第49話「茶会の招待」

 かるくアレクトリアの街並みを観光した後、僕とアヤメは早めの夕食を取って大神殿の部屋に戻った。長い階段を歩く頃には緊張も高まり、部屋に入った途端に不安が喉の多くから迫り上がってきた。


「聖女様は本当に来るのかな」

「そのように想定して準備をしておきましょう」


 気弱になる僕の隣で、アヤメはトランクを開いて物々しい準備をしている。彼女は聖女様の正体を“銀龍の聖祠”で眠っていた機装兵ではないかと予測していた。しかも、彼女の見立てではかなり強力な存在であると。

 “老鬼の牙城”のハイオーガを倒すアヤメも、僕から見ればとても強い。おそらく、世に存在する探索者のほとんどか彼女の足元にも及ばないだろう。それほどの実力を持つ彼女自身が危険視するほどとは、いったいどんな存在なのか。

 不安を抱えたまま、刻一刻と時間が過ぎるのを待つ。その間、僕も金属製の防具や妖精銀の剣を装備し、迷宮に挑む前の完璧な体制を整えていた。

 そして、不意にドアの向こうに足音が響いた。


「どなたでしょうか」


 神官の誰かがやって来たという可能性も考えられる。アヤメは表面上は穏やかに声を掛けた。けれど、その手には雷撃警棒スタンロッドがしっかりと握られている。彼女は僕を隠すように前に出て、ドアの方をじっと見つめる。


「――お茶会へお誘いするため、参りました。ユリでございます」


 響く声は昼間に聞いたものと同じだった。顔を隠した聖女の側近を名乗る女性、ユリさんのものだ。アヤメもそれを認めたのか、警戒は崩さないまま――ゆっくりとドアを開く。

 開け放たれたドアの向こうに現れたのは、やはり白い衣を身に巻きつけ顔を隠したユリさんだった。周囲に他の人はいない。


「ご案内致します。どうぞ、こちらへ」


 ユリさんは片足を下げ、外へ促す。僕らが武器を持っていることは全く気にしていない様子だった。アヤメは雷撃警棒を握ったまま部屋の外に出る。

 僕たち二人を伴って、ユリさんは足音もなく歩き出す。向かう先は、立ち入り禁止になっていた神殿の更に下層だった。

 延々と続く長い階段に、何度折り返したかも分からなくなる。迷宮探索稼業でそれなりに体力はあると自負していたけれど、アヤメやユリさんほど全く疲労を感じさせずに歩き続けるのは無理だった。


「ふぅ」

「申し訳ありません。シャフトが稼働していれば、ここまでご足労いただくこともないのですが」


 思わず息が上がってしまう僕を見て、ユリさんがそんなことを言う。シャフトってなんだろう、と首を傾げている間に、アヤメが口を開いた。


「――やはり、貴女も機装兵なのですね」

「はい。隠すつもりはなかったのですが、無用な混乱を防ぐために告知しておりませんでした」


 再び階段を降りながら、ユリさんは言った。

 機装兵。精巧に造られた人型の機械。迷宮に眠り、ごく稀に産出される魔導人形。そのほとんどは酷く朽ちていて、動かない。けれど、アヤメはそうではなかった。そして、ユリさんも。

 体をほとんど隠しているとはいえ、ユリさんの所作はどこまでも滑らかで人間らしい。落ち着いた声も、澱みのない歩みも、機械仕掛けとは思えないほどだ。けれど深く下方へと下る長い階段を歩き続けている様からも、彼女が僕とは違う存在であることは疑いようがなかった。


「じゃあ、聖女様も?」

「はい」


 ユリさんは首肯した。

 この土地に古くから存在し、流浪の民を受け入れ、アレクトリアを築いた聖女。やはり彼女はアヤメと同じだったのだ。


「詳細は主人から直接お聞きください」


 なおも階段をくだり、やがて終端に辿り着く。ようやく最下層までやってきたと息をついたのも束の間、その先には水平に伸びる長い廊下が続いていた。


「うわぁ……」

「ヤック様、私が背負いましょうか?」

「だ、大丈夫。自分で歩けるよ」


 左右に等間隔で並ぶ青い燭台が霞むほどの長い廊下に心が折れかけるけれど、すっと手を伸ばしてきたアヤメを見て力を振り絞る。僕だって探索者なのだ。魔獣が出ないとはいえ、迷宮の中で彼女に頼り切るわけには行かない。

