第85話「マスターにしかできないこと」
硬い足音を響かせて蜘蛛のような見た目のゴーレムが駆けてくる。それを迎え撃つのは雷撃警棒を手にしたアヤメだ。カサカサと高速で近づいてくるゴーレムを叩こうと警棒が振り下ろされる。
「キシャァッ!」
「アヤメ!」
警棒が鉄の体を叩く直前、八本の足でゴーレムが跳ねる。突然動きを変えた相手はアヤメの腕をすり抜けてこちらに迫る。慌てて腰の剣に手を伸ばすも、到底間に合わない。
「はぁあっ!」
その時、真横から鋭い槍が突き出される。僕の顔に向かって飛び込んできた蜘蛛型ゴーレムが串刺しに貫かれた。
「マスター、お怪我はありませんか」
「だ、大丈夫。――ありがとう、ユリ」
僕は腰が抜けそうになるのに耐えながらユリに感謝を伝える。アヤメに頼り切りだったことを改めて思い知る。いざ自分に敵が向かってきたら何もできずに襲われるなんて、情けなさすぎる。
「申し訳ありません、ヤック様」
しょんぼりとしているのは僕だけじゃない。アヤメも敵を取り逃がしたことを悔いているようだった。
「大丈夫だよ。気にしないで。それにアヤメはほとんど倒してくれたし」
“黒鉄狼の回廊”第二階層の通路には、蜘蛛型ゴーレムの死体が散乱している。通路の奥から山のように湧き出したそれのほとんどを叩き潰してくれたのはアヤメだ。彼女がほとんど全てを一手に引き受けてくれていた。百を超えるゴーレムの大群の中から、取り逃したのはたったの一体だけだと考えれば、十分すぎるほどの戦果だった。
「しかし、ヤック様に危害を与えそうになったのは事実です。申し訳ありません」
「いや、その……」
どう言っても彼女は謝り続けるだろう。せめて僕が彼女の隣に立てるくらい強ければよかったのに。
「アヤメは第一世代ハウスキーパーですから。しかも“万物崩壊の破城籠手”に合わせて、スピードよりもパワーを重視した戦闘方法を確立しています。このような小型で高速で移動する大群を相手にするのは、相性が悪いでしょう」
「これで相性が悪いんだ……」
ユリの言葉に目を疑う。通路はまさに死屍累々といった様相を呈していて、とてもアヤメが不利な状況とは思えなかった。
「とはいえ、私もゴーレムに対して有利を取れているとは言えませんね」
蜘蛛型ゴーレムを串刺しにしたばかりのユリが、槍を引き抜きながら言う。それこそ信じられないけれど、アヤメも頷いて同意を示していた。
「ゴーレム種は総じて硬い金属装甲を持っています。その点で言えば雷撃警棒の方が、刺突武器である槍よりも効果的にダメージを与えられるでしょう」
ゴーレムは硬い。体のほとんどが金属で構成されているのだから、当然と言えば当然だ。けれど戦うとなったら厄介な相手だ。生半可な剣は通らないし、多少の傷を受けても機敏に動き続ける。
「私もユリも、ここの敵との相性は悪いです。もちろん、それを理由にヤック様をお守りできないと言うわけではありませんが」
「そっか……。でも第二階層でこれだと、ちょっと対策を考えないと大変かもしれないね」
“黒鉄狼の回廊”は現在までに第七階層まで見つかっていて、ダンジョンコアのある最終層は未到達だ。他の迷宮の例に漏れず階層を下るほどに出没する敵も強くなっていく。第二階層でここまで苦戦していると、先行きが不安だった。
「申し訳ありません、不甲斐ない働きで……」
「いや、責めてるわけじゃないよ」
むしろ責められるべきは僕だろう。何もできないまま二人に守られているだけなのだから。
「特殊破壊兵装の完全修復ができれば、ここで苦戦などしないのですが」
悔しそうに歯噛みするのはユリだ。彼女の持つ特殊破壊兵装“堅緻穿空の疾風槍”は、迷宮“銀龍の聖祠”で粉々になった状態で見つかった。現地で修理を施したものの、それは完璧とは言えないらしい。
“工廠”のどこかにある整備室で槍を完璧に修理すれば、ゴーレムなど蹴散らせるのに。とユリは眉を寄せる。
槍の完全修復を行うためには、施設の統括管理システムを一度リセットしないといけない。そのためにはゴーレムの群れを潜り抜けて最奥に辿り着かないといけない。ジレンマだった。
「ねえ、アヤメ。第一世代と第二世代って何が違うの?」
「っ! わ、私は第一世代ですがハウスキーパーとしての業務に支障は――」
「いやいや、そう言うわけじゃなくて! アヤメに不満なんてないけど、ただ、ちょっと気になっただけで」
不用意に聞いたせいで緊張が走る。いつになく早口になるアヤメに慌てて否定して理由を伝えると、彼女はなんとか引き下がってくれた。
「……第二世代は、全体的に二割程度のスペック増強がなされています。特に演算能力と継戦能力は先ほども言った通り、重点的に。また、第二世代のスペックを前提とした高機能な特殊破壊兵装も開発が進んでいました」
どこか悔しそうな声色で説明され、僕は頷く。完全に理解したわけではないけれど。
「しかし、第二世代はまだ生産と実戦配備が始まったばかりであり、まだ未検証の機能も多いです。信頼性の面で言えば第一世代の方が最適と言えるでしょう」
「あ、うん。アヤメのことは信じてるよ」
別にアヤメを貶したいわけじゃない。隣でユリが微妙な顔をしているし。
バトルソルジャーという別の種類の機装兵とはいえ、ユリもまた第二世代だ。その機能は第一世代から一段階強化され、特に唯一無二の自己進化機能を備えている。
ということはあの子も何か特別な力を持っているのだろうか。
「ヤック様。ハウスキーパーはマスターがいなければ何もできません。それは第一世代も、第二世代も同じです。――この工廠のハウスキーパーにも、すでにマスターはいないのでしょう」
暗い迷宮の片隅で泣いていた少女の顔が浮かぶ。
「私たちがマスターを求めるのは、その欲求が規定されているからです。ですが、その欲求が嘘や偽りというわけではありません。マスターが存在することに我々は安心し、マスターに支えることに喜びを覚えます。それだけに、我々はマスターを選びます」
ハウスキーパーはマスターを選ぶことができる。アヤメが初めて僕と出会った時、彼女は正式な契約ではなく仮契約を求めてきた。それからしばらくして、彼女はようやくマスターとして僕を認めてくれた。
「ご命令とあらば契約は解除いたします。――しかし、私はヤック様に支えたい。その思いは確かです」
「……うん。知ってるよ」
僕が不安なのは、アヤメに釣り合うほどのマスターであるかどうか分からないから。アヤメはそんな僕の気持ちを察して言ってくれた。けれど、慰めるわけではない。
「ヒマワリを救いたいんだ。でも、僕だけじゃそれはできない。……二人とも、手伝ってくれないかな」
彼女のマスターになりたいと思った。仲間を待ちながら泣き続けるヒマワリの。
僕のわがままに、二人は逡巡なく頷いた。
「お任せください」
「マスターの命令とあらば」
ひとりぼっちの少女のため。そして僕らのためでもある。
私利私欲であることを自覚しなければならない。その上で方針を決める。これは僕にしかできないことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます