第84話「第二世代」
HK-02FF03S66と少女は名乗った。長い金髪がゆるく波打ち、肩まで届いている。その体は傷だらけで、金属のパーツも露出していた。わずかなボロ切れだけで身を包む頼りなさに居た堪れなくなって、僕は荷物の中から毛布を取り出して渡す。
「ええと、それじゃあキミもアヤメと同じ……?」
「何が言いたいの」
戸惑う僕にその子はギロリと青い目を向けてきた。身長は僕よりも少し低く、体も丸みを帯びている。涙に濡れた大きな瞳がより幼さを感じさせる。何よりもその胸は慎ましやかで――。
「この機体は待機状態の省力モードなの! わたしはそこの奴より高性能な第二世代なのよ!」
毛布を奪い取り、体に巻き付ける。そしてキッと目を吊り上げてこちらを睨む。その姿はどこか猫のようにも見えた。
というか彼女は今、第二世代と言った。
僕がユリの方へ目を向けると、彼女は首を横に振った。
「私も第二世代ですが、バトルソルジャーです。ハウスキーパーの第二世代ではありませんので……」
「ハウスキーパーの第二世代は、私のような第一世代よりも情報処理能力と継戦能力に優れています。ただ常に機体を稼働させているとエネルギー収支が悪化するため、省力モードが実装されたと聞いています」
代わりに答えてくれたのはアヤメだった。彼女は機装兵、ハウスキーパーの第一世代。ということはこの金髪の少女は彼女よりも一つ上の世代ということになる。
「一つ上……?」
「何よ!」
改めて見比べても、やっぱりアヤメの方が断然年上に見える。姿もそうだけど、言動も。
「マスターに向かって敵対的な言動は看過できません。教育を施してもよろしいでしょうか」
「な、何する気よ! わたしにはもうマスターなんていないんだから、関係ないでしょ!」
迫力のある顔で近付くアヤメを慌てて引き止める。少女は強気に眉を寄せながらも壁に張り付いていた。
彼女はたまたま見つけただけで、僕とマスター契約を交わしているわけでもない。それなのに敬語で礼を尽くされるのも不自然な話だろう。アヤメはそうは思わないようだけど。
「HK-02FF03S66、それよりも緊急救援要請を発進した理由を教えてください」
一区切り付き、アヤメが切り出す。僕らは彼女が感知した緊急要請信号を辿ってここまでやって来た。それを放っていたのはこの少女だ。
けれど問われた少女は唇を噛んで俯く。
「……別に、あなた達のためじゃないわ。み、みんなが戻って来れるようにしてただけ」
みんな、と彼女は言う。
アヤメとユリが顔を見合わせた。
「あなたの所属している部隊は、なんという名前なのですか」
「……ヒマワリ隊よ」
「では、仮称としてあなたをヒマワリと呼びましょう。ヒマワリ、他の機装兵はこの施設内で稼働しているのですか」
「っ!」
アヤメの問いは単刀直入で、真っ直ぐにヒマワリを貫いた。如実に瞳を揺らして動揺する彼女をアヤメはじっと見つめる。答えを急かすわけでもなく、待ち続ける。
根負けしたのはヒマワリの方だった。彼女は俯いたまま、唇を震わせる。
「“大断絶”から二七六日目以降、誰も帰って来ていないわ」
七千年前に起きたという謎の災害“大断絶”。その日を境にアヤメ達がいた時代は終わりを告げ、各地の施設は迷宮へと変わった。彼女が旅をするのは、失われた記憶を取り戻し“大断絶”の理由を知るためでもある。
その災害はこの“工廠”も例外なく襲ったらしい。
「私はちょうど検証実験で損傷した機体の修理をしていたの。目が覚めたら施設内が大変なことになっていて、機械が暴走してた。ヒマワリ隊は緊急時のマニュアルにしたがって事態の鎮静に向けて動いたけど……」
日に日にヒマワリ隊のメンバーは欠けていき、一年を待たずに一人を残していなくなった。それでも彼女はただ一人残された隊員として、この場所で待ち続けた。
「まだみんな機能停止したとは限らない。だから、わたしは……わたしはここで、帰りを待つのよ」
拳を握りしめてヒマワリは強く言う。
「そうですか。わかりました」
「えっ!?」
ヒマワリの力説を聞いたアヤメは、そのままくるりと踵を返す。そのあっさりとした反応に思わず驚きの声を上げてしまう。
「え、あの、アヤメ?」
「なんでしょうか?」
混乱したまま声をかけると、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「ほら、こう言う時って、僕らはヒマワリ隊の仲間を探したりとか……」
「頼まれていません。緊急救援要請も我々に関係のないものだと理解しました。であれば、このまま通常通りの探索を行うべきかと」
「そうかなぁ」
あまりにも冷淡な反応に思える。けれど助けを求めてユリの方に視線を向けると、彼女も同じような反応だった。
「ヒマワリはマスターと契約をしているわけではありませんし、我々と何も関係はありません」
「ええ……」
彼女達は人間ではない。彼女達は彼女達なりの倫理やルールの中で生きている。アヤメと出会った当初に思い知ったことを改めて実感させられた。
そうは言っても、こんなところで震えている子を見捨てるような真似はできない。ドンドさんが言っていた女の泣き声というのも彼女のものかもしれない。
「ほ、ほら、二人とも特殊破壊兵装の修理をするんでしょう。だったら、施設の人に案内してもらった方が早いんじゃない?」
「わたし、外のことは何も知らないわよ。システムが大規模に区画整理をしたみたいで構造も変わってるだろうし」
「ちょっ」
説得しようとしたのに後ろから刺された。振り返るとヒマワリがふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。
い、今まで会ってきた機装兵と全然違う性格だ。……といっても三人しか知らないから、これが彼女自身の特異性なのか、世代によるものなのかも分からないけど。
「そもそも、施設がこんな迷宮になっても特殊破壊兵装の修理はできるものなの?」
「知らないわよ。システム自体は一応生きているし、それをどうにかすればいいんじゃない」
「どうにかって、どうするの……」
突き放すようなヒマワリの態度に思わず唸る。彼女の方が助けを求めているわけでもないし、これでは僕がひとりわがままを言っているようだ。実際、その通りなのかもしれない。
「……ヒマワリはずっとここにいるの?」
「誰かが帰って来た時にいないとダメだもの。機体が損傷してるなら、修理もしないといけないし」
一縷の望みを懸けて尋ねるも、帰って来たのは同じ答えだ。
頑なな彼女に何を言っても無駄だろうと悟る。ハウスキーパーにも色々な性格や使命を持った人がいることを思い知った。
「分かった。……気を付けてね」
「ふんっ」
最後まで仲良くなれないまま、僕らはヒマワリと別れる。彼女には毛布を渡したままだけど、それくらいはもうどうでも良かった。
「アヤメもユリも本当に良かったの?」
「そう言われましても、意味がよく分かりません」
「そっか」
少し寂しい気持ちを抱えたまま、僕たちはまた迷宮の奥を目指して歩き出す。
彼女の泣き腫らした目が脳裏に鮮烈に刻まれて、ずっと忘れられなかった。
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