第53話「立ちはだかる障害」

 ユリと契約を結んだことで、僕は条件を満たした。聖女様が長い間隠していた、平和な迷宮都市アレクトリアの秘密、“銀龍の聖祠”の真の姿について知ることになる。


「この施設も、基本は他の施設と同じ。最下層にこの時代ではダンジョンコアと呼ぶものがある。それこそがマギウリウス粒子、つまり魔力の根源だ。ここまではいいな?」

「はい。なんとか」


 ダンジョンコアは、迷宮の心臓部。これが動き続けることで迷宮内の魔力濃度が高まり、魔獣が強くなる。そして、一定のラインを越えれば、ダムが決壊するように魔獣たちが迷宮の外へと溢れ出す。この現象が魔獣侵攻だ。

 アヤメと僕は、魔獣侵攻を起こさないためにダンジョンコアを破壊しようとしている。それは特殊破壊兵装リーサルウェポンという特殊な武器と、それを扱える機装兵がいなければできないことだから。


「“銀龍の聖祠”の魔力濃度はかなり高い。このまま放置すれば、10年以内に魔獣侵攻が発生するはずだ」


 聖女様の予測に、僕はゾッとする。

 そんなことになれば、町は甚大な被害を受けることになるだろう。アレクトリアは平和な迷宮都市だと、町の住民たちも確信しているのだから。


「私が問題なく魔獣駆除を続けられていれば、基本的に魔獣侵攻は抑えられる。しかし、私はご覧の有り様。フルメンテナンスをすればいいが、そこに問題がある」


 聖女様はそう言って、疲れたように眉尻を下げた。


「まず第一に、フルメンテナンスをするには整備室まで辿り着かなければならない」

「整備室?」

「ああ。第六階層にある施設なんだが……。私がなんとか抑えられているのは、この第三階層まで。残りの三階層にはすでに魔獣が進出してしまっている」

「それを駆除しなければならないということですね」


 頷く聖女様を見て、状況は思ったよりも悪いことを知る。魔獣がこんなところまで迫ってきているのは、アレクトリアの人々も知らないことだ。あの平穏な街並みが、こんな薄氷の上にあるとは。

 しかも聖女様は「第一に」と言った。つまり、それ以外にも問題が立ちはだかっているということだ。


「第二に、整備室を動かせば、施設中のマギウリウス粒子がそこに集中することになる」

「というのは……?」


 僕の理解力が足りないせいで、スムーズに話が進まない。申し訳ないけれど、聖女様は丁寧に噛み砕いて説明してくれた。


「私がフルメンテナンスをしている間、施設中の魔獣が整備室に集まってくるってことだ」

「ダメじゃないですか!」

「ああ、ダメだ。フルメンテナンス中は私も無防備だからな。ドアが破られたらひとたまりもない」


 自分のことなのに聖女様は淡々と語る。ユリもまだ未熟だというなか、聖女様を失えばそれこそアレクトリアの終わりだ。


「つまり、僕たちはユリを鍛えながら第六階層にある整備室へと到達し、聖女様がフルメンテナンスを受けている間、集まってくる魔獣を倒し続けなければならない。そういうことですね?」

「ああ、そうだ。ヤック殿は賢いな」

「うわぁっ!?」


 軽く話を整理すると、聖女様がにこりと笑って頭を撫でてくる。逃げようとしても彼女の手が先回りしてきて、全然逃げられない。諦めてされるがままになっていると、背後から視線を感じた。


「……しかし、あなたがこの第三階層で拮抗しているということは、敵勢力もかなり強くなっているのですか?」

「さすが、鋭いじゃないか」


 僕を飛び越えて突きつけられた問いに、聖女様は肩をすくめる。自己修復機能を失ったとはいえ、何千年という戦闘経験を積んだ戦いの専門家が、自分の庭とも言えるダンジョン内にも関わらず、第三階層という浅層にまで追い詰められているという状況。たしかに、よくよく考えればかなりの異常事態にも見える。聖女様は観念した様子で、三本目の指を立てた。


「そこで、第三の問題だ。このダンジョン――戦略実験施設には、他の施設にはいない特別な実験体がいる。強化実験体と呼ばれるそれは、戦略研究のために人為的な強化改造が施された個体でね。端的にいえば、とても強い」

「……それが一番の問題のようですね」


 アヤメが重苦しい息を吐き、聖女様が鼻で笑う。

 その強化実験体と呼ばれる魔獣は、普通の魔獣と比べて特異な能力を持っているという。通常の魔獣と言っても、魔獣そのものが獣とは一線を画した存在なのだけれど。とにかくそれに輪を掛けて厄介なのだろう。


「強化実験体、いや、ここは時代に合わせて強化魔獣とでも呼ぼうか。該当する奴はいくつかいるが、特に好戦的なのは四体だ。今のユリではまず勝てないし、アヤメがいてもどうにか逃げ切れるか、といったくらいだろう」


 こう言う時、自然と戦力に数えられないのが情けない。僕ももっと強くなって、アヤメたちを守れるくらいになりたいものだ。

 しかし現時点ではその強化魔獣は出会うのも避けたい相手だ。少なくとも、ユリが成長しなければ。


「強化魔獣に挑むなら、まずはこの施設にある特殊破壊兵装を探すべきだろう」

「格納場所を把握していないのですか?」

「第六階層までのどこかにはあるはずだ。しかし、私は長らくマスター不在のままだったからな。整備室の喪失から程なくして、放棄してしまった」


 “老鬼の牙城”でアヤメと共に眠っていた、ダンジョンコアを破壊できる唯一の武器、特殊破壊兵装リーサルウェポン。それがこの“銀龍の聖祠”にも眠っているという。それを見つけることができれば、強化魔獣も打ち倒せる可能性が高い。

 結局、そのためには魔獣に占領されている階層を探さなければならないのだけれど。それこそ僕の出番だろう。


「それなら任せて。なんてったって、僕は探索者だからね」


 ダンジョンに眠るお宝を探すことなら、アヤメよりも詳しい。これだけは断言できる。

 勢い込んでそう言うと、聖女様とアヤメが揃ってこちらを見てきた。


「おお。そうだな」

「期待しております、ヤック様」


 アヤメの表情は変わらないけれど、聖女様からはなぜか微笑みの視線を向けられる。根拠はないけど、あまり信用されていないような気がする。本当のことなのに……。


「ひとまず、目標は把握しました。第一段階としては、我々はユリを教育しつつ、“銀龍の聖祠”第六階層の整備室を見つける。その過程で特殊破壊兵装の探索も行う。といったところでしょうか」

「それでいいだろう。よろしく頼むよ、ハウスキーパー」


 聖女様はアヤメの肩に手を置き、期待を寄せる。このダンジョン、そして地上の町の運命は、彼女の双肩にかかっていると言っても過言ではない。それなのに、やっぱりアヤメはいつもの冷静さを失っていなかった。


「それでは、早速トレーニングを始めましょう」


 アヤメはそう言って、振り返る。


「何なりとお申し付けください。全身全霊をもって成し遂げましょう」


 ユリも気合十分だ。もっと寡黙な人なのかと思っていたけれど、覆面を外してマスター契約を結んでからは、聖女様と似た活発な雰囲気が滲み出てきている。それでも、やっぱり生真面目そうな性格はそのままだ。

 そんな彼女に向かって、アヤメは口を開く。彼女が告げた、トレーニングの第一歩は――。


「まずは全身の採寸を。その後、メイド服を製作します」

「……え?」


 予想を遥かに上回るものだった。

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