第126話「信頼の輪」

 朝からギルドに赴いて依頼を引き受け、仕事をこなす日々が続いた。昼食はその時々で変わるけれど、仕事先の人たちと共に食べることが多くなった。アヤメたちも数日もすれば手分けをして仕事をこなすことにも慣れ始め、それぞれに活躍してくれるようになってきた。

 仕事は必然、町の人たちと顔を合わせることになる。時には一人ではこなせず、何人かで協力するようなことも増えてきた。そうなると、お互いの名前や身の上なんかも話すようになり、距離感も近づく。


「ようヤック。今日も随分働いたみたいだな」

「リツォもお疲れ様」


 そうして、ここ最近のところ夜は蜂蜜亭に行くのが定番になっていた。偶然店の前で出会った資材置き場の作業員、リツォと言葉を交わしながら中に入る。

 相変わらずの活気と酒の匂いが充満した店内は、すでに出来上がっている酔っ払いも多い。初来店時と違うのは、テーブルを囲む人々が顔見知りになったことだろう。


「来たかヤック! さあ、こっちに来い。今日も鍛えてやろう」

「そう言ってむしり取る気でしょう。今日はアヤメに任せようかな」

「勘弁してくれ。賭けが成立しないだろ!」


 カードゲームに興じているおじさんをあしらいつつ、適当なテーブルに着く。すると早速、麦酒が人数ぶんテーブルにやってきた。


「あれ、お酒は頼んでないけど」

「今日、ウチのキッチンを修理してくれたでしょ。そのお礼よ」


 トレイを持ってやって来たリュビが笑う。そう言われてしまえば、ありがたく受け取るしかないだろう。

 今日は蜂蜜亭の大きなキッチンの点検と修理をしたり、作業場の壁板を張り替えたりと重労働が多かった。おかげでシュワシュワと泡立つ麦酒が身体に染み渡る。


「ぷはっ!」

「いい飲みっぷりじゃないか」

「アトリーチ。来てたんだね」


 駆けつけ一杯を楽しんでいると、横から声を掛けられる。現れたのは疲れた顔のアトリーチだ。


「お前らがバリバリ働くもんだから、俺たちの居心地が悪くなってしかたねぇ。まったく、余計なことするもんだぜ」


 なかなか厳しいことを言いつつも、彼は爽やかな表情だ。

 迷宮が閉鎖されたことで休業を余儀なくされていた彼らも、僕たちの働きに合わせてギルドから仕事を斡旋してもらうようになっていた。おかげで、今ではギルド内にもヴァリカーヤ以外のギルド職員が戻り、往時ほどとは言わないまでも、それなりの活気が戻ったという。

 アトリーチはテーブルの間を駆け回るリュビに麦酒を注文し、僕らの隣に腰掛ける。


「一ヶ月前と比べたら、ずいぶんと馴染んだな」

「みんなのお陰だよ。僕は何にもしてないし」


 謙遜というわけではない。確かに冬支度の手伝いはしたけれど、これだけ受け入れられたのは、受け入れてくれたオギトオルクの皆の心意気が大きい。余所者だから警戒されるのは仕方ない。その上で懐へ入れてくれたのだから、感謝するほかないだろう。


「なんというか、そういうところだろうな」

「何が?」

「なんでもねぇよ」


 意味深調なことを言って、アトリーチは届いたばかりの杯を空にする。


「しかし、ずいぶん寒くなって来やがった」

「やっぱり熊獣人でも寒い?」

「当たり前だろ。俺たちゃ元々は南の生まれだ」


 ちょっと冗談混じりではあるけれど、確かにここ最近は急激に気温が下がってきた。曇りの日も多くなり、いつ雪が降り出すとも分からないような天気が続く。炭の消費量も増えてきたし、薪を集めるため木こりたちも頻繁に町の外へと出かけていく。

