第151話「進むべき道」
胸中に抱いた不安は的中し、その後も断続的に幾度となくゴーレムの襲撃に遭遇した。ガチガチと顎を打ち鳴らす刃を持った昆虫や、地面を覆い隠すほどの大群で迫る巨大蟻など、その姿はなぜか昆虫に似たようなものが多い。
「ああもう、キリがないわね!」
「全くです。私の槍ではいささか相性が悪い」
ドカン、とヒマワリが散弾を撒き散らす。ピョンピョンと機敏な跳躍でこちらに迫っていたバッタが細かな鉄片となって砕け散った。
ユリの槍は一点を狙うことに関しては素晴らしい力を持っているけれど、大群を相手にするのは不得手だ。反面、ここはヒマワリの持つ〝千変万化の流転銃〟の対応力の高さが際立った。
「ふふん。この程度ならいくらでも相手してあげるわよ。全部木っ端微塵にしてあげるんだから!」
ヒマワリは個人的な恨みの発散も兼ねてか、動きも活発だ。次々と迫り来るゴーレムの群れを撃ち下し、活路を開く。
そして大挙して押し寄せるゴーレム軍団の常として、その中核には指揮官に相当する個体がいる。それを見つければ、すぐさまアヤメが飛び出して、
「せぁああああっ!」
「ギィァアアアッ!」
鉄拳制裁。圧倒的な破壊力をもって鉄の装甲も問答無用で圧壊させる。
ひしゃげたゴーレムが悲鳴をあげて爆散するのを背中に颯爽とこちらへ戻ってくる様子は尊敬すら覚えるほどの凛々しさだった。
「マスター、あちらに小屋があります。そこで少し休憩を摂りましょう」
「分かった。みんな、もうちょっとだけ頑張って!」
戦闘をヒマワリとアヤメに任せ、自身は周囲の偵察に出向いていたユリが安全な場所を見つけてくれる。ゴーレムの群れを一掃したところで、僕らは新たな敵を呼び寄せないように注意しつつ、そこへ向かった。
ユリが見つけたのは、巨大な老樹がのし掛かり、半分崩れかけたような小さな石造りの小屋だった。今にも崩壊しそうな危うさはあるけれど、ユリもすぐには壊れないと判断したんだろう。むしろ大樹が根を張っていることで構造も補強され、さらに周囲から隠れられるようにもなっていた。
中に入ると流石に狭い。とはいえ、こればっかりは仕方ない。僕らはぎゅうぎゅうと身を寄せ合ってようやく一息つくことができた。
「次から次へと際限がないわね」
「音に反応しているようですが、戦闘に入るとどうしても抑えられませんからね」
地面に座り込んだヒマワリは、深呼吸をしてマギウリウス粒子の補給を始める。大結界の外よりはM濃度も高いとはいえ、第二世代の彼女が全力を出すには物足りないらしい。
リュックサックから水筒を取り出し、水を飲む。ついでに携行食も食べておく。まだ結界内に入ってから数時間だけど、この連戦だ。この先もゆっくりと休める確証はない。
「水路の水は飲用に耐えるでしょうか」
「どうだろう。迷宮内の水といってもいろいろだしなぁ」
緑に呑まれかけている廃都は、その足元の水源も豊富だ。ゴーレムたちが現れなければ、せせらぎだけが聞こえる心地よささえ感じられる。少なくともここの植物たちにとっては命の源となる水なのだろうけど、それが人間にも優しいかどうかはまだ分からない。
一応、こういう時のために水質検査の道具は持ってきている。ユリが汲んできてくれた水に検査紙を浸してみると、毒性は全く検出されなかった。
「水の心配がなくなったのは嬉しいね。干物もいっぱい持ってきてるし、しばらくは安泰だ」
「ふふん。わたしに感謝しなさい」
食料はユリが釣った川魚がたくさんある。ヒマワリが燻してくれたおかげで保存性もばっちりだ。
「ここで活動しているゴーレムは森林保全を目的としたものが多いようですね。その活動の結果が、今の様相なのかもしれません」
