第27話「落ちぶれた探索者」

 フェイドは憤っていた。

 メテルたちの説得を受けて探索者として再起を図ろうとした彼は、第二階層で行き詰まり、撤退を余儀なくされたのだ。


「クソッ! おかしいだろ!」


 周囲の視線から逃れるために選んだ、間仕切りのある飲み屋。そこで酒を煽ったフェイドは乱暴にテーブルを叩く。卓を囲むメテル、ホルガ、ルーシーの三人も沈痛な面持ちだ。

 あの日以降、多少のブランクがあったとはいえ、彼ら“大牙”は第三階層に到達した実力あるパーティだったはずだ。それが、第二階層にすら届かないとは。


「メテル! どうしてあれだけ接近を許したんだ! おかげで奇襲を受けたじゃないか!」

「無茶言わないで。あたしは前を見張ってたんだから、後ろからの接近に気付けるわけないでしょ」


 怒り昂るフェイドの追及に、メテルは苛立ち紛れに反論する。

 いつもの隊形を組んで迷宮内を進んでいた彼らは、背後からゴブリンアーチャーの奇襲を受けた。致命傷こそ受けなかったものの、ホルガが肩に矢を受けたことでパーティが混乱に陥った。


「ルーシー、お前もだ。お前がホルガをさっさと治療していれば、まだ体勢は立て直せてたはずだろ」

「そ、そんな……。薬にも種類があるし、魔法だってあんな状況ですぐに使えないわよ」


 攻撃を受け、傷付いた者が出れば、ルーシーが治療する手筈になっていた。しかし、いつもならすぐに適切な薬を提供し、処置を行うはずの彼女が手間取り、時間がかかってしまった。

 治癒魔法も人体に対して作用する以上、繊細な魔力操作が必要だ。乱戦の中、動き回る人間を対象に使えるものではない。


「いや、彼女は悪くない。俺のせいだ」


 撤退を決める最大の要因となったのは、ホルガの斧が折れたことだ。肩に傷を負いながらもゴブリンを追い払おうと力まかせに斧を振い、柄がぽっきりと折れてしまったのだ。


「武器の手入れもロクにできねぇのか。ドワーフのくせに!」


 フェイドは非を認めて謝るホルガにも罵声を浴びせる。

 第二階層の探索も失敗に終わり、彼らの稼ぎはゼロに等しい。テーブルに並ぶのは貧相な芋と安酒だけだ。駆け出しの迷宮探索者が食べるような、残飯じみたみすぼらしいエサ。こんなものを口に運んでも、怨嗟しか出てこない。


「そんなこと言って、あんたは何してたんだ!」


 酒を煽りながら喚き散らすリーダーに、メテルの堪忍袋の緒が切れる。耳をピンと立てて椅子を蹴倒し、フェイドに反論した。


「自分だけ安全な真ん中にいて、偉そうにしてただけじゃないか」

「なっ……。リーダーは俺だぞ!」

「リーダーならリーダーらしく、パーティを管理するのが役目だろ!」


 顔を真っ赤にするフェイドに、メテルも容赦なく詰め寄る。そんな二人を、ホルガとルーシーが慌てて抑えるが、それすらも火に油を注ぐ形になり、口論は激化していく。


「ぜんぶ、ヤックのおかげだよ……」


 メテルを抑えながら、ルーシーが小さく呟く。

 戦闘から一歩引き、パーティを後ろから見ていた彼女は、ここに欠けているものが分かっていた。けれど、それを言えばさらにフェイドが抑えられなくなるのは火を見るより明らかだった。

 新進気鋭の探索者パーティ“大牙”を支えていたのは、間違いなくヤックだ。

 彼は剣や槍の扱いこそ拙いが、それでも一流と言っていい技量を持つ探索者だった。それは、彼の鍛え抜かれた体を見るだけでもわかる。あの小柄な身でありながら、五人の探索者に十分な稼ぎとなるだけの戦利品を持ち運べるのは、彼くらいのものだろう。

 “大牙”が急成長できたのは、彼一人を安い賃金で雇うことで、大量の稼ぎを持ち帰ることができた点も大きい。

 そして、長年荷物持ちとして様々なパーティに同行していた彼の経験は、フェイドたちよりよほど深いものがある。彼が後方で警戒していたから、“大牙”は奇襲を受けずに済んでいた。


「わたしも、ホルガも……。みんなヤックに支えられてたんだよ」


 激化する口論は、ルーシーの独白を覆い隠す。誰も、彼女が俯いて唇を震わせていることに気がつかない。

 彼女が瞬時に適切な応急処置を行えたのは、ヤックが大量の薬品のなかから的確に選び取って渡していたからだ。応急処置キットも、薬品も、彼は欠かしたことがなかった。

 ホルガが常に万全の状態で戦えたのは、ヤックが武器や防具を手入れしていたからだ。斧も、柄が弱っていればすぐに取り替え、いつでもドワーフの全力に応えられるように用意してくれていた。


「みんな、ヤックに頼ってたんだよ!」


 何より、一番ヤックの助けを受けていたのがフェイドだ。

 誰のおかげで、常に万全の状態で戦えたのか。なぜ、物資が切れることを考えなくてよかったのか。なぜ、探索に全神経を集中させることができたのか。

 それ以外の全て、あらゆるパーティの雑事の全てをヤックが一手に引き受けていたからだ。


「みんな……」


 ルーシーは、しかしそれを彼らに伝えることができなかった。

 生来気弱な性格の彼女が、苛立つフェイドやメテルの間に割って入ることなど、できなかった。だから彼女、最低限メテルを必死になって抑えることしかできなかった。

 彼女が堪えていた涙をこぼした、その時だ。

 フェイドとメテルの乱闘すら紛れるほどの賑わいのなか、聞き覚えのある声が聞こえてきたのは。


「……は?」


 互いに殴りかかろうとしていたフェイドとメテルも、思わずその動きを止める。騒がしい飲み屋でも、耳を澄ませばその声はよく聞こえた。なぜか? 彼らのよく知る声だからだ。半年間、ずっと聞いていた声だからだ。楽しげな声だ。パチパチと拍手をする音まで聞こえる。

 それが誰の声で、なんと言っているのか。それを理解した瞬間、フェイドたちの胸の内に黒い炎のような感情が湧き上がった。

 自分たちの現状、彼の大成。彼我の差を理解した。彼が身につけている真新しい装備、側で手を叩いている美しいメイド。なぜ、あれが手に入らなかったのか。あのメイドはいったい何なのか。


「ヤック……!」


 フェイドが絞り出した声は、呪いのように強い力を帯びていた。

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