3-15『それは何より美しく2』
バカじゃないの。
バカだよ。
俺もバカだけど、悪いけど、言っちゃなんだけど望くんも相当のバカだと思うよ。
なんでこの状況に今ここで俺を陥れたんだよ。
何このトラップ。
アカン。いくら叶が相手でもこれはダメだ。
あらゆる意味でこいつはいけない。
「……………………あぇあ? えっ、……ふぁえっ?」
叶のものとは思えないか細い声音が背中に届く。こんな状況で言うのもなんだが、普段よりだいぶかわらいらしい。
もちろん俺は、背中を向けたままドアとにらめっこ。いや、こいつなかなか強いなあ。笑ったらひとりでに開いたりしない? しないね。
俺は動けない。蛇に睨まれた蛙が如く。
自分で扉を開けて出て行くことすらできない。
「え、あっ……へぇえあっ!? な、なん――なに、な、な……」
背後から届く叶の声が震えていた。
そらいかに何度も下着姿は見てきたとはいえ、全裸とはまったくレベルが違うだろう。俺だってもう、どうしたらいいのかなぞわからない。
それでも、このまま黙り続けていることなどできなくて。
静かに、恐る恐る、俺は言葉を口にする。
「……あの。あ、えと……あの。なんか、悪かった……ごめん」
「み、未那……? だよ、ね……?」
「そうです、未那です。あの、聞いてくれる? 決して覗く気はなかったんだよ? ただあの、なんつーか、望くんに案内されて来たもんだからさ。てか、あれー、おかしいな。確か望くんは、自分の部屋に案内するって言ってた気がするんだけどな。あ、あれー?」
「……なんで、いるの……?」
「いや。うーん、えーと、違うんだ。違う、違うんだよ。本当。本当に。これはマジで、違うんだって。なんなら俺は、概念的には今ここにいないまであるって感じだよね。は? ダメだごめん自分でも何言ってんのかよくわかんなくなってきた。ふぁー?」
深夜に四時間も自転車を飛ばして全裸の女子の部屋に侵入するガチのストーカー。
これもう捕まってもおかしくないですよね。むしろ捕まらないほうがおかしいレベル。
「あ、いやそうじゃなくて。……なんで、わたしの家まで来てるのかってことだけど」
「え? あ、ああ、そっち? そっちはほら、いや、待てそれこっちの台詞だよ。なんでいきなりいなくなるんだよ、お前。みんな――秋良もさなかも心配してた」
「…………それで、うちまで来てくれたの?」
「望くんからこっちいるって聞いて。まあ、なんか……チャリで来た」
「チャリで来た」
「まさか四時間以上かかるとはね。いやビビったわ」
「……ば」
ぼすっという音がした。おそらく叶がベッドにでも座ったのだろう。
それから、ごく小さな声で、叶が呟く。
「バカじゃないの……」
「あー。さすがに反論の余地がないわな……」
「…………、くそっ」
叶が毒づいた。そらいきなりこんな時間に全裸を見られるとは思うまい。
こんな時間に風呂入ってんじゃねえよとも思うが、そういやずっと寝ていたらしいし、予測することも不可能ではなかったわけだ。
いやそんなわけねえだろ。無理だよ。これは無理。
参った。一応、それなりにシリアスな話になることは覚悟していたのだが。こんなにもアレな空気なるとは想像していなかった。
色で言うなら、もはやマーブルカラーだろう。
めちゃくちゃだ。
それはもう、――思わず笑いたくなってしまうくらい。
すん、と鼻を鳴らす音が聞こえる。
「……叶?」
そう言った俺に、背後から声。
「着替える」
少しだけ、声が震えているような気がした。……それもそうか。いくらなんでも。
「あー。あー、そうね。あ、んじゃ俺、部屋出てるわ」
「いいよ、別に。そっち向いてて」
いったい何がいいというのか。わからない。
