第101話「小さな武器」

 ダンジョンの中とは思えないほどぐっすりと眠った後は、すっきりと爽快な気分で目を覚ます。体を起こすといい匂いが漂ってきた。


「やっと起きたわね」

「おはようございます、ヤック様」

「おはよう、アヤメ。ヒマワリは……何を作ってるの?」


 少し離れたところで焚き火が熾され、鍋がグツグツと煮えている。木べらを持って鍋の世話をしているのはすっかり元気になったヒマワリだった。

 興味をそそられて近付くと、彼女は得意げに胸を張る。


「あなたもお腹空いてるんでしょう。だからわたしが美味しいシチューを作ってあげてるのよ」


 感謝しなさい、とヒマワリ。マスター契約を結んだものの、彼女の性格や言動は大きく変わっていない。むしろ急によそよそしくなる方が悲しいけれど、監督役のアヤメは少し不満げだ。

 ヒマワリがかき混ぜる鍋はホワイトシチューがグツグツと熱されている。具材は荷物に詰め込んでいたものを使ったらしい。携行用の油で固めた肉のブロックやチーズが入っている。


「ヒマワリも料理できるんだね」

「当然でしょ。わたしは第二世代のハウスキーパーなんだから」


 長いブランクがあるはずだけど、彼女はそれを微塵も感じさせない。頃合いを見計らって、アヤメがパンを持ってきてくれる。それを火で炙って、ヒマワリのホワイトシチューと一緒に食べる。

 素朴な味が体に染み渡る。お腹から全身にじんわりと熱が広がり、活力が湧き出してくる。さすがはハウスキーパーと言いたくなるような、優しい味わいだった。


「うん、美味しいよ」

「当然でしょ」

「ヒマワリ」

「う、ありがとうございます……」


 得意そうに口を曲げるヒマワリはアヤメに睨まれてしゅんとする。別に、可愛くていいと思うんだけどなぁ。


「みんなもお腹空いてない? ユリもずっと立ちっぱなしでしょ」


 ずっと見張りを続けてくれていたユリも呼び、シチューを注いだ器を渡す。どうせ僕一人では食べ切れない量だし、みんなで食べる方が美味しいだろう。

 ヒマワリはなぜかそんな僕を意外そうな顔で見ていた。


「あまり驚かない方が良いですよ。ヤック様はこのような方ですから」

「アヤメ? それってどう言う意味?」


 アヤメははぐらかし、シチューに口をつける。ヒマワリも彼女に倣うようにおずおずと食事を始めた。

 食べながら、僕らは迷宮探索の作戦を話し合う。


「第七階層の奥までは行ける。でも、そこにいるフロアボスが倒せないんだ」


 アヤメとユリが揃っていても、太刀打ちできなかったゴーレム。巨大な回転する顎を持つ四足獣は、破壊力もさることながら防御力が非常に高い。鉄が溶けるほどの高温になった溶鉱炉の中に潜み、こちらへ襲いかかってくるのだ。


「スクラッパーね。実物は見てみないと分からないけど、なんとなく想像はつくわ」


 僕らがフロアボスの容姿や力を説明すると、ヒマワリはひとつ頷いて受け入れた。ゴーレムは長い歴史の中で独自の進化を遂げてきたけれど、元々は“工廠”で働く機械たちだった。つまり、元々はヒマワリの同僚であるとも言える。

 ヒマワリは第七階層のフロアボスとなった機械の力を予測し、僕らに説明してくれる。とはいえ、弱点は見つからない。ただ強さの理由が補強されていくだけだ。


「本当に倒せるかな……」

「私の特殊破壊兵装のアップデートができていれば、あるいは」


 つい弱気になる僕に、アヤメやユリも悔しそうだ。二人の持つ特殊破壊兵装は完全体ではない。内部の情報を更新し、完全に修理することも、今回の迷宮攻略の目的の一つだった。


