第140話「禁足地の歓迎」
アヤメたちはともかく、僕の本業は迷宮探索者という。実際のところは万年荷物持ちの落ちこぼれだったわけだけど……。とにかく迷宮に潜り、迷宮遺物や資源を集めて持ち帰ることを生業としていたのは事実だ。
色々あって元のパーティから離脱して、アヤメと〈青刃の剣〉を結成した後も、迷宮探索者という肩書きは色々と活動に便利だった。
「マスター、森がこの先で途切れています」
「いよいよだね、ユリ」
ココオルクを発って二週間ほど。ずっと雪道を歩きつつ、時折寒さで気が荒んでいる獣を狩って食料を確保しつつ、またずっと歩き続けた。ココオルクへ辿り着くだけでも相当に広いと感じていた針葉樹林がほんの一端であることを思い知りながらも、雪を踏み抜いて歩くことにかなり慣れてきた頃、先導するユリが顔を上げて嬉しそうに言った。
急いで彼女の隣まで追いつくと、しばらく先で木々の連なりが唐突に途切れている。不自然な光景は更に続き、植物は急速に密度を疎にして、最後には雪さえも消えてしまっていた。
その向こうに広がるのは雑草の一本さえ生えない無毛の大地、荒涼とした広い原野だ。
「凄まじいですね……」
巨大な円弧を描きながら明瞭に刻まれた境界線。それはユリやアヤメたちでさえ絶句させるほどの違和感を放っているようだった。当然、これが自然であるはずもない。荒野に入る少し手前のところで、等間隔に杭が立てられてロープが連ねられていた。
ロープには腐食防止のメッキをした金属のプレートが掲げられており、そこにはギルドの紋章と共に立ち入り禁止の文言が刻まれている。風雨に曝され判読が難しいほど掠れているのが、ここの厳しさを強く示している。
「ここから先は探索者ギルドの管理地だ。一応、組合員証は用意しておいてね」
立ち入り禁止と知りつつ、意を決して境界をまたぐ。アヤメたちもそれに続いて荒野に降り立った。
僕らをはじめ、迷宮探索者たちが所属する相互扶助組織のことを探索者ギルドという。このギルドに加入して初めて正式な迷宮探索者を名乗れるというほど、影響力の強い組織だ。
このギルドの役割は、各地に存在する迷宮を管理し、安全にその資源を取り出すこと。そのために迷宮の研究を進め、情報を編纂し、探索者に還元するのだ。そんな探索者ギルドの管理地であるこの荒野も、当然迷宮に関連がある。
荒野の中心にはかつて、神聖都市アレクトリアさえ凌駕するほどに栄えた大迷宮都市が存在していた。その栄華を支えた迷宮こそ、現在も多くの逸話と共に知られる〝割れ鏡の瓦塔〟だ。
けれど、その迷宮は五十年前に突如として崩壊した。魔獣たちが暴走し、迷宮外へと溢れ出す災害〝魔獣侵攻〟が発生し、一夜にして滅びたのだ。猛火と灰燼はコルトネの屋根を焦がすほどに達したと言われ、当然、そこに住んでいた無数の人々が巻き込まれた。
迷宮内部の環境に適応した魔獣は外に出ても長くは生きられない。それでも、町を一つ喰らい尽くすには十分だったらしい。むしろ、都市を壊滅してなおとめどなく魔獣は溢れ出し、周囲へ広がっていった。
空前絶後の大規模な魔獣侵攻は近隣の他都市にまで被害が及ぶと目されていたけれど、その直後に唐突に鎮火する。時の魔法使いと呼ばれる人物によって大結界が構築され、封じられたのだ。
それでも探索者ギルドは未だ危険は過ぎ去りぬと判断し、迷宮を封印指定、この荒野を立ち入り禁止にしている。
「ヤック様は、こういったお話をする時は活力が漲っているように見えますね」
「そ、そうかな? まあ、ギルドの資料室でこういう本を読むのは好きだったから」
我ながら饒舌に〝割れ鏡の瓦塔〟の来歴について語っていると、アヤメが顔を覗き込んでくる。技量のなかった僕は情報だけが頼りだと思って、ギルドの資料室に足繁く通っていた。そこでこういった歴史的な話も蓄えてきたのだ。
