第105話「完全なる姿」
“黒鉄狼の回廊”最深層の最奥にあるダンジョンコア。あれを壊せば暴走する統括管理システムを復旧して、アヤメとユリの特殊破壊兵装の修理と更新もできる。けれど、その途中には問題が山積みだ。
まず、第一に立ちはだかる大量のゴーレムたち。近衛兵のように睨みを利かせて、油断なく徘徊している。あれを攻略しなければならない。
第二に、近衛の奥で佇むダンジョンボス。機械の体を丸めて眠る狼。ダンジョン内で最もマギウリウス粒子の濃度が高い一等地に君臨し続けている彼は、間違いなく最強の存在だ。アヤメの鉄拳も、ユリの槍も通用しない。
そして、最も重大な第三の問題。もともと“工廠”という最重要拠点として運営されていたこのダンジョンの心臓部は非常に堅固だ。例え近衛兵を蹴散らし、狼を討ち倒したとしても、ダンジョンコアそのものに攻撃が通らなければ意味がない。
「みんな、大丈夫? 計画に意見があるなら言ってね」
「問題ありません」
「我々だけで対処できないのは口惜しいですが……」
最終確認の場で、アヤメとユリは頷く。僕は最後に、黒々とした銃を抱えるヒマワリを見る。僕の視線に気がついた彼女は、むっと眉を寄せて口を開いた。
「何よ、わたしが信用ならないの?」
「そ、そういう訳じゃ……」
この戦いで鍵となるのは、間違いなく彼女だ。そして、彼女の携える最新鋭の特殊破壊兵装“千変万化の流転銃”でもある。第二世代ハウスキーパーでなければ扱えない強力な武器だけど、その使用条件もまたアヤメの鉄拳よりも更に厳しいと言う。
これまでの道のりでその能力は十分に理解したつもりだけど、まだ完全に安心しきったわけではなかった。彼女の銃はゴーレムの硬い装甲を容易く貫通するほどの威力がある。それでも、その程度でなんとかなる相手だったら――ヒマワリを残して散っていった他のハウスキーパーたちの理由がつかない。
「ヤック様はただご命令ください。我々は確実に遂行します」
アヤメが黙ってしまう僕を見かねて声をかけてくれた。いつでも、やっぱり彼女が最後の背中を押してくれる。僕は頷き、腹を括る。
重傷を負っていた彼女も回復した。ユリも戦意を高揚させている。――ヒマワリも銃を握りしめ、覚悟を決めていた。
「目標はダンジョンコアの破壊。そのための障害は全て排除する。みんなでこのダンジョンを攻略しよう」
三人が頷く。僕らは立ち上がり、近衛ゴーレムたちの前に姿を晒す。赤い瞳で睨みを利かせていたゴーレムたちが一斉に声をあげ、周囲に状況を知らせる。
金属の棒を継いだ槍を掲げて、こちらに殺到するゴーレム。その前に躍り出たのはユリだった。
「槍捌きなら負けませんっ」
赤髪を広げ、果敢に走る。突き出された槍を紙一重ですり抜け、堅緻穿空の疾風槍で薙ぎ払う。硬い音を立てて近衛ゴーレムの首が折れ、力なく地面に転がった。けれど、その躯体を乗り越えて次から次へと後続がやってくる。
「はぁああっ!」
槍の穂先がきらめき、ユリが踊る。
近衛ゴーレムが木端のように吹き飛び、壁に叩き付けられた。
第二世代バトルソルジャーの力は圧倒的だ。眼を赤く輝かせたユリは、槍を一振りするごとに動きを修正し、最適化させていく。槍に青い光を纏い、次々と的確に刺し穿つ。
軽やかなステップで敵の真ん中へと躍り出て、一瞬後には蹂躙する。彼女の身軽さを活かした速撃だった。
「カカカッ!」
「ふんっ!」
近衛ゴーレムも一筋縄でいく相手ではない。ユリの槍を封じようと四方八方から槍を突き出し、押し付ける。だが――。
「せいやぁあっ!」
