちのほうがずっと羨ましい。
なんで友利なんだと。
同居するんだったら、さなかとのほうがずっとよかった。
……いや、女子と同居するのは、さすがにちょっと恥ずかしいか。
友利ならともかく。
※
そんなこんなの買い物だった。目当ての諸々をひと通り終えたところで、そろそろいい時間だと、俺たちは昼食を取ることにする。
いろいろと話し合った末、近場にあるチェーンのファミレスをセレクトした。
せっかく電車を乗り継いで繰り出してきたのだから、もう少しこう、オシャレ的な店を選ぶという案も(主に友利から)出ていたのだが、目的が買い物であることも含め、お財布的な事情から安めの場所が最終的に可決された形である。
友利は最後まで不服そうだったが。
放っておくと、「じゃあ食べ終わったらまた集合しよう」などと言い出しかねないことは目に見えていた。そのため、ほとんど俺が背中を(物理的に)押す形で連れ込んだ。
めいめい好きなメニューを注文し、セットでドリンクバーも頼んで少しばかり居座る。食べ終わってからも雑談をしたり、これからの予定を話したりと。
これはこれで青春的で、楽しい時間だった。
空間青春含有量40くらいは固い。
さて。
かねてからの主張として、《青春は待っているだけでは訪れない》と俺は考えている。
だからこその主役理論であり、日常を積極的に行動的に過ごしているからこそ、楽しいイベントが起きるという話だ。
単純なところを言えば、今日もしさなかたちと遊びに行く約束をしていなければ、俺の一日はまったく別のものになっていただろう。
だから。一見して降ってわいたようなイベントであっても、それは俺が努力して行動を重ねているからこそ起きるものということ。フラグを立てていると言ってもいい。
俺がトイレに立ったときの話だった。
あとからついて来たらしい。手洗い場の入口の前で、追いついてきた勝司が背後から俺の肩を叩いたのだ。
「よう」
と言われて、
「おう」
と返す。
いわゆる連れション。主役寄り人間に特有のイベントが発生していた。
これも青春、と俺は勝司と連れ立って手洗いに行く。
その間、勝司は特に何ごとも話さなかった。
主役理論第四条、《行動してこそチャンスが舞い込む。それを掴み取る握力こそ、青春に最も必要な武器》を思い出す。
そうして得たチャンスを掴むために、第一条《機会を待つな、自らの手と足で奪い取れ》があるわけだ。
これを繰り返すことが主役への第一歩。
というわけで、普段の俺ならばここで自分から話しかけていただろう。
声をかけられることを待ったりはせず、自分から話を切り出す。そうすれば会話は自然と開始される。
だが、今だけはそれが躊躇われた。
勝司があまりに静かすぎたせいだ。
喋っていないといより、意図的に黙っている雰囲気だと言ったほうが近いような。その普段とは異なる妙な雰囲気に押され、切り出す言葉に迷ってしまった。
結局――会話の口火を切ったのは勝司からになる。
「……なあ。ちょっと訊いていいか?」
いつもの勝司なら、そんな確認など取らない。訊いていいか悪いかの判断など、自力でできる奴だからだ。
雰囲気を読み、いいなら話すし、違うなら初めから口にもしない。
だからこそ、俺はあえて気軽な空気を装ってこう返した。
空気を読むとは、きっと場の空気に準じることだけを、必ずしも意味しないと思っていたから。
「なんだよ、わざわざついて来たと思ったら。なに、なんかマジ話?」
「いや、まあまあ」こちらを見ないまま勝司は笑った。
否定でも肯定でもなかった。
「つーか、ここにゃ野郎だけなんだぜ?」
「そらトイレだしな」
「したら話すことなんか決まってんだろーが。恋バナだよ、恋バナ」
「なんだ急に。修学旅行の夜かよ」
と俺は笑って答えたが、内心では少し安堵していた。
いや、喜んでいた、といったほうがより事実に近いかもしれない。
――なぜなら恋バナだからだ。
理由には充分すぎた。
