第103話「再戦」

 特殊破壊兵装“千変万化の流転銃”の第二の姿。モード・ライフルはそれまでとは全く違う運用を求められていた。

 正面にまっすぐ銃を構えるヒマワリ。直立し、腰のあたりに抱える基本姿勢は変わらない。けれど引き金はすぐに引かず、狙いを定めている。青い瞳が細かく動き、照準を定めているようだった。

 彼女の目の前にアヤメが現れる。猛烈な勢いで腕を振り、こちらへ駆け寄ってきている。直後、その背後から機械の残骸を押し除けながら巨大な牛に似たゴーレムが飛び出してきた。


「ブモォォォオオオオッ!」


 金属製の猛牛が吠える。アヤメの籠手やユリの槍でも仕留めるのにかなりの時間と危険を要する相手だ。しかし、その突進の進路上に立ちながらヒマワリは焦りを見せない。ただ黙々と銃を構え、その時を待つ。


「3、2、1――」


 カウントダウン。

 ゼロのタイミングで、アヤメが横に飛ぶ。

 直後。


――ドガンッ!


 重く頭の内側を揺るがすような轟音がひとつ放たれる。

 これまでの軽やかな銃声とはまるで異なる雄々しい砲声だ。

 撃ち出された弾丸は一発。だがその威力はこれまでのものと比べものにならない。


「ガ――ッ」


 吸い込まれるように猛牛の眉間を貫いた。その一発だけで分厚い金属装甲を容易く破り、あまつさえ貫通してみせる。内部をグチャグチャにして、心臓を完膚なきまでに破壊する。

 少女の抱える細い棒から放たれたとは思えないほどの威力を発揮した。

 膝を折って崩れ落ちる猛牛は、勢いを殺せず地面を転がる。僕らの足元に鼻先が届くほどの勢いがついていた。

 しかし、たったの一発で命を刈り取られ、沈黙した。


「ふふん」


 ガシャコン、と銃の側面にあるレバーを引きながら、ヒマワリが鼻を鳴らす。銀色の小さな筒が飛び出して地面に転がり、氷のように溶けていった。


「モード・ライフルは一撃に特化した形態ですか。素晴らしい威力ですね」


 万が一に備え隣で槍を構えていたユリが目を見張る。猛牛の影から現れたアヤメも、新しい銃の威力に感服しているようだった。

 二人から称賛されたヒマワリは、ますます嬉しそうに鼻を高くする。実際、彼女のおかげで迷宮の攻略が驚くほどスムーズになっていた。


「もっと感謝しても良いわよ。それに、これだってこの銃の最大火力じゃないんだから」

「ほ、本当に?」

「もちろん。私が完全形態を取り戻して、これを完全展開できれば――」


 得意げに語っていたヒマワリの声が尻すぼみになっていく。どうしたのかと顔を覗き込むと、彼女は落ち込んだ様子で俯いてしまった。


「ヒマワリ?」

「これが完全展開できれば、みんなもコアを撃ち抜けたのよ」


 みんな。それはきっと、彼女を置いて調査に繰り出した“工廠”のハウスキーパーたちのことだろう。僕らが武器庫でこの特殊破壊兵装を見つけたことで分かるとおり、彼女たちはこれを使わなかった。より正確に言うならば、使えなかった。――おそらく、マスターとの契約ができていなかったから。

 “千変万化の流転銃”が完全展開できれば、“工廠”のコアを撃ち抜いて異常を修復できたかもしれない。そんな可能性に思い至って、ヒマワリは落ち込んでいる。

 これまでの元気が嘘のように肩を縮めるヒマワリに、アヤメが手をかけた。


「かつての仲間を忘れろとは言いません。しかし、彼女たちのおかげで武器庫が残され、我々がそこにたどり着くことができたのは事実です」


 今の今まで、“工廠”のハウスキーパーは痕跡さえ見つかっていない。けれどアヤメは確信を持っているようだった。ヒマワリを守るために立ち上がったハウスキーパーたちのおかげで、今の迷宮があると。

 それはただの慰めだったかもしれない。けれど、彼女の思いはヒマワリにも伝わったはずだ。彼女は目元を擦り、顔を上げる。


「分かってるわ。私だって、第二世代のハウスキーパーなんだから」


 銃を担ぎ、歩き出す。

 僕らもそれに続く。


「ヒマワリ、この先は――」

「第七階層のフロアボスでしょ。任せなさい」


 これまで快進撃を続けてきたヒマワリ。気が付けば、僕らは苦戦することなく第七階層の奥地までやってきていた。けれど、そこからは空気が一変する。アヤメたちも心なしか表情が硬い。

 当然だ。僕らはここで撤退を余儀なくされた。アヤメは重傷を負っていた。

 この先にある溶鉱炉で待ち構える、スクラッパー。ヒマワリという強力な仲間を迎えてなお、不安は拭えない。それでも進むしかない。


「扉が修復されていますね」

「仕事の早いことです」


 アヤメとユリが、綺麗に戻された扉を見て眉を寄せる。普通ダンジョンの構造は時間を経ることで少しずつ変化していくけれど、“黒鉄狼の回廊”では構造を修理しているゴーレムがいるようで、少し目を離したすきに壊れた機械なんかが直されている。

