第100話「再教育」
僕はヒマワリのマスターとなり、彼女が“青刃の剣”に加入した。眠り続けていたアヤメが目を覚ましたのは、それから一夜明けた後のことだった。
「……修復が完了しました」
「うわっ!?」
突然ぱちりと目を開き、すっと体を起こす。隣でうつらうつらとしていた僕はあまりにも自然に覚醒したアヤメに驚いて飛び上がる。
「アヤメ、もう大丈夫なの?」
「はい。――ありがとうございます、ヤック様」
彼女はメイド服こそ破れているけれど、背中の傷もすっかり治ってしまっていた。その驚異的な回復能力を改めて実感させられる。人間の探索者なら、そのまま死んでいてもおかしくはなかった。
アヤメは僕に向かって深々と頭を下げて感謝を告げる。けれど、僕は首を横に振って側にいるもう一人を示した。
「お礼ならヒマワリに。彼女が助けてくれたんだ」
「ヒマワリ……」
僕と契約を結んだ少女は、僕の隣で目を閉じている。ハウスキーパーと言えど、たまには休まなければならない。何より彼女はずっと限界を超えて起き続けていたのだ。契約締結後、緊張の糸が切れたように眠りに落ちてしまっていた。
アヤメはそんなヒマワリを見て、すぐに察したようだった。
「そうですか。ヒマワリもマスターを得たのですね」
「うん。ごめんね、アヤメが倒れている時に」
「いいえ。問題はありません。むしろ、そうするべきだろうと考えておりました」
事後承諾のような形にはなってしまったけれど、アヤメもヒマワリの加入を認めてくれていた。彼女は入り口の側で見張りをしてくれているユリをちらりと見て、またこちらに目を戻した。
「ヤック様、ありがとうございます」
改まった様子で頭を下げるアヤメ。
「そんな、僕は何も……」
「いいえ。我々ハウスキーパーはマスターがいなければ何もできません。マスターこそが奉仕の対象であり、存在の証明となるのです。世代こそ違えど、私も彼女の胸中は理解しているつもりです。七千年を超える孤独は彼女にとって相当の苦痛であったはずです」
一言一句に強い力が込められているような気がした。マスターに仕えることを至上の喜びとするハウスキーパーは、人間と同じ姿をしていても内側は全く違う。僕には真の意味でヒマワリを理解することはできないのだろう。しかし、アヤメはそれができる。
マスターを失い、仲間を失い、待ち続けることしかできなかった彼女が、どのような気持ちで蹲っていたのかを。
「ヤック様はご自身がマスター足り得るかと不安に思っておられるようですが」
アヤメの言葉に驚く。
図星だったけれど、はっきりと断言されるとは思わなかった。
彼女の青い瞳が優しく笑った。
「我々は間違いなく、ヤック様と契約を結ぶことができてよかったと思っております」
その言葉は意外なほど僕の心に染み込んだ。僕は、彼女たちに認めてもらいたかったのかもしれない。ほとんど偶然や奇跡のようにマスターとなって、そこから流されるままユリやヒマワリと契約を結んできた。それでも、僕なりにやってきたことは間違いではなかったのだと。
「ヤック様、少しお休みください。ずっと起きていらっしゃったのでしょう」
アヤメが僕の顔を覗き込む。うたた寝を軽く繰り返していたけれど、彼女のことが心配で深くは眠れなかった。そのことも手に取るように分かるのだろう。
「アヤメは?」
「私もまだ機能が完全に回復したとは言えませんので、休息を取ります。ただ、その間にヒマワリに対する教育も行います」
「え?」
意外な言葉が飛び出す。アヤメはそのまま、優しくヒマワリの肩を叩いて起こす。
「んぅ……。なによ、わたしまだ――」
「マスターの側で何をやっているのです。引きこもっているうちにハウスキーパーの流儀も忘れているようですので、一から直します」
「ふあっ!?」
すんと冷静な顔になったアヤメが、寝ぼけ眼のヒマワリの腕を引っ張って立ち上がらせる。目を白黒させるヒマワリに、早速先輩ハウスキーパーからのレクチャーが始まった。
「ひ、必要ないわよ! わたしは第二世代なのよ!?」
「世代が異なっても基本は変わりません。まずはメイド服の着こなしから――」
「うぅぅぅっ!」
早速仲良くしている二人を見て、これならなんとかやっていけそうだと安心する。
ユリもアヤメたちのやりとりを平和そうに眺めていた。
僕はそんな光景に満足しながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。
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