第162話「無限の回廊」
その後もたびたび現れる魔獣は、どれも強力でしぶといものだった。硬い甲殻を持つ犬や、火炎を吐く兎など、見たこともないようなものばかりだ。しかし、何よりも大変なのは、その数だ。
「ああもう、いくらでも出てくるわね! ちょっとは加減しなさいよ!」
ドカン! と猟銃が火を噴く。大量の散弾がばら撒かれ、赤毛の兎がバタバタと倒れる。けれど仲間の骸を乗り越えて、その後ろから別の兎が次々と飛び込んでくるのだ。
螺旋階段を登れば登るほど、魔獣の出現する頻度は上がっていく。今では、ヒマワリだけではとても対処できないほどの量になっていた。
「弾切れよ! ちょっとの間任せたわ!」
そう言ってヒマワリが後方に下がる。彼女の武器である特殊破壊兵装〝千変万化の流転銃〟は、空気中のマギウリウス粒子を取り込んで弾丸を生成する。そのため、短時間で全てを撃ち尽くすと、再装填に少し時間が掛かってしまう問題があった。
「はああああっ! とうっ!」
道中、手頃な鉄の棒を拾ったロックが、それを棍棒のように振り上げて兎を叩き飛ばす。初めは素手で戦っていた彼も、間合いの関係で武器を使うことを選択していた。
バトルソルジャーである彼は、拾った鉄の棒さえも強力に扱えた。軽やかに振り回し、最も威力の出る形で敵に叩きつける。骨など簡単に粉砕し、一撃で息の根を止めていた。
「ヤック様、こちらの柱の陰へ。三人では抑えきれません」
「わ、分かった。アヤメたちも気を付けて!」
一応、僕も剣を握ってこそいるものの、それを使う場面は出てこない。むしろアヤメ達の戦いの邪魔にならないように物陰でじっと息を潜めておくしかない。
兎の群れは次々と飛びかかり、彼女達の手足に齧り付こうとする。払いのければガチガチと牙を打ち鳴らして、紅蓮の炎を吐き出すのだ。
「みんな、耳を抑えて!」
わずかな隙を見つけては、刻印魔石を投げる。長い耳をしているだけあって、赤兎たちも聴力は鋭敏だ。そこに爆音を放つ魔石を投げ込めば、一時的に大きく怯ませることもできる。
どうにかこうにか捩じ込んだわずかな時間で、アヤメ達も次々と兎を倒す。しっかりと息の根を止めてから螺旋階段の下に投げ落とさないと、また上から降りて来てしまう。
「装填完了! 退きなさい!」
そうこうしているうちにヒマワリが銃弾を用意して飛び出してくる。彼女の銃は長細い猟銃から、短く小回りの効く短機関銃へと変化していた。
「全員、平伏しなさい!」
――ダダダダダダダダダダダダッ!!!!!!
けたたましい射撃の連鎖。間断なく続く音はひとつに纏まり、刻印魔石より凄まじい轟音を響かせる。兎たちが耳を立てて体を硬直させているところに、容赦なく小粒の弾丸が浴びせられる。
個々の威力は低い代わりに連射のできる短機関銃の方が適しているとヒマワリは判断した。
雨あられと降り注ぐ弾丸が、瞬く間に赤兎の群れを一掃した。
「はっはっはー! どんなもんよ!」
「ヒマワリ、油断する暇はありませんよ」
「はぁ!?」
勝ち誇るヒマワリに、アヤメがすかさず言葉を挟む。
片眉を上げるヒマワリの眼前に、たった今螺旋階段から降りてきた、新たな魔獣が現れた。
「だああああ、もうっ! いくらなんでも多すぎるでしょ!」
「ロック、一度どこかへ退避しましょう。このままでは消耗が激しすぎます」
トカゲから休む暇なく続く連戦に、アヤメもついに危機感を抱く。ロックに声をかけ、どこか別の空間へ移動することにした。
行き先を選定しているような暇もなく、ロックの示した柱の方へと走る。
「ヤック様、失礼します」
「うひゃあっ!?」
僕の足が遅かったのか、アヤメが強引に抱き上げて。後ろから魔獣の群れが追いかけてくるなか、抗議している余裕もない。
「こちらです!」
ユリが槍を繰り出し、魔獣を退けながら叫ぶ。
僕とアヤメは一緒に柱の陰へと飛び込んだ。
