第125話「薪を届けに」

 次の日からも、僕らはヴァリカーヤを通じて町の冬支度を手伝うことになった。早朝にギルドへと向かうと、既に一階では炭が焚かれて、部屋中が暖まっている。そこにヴァリカーヤが待ち構えていて、掲示板には真新しい依頼書が張り出されている。


「二日目からは来ないかと思ったが、殊勝だな」

「あはは……」


 もちろん、住民やヴァリカーヤ自身との信頼を得たいという下心はある。とはいえ、それだけではない。薪を割ったり、屋根を修理したり、倉庫に荷物を運び込んだり、防寒具を揃えたり、保存食を作ったり。冬を迎える前にやるべきことは驚くほど多いのだ。それに備えて働いている人々を尻目に、僕らだけがのんべんだらりと過ごすなど言語道断だった。

 同じく町で冬を越えようと思うならば、彼らを手伝うべきだろう。働かざる者食うべからず。寒さで震えて凍え死ぬわけにはいかない。たとえ魔獣侵攻が止められず、結局世界が滅ぶとしても。


「ずいぶんと多いですね?」

「お前たちの姿を見た者が来た。何でもやらせると言ったら、たっぷり仕事を用意してくれたんだ。感謝しろ」


 掲示板に張り出されている依頼書は、昨日の倍以上だ。この町ではどんな噂も風より早く伝わるらしい。溝の泥掻きや雑草抜き、山羊や牛の世話、ゴミの焼却まで、様々な雑事が張り出されている。普段は何という魔獣を討伐しろとか、どんな薬草をいくつ集めろとか、そう言った依頼書ばかりなので、少し新鮮だった。

 じっくりと掲示板を見ていると、ヴァリカーヤはフンと鼻を鳴らす。腕を組んでこちらを見下ろし、何やら嘲笑を口元に浮かべていた。


「嫌になったのなら、さっさと帰ることだな。今ならまだ間に合うかもしれんぞ」


 どうやら、僕がこの雑用の数々にうんざりしていると思ったらしい。

 けれど、あまり見くびらないでほしい。僕は何年も荷物持ちという下っ端の雑用係で糊口を凌いできた。いわばプロの雑用係なのだ。この程度、むしろ外の広々とした太陽の下でできるのだから、嬉しいくらいだ。


「アヤメ、今日は僕も手伝うから、手分けしてやろうか」

「……かしこまりました」


 それに昨日はほとんど出番がなかったからね。今日からは僕も、アヤメたちにマスターとしての威厳を見せつけないと。全てを一日でこなそうと思ったら、やっぱり手分けした方がいいだろう。


「それじゃ、分配するね」


 掲示板から全ての依頼書を剥ぎ取り、三人に分けていく。残ったものが、僕の担当分だ。


「マスター、そちらの牛の世話でしたら、私が」

「あんた、泥掻きなんてできるの? へなちょこなんだからわたしに任せなさいよ」

「ううん。これは僕に任せて。ユリとヒマワリにも、期待してるから」


 隙あらば仕事を減らそうとしてくるユリたちもやんわりと断り、気合いを入れる。

 振り返ると、ヴァリカーヤが驚いた顔でこちらを見ていた。彼女ははっとして立ち直ると、鼻を鳴らして睨みつける。


「下手な仕事をしたら、評判はこちらに伝わるからな」

「分かってます。精一杯やりますよ」


 わざわざ釘を刺されるまでもなく承知の上だ。僕らは早速ギルドを飛び出し、そろぞれの仕事場所へと散った。



「おう、昨日ぶりだな」

「おはようございます」


 向かった先は、昨日アヤメたちが薪割りをした資材置き場。そこには既に、昨日の作業員が待っていた。彼は山のように積み上げられた薪束を示し、今日の仕事を伝える。


「この薪束を家に配るんだ。とりあえず、あそこの通りとあそこの通りの間の家が担当分だ」

「分かりました。一軒につき三束、ですか?」

「ああ。とりあえずな」


 わざわざ簡単な地図まで用意してくれた上で、配達の範囲が示される。今更だけど、確かに薪は割って終わりという話ではない。そこの発想が抜け落ちていて、少し恥ずかしくなった。

 資材置き場には背負子が用意してあって、そこに薪束を積み上げて運ぶらしい。なるほど、これなら僕も力になれそうだ。


「よいしょっと」

「おいおい、そんなに積んで大丈夫か?」


 重量を見ながら背負子に薪を載せていると、自身も大量の薪を担いだ作業員の男性が声をかけてきた。たぶん、僕が小柄な人間族だからと身を案じてくれているのだろう。


「大丈夫です。鍛えてるので!」

「んなこと言っても、限度があるだろ」

「まあ、見ててくださいよ」


 しっかりと縄で縛ってあるのを確認して、肩紐に腕を通す。体を傾けながら力を込めて、一気に持ち上げる。


「おお……。見た目のわりにやるじゃないか」

「これでも探索者なので」


 積み上げた薪束の総量は背負子に載せられる限界。それでも、全てが薪ということもあって、豊作だった時の迷宮帰りの荷物量と比べると少ないくらいだ。熟練の荷物持ちなら、これくらいは息を吸うようなものだろう。


「本当に人間なんだよな?」

「そうですよ?」

「あの姉ちゃんたちも大概だと思ったが、あんたに付き従う理由がわかったよ」

「はぁ……」


 マスターらしいところが見せられたと思っていいのだろうか。

 ともあれ、これなら問題なく配達できるだろう。

 資材置き場で他の作業員とは別れ、自分の担当区域へと向かう。玄関先で背負子を降ろし、薪を三束取って玄関の戸を叩く。


「おはようございます!」

「あら、外から来た人じゃないの」

「薪の配達に来ました。よろしくお願いします」


 噂が伝わっているからか、思っていたほど邪険に扱われることもなかった。多少の距離感はありつつも、要件を伝えるとすんなり部屋の中まで通してくれる。外に薪棚がある家もあったけど、すぐに使えるように暖炉のそばに置いてくれという所も多かった。


「おう、話は聞いてるよ。入ってくんな」

「ど、どうもー」


 なぜか休みなく配達している僕よりも話が先行していることもあった。ドアの前で待ち構えた住人が、声をかける前に戸を開けてくれるのだ。


「小さくてひょろい奴だと思ってたが、ずいぶんやるじゃないか。ほら、これ持ってきな」

「おわっ!? い、いいんですか?」


 そうして、配達を進めるとたまに野菜なんかを頂くこともあった。冬に備えた食料だと思って遠慮しても、押し付けるようにして渡してくる。結局、断るのも悪いような気がして受け取ると、背負子がまた重量を増し始めることになった。

 最後の方へと差し掛かると、もはや薪を運んでいるのか野菜を運んでいるのかわからないくらいだ。

 更にはじっくり煮込んだスープなんかを用意してくれている家もあり、冷えた体によく染みた。


「ありがとうございます」

「なんで薪持ってきた方が言ってるのさ」


 思わず感謝すると、カップを持ってきてくれた女将さんが苦笑する。不意に人の優しさに触れたせいで、無性に涙腺が緩くなっていた。


「この区画、配り終えました」

「もう終わったのか!?」


 サクサクと薪を運び、何往復かすると割り当てられた区画が終わる。それを報告すると、ずいぶん驚かれた上で新しい区画が指示された。


「思ってたより仕事ができるじゃないか。おかげでかなり捗ったぞ」

「ありがとうございます。荷物持ちは得意なんですよ」


 進んで荷物持ちをしていたわけではないけれど、その時期は無駄ではなかった。こうして褒められると、そんなことをしみじみ思う。

 昼休憩も資材置き場で作業員の皆さんと一緒に摂ることになり、そこでも色々な話を聞くことができた。どこそこの家のなんとかという人が何をしている、といったような話題がほとんどで、なるほど噂が広まるわけだと頷く。


「アヤメたちはどうですか?」

「さっき見かけたが、牛を担いでたぞ」

「あいつらこそほんとに人間か?」

「あ、あはは……」


 人間かどうかと問われれば人間じゃないんだけど。笑って誤魔化すほかない。

 とにかく、アヤメたちも順調に仕事をこなしているようで何よりだ。

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