5-25『接続章/その手を、君に』
――誰かに、助けてほしかった。
当然、わかっている。少女は理解しているのだ。
自分にそんなことを願う権利はないのだと。
どの口でそんなことが言えたものか、と。
だから言わない。決して、それは口にはできない想いだった。
いや。いや――違う。もう手遅れだ。
自分は完全に失敗してしまったのだ。何があろうと決して言葉にはしないと決めていた想いを、彼女はもう外に出してしまったのだから。
あの輝かしき星のような救いを、その価値を、貶めたのはほかでもない自分だ。
――わたしは決してそんなものを望んではいなかったのに。
欲しかったものはとっくに手に入れていて、それだけでよかったはずなのに。
それでも満足せず、もっと、もっと、と浅ましい我欲に気がついてしまった。この上、開き直って求めるなんて、そんな恥知らずな真似は決してできない。
ただ、自分が悪いだけなのだから。
――わたしが悪い。わたしだけが悪い。だからわたしは救われなくてもいい。
報われる必要はない。しあわせになんて、なってはならない。孤独に耐えて無惨に朽ちろ――。
そう強く言い聞かせているはずの自分が、よりにもよって助けられたいなどと。
「言える……わけ、ないのに……!」
暗いところで。
蹲り、肩を抱いて、少女はひとり、涙に震えていた。
もう家に帰ることすらできないのだから。
走り回って逃げ惑い、ありもしない居場所を求めるように、あるいは居場所がないからこそ足を止められなかったというように。
目指す場所どころか、もはや自分がどこにいるのかさえわからなくなっている。
そうだ。これが当然の、罰なのだ。
自分は報いるべきに報いているに過ぎない。それを歓迎しこそすれ、厭うなどあってはならないのだ。
それさえできないのなら、もう終わることすら叶わなくなる――。
けれど。
少女は知らなかった。
「……っ!?」
突如として背後から聞こえた物音に、少女の肩が怯えて跳ねる。
それは、たとえるなら雷の音に身を竦める幼子のような。
なんであれ今、自らの周りにあるものは全て天罰だとしか思えないほど、少女は限界にまで追い詰められていた。
恐る恐る彼女は振り返る。
自らを裁く者が現れたのではないか。そんなことさえ考えている少女の前に。
「だ、だれ……っ!?」
友が答えた。
「――やあ。ぼくだよ――」
予想すらしていなかったその顔に、叶は丸く目を見開いた。
現れた少女は微笑み、いつも通りの気取った様子で、当たり前みたいに声をかける。
「元気にしてくれていたかな、叶――なんて。この分じゃさすがに皮肉かな。いやいや、ぼくとしては、本当に元気でいてもらいたかったんだけど」
「え、なん……で」
「まったく。どこに行ったかと思えば、まさか瑠璃さんのところとはね。ぼくじゃなきゃ見つけられなかったかもしれないぜ? とはいえまあ、会えたんだから構うまい」
「……え、と……?」
叶は混乱する。
彼女がこちらに来ている意味わかる。だが今、ここにいる意味はわからない。
そんな叶の困惑をよそに、少女――宮代秋良は笑顔だった。
「ここに来た理由は単純だよ。ひとつは、どこかの優しいお節介な女の子に頼まれたからだ。いや、まったく……らしいと言えばそうだけど。それがあの子の強さなのかもね」
「え……え?」
「でもまあそいつは、悪いけど理由としては二の次でね。ていうか、ぼくとしちゃここで驚かれるほうが気に喰わないね。忘れたのかい? ぼくはきちんと手紙を残したはずなんだけどね? ――『何かあったら、いつでも連絡してくれ』って」
「――あ……」
叶は目を見開いた。
確かに。最後に別れた日、秋良はそんな手紙に連絡先を残していった。
「だっていうのに叶ときたら、あれから一度だってぼくに連絡してくれてない。ぼくから連絡先を残したんだ、君が送ってくれなきゃこっちからはどうしようもないだろう。これでもちょっと傷ついてるんだぜ? この分は、きっちり取り立てないと気が済まないな」
「え、え……ご、ごめ、ん……?」
「あはは! いいよ、謝られちゃあ許すしかないな。でもまあ、そういうわけだ」
たとえ少女が、その事実を見失ってしまったのだとしても。
彼女に手を差し伸べたいと思う友人を。
泣いている友達を放っておけないと思う者を。
少女は、決して失っていない。
叶を大切な友人だと思い、手を差し伸べたいと思う者は、確かにいるのだ。
秋良は笑って、叶に、いちばん新しい友人に――その手を差し伸べ、確かに掴んだ。
「――久し振り。笑わせにきたぜ、友達」
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