第11話「パーティ結成」
翌朝。ギルドへ向かうと、敷居を跨いだ瞬間に無数の視線が突き刺さった。昨日の今日で噂は隅々まで知れ渡ってしまっているようだ。
探索者は信用第一。特に昨日のような事件が起これば、風よりも早く町中に知れ渡る。
「ヤックさん! おはようございます」
「マリアさん。昨日はすみませんでした」
居心地の悪さを感じていると、カウンターからマリアが声を掛けてくれた。彼女が間に割り入ってくれたおかげで、注目も少し和らいだ。これ幸いと彼女の元へと向かい、軽く頭を下げる。
彼女には日頃からお世話になっているし、昨日はフェイドとの対応で夜遅くまで付き合ってもらった。僕が帰った後も、彼女は僕の死亡届を取り消すために仕事を続けていたそうだし、今もその顔に疲労の色が隠せていない。
「いえいえ。災難だったのはヤックさんの方でしょう」
「あの、フェイドたちは……」
「降格処分となりました。立ち入り禁止措置までは発動されませんでしたが、今後はどうなることやら」
恐る恐る尋ねると、彼女はきっぱりと答えた。
探索者に付与されるランクは、信頼の証と言ってもいい。僕のような三級探索者と二級探索者では、稼げる金額が大きく変わる。
新進気鋭の探索者パーティとして話題となり、破竹の勢いでランクを上げていた彼らにとってはかなりの痛手だろう。
「その、昨日預けた戦利品は」
「きっちりお渡ししましたよ。ほとんど換金されました」
「そっか。よかった……」
今後、フェイドたちへの風当たりはきつくなる。信用が大事な探索者業界では、なかなか活動しにくくなるだろう。それでも、第三階層で得られたものをギルドで換金できたなら、かなりの金額になっているはずだ。ギルドも、そういうところで不当に値段を下げたりはしないだろうから。
けれど、ギルドの理念とは別にマリアは不服そうな表情だ。
「本当に良かったんですか? 慰謝料として、全て没収してヤックさんに渡すこともできましたけど」
「いや、いいんです。フェイドたちには、恩もあるし……。あれは彼らの実力で手に入れたものだから」
色々と厳しい思い出もあるけれど、フェイドたちとはそれなりに良くやって来たはずだ。小柄で非力な僕は、満足に戦うこともできない。そんな僕を荷物持ちとしてでも雇ってくれて、たまに剣術の指南も付けてくれた彼には、恩義も感じている。
一度見捨てられたからとはいえ、その事実が消えるわけではない。甘いと言われようと、僕はそう判断した。
彼らが再出発するにしても、どこか別の町に移り住むにしても、纏まったお金は必要になるはずだ。
「それで、今後はどうするんですか?」
「ええと……。今日からはアヤメとパーティを組もうと思ってるんです」
ここに来てようやく本題に入る。
“大牙”というパーティを失った僕は、アヤメと共にダンジョンを完全攻略することを決めた。そのためにはまず、アヤメとパーティを組まなければならない。
「アヤメさんと、ですか」
マリアはアヤメが人間ではないことを知っている。その上で、流れの探索者であるという偽装をしてくれた。
それでも、彼女はアヤメのことをあまり信用していない。迷宮に眠っていた魔導人形という正体そのものが怪しいし、無表情で物静かなところも底が見えない、と言っていた。
「わかりました。それじゃあ、パーティ登録をしますね」
「よろしくお願いします」
マリアは何か言いたげな顔をしつつ、言葉を飲み込む。そうして、新たなパーティを結成するための事務処理を始めてくれた。
「それで、パーティ名はどうしますか?」
「えっ」
尋ねられて初めて気が付く。パーティは他と区別するため、固有の名前をつけなければいけない。
たしか、“大牙”はフェイドたちが初めて狩った魔獣――大猪の牙にちなんで名付けたはずだ。彼ら四人は同郷の幼馴染で、長い付き合いだった。だから、四人は同じ牙から作ったお揃いの飾りを首にかけている。
「ヤックさん?」
「あっ、ええと。どうしようか」