衣擦れの音が耳に届いた。そんなもん普通に生活してりゃいくらだって聞こえるのに、こういう状況だと嫌に意識してしまう。
……ああくそ、相手は叶だ。落ち着け俺。
さきほど、ほんの一瞬だけ見た光景が頭から離れてくれない。悪いのは俺だ(というか望くんだという気もする)が、それでも叶に対してだって言いたいことはあった。
……普段から、こいつ隙が多すぎなんだよ、バカ。
こっちがどんだけ必死に理性と戦ってると思ってんだっつーの。八つ当たりだけど。
「ん……終わった。いいよ、こっち向いて」
やがて、ぽつりと叶が言った。言われて振り向くと、そこには見慣れたジャージ姿。
と言っても普段とは少し違っている。メーカーモノだし、たぶん私物だろう。
「……前々から思ってたけど、お前ってジャージ好きなのな」
「ここで言うこと、それ? ……まあ好きだけどさ。そんなこと訊きにきたわけ?」
「いや。つーかお前、あんだけ連絡したのに全無視ってどういう了見よ」
「え? あ、あー……ごめん。それは本当に。スマホの充電、切れちゃってたわ……うわそっか、連絡する前に寝ちゃったんだった……ごめん。それは、本当」
……オチが酷い。うっそだろ、そんな理由だったの……。
「寝る前に充電器差したと思ったんだけど、取れちゃったみたいだ」
「それだけかよ……ったく、こっちは事故にでも遭ったんじゃねえかって心配したわ。俺っつか、お前、あとで秋良とさなかには謝っとけよ」
「う……それは、うん」
「まあ気にすんな。俺もいっしょに謝るから」
「いや、いいよ……なんでそんなお母さんみたいなこと言ったんだよ……」
「おっと勘違いするなよ? 俺は俺でいろいろ謝ることがあるだけだ」
「ただの別案件じゃん、本当に勘違いじゃん。まったく……バカだなあ、未那は」
「お前にだけは言われたくねえっつの」
「何度も聞いてるっつの」
「じゃあ何度も言わせんなっつの」
「そんなこと言いにこんなとこまで来るなっつの」
「ああ言えばこう言う」
「お互い様でしょ?」
それだけ言い合って、そして――俺たちは顔を見合わせて少し笑った。
もちろん小さな声だけれど。ああ、そういえば俺たちはこうだったと思い出すような、そんな雰囲気。つまり俺は、それさえ忘れかけそうになっていたということなのか。
それが、これまで見過ごしてきたことのツケならば、ここで清算しなければならない。
「で? なんで連絡もせずにいなくなった?」
「……だからそれは――」
言いかけた叶の言葉を塞ぐ。そんな建前を聞きに来たわけじゃない。
「嘘じゃないとは思うぞ。充電も失敗したんだろうし、寝落ちしたのも本当だろうさ。だけど叶、お前がそんな風になるって時点で、たぶんもう普通じゃねえよ」
「……何言ってんの?」
「普段のお前なら、絶対にそんなことしないって言ってんだ。そのくらいには俺だって、お前のこと知ってるつもりだからな」
叶は、そこでわずかに視線を細めた。
「……そっか。かもね。でも、まさかここまで聞きに来るとは思わなかった」
「俺も、まさかこんな必死でチャリ漕ぐことになるとは思わなかったよ」
「本当……こういうときに限って。最悪だよ」
言うなり叶は、こちらに向けて顎をしゃくって見せた。
なんだと思うも束の間、彼女は言う。
「――一階。階段降りて右のほう」
「え……何?」
「お風呂の場所だよ。貸してやるから入ってきなって言ってんの」
「いや、だから何言ってんの……?」
「汗だくで気持ち悪いっつってんだよバカ。そんなカッコで女子の部屋入ってくんな」
いやまあ、それを言われてしまっては反論できない。この季節に、陽が沈んでからとはいえ四時間も自転車を飛ばしてきたのだ。夏の熱気にやられてしまっている。
ただ、だからって、ここで風呂を借りるというのも……ねえ?