こんな青春っぽいイベント、無闇に逃す手などあろうものか。
トイレから出て、その先の少し開けた場所に立ち止まる。ここなら誰の邪魔にならないし、死角になっているからテーブルで待っている女子陣に見咎められることもない。
「――で? 実際のトコどうよ。未那は誰狙いだ?」
さっそくのように訊ねてくる勝司。意外にミーハーなことを訊く。
だが悪くない。こういう話題、俺はぜんぜん嫌いじゃない――とはいえ、だ。
確認しておくべきことは、それでもあるだろう。
「それは、友利のことを言ってるわけか?」
「ま、それがあってなのは正直、否定できねえわな」
勝司は軽く肩を揺らした。
店内を照らす白色光。だが照明の影になっているからだろう、この辺りだけ少し暗い。遠くから響くような店内BGMや、食器のカチャカチャと揺れる雑音が、なぜだか距離を感じさせていた。料理の匂いも、この辺りまでは届いてこない。
そのせいもあるのだろう。恋愛話をしている、なんていうほど桃色な空気にはなっていなかった。
場の空気を色で言うなら、なんだろう。日が沈んだ直後の、夜の青をわずか思わせるような。
俺も勝司も、その表情は笑っているというのに。
「いや、別に好き合ってないならいいんだ。お前らが言うこと否定はしねえよ?」
「……世話になってるしな、勝司にも」
俺は答えて笑う。
実際、この一週間でクラスに流れた噂はほぼ雲散霧消していた。
俺が積極的に解消して回った結果ではあったが、同時に勝司や葵、さなかたちの助力があったのも事実だ。
「ただ……まあ、なんだろうな」勝司は軽く頭を掻いた。「たぶん余計なお節介なんだろうけど、ちょっと心配になってくるんだよな、お前ら。これは経験上なんだが」
「心配?」
「んー……話変えるけど。別に、叶ちゃんのこと嫌いってわけじゃねえんだろ? つーか好きか嫌いかの二択で言うなら好きだよな。お前らは揃って普通普通言うけど、それってつまり、普通に好きって意味だろ。でなきゃまあ、さすがに同居なんてしねえだろ」
「……そりゃまあ」
ことさら躍起になって否定することでもない。
それ以前、事実と異なっているわけでもなかっただろう。
「なんせ気が合うからな」俺は言った。「いや……気は合ってないのかな、これ。合ってるのは気じゃなくて趣味かもしれない。お互いを好きっつーよりは、なんだ、お互いの好きなものが同じって感じなんだよ。……確かにまあ、妙な関係だってのは否定しないけど」
主役理論と脇役哲学が云々などと言ったところで伝わらないわけだし。
それでも説明するのなら、こういう風に言葉を重ねていくしかないのだと思った。
「そこだよ」と、勝司は言う。「俺が言いたいのはそこだ。だって、それは――少なくとも俺からすれば、それだけで相手を好きになる理由には充分なんだ。もちろん女として」
「…………」
「まして同居だぜ? そんな状況、だって、シチュエーションとしては完璧だろ? ほら、よく恋に落ちるのに理由はないとかなんとか、そういうのあるだろ? あれ、俺は違うと思うんだよな。本当は単純に、どんなことでも恋に落ちる理由にできるんだと思うわけ。ガキの頃の友達と偶然に再会したとか――そういう理由って、理由にできるならなんでもいいんだ。それを劇的と感じるのは、だって、そこに立ってるそいつだろ?」
実際、それを聞いて俺は少し驚いていた。
内容に、というわけではない。それは確かに、言われてみれば同感でもあった。
俺が驚いたのは、勝司がそんなことを言ったこと自体である。
「……意外とロマンティストなんだな、勝司」
俺は笑って、勝司も笑った。
「どっちかっつーなら、リアリストとして言ったつもりだけどな?」
「まあ、言いたいことはわかった。要は、たとえ最初は偶然で同居が決まっただけでも、これだけ理由にできることがあるなら好きになってもおかしくないって話だろ?」
「その言い回しは上手い要約だな。参考にさせてもらうぜ」
「ああ。まあちょっと、普段からワケわかんねーことばっか言う旧友がいてな」
