第94話「踏み出せない一歩」
「ひぃ……ふぅ……」
「ヤック様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。この程度余裕だよ」
心配そうなアヤメの声に元気を振り絞って答える。第四階層の武器庫から第二階層まで。道のりだけで言えばそれほど長いものでもない。けれど、入り組んだ迷宮に殺気だったゴーレムたちが徘徊し、僕らは緊張を強いられていた。
しかも今は大切な特殊破壊兵装を運んでいる最中だ。もしものことがあると思うと、余計に疲労が溜まってしまう。
「一度休憩をとりましょうか」
「いや、あともうちょっとでヒマワリの所に着くし、そこまで行こう」
ユリの提案に感謝しつつも断り、気合いを入れ直す。
直後、物音に気付いたゴーレムが飛び込んできてアヤメがそれを蹴り飛ばした。
迷宮探索は帰るまでが本番。実際、目標だった特殊破壊兵装を手に入れたことで少し気が抜けてしまったせいか、余計に体の動きが鈍くなってしまった。それでも僕はヒマワリのいる第二階層の隙間を目指して足を動かし続ける。
「はぁ、はぁ……。やっと着いた」
「お疲れ様でした、ヤック様」
アヤメたちはすっかり平気な顔で僕を労ってくれる。二人の方がよっぽど激しい戦いを潜り抜けてきたはずなのに……。
ともあれ、僕たちはようやく第二階層の奥にある狭間へと辿り着いた。ダンジョン内の瓦礫で隠した入り口から中に入ると、狭い空間にひとりの少女が座り込んでいる。
「ヒマワリ」
この迷宮、いや“工廠”のハウスキーパー。長い金髪に埋もれるように身を縮め、ボロボロの布切れで体を包み込んでいる。僕らが第四階層に繰り出している間も、ずっとここにいたのだろう。
僕らが戻ってくるとは思っていなかったのか、彼女は驚きの表情で顔を上げた。泣き腫らした青い瞳が揺れている。
「見つけてきたよ。――特殊破壊兵装」
僕の声に合わせるようにアヤメが一歩前に出る。ヒマワリはすぐに気が付いたようだった。彼女の胸元で輝く銀色の徽章。
「“千変万化の流転銃”……」
唇が震え、その名前をつぶやく。どうやら、これで合っていたらしい。
アヤメから徽章を受け取り、ヒマワリの前に立つ。彼女は驚いた顔でこちらを見上げていた。アヤメたちとは違い小柄な体。あどけない幼さを残す顔。けれど、彼女もまた数千年を生き抜いた機装兵のひとりだ。
「お願いだ。僕に力を貸してくれないか」
徽章を差し出す。
ここで仲間の帰りを待つ彼女に対する、僕なりの誠意だった。
彼女はこの施設が迷宮になった時、タイミング悪く力を失っていた。彼女の仲間たちが異常を調査するために繰り出し、そして誰ひとりとして帰ってこなかった。彼女はいまだに、ここで救援要請信号を出し続けながら仲間の帰りを待っている。
でも、僕らには彼女の力が必要だった。この迷宮に蔓延るゴーレムはアヤメたちと相性が悪い。第四階層でもギリギリの戦いを強いられた。第二世代であるヒマワリと特殊破壊兵装の力があれば、きっと攻略できるはず。
僕の手のひらに載せられた銀の徽章を、ヒマワリはじっと見つめる。そして、それに手を伸ばそうとして、動きを止めた。
「……だめ」
長い睫毛が伏せられる。
白い小さな手が離れた。
「――理由を聞いてもいいかな」
背後でアヤメたちが動き出しそうなのを手で制する。ここでヒマワリを脅しても、彼女とマスター契約を結べるわけじゃない。それよりも彼女が動けない理由を知るべきだろうと思った。
しばらく沈黙の時間が続き、ヒマワリは頬を薄く赤色に染める。ハウスキーパーが思考を巡らせている時の顔は、世代が違っても同じらしい。
「……」
ヒマワリは押し黙ったままだ。
僕は苦笑して頬を掻く。そして、徽章を押し付けるように彼女に渡した。
「突然言われても困るよね」
「そ、そういうわけじゃ……」
「また明日来るよ。その時にまた聞かせて」
