第102話「流転の万能銃」

「ヒマワリ」

「わ、分かってるわよ」


 荷物を整え、リュックを背負う。アヤメとユリも準備は万端だ。“黒鉄狼の回廊”第二階層の片隅にある、忘れられた区画の隙間。そこから出発する時が来た。

 僕はヒマワリの手を取る。


「何を――」

「一緒に行こう」


 入り口を隠すバリケードの前に立ち止まっていたヒマワリの手を掴み、引っ張るようにして外に出る。彼女にとっては七千年ぶりの部屋の外だ。


「……ずいぶんと変わってるわね」


 彼女が部屋の奥に閉じこもっていた間にも、ダンジョンは変化を続けていた。そこに広がっている光景は、ヒマワリの記憶にあるものとは大きく異なる。

 それでも彼女は口元を緩め、少し清々しいような感情を浮かべていた。


「基礎戦闘プログラムはチェックしましたか?」

「当然。あんたよりずっと強いわよ」

「経験に乏しい第二世代より、経験豊富な第一世代の方が有用ですよ」

「ふんっ」


 アヤメとヒマワリはなんだかんだ言って仲の良い姉妹みたいだ。お互いに軽口を叩きながら、それでも周囲に目を向けて歩き出す。

 そんな様子をユリがどこか羨ましそうに見ていた。


「ユリも、頼ってくれていいからね」

「っ! そうですね。その時はぜひ」


 思わずそんな言葉が飛び出し、我ながら驚く。ユリも面食らった様子だったけど、すぐに目を細めて頷いた。

 彼女はバトルソルジャーで、元々は単独での戦いに特化した機装兵だ。でも、今は僕の仲間で、頼りになるハウスキーパーなのだから。そこにアヤメやヒマワリとの区別はない。


「ヒマワリ、前方からゴーレムです」


 アヤメがいち早く通路の奥から接近するゴーレムに気付く。警備巡回を行い、外敵を見つけたらけたたましい声で周囲に知らせる厄介な相手だ。


「分かってるわよ! 見てなさい!」


 ヒマワリが動き出す。

 彼女は特殊破壊兵装“千変万化の流転銃”を腰に構え、筒の向く先をゴーレムに向ける。四脚をカシャカシャと動かしてこちらへやってくる黒鉄の機体に向かって――。筒が火を噴いた。


――パパパッ。


 細かな三連。乾いた木の実が弾けるような音。

 予想外の展開に驚き、咄嗟に耳を抑える。そんな僕の目の前で、警備ゴーレムが弾け飛んだ。


「えっ」


 思わず唖然とする。

 まだ警備ゴーレムは三十メト以上離れていた。ユリやアヤメはまだ動き出してすらいなかった。ヒマワリだって、一歩も動いていない。にも関わらず、硬い金属の体が弾け、ゴーレムは一声も発することなく砕け散った。


「何が起こったの……」

「銃は弾丸を撃ち出して遠距離から敵を攻撃する武器よ。この銃は従来の特殊破壊兵装の弱点をマギウリウス粒子の高濃度圧縮技術でクリアしたの。ダンジョンの構造壁やコアに使われてる障壁の中和ができる特殊弾頭をリアルタイムに生成して撃ち出す。――だから、第二世代にしか扱えない強力な武器なの」


 何を言っているのかさっぱりだった。

 分かったことは、銃が打撃武器ではないということ。小さな粒を勢いよく放って、遠くの敵を攻撃すること。そして、ゴーレムの装甲を容易く貫くということ。


「リロードにはどれくらいの時間がかかりますか?」

「モード・マシンガンの小型弾丸なら、このあたりのマギウリウス粒子濃度でも三分でマガジン一本分作れるわよ。もっと濃度が上がれば、それに応じて鍛造速度も上がるわ」

「なるほど。素晴らしい性能です」

「ふふん。もっと褒めなさい」


 アヤメの素直な讃賞にヒマワリは嬉しそうに胸を張る。その直後に曲がり角から別のゴーレムが現れ、その瞬間に銃が再び火を噴き一蹴した。相変わらず物凄い強さだ。


「確かに、これなら第七階層のボスだって……」


 アヤメやユリでさえ、近づかなければ敵を倒せなかった。けれどヒマワリの武器は近づかずに倒せる。しかも不可視の攻撃は避けることも難しい。

 これならば厄介極まる“黒鉄狼の回廊”のゴーレムだって蹴散らせる!


