第141話「迎撃の真実」

「すみませーーーん! 少し、お話だけでも!」


 立ち入り禁止区域に入った途端、巨大な槍が飛んできた。それはアヤメとヒマワリが退けてくれたとはいえ、何度も飛ばされると危ないことに変わりはない。機装兵は迷宮の外では著しく力が落ちるし、アヤメのように特殊破壊兵装を展開するには外部のバッテリーを使わなければいけない。

 だから、探索者ギルドの組合員証を掲げて敵ではないことをアピールしているのだけど。


――ドガアアアアッ!!

「ひええええっ!?」


 砂煙を貫いて、再び槍が飛んでくる。今度は岩槍ではなく初めから鋼槍という殺意の高い攻撃だ。アヤメが手を引いてくれなければ、そのまま体を貫かれていただろう。


「ヤック様、やはり交渉は無駄なのでは?」

「そ、そんなことは……。とりあえず観測所を見つければなんとかなると思うから」


――ドガアアアアッ!!!

「ひえええっ!?」


 僕はなんとか平和裏に対処しようと思っているのだけど、槍は全く収まる気配がない。常に一定の間隔で、的確に僕らを狙い続けている。目視した時にはもう避けられないような速度で、アヤメに守られなければ対応できない。

 それでも観測所を見つけて、そこにいるギルドの観測員と話を付けられればなんとかなるはず。そう信じてジリジリと前に移動する。


――ドガアアアアッ!!!!


 進むほど、槍が飛んでくる間隔は短くなってくる。アヤメだけでは対応できず、ヒマワリも銃弾で弾いてくれるようになった。

 けれど地表スレスレを滑るように飛んでくる槍は厄介だ。みんなの表情も切迫してくる。


「マスター、ここは分散しましょう。私が先に向かいます」

「ユリ!? そんな……」

「一人であれば、問題ありません」


 僕が止める間もなく、ユリが槍を握って前に飛び出す。彼女は僕らから離れるように横にずれながら様子を窺う。その直後、予想した通り鋼槍が彼女に向かって飛んできた。

 やはり槍はより荒野の中心地に近い方を目指すらしい。


「はぁああっ!」

ガキンッ!


 凄まじい速度で迫る鋼槍。それに対し、ユリは自身の槍――特殊破壊兵装〝堅緻穿空の疾風槍ガストスラスト〟を繰り出す。金属が激しく打ち合う甲高い音と共に、鋼槍の軌道がわずかに逸れ、明後日の方向へと飛んでいった。


「す、すご……。あの槍に反応できるんだ」

「ここはユリを矢避けにして進みましょう」

「その通りなんだけど、もうちょっと言い方をなんとかしない?」


 アヤメたちと同じ機装兵ではあるものの、ユリはより戦闘に特化したバトルソルジャーという機体だ。その真髄は戦いの中で学習し、即座に身のこなしから身体各所の筋肉量、更には思考までもを最適化させていく自己進化能力にある。

 彼女は凄まじい速度で、さらに間隔を縮めながら放たれる槍を、それよりも遥かに小さく細い槍で弾く。凄まじい衝撃音がするたび、その直後に重たい鋼の塊が荒野に落ちて鈍い衝撃が周囲を揺らす。

 それでもユリは、涼しい顔で槍を引き受け続けた。


「ほら、さっさと行くわよ!」

「あ、ちょ、待って!」


 ユリは槍と槍の合間に素早く荒野を駆け抜ける。彼女が前に行くだけ、僕らも進める。ヒマワリが軽やかに走るのに合わせて、僕も慌てて追いかける。


「はぁああっ!」

ガキンッ!

「せいっ!」

ガキャァッ!


 さすがはバトルソルジャーと舌を巻く。

 いつの間にか、彼女は完全に槍に対応し、走りながら弾き飛ばす技量さえ身につけていた。


「ユリってほんと強いよね……」

「バトルソルジャーなんだから、あれくらいは普通でしょ」


 第二世代ハウスキーパーとしての自尊心を持つヒマワリをもってしてそう言わせるほど、バトルソルジャーの戦闘能力は高い。当然、人間の探索者の中でも落ちこぼれであった僕なんて、その足元にも及ばない。