そう言ってヒマワリから離れる。アヤメたちがそれでいいのかと言いたげな顔をしていたけれど、結論を強いても意味はない。彼女のなかで考えがまとまるまで待つべきだろう。
それに、僕らも初日からの強行軍で疲労困憊だった。
「町に帰って、ご飯にしよう。今ならミミズステーキだって食べれるよ」
そんな冗談を言いながら、僕は第二階層を後にする。徽章を手のひらに載せてじっと見つめるヒマワリを残して。
━━━━━
「……良かったのですか?」
ココオルクに戻った僕らはギルドでいくつかの戦利品を売って稼ぎに変えて、その足で酒場に繰り出した。仕事終わりの鍛治職人たちで賑わう酒臭い酒場の片隅で、アヤメが開口一番そんなことを言い出した。
「ヒマワリのこと?」
「もちろんです。ハウスキーパーはマスターと主従の契約を結び、奉仕することこそが絶対の使命です。しかしあの機体は……」
「いいんだよ。無理やり契約を結んだって、お互いに良いことにはならないでしょ」
同じハウスキーパーだけに、余計ヒマワリの行動が目につくらしい。アヤメは普段からは珍しく感情を露発させていた。
せっかく焼きたての巨大ハンバーグが届いても、怒りは収まらないらしい。
「アヤメにも仲間はいたんじゃないの?」
「仲間ですか」
ハンバーグを切り分けながら尋ねる。
アヤメは確か、アヤメ隊というハウスキーパーの部隊の隊長を務めていたはずだ。ということは、彼女の下には部下ともいうべき仲間がいたはず。
彼女は青い瞳を揺らし、考え込む。その隙に僕は皿を構えて待っていたユリに切り分けたハンバーグを渡す。
「……アヤメ隊にも僚機はいました。八機一班の構成を基本として活動していましたから」
ですが、と彼女は否定する。
「僚機は入れ替わります。データを共有すれば、どれが損傷してもすぐに代替が可能でしたし、リーダーも指揮系統を明確化する以上の役割は持ちませんでした」
アヤメ隊は入れ替わりの激しいチームだったらしい。マスターの護衛なんかが役割であるはずの彼女たちがなぜ、という気持ちはあるけれど。とにかくアヤメにとって仲間というものは、いつ入れ替わるかわからない、そうなってもしかたないものだった。
「私は、仲間というものがまだ理解できていないかもしれません。バトルソルジャーは単独行動が基本なので」
もぐもぐとハンバーグを飲み込んでから口を開いたのはユリである。ハウスキーパーとして修行を積んでいるものの、彼女自身はバトルソルジャーという戦闘特化型機装兵だ。何千年もひとりで迷宮の暴走を抑え続けた彼女の師匠と同じように、一人で完結した能力を持っている。
それでも、ユリにも思うことはあったらしい。
「ですが、マスターの側に従いたいという気持ちはあります。おそらくは機装兵が根源的に持つ欲求なのでしょう。それに、アヤメとの協働にも習熟してきたので、集団戦闘も理解できるようになってきました」
再び大きくハンバーグを切り分けながら、彼女はどこか楽しげだ。戦うことが本来の役割である彼女も、パーティでの戦い方に慣れてきた。
「これは推測に過ぎませんが……。工廠のハウスキーパーは他の施設のものと比べて連帯を強く意識するようになっているのではないでしょうか。第二世代ともなれば、そうそう代替できるものではない可能性もあります。だからこそ、集団での協力に重点を置いているのでは」
「であればこそ、我々に協力するべきでしょう。あのようなところで蹲っていても、状況は変わりません。それどころか、悪化の一途を辿ることになります」
アヤメの言葉は正論だった。
けれど、世の中には正論では効かないこともある。
「とにかく今日はしっかり休んで、明日に備えよう。ヒマワリにもアヤメにも時間が必要だよ」
そう締めくくって、僕はハンバーグを口に運ぶ。じゅわりと肉汁の溢れ出すハンバーグは、疲れた体の隅々にまで染み渡る。今日はよく眠れそうだった。
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