実際にあった事件だし、被害者も膨大な数だ。ギルド自身、まだその事後対応が残っているところはある。だから不謹慎ではあると思いつつ、今後の糧にするべく頭に叩き込んでいた。
「ところで、ここは立ち入り禁止区域なんでしょ。わたしたちは入っていいの?」
「いや、ダメだよ」
「はぁ?」
眉を吊り上げるヒマワリ。ギルドがわざわざ柵まで作って立ち入り禁止と宣言しているくらいなんだから、ただの一探索者にすぎない僕たちが安易に立ち入っていい場所であるはずもない。
「アンタね……。それじゃあ見つかったらどうするのよ」
「そのために組合員証を用意してるの」
ヒマワリが信じられないとばかりに僕を見る。でも、こうしないと世界が危ないのだから、多少の無茶は躊躇しない。それに、何かあったらアヤメたちがきっと守ってくれるだろう。そんな信頼はすっかり確信に変わっていた。
「というわけで皆、どこかに細長い塔を見つけたら気をつけてね」
「マスター!」
三人に忠告した矢先、前を歩いていたユリが振り返る。彼女は声を張り上げ、こちらに駆け寄ってくる。その背後、はるか前方からこちらに向かって猛烈な勢いで飛んでくる何かが見えた。
「うわっ!?」
「特殊破壊兵装〝
ユリが僕に飛びつき、そのまま地面に倒れ込む。ほぼ同時に、アヤメが前に出る。その両腕には黒く光る鋼鉄の籠手が纏われていた。
青い燐光をその籠手に集めながら、アヤメが前を睨む。一瞬で明瞭に視認できるほど接近したそれは、巨大な岩で作られた槍のようだった。高速でまっすぐに迫るそれに向かって、アヤメが拳を握り込む。
「はぁあああっ!」
――ドガァアアアアアアアッ!!!!
勇ましい一声が、壮絶な破壊音と重なる。アヤメが籠手に包まれた鉄拳を突き出したと同時に、それが岩槍の先端を叩いたのだ。両者は激しく衝突し、そして脆かったほうが破砕される。
瓦礫が周囲に飛び散り、砂煙がもうもうと立ち込める。
「アヤメ!」
思わずその名前を呼ぶ。
砂煙の向こうに、ふわりと広がるロングスカートのシルエットが見えた。
「問題ありません、ヤック様。脅威は排除しました」
「違う、後ろ! まだ来てる!」
彼女が
――ダァンッ!!!
その切先がアヤメを貫く直前。硬い皮革を突き破るような乾いた音が響いた。音の発生源は僕の後ろ。けれど、それは僕の前方に迫っていた鋼槍を弾き飛ばした。
「ふんっ、迷宮の外じゃこれが精一杯ね。腹立たしいわ」
そう余裕たっぷりに言い捨てたのは、猟銃を下ろしたヒマワリ。その銃口から、青い燐光が吐息のように漏れ出している。
弾け飛んだ鋼槍が地面に落ちて高音を響かせる。ヒマワリはこちらへまっすぐに飛んでくる槍の先端に銃弾を的確にぶつけたのだ。
「助かったよ、ヒマワリ。アヤメもね」
「……ありがとうございました、ヒマワリ」
ユリと共に立ち上がりながら、二人にお礼を言う。ヒマワリに助けられたアヤメも、少々ぎこちないながらも頭を下げた。
「ふふん、もっと敬ってもいいのよ」
「ヒマワリ、マスターの警護はハウスキーパーの使命です。誇ることではありません」
「わーかってるわよ!」
しかし得意げになったところでユリに一言入れられ、すぐに頬を膨らませる。
そんな様子を見つつ、僕は前に目を凝らす。この岩槍や鋼槍は地に落ちた途端ボロボロと崩れて消えつつある。間違いなく、魔法によるものだ。
まさか、ここまで問答無用に厳しい対応をされるとは。
少し思惑とは異なる展開に肝を冷やしながら、僕は砂塵の向こうに向かって声を張り上げた。
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