第26話「露呈した秘密」
第四階層の真ん中で、不意に背後から声を掛けられた。飛び上がって振り返ると、そこには思いもよらない人がいた。
「フェイド……。それに、みんなも」
僕が以前所属していた探索者パーティ“大牙”の面々。彼らが、そこに揃っていた。
驚いて声が出せない僕の肩に、フェイドが手を置く。
「第四階層まで来れるなんて、ずいぶん出世したじゃねぇか」
その声が妙にねっとりとしていて、背筋が凍る。
彼の瞳は妖しい光を帯びているように見えた。
メテルやホルガ、ルーシーは以前、僕の元へとやって来て、謝罪をしてくれた。けれど、フェイドだけは行方すら分からず、メテルたちも探しているようだった。
いつの間にか“大牙”は再結成され、第四階層に到達するほど力を伸ばしていたらしい。それにしては、四人の風貌は妙にボロボロだったけど。
でも、ここで彼らと出会えたのは運がいい。迷宮内では不干渉という暗黙のルールがあるけれど、今はそんなことも言っていられない。彼らに手伝ってもらえれば、魔石を集められるはずだ。
「ね、ねえフェイド。頼みがあるんだけど――」
「あの人形のことか?」
「えっ――」
予想だにしない言葉に動揺する僕を見て、フェイドが口元を緩める。いたずらが成功した子供のような笑みだ。
「機装兵、とか言ったか? 流れの探索者なんて都合のいい話だと思ったんだ。お前、俺たちに隠してたんだな?」
気がつけば、僕は壁際に追い詰められていた。
フェイドの声に怒気が宿る。
なぜ彼が、アヤメの正体を知っているのか。そんな僕の疑問を見透かしたかのように、彼は笑った。
「あんまりはしゃぐモンじゃないぜ。飲み屋に誰がいるかも分からないんだ」
それを聞いて察してしまった。
装備を更新した日に入った飲み屋。そこで、アヤメから特殊破壊兵装の話を聞いた。それを聞けば、彼女が人間でないことは露呈する。
おそらく、フェイドたちは近くにいたんだ。あの人混み、隣のテーブルの声も聞こえないような騒ぎのなかに。新装備を誂えて興奮していた僕の、すぐ近くに。
「俺たちが落ちぶれて楽しかったか? ええ? おい、なんとか言えよ!」
「そんな……ことは……」
フェイドの肩を握る力が強くなる。爪が食い込んで痛みが走るが、逃げられない。彼の背後に立つ三人も、僕を睨んでいた。
彼らに隠そうとしていたわけじゃない。アヤメの正体を明かせば、混乱が起こる。迷宮遺産だと知られれば、騒ぎが大きくなって。その前に、アヤメのことを話しても人間じゃないとは信じられない気がして。
――いや、違う。アヤメが迷宮に眠っていたと知られれば、取られると思ったんだ。
「……ごめん」
今更、僕は自分の本心に気がついた。あの日、持ち帰った戦利品を全てフェイドたちに渡したのも、それでアヤメの正体を隠す言い訳がつくと一人で考えたからだった。あれを全て渡しても、アヤメを失いたくはなかった。彼女のおかげで、僕はここまでやって来られた。
「何謝ってんだよ!」
「がっ!?」
熱い衝撃が頬を打つ。殴られたと気づいたのは、口の中に鉄の味が広がったからだ。
床に倒れ、見上げると、フェイドが両眼をぎらつかせて睨んでいた。
「お前のせいで……! お前のせいで俺たち終わったんだ! お前が!」
「がはっ!? ぐぁっ」
容赦のない蹴りが腹を突く。息が抜け、視界が揺れる。
「フェイド、その辺にしときな」
ボロボロになり、立ち上がる力も失った頃、メテルがフェイドを止めた。けれど、彼女が僕を見る目も冷たいものだ。抑揚のない声が、僕の心を締め付ける。
「どうせ、もうコイツは死ぬよ」
第四階層の奥。他に誰もいない。ここに取り残されれば、やがて魔獣に食われる。だから、自ら手を下すことはないと、彼女は言っていた。
フェイドは不満げに舌打ちを漏らし、僕の前にしゃがみ込む。そして、腰をまさぐった。
「これも、これも。全部俺のもんだ。お前のもんじゃない」
ベルトが剥ぎ取られる。妖精銀の剣も、黒鉄の軽鎧も、彼の手に渡る。
そして、青く輝く短剣も――。
「っ!」
「……何だ」
短剣の柄に伸びた手を咄嗟に掴む。これだけは渡せない。これだけは、諦められない。
けれど――。
「がはっ!?」
「今更抵抗するんじゃねぇよ! ただの荷物持ちが調子に乗るな!」
殴られ、蹴られ、意識がボヤける。罵倒を浴び、心を折られる。
フェイドは青刃の短剣を掴み、強引にもぎ取った。
「これがありゃ、あの女も俺のもんだ」
「だ、だめ……」
ニヤニヤと笑うフェイドの足に縋り付く。けれど、彼は僕の頭を踏んで引き剥がす。
「
短剣を手の内で弄びながら、フェイドが言う。彼に雇われていた時の、報酬に関する契約だ。迷宮内で手に入れたものは全てフェイドたちに所有権がある。僕はそのうちの一部を売った金額を、報酬として受け取る。
“大牙”に雇われ、彼らの一員になったその時に交わした、僕たちのルール。
「これが最後の仕事だ。ヤック」
僕の髪を掴んで、フェイドは吐き捨てる。そしてぞんざいに投げ捨て、アヤメの待つスポットへと歩いて行く。
「ま、待って……」
必死になって声を上げる。
僕がここで死ぬとしても、構わない。僕は彼らに嘘をついたのだから。けれど、フェイドに伝えなければならない。彼がアヤメのマスターになるのなら、頼まなければ。
「アヤメは……」
アヤメは迷宮に起きようとしている危険を回避しようとしている。そのためには、特殊破壊兵装が必要だ。それがなければ――。
フェイドたちの背中は遠ざかっていく。彼らに僕の声は届かない。
朦朧とした意識は途切れ、僕はアヤメのマスターではなくなった。
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