「すごいよヒマワリ! さすが第二世代だ!」

「そ、そう? ふふん。もっと褒めてもいいわよ」


 年甲斐もなくはしゃいでしまうのも仕方ないはずだ。新たに加わった仲間は、とても心強い力を持っていることが分かったのだから。


「ふんっ!」

「はぁっ!」


 ヒマワリの手を取って褒め称えていると、真横で盛大な音がする。驚いて振り返ると、アヤメがゴーレムを叩き潰し、ユリが槍で串刺しにしているところだった。

 硬直する僕に振り返って、二人はすんと澄ました顔で口を開く。


「第二階層はまだまだ序盤です」

「より強力なゴーレムが今後も大量に出てきます。ヒマワリだけでは対処できないでしょう」

「う、うん……。二人も頼りにしてるからね」


 こくりと頷く。二人は張り切った様子でずんずんと歩き始めた。


「あなた、案外マスターとしての才能は高いんじゃない?」

「そうなのかな」


 なぜかヒマワリがしみじみと言う。その意味がピンとこなくて、僕は首を傾げながら二人の後を追いかけた。


━━━━━


 ヒマワリと特殊破壊兵装“千変万化の流転銃”の組み合わせは、第二階層以降も凄まじい戦果を挙げた。ゴーレムも数十メトも離れた位置から攻撃されるとなす術もなくやられてしまうのだから当然だ。

 けれどアヤメ達の言うことも正しかった。


「ちっ。リロード!」

「我々が食い止めます」


 第三階層を越え、第四階層に差し掛かると、少しずつヒマワリの攻撃に耐えるゴーレムが出てきたのだ。純粋に体が大きくて頑丈な魔獣は、ヒマワリの銃撃を受けても倒れない。倒し切るにはより多くの弾丸が必要となって、結果として再装填の時間がかかるようになった。

 銃撃は強力だが、弾を撃ち尽くすとリロードという工程を挟まなければならないという弱点があった。そして、リロード中はヒマワリが攻撃に参加できず、アヤメ達が前衛として敵を食い止める。


「つまり、ヒマワリは魔法使いなんだね」

「魔法使い?」


 彼女のパーティ内での立ち位置が分かってきた。

 リロードはいわゆる詠唱と同じようなものだ。魔法によって強力な攻撃を撃ち出せるけど、再使用には時間がかかる。魔法使いだけで探索や戦闘を行うのは困難だ。頼りになる盾としての前衛がいなければならない。

 ヒマワリはきょとんとしていたけれど、彼女とアヤメ達は役割もはっきりとしていて連携を密に成立させていた。


「リロード完了。撃ち尽くすわよ!」


 ヒマワリの宣言を合図にアヤメが転がるようにして退がる。引き金を引き、銃が軽い音を響かせる。重厚な鎧を着込んだゴーレムに細かな穴が空いていく。そして、そのうちの一発がゴーレムの心臓を撃ち抜いた。

 爆散するゴーレムを見て歓声を上げる。アヤメとユリも駆け寄ってきて、ヒマワリの戦功を讃えた。


「しかし、ここから先はさらに装甲の硬いゴーレムも出現します。ヒマワリは牽制に回り、我々が固有シーケンスでトドメを刺すべきでしょうか」


 今後の苦難を考えて、ユリが進言する。けれどヒマワリはその言葉を待っていたように不敵な笑みで答えた。


「待ちなさい。わたしの銃はこれだけで終わらないのよ」


 首を傾げるユリの目の前で、ヒマワリが高らかに叫ぶ。


「特殊破壊兵装“千変万化の流転銃”――通常展開」


 すでに通常展開しているはずの特殊破壊兵装に対して、彼女は指示を下す。

 そして、彼女の手の内で銃は形を変えていく。


「モード・ライフル」


 現れたのは、モード・マシンガンよりも筒の長い銃だ。黒に青のカラーリングは変わらないけれど、よりずっしりとしている。


「通常展開内での形態変更ですか」


 アヤメが眉をわずかに上げる。基本無表情な彼女がそこまで感情を露わにするのは珍しかった。

 杖の代わりにできそうなほど長くなった銃を抱えて、ヒマワリは目を細める。


「これこそ千変万化の体現よ。状況に合わせて銃型と弾丸を変える汎用性の高さこそがこの銃の真骨頂なんだから」

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