 ボスフロアは優先度が高いのか、アヤメの鉄拳で破られた鉄扉が再び硬く閉じられていた。


「問題ありません。閉じられたなら、再び破るだけです」


 アヤメが籠手を展開して立つ。

 ヒマワリだけが、このパーティの戦力ではない。むしろこの場において最も輝くのはアヤメだ。

 超近接特化型破壊兵器。――“万物崩壊の破城籠手”の絶大な威力が発揮される。


「固有シーケンス実行。――“崩壊の号鐘”」


 入場の鐘がなる。戦いを知らせるゴングだ。

 華々しい火花と衝撃が広がり、直されたばかりの鉄扉が再び吹き飛ぶ。噴き上がる熱気を浴び、黒髪を広げながらアヤメは平然として入場する。

 肌を炙るような熱気の立ちこめるボスフロア。溶鉱炉が口を開き、赤く輝く溶鉄が渦巻いている。


「ゴァアアアア……」


 煌々とした炎の向こうの濃い闇の中から忌々しげな唸りが響く。灼熱の鉄のなかで身を温めていた獣が僕たちの存在に気がついた。

 アヤメが構える。ユリが槍を握る。そしてヒマワリが銃を構える。

 彼女たちの目の前に、四つ足の機械獣が姿を現した。


「ガァアアアアアアアッ!」


 怒り狂う巨獣。回転し、全てを破壊する牙を誇示し、こちらを威圧する。

 バチバチと空気が震えているようだった。気を抜けば足がすくみそうだ。それでも僕は立っていた。僕には頼れる仲間がいる。


――ドガンッ


 引き金が引かれ、弾丸が獣を穿つ。

 開戦の一撃。だが、猛牛よりもはるかに大きな獣は倒れない。それは彼女たちも織り込み済みだった。

 即座に走り出したアヤメが、鉄拳を前に突き出す。それがスクラッパーの顎を叩いた。凄まじい衝撃に体勢を崩したところへ、ユリの槍が突き込まれる。間髪を入れない連撃が、巨獣を翻弄する。


「リロード、リロード……」


 二人が巨獣を押さえ込んでいる間に、ヒマワリは銃に新たな弾丸を装填する。

 空気中のマギウリウス粒子を吸引し、押し固める。光の粒をかき集め、一発の弾丸へと変える。

 マシンガンの弾丸よりも大きなライフルの弾丸を作るには当然時間がかかる。


「刻印魔石、投げるよ!」


 僕も用意していた魔石を投げて支援する。ちょうどスクラッパーの目の前で盛大な爆発を起こして、一瞬視界を遮る。その隙を縫ってアヤメが足元を移動し、スクラッパーのがむしゃらな攻撃を避けながら翻弄する。

 後方からは戦況を俯瞰できる。だからこそ、アヤメたちの死角を補うことも。


「ユリ、右からくる!」

「っ!」


 スクラッパーに集中していたユリの死角を突いて、溶鉱炉の影から小型のゴーレムが飛び出してくる。僕の声が一瞬早く、彼女の槍がゴーレムを叩き潰した。

 ボスフロアと言えどボスにだけ注意していればいいわけじゃない。だからこそ、戦況を見る者は重要だ。


「装填完了。撃つわよ!」


 ヒマワリがリロードを終える。

 アヤメとユリが頷いた直後、砲声が響く。第二射も見事に決まり、スクラッパーの片目を抉った。


「上手い!」

「当然でしょう」


 思わず快哉を上げる僕に冷静に返しながら、ヒマワリは再びリロードを始める。

 二発の弾丸を受けてなお、スクラッパーは倒れていない。むしろ傷を負ったことで凶暴性を増しているようにさえ見えた。


「っ!? ヒマワリ!」


 僕は異変を感じて、振り返る。ヒマワリを脅威と捉えた小型ゴーレムが、彼女に忍び寄っていた。

 咄嗟に彼女の手を引き、ゴーレムの攻撃を回避する。


「きゃっ!?」


 悲鳴をあげるヒマワリ。彼女は銃を勢いよくゴーレムに振り下ろす。

 ガンッ、と鈍い音がして、金属製のゴーレムが歪んで沈黙する。


「……やっぱり打撃武器でもあるんだ」

「本来の使い方じゃないわよ!」


 しかし、状況は刻一刻と悪くなっている。

 ボスの窮地を知ってか、階層中からゴーレムが集まってきているのだ。


「ヒマワリ!」

「分かってるわ。――これで決める」


 ユリが叫ぶ。

 ヒマワリがライフルを構えていた。


「――っ」


 引き金を、引く。

 滑らかに放たれた弾丸が直線で飛び、スクラッパーの頭部を貫く。それは貫通はせず、獣の頭の内側をガリガリと削りながら暴れ回った。効率的に機械を破壊し、その機能を喪失させる。

 惚れ惚れするほど鮮やかな一撃だった。

 ゆっくりと崩れ落ちる機械獣。恐れをなしたのか、ゴーレムたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。あれほどの脅威を誇ったスクラッパーが、三弾に倒れた。


「ヒマワリ」


 アヤメがヒマワリを呼ぶ。

 銃を下ろしたヒマワリは怪訝な顔をして彼女のもとへと歩み寄り、そして大きく目を見開いた。

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