第124話「迷宮の密約」

 テーブルを囲んで座り、アトリーチと対峙する。彼はいよいよ観念した様子で、ゆっくりと口を開いた。


「まず、それが迷宮遺物ってのは分かってるんだな」

「ええ。僕がとある迷宮で見つけたものです」


 その時、僕の人生は大きく変わったのだ。忘れるはずもない。

 頷くのを見てアトリーチは覚悟を決めたようだ。


「さっきも言ったが、俺は詳しいことは何も知らん。それと、俺が話したことをヴァリカーヤには言うな」

「分かってます」


 アヤメたちもみだりに口外することはない。その点は安心してもらいたい。

 けれど、ここまでで既に一つ分かった。彼は――少なくともアトリーチ自身はブレードキーがハウスキーパーと契約を交わす際に必要なものであると知らない。もしその機能を知っているのなら、アヤメたちの素性についても察しているはずだ。


「その剣と同じ形かどうかは忘れたが、似たようなものをヴィソカーヤが持っていたはずだ」

「先代のギルド長が?」

「ああ。それ以上のことは、本当に何も知らん。ただ、俺の親父が言っていたが、ヴィソカーヤの前には彼女の母親、つまりヴァリカーヤの婆さんが持っていたらしい」


 アトリーチの父親は既に逝去しているという。彼もまた探索者であり、代々探索者の家系だった。オギトオルクの探索者は、ほとんどがその家系に生まれた者だ。ヴァリカーヤがギルド長の家系だったのと同じなのだろう。

 つまり、この町にあるブレードキーは、代々ギルド長に受け継がれていた。


「それは、戦斧と同じということですか?」

「ああ。あれと一緒に継承されるんだろう」


 アトリーチは憶測を交えて語る。


「なにせ、ギルド長が交代するのは迷宮の中だ。そん時は俺たちも入れねぇ」


 その話は、昨夜ヤブローカから聞いた話とも合致する。しかし、護衛すら付けないと言うのは、いくら小迷宮といえど無防備に過ぎる。


「二人きりで迷宮に入ると言うのは、危険じゃないんですか」

「だからこそ、ギルド長の後継ぎは探索者として鍛えるのさ」


 オギトオルクのギルド長はコロンナー家による世襲制を取っている。それだけでもかなり特異な制度と言えるだろう。その上、引き継ぎはわざわざ迷宮の中で、秘密に行われる。そのため、ギルド長が代替わりするタイミングは、継承者が十分な探索者としての実力を培い、それを現任のギルド長が認めた時となる。


「密約が絡んでるんだろうが、詳しいことは――」

「密約?」


 アトリーチがしまったという顔をする。どうやら、口が滑ってしまったらしい。じっと目を見つめると、バツが悪そうにして話し始めた。


「歴代のギルド長が繋いできた約束ごとだ。迷宮内での引き継ぎの際に、後継にだけ明かされる。俺みたいなヒラには詳しいことは教えられん」

「つまり、ギルド長の心得のようなものですか」

「かもな。内情は本当に分からないんだ。ただ、外部の者を立ち入らせないことや、探索者以外の町民にも迷宮の場所を秘匿することなんかは、その密約で課せられているらしい」


 規則というものは、どこの迷宮でも多かれ少なかれ設定されている。例えば、何階層以降は認められた探索者でなければ立ち入れないとか、迷宮内で見つけた産品を持ち出すにはいくら支払わなければならないとか。たまに入場料を課しているところもある。

 しかし密約というのは妙だ。規則は普通、明文化されてギルドで公表される。そうでなければ、守れない。内容すら分からない約束ごとは、無いのも同じだろう。

 いや、だからこその立ち入り制限か。町の探索者だけに絞っておけば、規則を公表することなく守らせることもできるのかもしれない。


「一つ、よろしいでしょうか」


 今更喋りすぎたと頭を抱えているアトリーチに、アヤメが手をあげる。


「なんだよ」

「密約、短剣。これらをヴァリカーヤは継承されているのでしょうか」


 はっとする。

 今日、ギルド長の執務室に入った時も、それらしいものは見ていない。それどころか、代々ギルド長で受け継がれる戦斧さえも見たことがない。

 よくよく考えれば、ヴァリカーヤの母親で先代のギルド長であるヴィソカーヤは迷宮で亡くなっている。それは突発的な事故のようなものによる死亡であり、それまでにヴァリカーヤへの引き継ぎは行われていないはずだ。