「何を怖気付いてるのよ。あなたにはわたしが付いてるでしょ」


 明るく強気な声を上げたのはヒマワリだった。彼女は胸を張って僕をまっすぐに見つめる。スプーンを握ったまま得意満面の笑みを浮かべている。


「特殊破壊兵装“千変万化の流転銃”――これもあるし」


 彼女の胸元に銀色の徽章が輝いている。

 第四階層の武器庫から持ち帰ってきた、“黒鉄狼の回廊”の特殊破壊兵装だ。第二世代であるヒマワリの使用を前提に設計され、この迷宮での使用を想定した専用の武器。

 アヤメもユリも、それがあれば敵を突破できると言っていた。


「でも、その武器はヒマワリも扱えないんじゃ」


 戸惑いを覚える。

 これを持ち帰った時、ヒマワリはこれが扱えないと言っていた。今の自分は完全体ではないから、と。


「確かに言ったわ。でもそれは、その武器の完全展開ができないという話」


 マスターを得た今ならば、通常展開程度はできる。そうヒマワリは語る。

 特殊破壊兵装にいくつかの形態があることは僕も知っていた。アヤメの籠手もユリの槍も、固有シーケンスと呼ばれる必殺技を発動させるためには、より大量のマギウリウス粒子の供給を必要とする完全展開状態へと移行しなければならない。

 通常展開状態でも彼女たちが使えばとても強力な武器だけど、それでもダンジョンの壁を壊したり、立ち塞がるボスを討ち倒すことは難しいはずだった。


「わたしは第二世代で、この銃は第二世代専用なのよ。当然、その力はそこの二人よりもはるかに上回っているわ」

「そ、そうなの?」

「まだ疑ってるの? 全く、仕方ないわね……」


 あまり理解の進んでいない僕を見て嘆息したヒマワリは、空になった器を置くとおもむろに立ち上がる。


「見せてあげるわ。この銃の姿を!」


 青い光の粒がヒマワリに集まる。空気中を漂う魔力――マギウリウス粒子が密度を上げて集まっている証拠だった。

 アヤメとユリもその様子を興味深そうに眺めている。二人も第二世代の特殊破壊兵装が起動するところを見るのは初めてなのだ。


「特殊破壊兵装“千変万化の流転銃”アクセス。認証完了。――通常展開」


 声が響き渡る。

 彼女の手のひらの上に光が集まり、具現化される。


「モード・マシンガン」


 数十秒後。彼女の手に収まっていたのは黒々とした金属製の何かだった。短い筒と取手がつながり、青い結晶が埋め込まれている。

 見たことのない武器だ。アヤメの籠手はおろか、ユリの槍と比べてもずいぶんと小さい。長さはヒマワリの腕よりも短く、懐に収まりそうなほどだった。これでは間合いもほとんど取れないだろう。


「えっと、失敗?」

「そんなわけないでしょ! ちゃんとしっかり展開できてるじゃない!」


 恐る恐る呟くと、ヒマワリは烈火の如く怒りだす。どうやら、これで問題はないらしい。


「でも、そんな武器は見たことないし……。どこで叩くの?」

「近接武器じゃないわよ! ……もしかして、銃ってないの?」


 ぷりぷりと怒った後、彼女は不安そうな顔をこちらに向ける。ジュウという言葉に僕が首を傾げ、アヤメとユリが首を横に振るのは同時だった。


「あなたは知らないようですが、“大断絶”によって文明の技術力はほとんど失われました。残った遺構は“迷宮”と呼ばれ、そこから持ち出された道具類は迷宮遺物と呼ばれています」

「い、いぶつ……」


 ヒマワリはあんぐりと口を開け、信じられないと目を丸くする。どうやら、外の状況を全く知らず、激変している状況を今思い知ったらしい。


「どおりであなた達の装備がボロっち……質素だと思ったのよ」


 何か言いかけて、アヤメに睨まれて言葉を訂正していた。言いたいことはなんとなく分かる。現代とアヤメ達のいた時代の技術力の差は圧倒的だ。迷宮から持ち出されたアイテムは迷宮遺物としてありがたがられているけれど、実際に使い方が分かっているのはごく一部で、ほとんどは美術的な価値しか見出されていない。


「しかし、銃器型の特殊破壊兵装は私も初めて見ました。それは、技術的に可能になったのですか」

「ふふん。わたしが機体の修理をしていたのも、コレの開発実験で吹き飛んだからなのよ」


 素直に喜べないようなことを誇らしげに語るヒマワリ。実際、その武器は開発されたばかり、実戦配置されたばかりの新しい武器だったらしい。


「食事を終えたら、早速出発しよう。ヒマワリのお手並み拝見だね」

「ふんっ。任せなさい!」


 黒々とした金属の筒。それがどんな力を秘めているのか、気にならないと言えば嘘になる。僕はシチューの残りをかき込んで、早速探索再開の準備に取り掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る