籠手の隙間に入り込んだ鉄片を掃除しながらアヤメが言う。僕らに容赦なく牙を剥いてきたゴーレムたちだけど、その本来の役割は木々を育て、伐採することだという。そんな平和な活動だけしているのなら、僕も応援できるんだけど。
「どうしてそんなのが襲ってくるのよ?」
わたしは木じゃないわよ、とヒマワリが眉を寄せる。
「森林保全には盗伐者の排除も含まれているということでしょう」
「厄介ですね」
ユリが端的に切り捨て、僕も頷く。
ゴーレムは金属資源がお金になるとはいえ、それは迷宮の外にギルドの支部なんかがある場合の話だ。今のところ体力を消耗するだけで、一切得はない。
「今後、森が深まるにつれゴーレムの密度も上がるでしょう。これまで以上の連戦は必至かと」
「嫌だなぁ……」
塔の周囲に浮かぶ廃墟は、どれも鬱蒼と緑が生い茂っている。あれの陰に鋼鉄の虫が隠れ潜んでいるのだとしたら、厄介なことこの上ない。
「塔に近づけばM濃度も上がるでしょ。その頃にはわたしが全部ぶっ飛ばしてやるわよ」
意気軒高に宣言するヒマワリも頼もしい。彼女の頭を撫でると、猫のように威嚇されたけど。
「しかし、奇妙です」
壁にもたれて思案していたユリが口を開く。
「魔獣侵攻が始まり、大結界が構築されたのは五十年前のことという話でしたよね」
「そのはずだよ」
〝割れ鏡の瓦塔〟の崩壊はギルドの長い歴史の中でも重大な事件だ。平和と繁栄を謳歌していた大都市が一夜にして滅びるほどの大災害。過去の魔獣侵攻と比べても、巻き込まれた被害者の数は桁が違う。
観測所すら置かれず、ただ外部からの侵入を排除することに特化した警備を敷いていることからも、ギルドの強い意志と諦念が伝わってくるというものだ。
だからこそ、その事実は記録にも克明に刻まれている。ギルドの資料室には、詳細こそ語らずともその出来事を伝える史料がいくらでもあった。
「ですが、それにしては植生が異常です」
ユリは、そう発した。
僕も薄々と抱いていた違和感だ。僕らが身を隠している大樹をとっても、五十年でここまで育つとは信じがたい。少なくとも百年は経っていそうな風格だ。他の木々に関しても、歴史を感じさせるものは珍しくない。
五十年という時間は人にとっては長くとも、木々にとっては短すぎるように思うのだ。
「それに、人のいた痕跡がないのよね」
ユリに付随してヒマワリも言う。
思い返してみれば大規模な都市の廃墟こそ残れど、そこにいた人々の営みは残滓さえ感じられなかった。魔獣が溢れ、猛火に焼かれたとはいえ、五十年で全てが消え去るとは思えない。ゴーレムたちが環境保全の一環で片付けたという可能性もあるけれど、ヒマワリはそれを一蹴した。
「ひどい話だけど、人間も死ねばいい肥料よ。それをわざわざ回収するとは思えないわ。それに、書物や石板なんかも見当たらないなんて」
人のいた痕跡が意図的かつ徹底的に消されている。彼女はそう言いたいらしい。
「いったい、誰に……」
「それが分かれば苦労しないわ」
現段階では情報が乏しい。さしものヒマワリも匙を投げざるを得ない。
「とりあえず、塔に向かいましょう。そこに答えもあるはずです」
アヤメが明瞭な答えを繰り出して、議論も終わる。結局のところ、僕らのするべき事、向かうべき方向は変わらない。
食事を摂り、身体も休めた。ヒマワリたちもエネルギーの補給が完了したようだ。
「そういえば太陽が全然傾いてないね」
小屋の中から大樹の陰越しに空を見上げる。そこには数時間前と変わらず天頂で輝く巨大な太陽の姿があった。直視すれば目を焼かれるだろう。暑いほどの熱気を振り撒く火球だ。
この奇妙な世界には、あの天球も含まれているのだろうか。
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