「さすがに、なんつーか親御さんとかに見つかったりしたらアレじゃない? それは」
「いや、今ウチ親いないし」
「――……はぇ?」
「ウチの両親、実家が長野でさ。そっちに帰ってるんだよ今。ていうか、それを知ってたからわたしもこっち戻ってきたわけだし。とにかく、今ここわたしと望だけだから」
「……………………」あの。
ごめん。本当、ひとつだけ、これだけは言わせてもらっていいかな。
――望くんは本っ当に油断ならねえなあ!! あいつ、真顔で嘘つくよねマジで!!
※
結局、言われるがままシャワーを借りることになった。
自分でもかなり本気で何やってるんだろう、と思いながらもありがたく汗を流す。その間に、なんだか忘れていた疲労がどっとぶり返してきたような気がした。それに眠い。
浴室を出ると、望くんが用意してくれたという――いつの間に、そしてなんのためになのか、それはわからない――着替えがばっちり用意されている。下着まで明らかに新品なところを見るに、どうやら買っておいたということらしい。
この子は本当になんなんだ。
あとでお金を返すべきなのか迷いながら、行く場所もないので叶の部屋に戻る。
「……えーと、ただいま。あー、お風呂どうも」
「ん」
叶はベッドに腰を下ろしたまま、こちらを見もせずに答えた。
すげえ微妙な空気だ。これからどうすればいいのかさえ、なんかもうわからない。
「――で? 結局、こんな時間に何しに来たわけ?」
そう問われてしまったが、こうなってくるともう俺にも答えがない。
「わかんね……何しに来たんだろうな、俺。何これ? どうすんのこの空気」
「……わたしが、知るか」
「そりゃそうだけど。……えーと、お前はどうすんだ? しばらくこっちにいるのか?」
当初の目的としては、叶をかんな荘に連れて帰ってくることである。
だから一応、そう訊ねたのだが、叶のほうはなんだか投げやりな様子だった。零れる言葉に覇気がない。
「……さあ? そりゃ、すぐ帰るつもりではいたけどね。あんま考えてない」
「そもそも、なんでこっちに来たんだよ……」
「どうでもいいじゃん別に。なんとなくだよ。大した理由ない」
違和感だらけだった。
こいつが気だるげな様子でいるなどいつものことだ。だが、今日の態度はいつものそれとはまた違ったもののように思う。なんというか妙に捨て鉢で、自棄な印象だ。
「おい……なんだよ、らしくねえぞ? さっきも言ったけど、お前、そんななんとなくで動くような奴じゃねえだろ。さっきから答えもなんか適当だし……おかしいぞ」
「――うるさいな」
叶は、やはりこちらを見ない。
「わたしらしいってなんだよ? 未那がわたしの何を知ってるってんだよ。そもそも、なんでここまで来たんだよ」
「……なんでって。だから、お前が急にいなくなるから――」
「わたしに言わせりゃ、そんな理由で未那が来るほうが不自然、ってからしくないと思うけど? ただ実家に帰っただけじゃん。なんで追ってくんの? キモ。ストーカーかよ」
「……そう言われたら返す言葉もないが」
でも、やっぱりおかしい。思えば、ここで会ったときからずっとそうだ。
そもそもこんな、ただ言葉を悪くしただけのつまらない罵倒、まるで叶らしくない。
「何が、あったんだよ。何か、あの、俺で聞けることなら――」
「――っ、だからあっ!!」
食い下がった俺に、叶が一瞬だけ怒りを見せた。
だが、彼女はすぐにそれを引っ込めてしまう。怒ることさえ億劫だとばかりに、上げた顔を体ごと下げ、ベッドに倒れ込んだ。
仰向けになった叶は、そのまま右腕で自分の顔を隠して、小さく呟く。
「……だから、なんでもないって。わかった、明日には帰るよ。それでいいでしょ」
「おい……」
「秋良やさなかには、わたしから謝っとくからさ。確かに何も言わずに来たのは考えなしだったね、ごめんごめん。――はい、これでいいよね。もう休も。眠くないの?」
「……おい、叶……」
「まあ布団くらい貸してあげっから。帰りも自転車でしょ、あんた。あれ、つーか自転車とか持ってたっけ? あー、まあ借りたってことか。どうでもいいね。あはは」