 雪が降り出せば、本格的に冬季が訪れる。それは猟の解禁も近いということだ。


「ヤック。お前、まだ諦めてないのか?」


 少し声を抑え、アトリーチが囁く。具体的には言わないものの、指し示すところは明確だ。だから僕も迷わず頷く。


「うん。もし機会があるなら、今すぐにでも」

「そうか……」


 複雑そうな顔がこちらを見る。ここ一ヶ月、彼や他の探索者たちとも仲良くやって来たはずだ。僕らの人となりも知ってもらえたと思う。だからこそ、彼は迷っているのだろう。


「猟期に入ったら、とりあえずヤブローカについて行く予定だよ。狩りの補助として」

「まあ、それくらいならヴァリカーヤも許すだろうさ」


 ヴァリカーヤとの関係は、いまだ微妙なものだ。とはいえ、僕があまり積極的に迷宮を話題に上げなくなったこともあり、多少は態度も軟化している。最近では時折、木こりが伐採した木を運び込むため、町の外へ出ることも許されるようになった。


「しかし、ヤブローカのジジイも迷宮の場所は知らねえぞ」

「うん。だからまあ、地道に探すことになるね」


 手がかりになるのは、ヤブローカのはるか昔の記憶だけ。それだって、魔獣に襲われたというだけの話で、迷宮の位置が分かっているわけではない。そんな曖昧な情報に頼る他、僕らにできることはない。

 オギトオルクで働きながらも、胸の奥底では気持ちが落ち着かなかった。迷宮は相変わらず閉鎖されたままだし、ヴァリカーヤは動かない。いつ魔獣侵攻が起こってもおかしくはなかった。


「お前も頑固だな。どうしてそこまでして迷宮に入りたいんだ」


 ただの小さな迷宮だろう、とアトリーチは呆れる。内情を知りながら、それを伝えるわけにもいかず、僕はただ曖昧に笑うほかない。


「迷宮の中で何が起きてるのか知りたいんだ。もし危険が迫っているなら、それを退ける手伝いをしたい」

「危険ねぇ」


 アトリーチも、迷宮内の魔獣が力を付けていることは知っているはずだ。その果てに何が起きるのか、分かっていないはずがない。


「それに……」


 麦酒の杯を握り込み、続ける。

 ここ一月の間、オギトオルクの冬支度を手伝った。その中で思い知ったのは、ここの生活が〝銀霊の氷獄〟に強く支えられているということだ。熱源となる赤熱結晶だけではない。薬や食料、建材などに迷宮産品が利用されている。修繕の依頼を受けながら、そのための材料がないということも度々あった。

 オギトオルクが今後も存続するためには、いつまでも迷宮を閉じておくわけにはいかない。そうでなくとも、ヴァリカーヤの母親を、ひとりにしておくのは忍びない


「みんなの助けになりたいんだよ」

「お人好しだな」


 色々と渦巻く思いを雑にまとめて口にすると、アトリーチはそう言って苦笑する。我ながら曖昧な答えだ。けれど、それが僕の今の本心だった。


「ちくしょう! やっぱりイカサマしてんじゃねえのか!?」

「不正行為は一切行っておりません。全ては同意したルールの範疇です」


 不意に後ろの方で歓声が沸き、振り返るとアヤメがカードゲームで大勝していた。賭けを持ちかけた常連客が、悔しそうにテーブルを叩き項垂れている。アヤメがあまり分かりやすく喜ばないものだから、余計に圧倒的格差が見せつけられて、酔っ払いたちを囃し立てる。


「あんまりのめり込んじゃダメだよ」

「我々もしっかり監視しておりますので。ご安心ください」


 アヤメが勝ちすぎないように、ユリとヒマワリが見てくれている。それならば一応安心、だろうか。そもそも、アヤメたちにギャンブルを挑むあたりが無謀だと思うのだけど。

 懲りずに再び勝負を挑む常連に、アヤメも堂々と受けてたつ。再び盛り上がりを見せるテーブルを眺めながら、僕はリュビが運んできてくれたシチューに舌鼓を打つのだった。

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