第160話「延々の螺旋」

 ロックはかつての仲間だったBS-02M111N72を打ち倒し、彼が持っていた地図を手に入れた。これで僕らも不可思議に捩れ曲がった迷宮の中を進めるようになった。


「とはいえ、こちらがBS-02M111N72を倒したことで、我々の身を狙う者は増えたでしょう。ヤック殿を危険に晒すことをお許しください」

「大丈夫。これは仕方がないだろうしね」


 それよりも問題なのは、白い部屋から出る方法だ。BS-02M111N72は天井の方から降りてきた。つまり僕らが進むためには天井へ登らなければならない。


「ヤック様、私の背中へどうぞ」

「それしか方法はないんだよね……」

「はい」


 目の前でしゃがんでみせるアヤメ。彼女は迷いなくきっぱりと頷く。僕の身体能力では登れない以上、彼女の力を借りなければならない。せめて荷物はユリとヒマワリに持ってもらい、できるだけ身軽になる。

 その状態で、アヤメの肩に手を置いた。


「しっかりと捕まってください。落ちてしまっては大変ですから」

「う、うん」


 真面目に言われて、僕も腹を括る。いつまでもアヤメに助けられることを恥ずかしがっていてもしかたがない。彼女の背中に身を預け、腕を回す。姿勢が安定すると、ゆっくりと視線が高くなった。

 アヤメは僕の腰を支え、上を見る。白い天井は間違いなくそこにあって、このまま進めば激突は必至だ。けれど、実際にはそうはならない。


「アヤメ、こちらは大丈夫ですよ」


 白い天井から顔を覗かせるのはユリだ。彼女とロックが先行し、次の部屋の安全を確かめてくれている。さらに、アヤメに押し上げてもらった僕を、引き上げてもらう。

 アヤメは背が高いから、背負われるだけでもかなり視線が高くなる。体はほっそりとしているのに力が強くて、ちょっとやそっとじゃ動かないのも安心感があった。


「マスター、こちらへ」

「うん、ありがとう。――よいしょっ」


 天井から伸びる腕に掴まる。彼女の方からもしっかりと握ってもらい、そのまますっと持ち上げられる。まるで力んだ様子もないのに、僕の体重を軽々と引き上げる様は、やはり人間のそれではない。そこに恐ろしさを感じる人もいるんだろうけど、僕はむしろ安心感さえ覚えていた。


「ほら、次は私を運びなさい」

「あなたは自力で登れるでしょう」

「この状態だとヤックと似たようなものでしょ」

「重さが全く異なります」

「うるさいわね!」


 下の方でアヤメとヒマワリが何やら言い合っている。それを聞きながら天井に近付き、そしてあるところで急に視界が切り替わる。


「ここは……」

「連絡通路のようですね。非常に不安定な足場になっていますので、お気を付けて」


 ユリは僕の手を握ったまま忠告する。白い部屋の次は、大きな螺旋階段が上下を貫く連絡通路だった。階段を取り囲む無数の柱のうちの一つの陰に繋がっていたらしい。上にも下にむ階段は果てしなく続き、階段は所々欠けているところもある。


「ジンが施設を掌握してから、保守管理のための点検も行えなくなりました。時空間の異常も発生し、今では危険箇所ばかりです」


 周囲の様子を窺っていたロックが嘆かわしいと頭を振る。彼が所属していたロック隊は、この〝割れ鏡の瓦塔〟の保守点検を担っていたらしい。本来の仕事柄、今すぐに階段を補修したり柱を取り替えたりしたそうにしている。

 彼はさらに、地図を参照しながら言う。


「一応、この連絡通路自体は途中で破綻していたりはしないようですね。ただ、ここから塔のあらゆる場所にランダムに接続しているようで、かなり難解な構造にはなっています」

「そっか……。やっぱり見た目は信用できないし、どこから誰が現れるのかも分からないってことだよね」


 通常の迷宮探索とはまるで勝手が異なる。ロックが手に入れたという地図自体も、地図とは言いつつ僕がいつも見ているような紙の上に描かれたようなものではないという。これを完全に理解するのは、機装兵でなければ難しいという話だった。


「きゃあああっ!」

「うわぁっ!」


 そんな話をしていると、背後の柱の陰から悲鳴が飛び出してくる。驚いて振り返れば、金髪を乱したヒマワリが地面に手を突いている。


「あ、アヤメ……! このわたしをぶん投げるなんて良い度胸してるじゃないの!」

「これが最も効率的ですので」


 ヒマワリの後を追いかけるように、アヤメが暗がりから姿を現す。どうやら、ヒマワリもアヤメに支えてもらって天井からこちらへやってきたらしい。ただ、その方法が僕の時と比べて少々手荒なものだったみたいだけど。


「二人とも仲良くしてね?」

「もちろんです。私は常に最適な方法を考え、選択していますので」

「よく言うわよ、むっつり」


 また二人が喧嘩をし始めそうな気配を察して、慌てて間に割って入る。二人とも同じハウスキーパーなんだから、もっと仲良くしてくれたらいいのに。


「それよりも、我々はここから上下のどちらへ進めばいいのでしょう」


 アヤメは睨みつけるヒマワリを無視しながら、螺旋階段の続く連絡通路を見る。どこに〝紅光の墜星〟が隠されているのか、僕らにはなんの手がかりもない。上に進んだからといって塔の上層に行ける確証もない。


「あれ?」


 どこまでも同じような柱が連なる螺旋階段を見ていると、ふいに奇妙な感覚が脳裏をよぎった。


「マスター、どうかなさいましたか?」

「ああ、いや。なんでもないよ」


 ユリがこちらの様子に気が付いて顔を覗き込んでくるけれど、僕自身なにを変に感じたのか言葉にすることができない。


「アヤメ、こんな螺旋階段って他のダンジョンにもあるのかな?」

「連絡通路は大抵の施設に設置されているはずですが、施設の構造上、これほど長大なものを有するのは珍しいかと」

「そっか……。どこかでこの光景を見たような気がしたんだけど」


 延々と続く螺旋階段なんて、僕が他の場所で見る機会なんてそうそうないはず。どこかのダンジョンの資料を読んでいる時にでも見たのかもしれない。けれど、アヤメの言葉を信じるならば、それもかなり限られそうだ。

 〝割れ鏡の瓦塔〟自体はその内部の構造そのものがギルドの資料に掲載されていない。五十年前の魔獣侵攻で失伝してから、確かめる者もいなかったのだから当然と言えば当然だけど。

 それなら、僕はどこでこれを見たというのだろう。


「そういうのは既視感って言うのよ。要は勘違いだから気にするだけ無駄」

「そう、だよね……。うん、分かってるんだけど」


 こういう感覚に襲われることはたまにある。食堂で料理を注文する時とか、服を洗っている時とか、そういった日常の何気ない瞬間に。けれど、探索中の集中している時にそうなるのは初めてのような気がする。

 とはいえ、ずっとそんなことを言っていても仕方がない。


「ひとまず、上に登ってみましょう」


 ロックの言葉に反対する者もいない。僕らは注意しつつ、螺旋階段を登り始めた。

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