「は?」
「こっちの話。そんで関係ない話だ」
「で、どうなんだ? お前らはその可能性から否定してるように見えてな。だから訊いてみようと思ったわけなんだが。まあ、それでもないっつーなら、それはそれでいいぜ」
「――ねえよ」
俺は、即答した。
迷うことすらしなかった。
「勝司の論を借りるなら――そうだな。まあ確かに感情的にはそうかもしれない。それは否定しない。だから……なんだ。たぶん理屈の話なんだよ、これは」
もしくは理論で。
あるいは哲学だ。
「理屈で相容れないんだよ、俺たちは。趣味が似てても、考え方がまるで正反対なんだ。お互いがお互いの考え方を絶対に許せないと思うような感じか? 言うなれば」
「……話が見えねえが。それは、アレか? 愛した相手が敵国の姫だった的な?」
「それ最終的に愛に走っちゃうだろ主役って連中は」思わず苦笑した。「逆のほうが近いな。相手が敵国の人間だって初めから知ってれば、そもそも好きにならねえって話」
「……いまいち納得しづらいな」
勝司のそんな言葉に、俺は軽く肩を竦めた。
まあ、片や主役を目指す脇役で、片やそもそも脇役志望。
そもそも比喩が似合ってない。
「でもとりあえず納得しておくわ。いろいろあるってことな、要は」
俺は苦笑した。
「すげえ端的な理解したな?」
「俺がお前の立場なら、絶対に同居にはなってねえ。何かあると思って当然だろが」
「そういう流れだっただけなんだがな」
「そんな方向に流れねえっつってんだよ普通は」
「ま、確かに」そう答えるほかなかった。「なんでこんな話になったんだっけ? これ別に恋バナではなかっただろ。そもそも一方的に訊かれただけだし」
「理由があったんだよ、理由が」
「なんだよ?」
訊ねた俺に、勝司は軽く口角を歪めると、こう答えた。
「そうだな、三つの理由がある。俺が言うべきではない理由と、俺が言ってもいいだろう理由。あとは、俺の個人的な理由だ」
「……いや、わけわかんねえけど。なら、言っていい理由だけでいいから教えろよ」
「俺らがここで話してりゃ、テーブルのほうは女子だけになるだろ?」
「ああ……そういうこと。なるほどね」
勝司のほうも、友利とさなかの関係を慮ってはいたということだろう。
俺ですら気づくくらいだ。俺より主役力の高い勝司が、気づかないはずもなかった。
俺たち野郎どもがいなくなれば必然、友利とさなかはふたりで場を持たせなければならなくなる。
荒療治だが、あのふたりも別に嫌い合っているわけではないはずだ。ならば大丈夫だろう。
「んじゃもうひとつ、個人的な理由ってのは?」
重ねて俺は勝司に訊ねた。
勝司は小さく笑い、軽く肩を竦めると当たり前のようにテーブルの方向へ歩き出した。ただ、その寸前でこちらを首だけで振り返って、ちょっと気取ったみたいに言う。
「――そら未那お前、狙ってる女子がダチと被ったら気まずいだろ? 探ったんだよ」
なるほど。俺は納得せざるを得なかった。
確かにそれは、実に勝司らしい理由だったと言えるだろう。
「……お前、惚れてる奴がいるの?」
俺は訊ねた。訊かれっ放しで終わっては不公平だろう。
勝司はもうこちらを振り返らず、歩いたまんまであっさりと答える。
「そういうお前は? 叶ちゃんは違うって話だが、いるかどうかは聞いてねえぞ」
「どうかな。言ってもまだ、入学して二週間とかだし」
「充分な時間が経ったって意味だぞ、そりゃ」
「……さすが言うことが違うな」
「るっせ。いないっつーなら俺が答える義理もねえよ。被りようがねえし」
「そうですか、っと」
「――もしお前が誰かに惚れたっつーなら、そのときはお互い言おうじゃねえの」
「んじゃ、そのときはってことで」
そんな感じで。
俺たちは、青春らしい会話を繰り広げたのだった。
……ファミレスのトイレの前で。
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