「……ここは、いったい?」
空間異常によって、一瞬にして周囲の景色が変わる。広々とした螺旋階段は掻き消え、代わりに無数の檻のようなものが並んだ部屋が現れた。檻は古く、中は空だ。この部屋自体、長らく使われていないような雰囲気がある。
「ギャンッ!」
「……何かの倉庫でしょう。とりあえず、魔獣の巣窟となっていなくて良かったですね」
勢い余ってついて来た魔獣の頭を石突で叩きながらユリが言う。行き先も分からず飛び込んだから、最悪そんな展開もあったのかと今更怖くなる。たぶん、ロックもできるだけ安全な場所を選んでくれているはずだけど。
当のロックは少し先へ歩いて、ずらりと高い天井に迫るまで並んだ檻を見渡していた。
「ロックはここがなんの部屋か分かる?」
彼はもともと施設の保守管理を担当していたという。であれば、構造がぐちゃぐちゃになった今でも、ある程度のことは理解できるのではないか。そんな僕の予想は当たったようで、ロックは軽く頷いてみせた。
「ここはどうやら、検疫所のようです」
「検疫所?」
聞き馴染みのない言葉だ。それが顔に出ていたのか、彼は詳しく説明を重ねてくれる。
「外部から持ち込まれた生物を預かり、異常や危険がないかを確認する場所です。本来ならば、エントランス付近にある施設なのですが」
迷宮の多くは、もともとは研究施設だったという。この〝割れ鏡の瓦塔〟もその例に漏れず、また他から一線を画する規模を誇っていた。それだけに、外部から持ち込まれる物品や生物――つまりは実験体――も多かったらしい。
外から持ち込まれた生物は、未知の病気を持っている可能性もある。だから、検疫所でしっかりと調べてから研究室の方へ運ばれるのだとか。
「とはいえ、施設内部の閉鎖環境が整ってきてからは、この検疫所も使われなくなりました」
「閉鎖環境って、他の迷宮にもある実験施設のことだよね」
彼は頷く。
よく、アヤメ達がダンジョンのことをそんな風に言っているのを、隣で聞いていたのが役に立った。意味を分からないなりに聞き流すことにも、一定の効果はあるらしい。
閉鎖環境は、つまりその内部で完結した世界のこと。魔獣もそこで生まれ、育ち、死ぬというサイクルを繰り返す。植物や水、光なんかもそこに組み込まれ、完全に独立した世界を構築するのだ。
考え方はなんとなく分かっても、なぜそれがうまくいっているのかは分からない。とにかく、〝割れ鏡の瓦塔〟でもそれと同じ小さな世界が用意され、実験体はそこから手に入るようになったらしい。
「では、ここはもう長らく保守の手も入っていないのですか」
周囲を警戒していたユリが少し肩の力を抜いた。何もいないのであれば、休憩するにはもってこいの場所だろう。少し雰囲気が恐ろしげだけど。
「使われなくなった資材が置かれる倉庫として利用していました」
「それはなんとなく分かるわよ」
部屋の奥の方へと進めば、檻以外にもよく分からないガラクタが色々見つかる。〝割れ鏡の瓦塔〟が全盛の時代にも、探索者はほとんど訪れていなかったのだろう。ここにあるものは全て迷宮遺物と言えるのに、全く手付かずのようだった。
ロックでさえ使い道の分からないものもあるようで、倉庫なのか廃棄場なのかすら判断に困る場所だ。
「……これは」
懐かしさもあるのだろうか。色々と古そうな物品を眺めながら歩いていたロックが不意に立ち止まる。彼の目の前には、大きなガラス管を二つ載せた真鍮の天秤のような機械があった。
ガラス管はそれぞれ、人間がすっぽり入りそうなサイズ。天秤自体も相応に大きい。
アヤメ達も初めて見るものなのか、不思議そうな顔だ。
「ロック、これは?」
彼は目を装置に向けたまま、ぽつりと答える。
「これは――転移装置です」
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