第161話「弾む魔獣」
歩くことそのものは得意だ。探索者の基礎といってもいい。歩けなければ、探索はできない。だから僕は荷物を背負って螺旋階段を登る。アヤメ達が荷物を持たせろと言ってきても、ここは任せられない。
「ヤック様、前方の足場が大きく崩れています」
「空間に異常はないといっても、そもそもの足元が悪すぎるね……」
階段を登るだけでも一苦労なのに、しかも所々大きく欠けているところまである。僕はともかく、ロックなんかが体重を乗せると崩れそうな風化具合のところも珍しくなく、注意深く見つめながら歩かないと危なかった。
柱の並ぶ壁際をそろそろと慎重に進む。下に落ちればまず助からないと確信できる高さだ。高いところが特別恐ろしいわけではないけれど、それでも思わずゾッとしてしまう。
しかも――。
「エンゲージ!」
危ない箇所を渡りきった矢先、ロックの緊迫した声がする。螺旋階段の上方から転がるように何かが落ちてくる。それは、体を丸めた蜥蜴のような魔獣だった。だむっ、だむっ、と体を弾ませながらこちらへ勢いよく転がってくる。
「うわあっ!? ま、魔獣も出るの!?」
これまで相手にしてきたのはゴーレムと、ジンの支配下に入った機装兵たち。そこに加えて、ダンジョン内では魔獣まで闊歩している。〝黒鉄狼の回廊〟ではゴーレム以外の魔獣はいなかったから、少し油断してしまっていた。
「もともとは大規模な実験施設でしたから。実験体も多くいます。どれだけ管理下に置かれているかは疑問ですが」
「ああもう、せめて責任持って飼っててほしいね!」
まだ顔も見たことのないジンに向かって文句をつける。彼が施設を掌握できなくなったがばっかりに、この迷宮から魔獣が溢れ出してしまったのだ。しかも〝割れ鏡の瓦塔〟に生息するのは、厄介なことにどれもこれも非常に強力なものばかりだという。
例えば階段を転がり降りてきたトカゲ。見た目はただの、少しずんぐりとした赤黒い体のトカゲだけど、
「シギャアッ!」
「うわっ!?」
体を車輪のように丸めて勢いよくこちらへ転がってきた後、こちらに向かって真っ赤な舌を伸ばしてきた。自分の体よりもはるかに長く伸びる伸縮自在の舌を鞭のようにして、こちらに鋭い攻撃を繰り出すのだ。
「ふんっ!」
前に出たロックが腕を立て、舌の攻撃を受ける。トカゲの舌はそのままグルグルと彼を巻き取ろうとする。けれど、ロックが力まかせに引っ張ると、体の小さいトカゲの方が引き落とされる。
「ギャアアッ!」
そのまま地面に叩きつけられ、思わず悲鳴を上げるトカゲ。けれど、ロックは攻撃の手を緩めない。短期決戦型と評されるだけあって、その動きにはいっさいの迷いがなかった。
しかし、事はそれだけでは終わらなかった。
「シギァッ!」
「ギャィッ!」
「うわぁ、いっぱい転がってきた!?」
個で敵わなければ数で挑むとばかりに、螺旋階段の上方から次々と赤い球が転がってくる。これはさすがにロック一人では対処できないと悟ったのか、ユリが前に出てくる。
「これを倒す必要は?」
「ありません」
「では、こちらの方が楽でしょう」
そう言って、ユリは槍を握り――狙いを定めて振りかぶった。
「せいっ!」
「ギアアアアッ!?」
トカゲ達が舌を出すよりも早く、横に叩き飛ばす。螺旋階段の中央は、底まで続く縦穴だ。ユリはそこに、的確にトカゲを叩き込んでいく。遭遇する魔獣のすべてにとどめを刺す必要はない、と柔軟な対応だ。雪崩のように落ちていくトカゲを見送り、僕はほっと胸を撫で下ろした。
「あれ?」
ほっと息を吐いたのも束の間、階段の上からまただむっ、だむっ、と音がする。また群れがやって来たのかとユリが槍を構え、すぐに瞳を揺らした。
「なにっ!?」
「シギャァッ!!」
現れたのは、さっきと同じトカゲ達。同種の魔獣という話ではなく、ついさっきユリが叩き落としたはずの同一個体が、また上から落ちてきたのだ。その体に力強く槍で叩かれた痣が残っており、僕でもそれが判別できるようになっている。
「これは、いったい……」
「螺旋階段の底が、螺旋階段の上部と繋がっているのでしょう。倒さないと終わらないようです」
アヤメが籠手の拳を握り駆けつける。
「せぇいっ!」
大きな声と共に、拳を繰り出す。トカゲの鼻先を正確に貫き、勢いよく吹き飛ばす。全身が柔らかく張りのあるトカゲは、そのまま柱にぶつかって螺旋階段の下へ。
「あれもそのうち戻ってくるのでしょう。ヒマワリ、仕留められますか?」
「任せなさい!」
アヤメの打撃ではキリがない。ユリが槍で突き刺すのも効果的だが、このパーティにはもっと適役がいる。
アヤメの呼びかけに応じて飛び出したヒマワリが、猟銃を腰だめに構え引き金を引く。
「ぶっ飛びなさい!」
「シギャアアアッ!」
一斉に舌を伸ばして襲いかかるトカゲに向かって、近距離から散弾を放つ。点ではなく面として繰り出された攻撃は、トカゲの群れを一網打尽にしてみせた。柔らかく、硬いものを弾く皮膚も鋭く貫き、吹き飛ばす。
彼らは悲鳴を上げながら階段の下へと落ちていく。また、少なくない数が転がることもできず倒れていた。
「ふふん、ざっとこんなものよ」
放っておけば際限なく落ち続けてくるトカゲの息の根を止め、ヒマワリは猟銃を担いで胸を張っていた。
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