第96話「一進一退」
その日から、僕たちは三人で迷宮を攻略する方法を考え始めた。といっても、元々そのつもりで予定は立てていたわけで、元の通りに戻っただけとも言える。
「うわっ!?」
「ヤック様、大丈夫ですか?」
「それよりもユリだよ! ほ、骨折れてる!?」
「この程度、すぐに修復可能です」
とはいえ、やはりアヤメとユリと僕の三人だけでは力不足が否めない。ゴーレムが硬すぎる上に、アヤメの“万物崩壊の破城籠手”が展開できるほどの広さがある場所も限られるのだ。
アヤメは雷撃警棒を使って戦っているけれど、苦しいことには変わりない。僕が後ろから支援しても焼け石に水だ。
それでもなんとかなっているのは、ユリの存在が大きかった。彼女のバトルソルジャーとしての実力、特に戦闘を経験する中で自身を改造していく自己進化の力が凄まじい威力を発揮している。
「はぁああっ!」
より鋭さを増した槍の一撃がゴーレムを吹き飛ばす。
わずかな弱点を縫う刺突は、戦いを経るたびに鋭利になっていた。苦労していた第四階層のゴーレムたちも、一日戦えば随分と余裕を持てるようになってきた。
「それじゃあ、今日はこれくらいにしようか」
「かしこまりました」
第四階層で戦って、その日は終わる。急ぎたいのは山々だけど、ユリの自己進化がなければ先には進めないし、そのためにはじっくりと戦闘経験を積む必要がある。
そもそも探索者としては一階層に数年かけることだってざらにあるのだから、これが普通とも言える。
何も決死の覚悟で突撃しなければならないわけじゃない。むしろ安全を確保しながら少しずつ深度を伸ばしていくのが重要だ。焦った者から足元を掬われるのは世の常である。
急がず慌てず、堅実に。ギルドの資料だけでは分からないことも多いし、実戦の中で体を慣らしていくというのも重要だ。こまめに休憩を取りながら進み、余裕を持って退却する。
「というわけで、ただいま」
「な、な、なんでまた来てるのよ!?」
帰り道、第二階層の片隅に寄るとヒマワリが驚いて出迎えてくれた。彼女の協力は取り付けられなかったけれど、別に永訣したわけでもない。むしろ、彼女をそのままにしておくのも不安だし、アヤメたちがダンジョン内でマギウリウス粒子の補給するのも兼ねて顔を出すことにしたのだ。
「というわけで、第四階層の探索をしてたよ。組み立てエリアになってるみたいで、動く足場がいっぱいあった」
「ベルトコンベアって言うのよ。何も知らないのね」
ヒマワリも本当は優しい性格で、僕の話に付き合ってくれる。第四階層のことを話すと、どこか懐かしそうな顔をして聞いてくれた。
元々は彼女も、この迷宮内を自由に歩いていたはずだ。今はこんな窮屈なところにいるけれど。
「もう、わたしの知ってる第四階層とは随分変わってるみたいね」
「そうなの?」
「照度の規定も守られていないんでしょう。人の立ち入りが考慮されなくなって、製造能力に重点を置いているんでしょうね」
彼女の話によればこの“黒鉄狼の回廊”も元々は明るく広々とした施設だったという。清潔で彼女たちハウスキーパーにとっても働きやすい環境だったと。
それが、何千年も前に起こった“大断絶”という事件の後、少しずつ変わっていった。統括制御システムが暴走を始め、ゴーレムの量産に適した構造へと施設そのものを改造していったのだ。
「ちなみに、第四階層のフロアボスが何か分かる?」
「フロアボス? そんなもの知らないわよ」
迷宮化した“黒鉄狼の回廊”の内情は、ヒマワリもよく知らない。彼女はずっとここにいたからだ。
それでも僕の疑問に彼女は親身になって頭を捻ってくれた。
「組み立てエリアなら、それに関連した製造用自律機械が動いてるんじゃないの。第二階層はシュレッダーだったんでしょう」
第二階層のフロアボスは、猛烈な勢いで回転する機械の大蛇だった。第三階層については裏道を通ったからフロアボスについては何も分からない。
