第120話「分業制」

 薪割りの作業が終わり、ギルドへ報告に戻る。戸を開けて中に入ると、暖かい空気が僕らを包み込んだ。


「あれ?」

「ヤック様、あれが赤熱結晶でしょうか」


 不思議に思って首を傾げていると、アヤメが目敏く部屋の角に置かれた鉄製の箱を見つけて指差した。熱の発生源はそれのようで、中には赤く透き通った水晶の欠片のようなものが積み上げられている。


「戻って来たのか。何束作れたんだ?」

「ヴァリカーヤさん」


 僕らの気配を察したのか、階上からヴァリカーヤが降りてくる。時間も正午過ぎということで、休憩のために戻ってきたものだと思われているらしい。


「資材置き場にあった丸太は全て薪にしました」

「ま、あれくらい余裕ね」

「は?」


 すまし顔のアヤメと胸を張るヒマワリ。その報告に、ヴァリカーヤは再び唖然とした顔を見せる。


「冗談は程々にしておけよ。あそこには一冬ぶんの丸太が置いてあったんだぞ」


 にわかには信じられない、と彼女は疑いの目を向ける。屋根の補修とは訳が違う、腕力と体力がものを言う重労働だ。資材置き場の男性も、あれは男が数人がかりで十日掛けてこなす作業量だと言っていた。


「冗談ではありません。作業員からも、謝礼を頂いております」


 そう言ってアヤメが取り出して見せたのは小さな紙のチケット。蜂蜜亭でお酒一杯と交換できる引換券で、町の住人はこれを賭けて夜な夜なギャンブルに興じていると言っていた。


「くっ……」


 チケットは信憑性のある証拠になったようで、ヴァリカーヤはたじろぐ。

 僕は、なぜ彼女がそんなに悔しそうにしているのかが分からなかった。冬支度が楽に進んでいるならば、それでいいのではないだろうか。


「そうだ、ヴァリカーヤさん。あれって赤熱結晶ですよね? 貯蓄が少ないと言われてましたけど……」

「ギルドは十分な量を備蓄している。外の者が口を挟むことじゃない」


 資材置き場の男性は、今年は赤熱結晶が心許ないと言っていた。そんな貴重なものを、ここで使ってしまっていいのか。


「勘違いするな。別にお前たちが帰ってくるから暖めていたわけではない」


 念を押すように、赤い瞳が僕を睨みつける。


「これから住人がお前たちに仕事を持ってくる。あくまで彼らを迎えるためだ」

「はぁ。それはまあ、そうでしょうね」


 どうせ僕らは依頼を受けたらすぐに出かけることになる。そんな人員のために広い一階を丸々暖めているわけにもいかないだろう。


「新しい依頼は来ているのですか?」


 ユリが尋ねながら、壁にかけられた掲示板を見る。今朝は取り残された古い依頼書しか貼られていなかったコルクボードに、見覚えのない真新しいものが追加されていた。更に、ヴァリカーヤはのしのしと掲示板へ歩み寄り、新たな依頼書をピンで貼り付ける。


「喜べ。たった今三件目が受理されたところだ」


 屋根修理、薪割りと続き、新たに三つの依頼が張り出された。

 一つは防寒具の点検と修繕。二つ目はバター製造の手伝い。三つ目は穀物倉庫の害獣対策となっていた。


「一件ずつ回っていると時間が足りませんね」

「住民との協働作業もあるようです」

「ふん。こんなの余裕よ。第二世代ならね!」


 頭を突き合わせるようにして依頼書を確認し、やる気を漲らせる三人。とはいえアヤメの言葉も尤もだ。四人で依頼主のところを巡っていると時間がかかってしかたない。


「アヤメ、手分けして同時に進めることはできるかな」

「手分け、ですか」


 予想通り、彼女はあまりいい顔をしなかった。

 ハウスキーパーというのは、基本的にマスターと行動を共にするものだ。手分けをするということは、必然的にこの中で少なくとも二人は別行動することになる。

 そもそもマスターが近くにいなければ、ハウスキーパーは本来の力を発揮できない。とはいえ、町の中での仕事の手伝いくらいなら、彼女たちだけの力でも十分すぎるだろう。


「どうかな?」

「……」


 アヤメたちが揃って顔を覗き合う。お互いの思考を探ろうとしているようだ。

 個人的に言わせて貰えば、防寒具の点検と修繕はヒマワリに、バター製造はアヤメに、倉庫の害獣対策はユリに任せるのが適役だと思う。本人がどう思うかはまた別だろうけど。

 三人はお互いにじっと見つめ合い、しばし無言の時間が続く。その様子に、ヴァリカーヤが困惑してきょろきょろとあたりを見回していた。


「では、私は倉庫に向かいましょう」

「私はバター作りの方へ」

「じゃ、防寒具の修繕ね」


 結局、無言の話し合いの後に予想通りの割り当てが決まった。それぞれの担当が定まったところで、アヤメ達がこちらへ注目を移す。


「それで、ヤック様はどちらへ?」

「まあ、手伝うっていうなら、させてあげないこともないけど?」

「……害獣程度であれば、十分にお守りできます」


 三人分の青い瞳。

 どこか期待を宿す光を向けられ、僕は頭に手をやりながら答える。


「ごめんね。ちょっとヴァリカーヤさんと話したいことがあって。三人は別行動ってことで、いいかな?」


 そう言った瞬間、ぴしりとその場の空気が凍結した気がした。

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