僕は困り果てて、隣で静かに立っていたアヤメに顔を向ける。
「ヤック様のお好きなように」
「そう言われてもなぁ」
アヤメならそう言うと思っていたけど、それだと進まないのだ。
今まで自分でパーティを結成することなんてなかったから、考えたこともない。
「暫定的に、“ヤック&アヤメ”としておくこともできますよ。後でいいものが思いついたら変更するとか」
「じゃ、じゃあそれで」
見かねたマリアに助け舟を出してもらい、それに縋る。問題の先送りかもしれないけれど、その場の勢いで決めるよりじっくり考えた方がいいものになるだろう。
「それじゃあ、こちらが結成証明書です。無くさないでくださいね」
「ありがとうございます」
パーティを結成する利点は色々あるけれど、単純に経済面の理由が大きい。ダンジョンに潜る時に支払う入場料が安くなったり、毎年の徴収金が減額されたり。特に僕のような一人で稼ぐことのできない探索者はどこかのパーティに所属しなければ死活問題になり得る。
色々な補助を受けるためにいつ用なのが結成証明書で、原本はギルドに保管されているとはいえ、再発行には手数料が掛かるから、大切に懐へ収めておく。
「それで、早速迷宮に?」
「はい。とりあえず、一階層だけ。余裕があれば、二階層にも足を伸ばそうと思っています」
迷宮へ向かう前に、ギルドへ簡単な探索計画を伝えておくのが定石だ。帰還が遅くなれば、救難隊も派遣してもらえる。まあ、基本的には自己責任の世界だから、義務というわけでもないのだけれど。
「二階層は混んでいるかも知れませんね。お気をつけて」
僕が二階層の未踏破領域を明らかにしたことで、朝から探索者はそっちへ出払っている。枯れていたはずのダンジョンで一攫千金のチャンスが現れたのだから、当然だ。
とはいえ、競争が激しくなれば他の妨害へ精を出す輩も出てくる。用心しておくに越したことはない。
マリアからの忠告を心に刻み、深く頷く。
「アヤメ、準備できてる?」
「全て完了しております。いつでも活動可能です」
「じゃあ、早速行こうか」
アヤメと共にギルドを出る。そのまま門を潜り抜け、森の中へ入る。ひとけが遠ざかり、僕らだけになった時、アヤメが不意に立ち止まった。
「このあたりで、武装を展開します。許可を頂けますか?」
「えっ? うん。いいよ」
唐突に許可を求められ、戸惑いながら了承する。するとアヤメは持っていたトランクを足元に置き、留金を軽やかに外す。
「認証。識別番号HK-01F404L01。B型近接装備キット展開」
アヤメが何ごとか呟くと、トランクの内部で何かが震える。蓋がぱかりと開き、中が見えた。隙間なくきっちりと収められていたのは、僕の知らない道具の数々だ。
これが彼女の武器なのだろう。つまり、これら全てが迷宮遺物ということだ。アヤメ以外には使えないと聞いていたけど、美術品としても十分に価値がありそうだ。
「
アヤメが選び取ったのは、黒く短い鉄の棒。棍棒にしては少々頼りない。
あれで戦うのだろうかと少し不安になっていると、彼女はおもむろに棒を振り下ろす。
「うわっ!?」
シャキンッと勢いよく棒が伸びる。雷撃警棒という武器は、短く折り畳まれていたらしい。いま、彼女の手にあるのは迷宮内でも取り回しやすそうな杖のような武器だった。
しかも、アヤメが柄を握り込むと、バチバチと青い電流が走る。どうやら、打撃だけが得意な鈍器というわけではないらしい。
「魔導具を使えるなんて、アヤメはすごいんだね」
「?」
軽やかに警棒を振り回し、満足そうに少し頷くアヤメを見て拍手を送る。けれど、彼女は僕の言葉の意味が分からない様子で首を傾げた。彼女の手にあるそれは、魔導具ではないのだろうか。
「向かいましょう、ヤック様」
「あ、うん。よろしくね、アヤメ」
武器を装備したアヤメと共に、迷宮へと向かう。
二人で初めての迷宮探索だ。
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