しなやかな足が伸びる。深くスリットの入ったメイド服を翻し、ユリは鋭い蹴撃でゴーレムを吹き飛ばした。彼女は槍を扱うことが得意だが、それだけが芸ではない。肉弾戦で総合的な強さを比べるならば、彼女はアヤメを凌ぐ実力を持つ。
時に槍を手放し、拳で殴る。長い足が鞭のように叩き付けられ、ゴーレムが軽く吹き飛ぶ。全身を武器として戦うバトルソルジャー。その実力を遺憾無く発揮して、ユリは活路を開く。
「特殊破壊兵装“千変万化の流転銃”、完全展開」
ユリが切り込んでいく最中、後方でヒマワリが動き始めていた。
彼女の腕に抱かれていた銃が、青い輝きと光のラインを帯びて動き出す。ガチャガチャと変形を繰り返し、そのシルエットを大きく変えていく。
現れたのは、彼女の背丈を遥かに超える巨大な銃だ。どう考えても持て余すサイズの、長く銃身を伸ばした銃。ヒマワリはそれを持ち上げるだけでも苦労している。
「ヒマワリ、本当に大丈夫なの?」
「任せなさい。――わたしの本気はここからよ」
彼女は目つきを鋭くさせる。何が始まるのか分からないまま、彼女は四肢に力を込めた。
「HK-02FF03S66、完全形態へと移行」
青い眼に力が漲る。
アヤメが仕立てたメイド服の下で、何かが――彼女の身体がうごめいた。
「なっ」
驚き、絶句する。
僕よりも少し小柄だった彼女が、ゆっくりと身長を伸ばしていく。細かった腕ががっしりとして、足もしなやかに延びる。平らだった胸元が下から隆起し、女性らしい膨らみがメイド服の皺を伸ばす。サイズに余裕があった服のボタンが弾け、彼女の成長する体格に追従していく。
「周辺のマギウリウス粒子濃度を確認。規定値を超過。エネルギー環流制限弁開放」
ヒマワリは感情のない口調で言葉を並べる。一言ごとに彼女の身体が大きくなっていく。
年端も行かない少女の面影はなくなっていた。
「装備制限状態を解除。能力制限拘束具を解除。マギウリウス粒子吸入量を100%へ」
彼女の白い肌の下で何かが動いている。ヒマワリが秘めていた力の全てが顕現する。
僕は、彼女が言っていた言葉を思い出す。「わたしだって本当はお姉さんなのよ」というあの言葉は決して強がりではなかったのだ。彼女は本当に――アヤメやユリと同じ、いやそれ以上の力を秘めていた。
「各種パラメータの基準値到達を確認。パフォーマンスの最適化を実施。安定化を確認。――HK-02FF03S66、完全形態へと移行完了」
青い瞳が得意げに僕を見た。見下ろしていたはずの顔に見下ろされている。口元の得意げな笑みは変わらないらしい。
アヤメがわざわざ、ボタンでサイズを調整できるメイド服を仕立てた理由が今わかった。ヒマワリがこの姿になることを知っていたからだ。アヤメたちと同じくらいの背丈、それに見合って成長した身体。持て余していた大きな銃も、軽々と持ち上げている。
「ふふん。これがわたしの本当の姿よ。見直しなさい」
「うん。そうだね……」
「うぐ。わ、分かったならいいけど」
素直に頷くほかなかった。ヒマワリは拍子抜けしたように肩を落とすけど、彼女の言葉が真実だと思い知ったのだから。
呆然としていた僕は、ユリとゴーレムの槍が衝突する音で我に返る。
「ヒマワリ、特殊破壊兵装の弾丸装填までどの程度かかりますか」
「三分で終わらせるわ」
今は攻略の最中。アヤメの言葉に、成長したヒマワリは同じ視点の高さで答える。
完全体となったヒマワリと、同じく完全展開された特殊破壊兵装。たしかに、この二つが揃っているなら……。
「では、三分間時間を稼ぎます」
アヤメが拳を叩きつける。
彼女の目の前ではユリが近衛ゴーレムを蹴散らし、道をつなげるところだった。
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