 アトリーチは顔を顰める。その反応が何よりも雄弁に語っていた。


「あいつも、うまくやってたさ」


 呻くように絞り出された言葉は虚勢だった。


「先代が死んで、町の総意で彼女が次のギルド長になった。その後、迷宮探索も続けられたんだ」


 てっきり、先代が亡くなった直後に閉鎖が決まったものかと思っていたけれど、そうではなかったらしい。

 ヴァリカーヤはヴィソカーヤの遺品を探すために、自身も迷宮に潜った。けれど、探索者総出で迷宮を探し回っても、それらしいものは見つからなかったという。


「ヴィソカーヤの供をしていた探索者は、魔獣に喰われたと言っていたのでは?」

「誰から……ってヤブローカのジジイだな」


 眉を寄せるアトリーチ。どうやら、探索者とそれ以外の住民たちとでは違う話が伝わっているらしい。


「いいか、誰にも言うなよ。――供の連中もヴィソカーヤの死に際は見てねぇ。老爺どもは途中までついて行って、それより奥はヴィソカーヤ一人で進んだんだ」


 ギルド長と共に迷宮に入るのは、老爺と呼ばれるベテランたち。彼らでさえ、最後まで立ち会うわけではないという。これもまた、おかしな話だ。

 普通に考えれば、同行する人数は多いほど危険も分散するし、さまざまな状況に対応しやすい。単独行動の探索者もいないわけではないが、十分に安全に気を付けながら、少しの稼ぎで細々と活動しているのがほとんどだ。

 わざわざお供を置いていくとは、何か思惑を感じさせる。

 もう一つ違和感があるのは、そもそも全二階層の迷宮で、一人で進むほどの〝奥〟とはどこを指すのか。


「やっぱり、第三階層はありそうだね」


 僕が囁くと、アヤメたちもわずかに頷いた。

 これまでの話をまとめるとすると、先代ギルド長のヴィソカーヤは一人で迷宮の奥へと向かい、そこで亡くなった。これにより娘のヴァリカーヤは引き継ぎをすることができず、密約、短剣、戦斧を継承することなくギルド長となってしまった。初めの頃は迷宮探索も続けていたが、やがて迷宮は閉鎖されてしまった。そんなところだろうか。


「迷宮が閉鎖された理由というのは、ご存知ですか?」

「実感としてあるのは、ヴィソカーヤが死んだあと、何ヶ月かすると明らかに魔獣が強くなった。ヴァリカーヤは危険が増したと考えて、封鎖したんだろうさ。今頃中がどうなってるのか、想像するのも嫌だね」


 魔獣を倒さなければ、彼らは進化し続ける。そして迷宮自身が手に負えなくなった時、魔獣侵攻が発生するのだ。迷宮を封鎖してしまった以上、アトリーチたちが経験した以上に力をつけているのは確実だ。

 ヴィソカーヤは一人迷宮の奥で、何をやっていたのか。ヴァリカーヤは何を継承できなかったのか。猶予はあと、どれほど残っているのか。


「迷宮の場所を――」

「やめてくれ。そんなことしたら、俺が町から追い出されちまう」


 一縷の望みをかけて口にした言葉は、言い切る前に遮られる。口が滑ったとか、迂闊だったとか、その程度では済まない話なのだろう。代々のギルド長が引き継いできた密約とは、相当に重たいもののようだ。

 力なく萎れるアトリーチの姿を見ると、今得た情報を元にヴァリカーヤに直談判しに行く気にもなれない。


「さて、難しい話は終わったかしら?」

「うわっ」


 気まずい沈黙を味わっていると、突然テーブルに大鍋が降ってくる。見れば、グツグツと煮込まれた根菜のシチュー。人数ぶんの器が、リーヴィイによって運ばれてくる。


「せっかく来たんだから、夕飯も食べていきなさい」

「いいんですか?」

「もちろん。外の話を色々聞かせておくれよ」


 そう言って熊獣人の婦人が朗らかに笑う。初日に抱いた冷淡な町の雰囲気とは随分と違った様子に、思わず笑みがこぼれてしまった。せっかくだからご相伴に預かることにして、僕らはリーヴィイにこれまでの旅のことを語り始めた。

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