「さっきから何言ってんだよ、お前はよ!」
――思わず、声音が強くなってしまう。
何も言おうとせず強引に話を片づける叶を、まるで怒鳴りつけるみたいにして。
それでも叶に変化はなかった。むしろ失笑さえ零して、顔を隠したまま薄く零す。
「なに、怒鳴るんだ? いきなり来といてずいぶんと勝手じゃん」
「……悪かったよ。でも、お前……」
「いいじゃん。もういいじゃん、別にさ。――もう、いいんだよ」
「もう……いいって」
「主役とか、脇役とか? そういうの、もう、いいじゃん」
「――な……っ」
信じられなかった。そんなことを、叶が口にするはずが絶対にないと思っていた。
俺は咄嗟に叶のほうへと向かう。だがその直前で、何を返せばいいのかさえわからなくなって立ち止まってしまった。叶に詰め寄って、それで何を言えばいいというのか。
そんな俺を見て、叶は顔を上げて嗤った。
「ねえ、さっきも言ったよね。今、この家、親とかいないんだよ」
「だから……それが」
「――わたしのこと抱く?」
頭が、どうにかなってしまったかと思った。
本気で理解できない。目の前にいるのが誰なのかさえ忘れかねない衝撃だった。
「いいじゃん、面倒な話しないで。別にいいよ、わたし、未那なら」
「――……やめろ」
「いっしょに住んでるしね。溜まったりしないの? ほら、わたし使って発散したら?」
「……やめろ、っつってんだよ……」
「別に好き合ってなくたってそんくらいいいんじゃない? ほかの子には黙ってお――」
もう聞きたくなかった。
明確に怒りを覚えながら叫ぶ。
「――っ、ざけんじゃねえよ!! んなことのためにお前と住んでるわけじゃ――」
「だったら初めっからこんなとこまで追いかけてくんなよっ!!」
俺は、完全に絶句した。考えていなかった。ここに来て、普段と変わらない姿を見て、それで安心してしまっていたから。こんなことになるだなんて想像もしていなかった。
まさか叶が――これほどまでに追い詰められているとは思わなかった。
「なんだよ、もう……こんなとこまで来ちゃってさ。せっかく、せっかくわたしが逃げてでも元に戻ろうと、がんばろうと思って、立て直すために来たのに、なんで未那が追って来ちゃうんだよ。少しだけ……少しだけ休めば、また、元に、戻ると、思って……っ!」
叶の声が、歪んでいる。潤んでいる。滲んでいる。――消えかけている。
俺は、その声に引きずられるかのように、思わず叶のほうへ近寄る。そして直後、叶はいきなり飛び掛かるように向かってくると――そのまま俺の襟を掴んでベッドに押し倒す。
「――っ、お、おい……っ」
「最悪。……最悪だ。最悪だよ。最悪だよ未那は! なんだよ、なんなんだよ! なんで来ちゃったんだよ、ここまで! 何しに来たんだよ言えよ! ビビってなんもできないでいるくせに、どうしてこういうときに限ってここまで来ちゃうんだよっ!!」
「――――」
「秋良に唆されたから? さなかに甘やかされたから? 本当に自分の考えて来たの? ただなんとなく来なきゃいけない気になって、主役ごっこの延長で来たんじゃないの? あんたのそれはただの自己保身だろうが! 結局、誰にも踏み込んでいけないくせに!!」
ほとんど首を絞めるような形で、仰向けに倒された俺を、俯せの叶が睨む。
薄暗い部屋だ。長い髪に隠されて陰になった、その表情はほとんど窺い知れない。
「だから……だから付き合ってやったじゃん。適当に満足して済ませりゃよかったじゃん。納得したフリして適当に流せばよかったじゃん。楽しく終わらせちゃえばよかったじゃん。いつもみたいに放っといてくれればよかったじゃん……! それならわたしも、きっと、いつものわたしに戻れたのに……っ。なんで、なんで未那はそうなんだよっ!!」
「か……なえ」
「どうせ踏み込んでこられないくせに中途半端にヒトを振り回すな! わたしは、わたしは未那のそういうところがいちばん嫌いなんだっ!! ――もう出てけよ! 出てけっ!!」