 張り切ってリュックサックを背負い気合いを入れ直していると、ユリさんがこちらをまじまじと見つめている――ような気がした。顔を覆う布でその表情は全く分からないけれど。なんだろうと思って口を開き掛けたその時、僕とユリさんの間にアヤメが割り込んできた。


「ヤック様、荷物をお持ちしましょう」

「大丈夫だから!」


 相変わらず過保護なアヤメに少し辟易としつつ、少し意地にもなってリュックの肩紐を握る。そんなやりとりをする僕たちを見ていたユリさんは、また廊下の先に向かって歩き出した。


「ここ、ダンジョンなんだよね」


 同じ風景が果てしなく続く平坦な廊下を歩きながら、つい言葉をこぼしてしまった。大神殿がそのまま“銀龍の聖祠”というダンジョンであることは知っていた。この廊下に充満する張り詰めるような空気も、“老鬼の牙城”のそれとよく似ている。唯一違うのは、そこに魔獣の気配が全くしないことだ。

 普段と同じ装備に身を包んでいることもあって、余計に違和感は強くなっているような気がする。普段なら血の匂いや唸り声も聞こえて来そうなところで、全くの静寂が場を包み込んでいるのだ。

 アヤメはこの変わり映えのしない廊下を、ずっと興味深げに眺めている。なにか彼女にしか見えないものでも見えているのだろうか。


「こちらです」

「うわっ!?」


 ぼうっとしていたら、突然前を歩いていたユリさんが立ち止まる。反応しきれず彼女の背中に激突した僕は、鼻先を強く打ち付けた。


「ご、ごめんなさい!」

「いえ……。申し訳ありません」


 慌てて飛び退いて謝ると、ユリさんまで謝罪を口にした。そのまま謝り合いになりそうなところを、アヤメが止める。


「お怪我はありませんか?」

「僕は大丈夫だよ」


 ぶつかったとは言え、そんなに勢いよく衝突したわけじゃない。それにしては硬い感触が布越しにあったけれど、その理由も今なら分かる。ユリさんの体も、アヤメと同じく鋼鉄なのだろう。

 ユリさんが立ち止まったのは、廊下の終端が現れたからだ。頑丈そうな鉄の扉がそこに立ちはだかっている。取っ手もないそれを壁ではなく扉だと思えたのは、それ以外に道が続いていなかったからでしかない。

 どうなるのだろうと趨勢を見守っていると、おもむろにユリさんが手のひらを扉に翳す。すると銀色の扉に青い光のラインが走り、ひとりでに音もなく左右へ退いた。


「うわぁ……」


 驚きの展開に思わず声を上げる。表情の見えないユリさんが少し得意げにしていたような気がした。

 扉の奥には広い部屋がある。入り口から見て真正面の壁が、信じられないほど透き通った薄いガラスの板で覆われていた。それだけでも、ここが常識の通用しない異世界だと分かる。

 けれど、部屋の中央にはもっと目を引くものがあった。石を削って設えた立派なテーブルの向こうに、一人の女性が座っている。燃えるような赤い瞳が、僕を見ていた。


「ようこそ、“銀龍の聖祠”へ」


 彼女は立ち上がり、しなやかな両腕を広げて僕らを迎える。その声はユリさんのそれとよく似ていた。

 腰まで届く滑らかな赤髪。腰と胸元で紐を結えた、白い衣。聖女と言うには少し似つかわしくない、まるで熊のような活発さを感じさせる勝気な表情の女性だった。


「私はBS-02F036L01。――今は聖女をやっている」


 そう言って、彼女は白い歯を覗かせた。


━━━━━

7月28日に「合法ショタとメカメイド」第1巻が発売されました!

各サイトにてお求めいただけますので、詳細は公式サイトをご確認ください。

※Komeさんの描くヤックとアヤメの姿や、特典SSがついてきます。

フォローや応援を頂けると大変励みになります。ぜひにぜひに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る