組み立てエリアのフロアボスとしてヒマワリが可能性を上げたのは、その階層の業務に関係のあるゴーレムだった。
━━━━━
「なるほど、確かにヒマワリの予想は当たっているようですね」
「とりあえず逃げることに集中しよう!?」
数日後に挑んだ第四階層のフロアボス。最奥に立ちはだかっていたのは、背の高い円柱のようなゴーレムだった。無数の長い腕を伸ばして、僕らを握り潰そうと襲いかかってくる。
アヤメが悠長に関心しているのを傍目に、僕は必死に逃げ回っていた。
どうやらライン上の部品を選別する製造用自律機械の上位版のようなものらしく、僕らを異物と判断して容赦なく“除去”しようとしてくるのだ。
最初は手も足も出ずに即撤退を余儀なくされる。その後は更に数日かけて情報を集め、作戦を練る。アヤメもユリも作戦立案にはあまり口を出さず、僕が考えることを検討する程度に留めていた。おかげでしばらく寝不足の日々が続くことになる。
そして、準備を整え満を辞しての再戦。
「アヤメ、よろしく!」
「お任せください」
僕の合図で、アヤメが両手をお椀のようにした“万物崩壊の破城籠手”を広げる。そこに包まれていたのは、不完全に損傷したゴーレムたち。足が取れたり、手が曲がっていたり、どれをとっても“不良品”と言って差し支えのない状態のものばかりだ。
それがボスフロアにばら撒かれた途端、ボスの円柱型選別機が動き出す。
「よし、思った通りだ。ユリ!」
「行きます!」
大量の“不良品”が現れた途端、円柱型選別機が無数の腕を伸ばしてそれを掻き集めようとする。それが彼の使命だからだ。流れてきたものを見て、不良品を選り分ける。ゴーレムにはそれぞれに使命と言うべき行動原理がある。それは強い力を持っていて、故にうまく使えば弱点にもなり得る。
選別機の腕が広がったのを見て、ユリが勢いよく駆け出した。向かう先は円柱の中心にある心臓部だ。
突風が吹き荒れ、容赦なくコアを破壊する。仕事に夢中だった選別機は、その隙を鋭く突かれて瓦解した。
「よし!」
ヒマワリから得られた情報をもとに作戦を練る。それは僕らも驚くほどに上手く刺さって、攻略はずいぶんとスムーズに進んだ。
轟音を立てて自沈していく選別機を見ながら、僕たちは手を叩いてお互いを称賛しあった。
その後も油断することなく調査と計画を繰り返し、慎重に歩みを進めることは忘れない。第五階層は部品そのものの製造ラインとなっていた。溶けた鉄が型に流し込まれ、ハンマーで叩かれて鍛えられる。熱気と騒音が響き渡る、ココオルクの様相にも似た場所だ。
熱暑は純粋に体力を奪う。こまめに水を飲まなければ、最悪倒れてしまう。迷宮の外が寒い山地であることも相まって、僕は気温差に悩まされた。結局、第五階層に挑み始めてからは、あまり気温の変わらない第二階層――ヒマワリの所を間借りした。
「なんであんたたちまでここに……。わたしは協力しないから!」
そう言いつつも相談には乗ってくれるヒマワリはやっぱり優しい。
第五階層のフロアボスは大きなドリルを携えた金属加工機械だった。
「か、かっこいい……」
「そうでしょうか?」
あまりにも格好いいその威容に思わず見惚れる僕を、アヤメとユリが怪訝な顔をしていた。僕もあまり魔獣に憧憬を覚えるようなたちではないけれど、巨大なドリルを唸らせる巨大機械は、どうにも見惚れてしまう。
「ふんっ!」
「あああっ! ……残念だけど迷宮探索だし、仕方ないよね……」
結局、それはアヤメの鉄拳によって粉々に砕かれてしまって、少し悲しくなってしまったけれど。迷宮探索とは時に非情なものなのだった。
轟音と爆発をあげて粉々になっていく巨大機械の骸を見送り、僕らは第六階層へと繰り出す。そしてヒマワリを相談役として頼りにしながら堅実に攻略を進めて、やがて第七階層へと至る。
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