胸をどん、と突かれる。俺には何も言うことができなかった。
まっすぐ叶の顔を見つめる。体の上に乗った少女は、こんなにも泣き出しそうな声で、けれど絶対に、涙だけは零さずに叫んだ。その手首を俺は、片手で掴んだ。
ぐっと首元に伸びた叶の手をどかす。少女は、わずかだけ狼狽えるよう身を固くした。
「……悪かった。出てく。お前に、そこまで言わせる気はなかったんだ」
それだけ告げて立ちあがると、振り返らずに部屋を出た。
階段を下りて居間に回り、再び庭から外へ出る。近づいてきた朝に目を細めた。
そういえば、今日は雨が降る予報だと、電話で秋良が言っていたか。なら時間的猶予はあまりない、ということになる。
――にしても、効いた。
特に、自己保身のくだりは相当だ。秋良にも同じことを言われてしまったが、いやはや見る目がある。その通りだ。誰とも仲よくなれないことを怖がっておきながら、嫌われることも同時に恐れるあまり――決定的なラインで本能が踏み留まってしまう。
拒絶されることが嫌で、だから結局、俺はさなかに告白さえできないままヘタレ続けていた。
叶に至っては、このなあなあな関係を続けていければそれでいいなんて考える有様だ。
――そりゃ、そんな覚悟で入ってくるなと、叶も怒るに決まっていた。
庭を回って友利家の正面に戻ると、ここまで乗ってきた自転車の脇に望くんがいた。
「おっす。なんだ、こんなとこで待っててくれたのか」
「……すみませんでした」
望くんは頭を下げた。
「それでも……少し意外です」
「何が?」
「いえ。その……先輩が、かなり平気そうな様子なので」
「いやまあ、平気ってこともないけどさ。あいつが、わざと俺を怒らせようとしてることには途中で気づいたし。それで、折れて帰ってきちゃ格好つかねえでしょ、さすがに」
「……どうするんですか?」
「そう訊かれても。何があったのか正直さっぱりわかんねーし。だからとりあえず、それ知ってそうな望くんに話聞いて……まあ、そのあとは行き当たりばったりだけど」
そこまで考えてから、ああ、と気がついた。
たぶん望くんは、俺が消沈して帰っていくとでも思っていたのだろう。
まあ間違ってはいない。正直かなり落ち込んだし、あと意味わからないし、もうなんか本当にただ風呂入ってバカにされただけであり得ないくらい間抜け晒していたけれど。
――そんなことで諦めるためにここまで来てはいない。
「あいつが、あんなこと言うはずないんだ。てことは言わせたのは俺なんだよ。だったらその借りは俺が返すべきものなんだ。何があったか知らんけど、叶があんな風に弱ってるとこなんて見たくねえ。言いたくもないことを、これ以上言わせたくないんだ」
あいつは、わざわざ俺を拒絶するために心にもないことを言ってくれた。俺を怒らせることで、叩き返すことで、これ以上は何もしなくても済むように、と。
それはどこまでも不器用な、叶らしい優しさだったのだと思う。
――似たようなことは、俺もやったんだ。
だけど俺はあいつの敵だから。だからあいつの思い通りにこのまま「なんでもなかったこと」にして、この話を流してしまったりしない。そうそう上手くいくものか。
「……話、聞かせろよ。いったい、あいつに何があったのか」
「わかりました。僕が知ってることならば」
「オッケー。んじゃ、そしたらとりあえずメシでも行くか。奢るぜ、望くん?」
俺は笑ってそう言った。
たぶんこれから、俺は決定的に間違ったことをするのだと思う。
でも、それでよかった。決意なら固めてある。それは、ほかの誰でもなく、ただ自分のための行いだ。俺のためを思ってくれた叶と違って、いかにも締まらないけれど。
主役としてやるべきことだけは、もう、見失わないと決めている。
俺を遠ざけて隠そうとした秘密を一方的に暴く。それを躊躇うことをしない。
――だって、友利叶は、友達だから。
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