第104話「仲間たちの遺志」
「これって……」
ヒマワリの後を追いかけて、僕も倒れたスクラッパーの側に向かう。呆然と立ち尽くす彼女は、スクラッパーの開いた口の中に目を向けていた。
「ヒマワリ?」
僕の声を無視して、彼女はスクラッパーの口を押し開ける。まだ熱を持っているはずのそれを強引に開き、自ら口の中へと踏み込む。
僕はアヤメたちと共に彼女を見守ることしかできない。ヒマワリはスクラッパーの口の奥、太い牙の隙間に引っかかっていた機械の残骸を掻き分けて、何かを掴み取った。
「……こんなところにいたのね」
ボロボロの体だった。肌もなく、黒くなった金属の塊になっている。それでも彼女は、それが何か分かったのだ。
大切なそれをひしと抱きしめる。抱きしめて、目の端から雫をこぼす。
「あれって……」
「“工廠”のハウスキーパーでしょう。スクラッパーに捕食されたものが、運よく残っていたようです」
かつてはヒマワリたちと同じ姿をしていたもの。今では変わり果てた姿となった
施設の異変を知り、トラブルに対処するためマスター不在のなかで果敢に取り組んだ勇者だ。その功績は今、ヒマワリが携えている。
「ヒマワリ」
「――大丈夫よ。分かってる」
不安になって声をかけると、彼女は何か堪えるような声で頷く。ぎゅっと、ボロボロの鉄の体を抱きしめたまま頷く。
「ここまで来れた。彼女たちにようやく追いつけたのよ」
誰に言うでもなくヒマワリは語る。仲間に報告しているのかもしれない。
七千年の時を超え、ようやく巡り会えた同僚たちに。
僕らはしばらく彼女から離れて待つことにした。そこに僕らはいるべきではないし、それ以外の邪魔も入ってはいけないと思ったからだ。
「――ありがとう」
アヤメとユリがプチプチとゴーレムを潰しているのを眺めていると、ヒマワリが戻ってきた。
「もういいの?」
「ええ。話したいことも、考えてみればそんなに多くなかったし」
ヒマワリはそう言って困ったように笑う。機械である彼女たちは僕の理解の及ばないものだと思っていたけれど、今の彼女はとても人間らしく思えた。それも第二世代だからだろうか。
「でも、大切なものを受け取れたわ」
「大切なもの?」
晴れ晴れとした顔をするヒマワリ。彼女は何かを手に入れたらしい。
「第二世代ハウスキーパーの完全なデータをサルベージしたわ。これでわたしも完全体になれる」
彼女の仲間が残した、最後のひとつ。ヒマワリはそれを確かに受け取った。
いや、それだけじゃない。
「この迷宮の構造も分かったわ。まあ、七千年前と変わってなければ、だけど……。そこも心配しなくていいはず。スクラッパーがほとんど動いていなかったってことは、その先もそんなに変わってないでしょう」
仲間の意志を受け継いで、ヒマワリは立ち上がった。僕と背丈は変わらないのに、その姿はとても大きく見える。
「それでは、コアの場所も分かったのですか?」
やって来たアヤメの問いにヒマワリは頷く。
「もちろん。コアを守ってるのは、ウィルスプログラムに侵されたナノマシンよ。それが製造用自律機械を飲み込んで自己強化を図ってる」
“工廠”のハウスキーパーの遺した情報が紐解かれ、アヤメたちが驚いた。
「ウィルスに感染したナノマシン、ですか」
「まさか、あれは……」
二人は思い当たるものがあるようだった。
一人だけ置いて行かれている僕に気付いて、アヤメが補足してくれる。
「以前見た、黒いスライムです。あれは異常をきたしたナノマシンだったようですね」
「そ、そうなの? じゃあ、あれが……」
「この施設を暴走させている原因と考えていいでしょう」
第三階層で見た黒いスライム。小さくて鈍い存在だと思っていたけれど、どうやら凄まじい力を秘めていたらしい。
「僕らで倒せるかな」
「大丈夫。任せなさい」
ヒマワリが即答する。アヤメとユリも頷いた。
彼女たちだけではない。ここには、かつていたハウスキーパーたちの力も集まっていた。
「ボスフロアになってるのは第八階層の全域よ。そこにコアもあるし、ボスもいる。ある意味では手っ取り早いけど、厄介でもあるわ」
“工廠”のハウスキーパーたちは、本当に惜しいところまで迫っていたらしい。彼女たちの遺した情報を代弁するヒマワリの口ぶりからも、敵の喉元にまで迫っていたことが分かる。
「ウィルスプログラムはゴーレムに感染して、凶暴化させてる。ボスフロアにいるゴーレムは特に選りすぐりの精鋭だわ」
コアの前に立ちはだかるのはボスだけではない。それを守る近衛のように、戦闘特化型のゴーレムが取り巻いているらしい。
「全てを相手にしている余裕はないでしょう」
ユリの言葉。ヒマワリも頷く。
「一発で決めるわ」
大それた宣言だった。
けれど、僕らもそれを信じる。
「仲間の無念を晴らしてあげないと」
そう語るヒマワリの瞳は、強く輝いていた。
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