第159話「七千年の求道者」

 凄まじい速度だった。僕の目には、二人がいつ動き出したのかさえ見えなかった。しかも、向こうはいつの間にか腰の手斧を握り、振り上げ、振り下ろしている。基礎的な一連の動作が、驚くほど速かった。

 そして何より二人の体が接触したとき、鈍い音が盛大に打ち鳴らされた。ユリと同世代の性別が違うだけの機体だと思っていた。けれど、そうではなかった。


「ふんっ!」

「おらぁああっ!」


 両者が拳を振るうたび、ドゴンと重たい音がする。二人の分厚い筋肉の束から繰り出される破壊力は、ユリのそれさえ霞むほどだ。そして、お互いにほぼ真正面から攻撃を受けても耐えられるほど、骨格も頑丈だった。


「動きが鈍っているんじゃないのか?」

「せいっ!」


 BS-02M111N72が嘲笑する。それを遮るようにロックが膝蹴りを繰り出す。お互いに半歩未満の間合いで、絡まるように戦っていた。一方が離れれば一方が近づく、一進一退のせめぎ合いだ。

 間合いの広さで言えば手斧を持ったBS-02M111N72の方が有利だろう。だが、ロックの取る間合いがあまりにも狭いせいで、思うように振るえていない。そして、極至近距離ならば徒手空拳の体術を主軸にするロックの方が有利だった。


ガガガガガガガッ!


 斧の柄を腕で受け、開いた脇に肘を捩じ込む。内股を蹴り払い、ずれた重心を腰で突く。まさに全身余すことなく武器として、あらゆる方向から熾烈に責め立てている。

 当初、武器を持たないロックが少し頼りなく思えたのは事実だ。だが、目の前で繰り広げられる超高速の戦闘は、そんな疑念を吹き飛ばしてあまりある衝撃を有していた。


「バトルソルジャー型は、やっぱり動きがキモいわね」

「ヒマワリ!?」


 あまりにも容赦のない毒舌を見せるヒマワリに思わずギョッとする。彼女は銃口を常に敵へ向けたまま、油断することなく続けた。


「頭のてっぺんから爪先まで、完全に戦闘に特化した機体なんだもの。戦うことだけが専門だからこそ、本来の人型骨格じゃできない動きもしてるのよ。あれをキモいと言わないわけがないじゃない」


 たしかに、ロックは肩や腰といった関節の可動域が異常に広い。分厚い筋肉に覆われているのに、太い骨で支えているのに、真後ろにまで拳が届く。そして、BS-02M111N72もそれを想定した異常な動きで応戦しているのだ。

 魔獣との戦いでは見られないような、奇妙な光景だった。


「それに動作それぞれも非常に鋭く洗練されています。七千年の自己進化が、あそこに体現されているんです」


 同じバトルソルジャーだからこそ、分かることもある。ユリはロックとBS-02M111N72の一挙手一投足を見逃すまいと注視しながら言った。

 彼らはユリよりもはるかに戦闘経験が豊富だ。〝大断絶〟を生き延び、そして絶え間なく鍛錬を重ねてきた。武術の極みに達した達人同士のやり取りにも見えた。当然ながら、僕などは目で追うのもやっとのことで、戦いに参加できるはずもない。


「アヤメ……」

「ご安心ください、ヤック様。今のところ、私が敗北する可能性は低いと推測できます」


 まるで僕の心を読んだかのようにアヤメは即答する。彼女はあくまでハウスキーパーだ。護衛は業務に含まれていても、戦うことの専門家ではない。僕は彼女がとても強いと知っているけれど、ロックのような極まったバトルソルジャーと対峙した時、どうなるのかは分からなかった。

 それでもアヤメは、負けないと断言した。


「どうして?」

「バトルソルジャーの戦闘能力は卓越しています。しかし、全てにおいてハウスキーパーの上位互換であるわけではありません」


 彼女は確信を持って言う。

 その時、僕はふと室内の温度が上がっているように感じた。激しい戦闘を目の当たりにして、興奮したからかとも思ったけれど、そうではない。実際に熱気を帯び始めているのだ。


「ろ、ロックたちから、湯気が!」


 絶え間なく連撃を繰り出すロックとBS-02M111N72。二人は互いに譲らず、熾烈な戦いを続けている。そんな二人の全身から、熱気が吹き上がっていた。筋肉が隆起し、全身に青い血管が浮いている。彼ら機装兵の血が青いことを考えれば、その異常さが分かる。

 アヤメにとっては想定の範囲内のことらしい。彼女は淡々と語る。


「特にBS-02M型、男性型のバトルソルジャーは骨格フレームが重厚であり、人工筋肉量が増加していることで機体重量が嵩んでいます。敏捷性に関しては筋肉量の増強分でカバーできますが、問題は燃費と排熱にあるのです」


 アヤメが語る間にも、ロックとBS-02M111N72の熱は上がっていく。お互いに僅かにでも攻撃の手を緩めれば、その瞬間に食い破られると分かっているのだ。だから止まるに止まれない。坂道を転がる石のように、動き続けるしかない。


「筋肉を使用するほど、熱がこもります。重量が増すほど、動かすためのエネルギーが増加します。エネルギー消費量が増えれば、排熱量も増えます。結果として、彼らの継戦能力は女性型のそれに劣るのです」


 短期決戦型の男性、長期決戦型の女性。アヤメはバトルソルジャー機体をそのように整理した。たしかにユリはあんなふうに戦闘後に湯気を立たせているイメージはない。


「そして、我々ハウスキーパーと彼らバトルソルジャーでは勝利条件も異なります。私たちはマスターを守り通すことが使命であるのに対し、彼らは敵を打ち倒すことが命題なのです」


 言わば基本戦略の違い。それ故に、アヤメは彼らに負けることはないと言う。それはきっと、勝てるという意味ではないのだろう。


「BS-02M111N72、バトルソルジャーは経験の深さが強さに直結するんだ」

「何を今更!」


 手斧がロックの脳天を狙う。しかし彼は、それを軽く払うようにして弾く。そのまま、BS-02M111N72の鼻先に向かって頭を叩き込んだ。


「ぐぁっ!?」


 渾身の頭突きを正面から受けたBS-02M111N72が仰反る。

 あまりにも大きな隙だった。


「私は、お前達が遊んでいる間にも戦い続けてきたということだよ」

「が、は、ぁっ!?」


 ロックの拳が、BS-02M111N72の顔面にめりこんだ。金属を潰すような痛々しい音がして、ついに片方が膝をつく。青い血を床に広げながら倒れたのは、BS-02M111N72の方だった。


「……これが、私の戦い方です」


 こちらへ振り返り、ロックが言う。彼は熱い息を吐き出し、懸命に全身の熱を逃がそうとしていた。彼自身、限界が近いのだ。けれど、それでも彼は休む前にかつての仲間の元へと歩み寄り、その胸に手を置いた。


「彼も元々は忠実な戦士でした。――この遺志は無駄にはしません」


 手に入れたのは、彼の知識。この塔の全容を記した地図。空間の破綻した塔の中を歩くため、BS-02M111N72からそれを回収する。

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