 僕の背丈を遥かに超える長大な槍を軽やかに弾き飛ばすユリを見て、改めてその技量を思い知らされた。


「ところでヤック様、この槍の射出元にギルドの人員がいるということでよろしかったですか?」

「そ、そのはずだけど?」


 もはや立ち止まる隙もなく、僕らは走り続ける。そうしながら、アヤメが何かを確認するように尋ねてきた。

 この槍は十中八九、ギルドの観測員が繰り出しているものだ。立ち入り禁止区域にわざわざ侵入してくる不届き者を排除するために。そのための正当な権利を、ギルドは有している。だから僕らは文句も言えないのだけど。

 アヤメの表情は相変わらず感情を読み取りづらいものだけど、なんとなく疑念を感じられた。


「この槍、魔法で作られてるって言ったわよね」


 ヒマワリが、ユリが弾き飛ばした鋼槍を見届けながら言う。

 魔法はこの時代にしかない技術で、彼女たちが生まれた古の文明時代には見られなかったものだという。根源となるものは機装兵の力と同じマギウリウス粒子――つまり魔力そのものだけど、その運用方法が全く違うのだと、以前アヤメが言っていた。


「マギウリウス粒子の精神感応特性に一定の理論を持ち込んで構築したのがいわゆる魔法という理解だったけど、この槍は品質が一定すぎるのよ」

「えっと、つまり?」

「魔法というよりは、どちらかというと工業製品みたいな感じがするってこと」


 ヒマワリの表現は、アヤメにはよく理解できたらしい。けれど、僕は首を傾げるしかない。鋼槍も岩槍も、弾き飛ばされて地面に落ちた後は即座に形を失う。これも魔法で作られたものの特徴だ。

 確かに、打ち込まれてくる頻度はかなり早いけれど、〝割れ鏡の瓦塔〟の観測所を任せられるほどの人物であれば、これくらいの技量は必要なのかもしれない。


「ヤック、ちょっと止まりなさい」

「うぇっぷっ!?」


 ユリに置いていかれまいと必死に走っていると、突然ヒマワリが首根っこを掴んできた。勢い余って変な声を出す僕に構わず、彼女は猟銃の上部に取り付けていた望遠鏡を取り外して目に当てた。


「……なるほど」


 槍の飛んでくる方角をじっと見つめて、何やら納得した様子のヒマワリ。望遠鏡を下ろすと、僕に向かって一言放つ。


「とりあえず組合員証はしまっていいと思うわよ」

「へ?」


 ユリが槍を弾き飛ばす音がする。

 その向こう、舞い上がった砂塵に霞むシルエットが見えてきた。最後の一擲をユリは軽やかに弾き、勢いを少しも殺さずに距離を詰める。そして彼女はそのまま、槍を繰り出していた人に向かって――。


「ちょっ、ユリ! 殺しちゃダメだ!」

「せやあああああっ!」


 制止の声も届かず、彼女の槍がその影を破壊する。貫くだけでなく、叩くことでも甚大な威力を発揮する機装兵の特殊破壊兵装が、問答無用にそれを吹き飛ばした。

 立ち入り禁止区域に踏み入ったのはまだしも、その観測員を殺すのは流石にまずい。顔から血の気が引くのを自覚しながら、僕は慌ててユリの元へ走る。そして、彼女の姿がだんだんと鮮明になるにつれ、違和感が膨らんだ。


「あ、あれ……? これって」


 一仕事終えて清々しい表情をするユリ。その隣には、無惨に破壊された石柱がひとつ。表面に複雑な紋様が刻まれて、その中心には大きな魔石が埋め込まれている。けれど、その周囲に人影は見当たらない。

 この様子を見て、僕もようやくアヤメたちが言いたかったことを理解する。


「もしかして、観測者はいないの……?」

「ひとまず、この周辺には見当たらないようですね」


 背筋を伸ばし、周囲を見渡しながらアヤメが言う。

 ユリが破壊したものは、おそらく自動的に魔槍を繰り出すもの。いわゆる魔導具と呼ばれるものだろう。石柱に掘られた紋様は魔力の流れる回路で、魔石から供給されるそれを用いて、自動的に侵入者を迎撃するように設定されているのだ。


「ええ……」


 苦労してたどり着いた末の真実に、僕は思わずへたり込む。流石にギルドの資料室にも、立入禁止区域の詳細な事情については書かれていないから、仕方ないのかもしれないけれど。


「ま、人間よりよっぽど話が単純でいいんじゃないの?」


 粉々に砕かれた石柱を見下ろしてヒマワリが言う。

 それにしたって、もう少しいい解決法があるんじゃないかと思わないでもないけれど。

 僕は急に疲れを思い出して、大きなため息をついた。

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