第83話「傷だらけの少女」
アヤメは僕の手を引いて入り組んだ迷宮の道を迷いなく駆け抜ける。僕は転ばないようについて行くだけで精一杯で、彼女に疾走する理由や目的地を聞く余裕すらなかった。
「アヤメ、この先に何があるんですか」
「分かりませんが、緊急救援要請を受信しました」
「緊急救援要請!?」
アヤメと並走していたユリがを目を見張る。それがいったい何なのか僕にはさっぱりわからないけれど、二人の間では通じ合っているらしい。
「マスター、緊急救援要請はハウスキーパーが救助を要する際に発信する広域単純信号です。単独での活動が前提のバトルソルジャーには搭載されていない機能ですが、アヤメはそれを受信して、信号の発信源へと移動しているのです」
「な、なるほど?」
ユリが分かりやすく噛み砕いて説明しようとしてくれるけれど、やっぱりよく分からない。
「要は、別のハウスキーパーが存在する可能性があるということです」
「それは急がないと大変だ!」
ようやく分かった!
アヤメは仲間の声を聞いて、その元へ急行しているということだ。
「前方に敵影! 解体用廃材裁断機械――“
その時、通路の先にゴーレムが現れる。名前の通り両腕に捻転し鋭く尖った爪を持つ刺々しい姿の個体だ。それは両腕を猛烈な勢いで回転させながらこちらに迫ってくる。あの爪を突き込まれたら、どんなに頑丈な盾も紙のように破壊されてしまう。
「排除します――!」
けれどアヤメはそれをものともしない。突き出された爪を紙一重で避けて肉薄。距離を詰めれば逆に爪は届かない。無防備な体を晒すだけになる。けれどゴーレム種の例に漏れず、その個体も頑丈そうな鉄の体でできていた。単純な力だけではびくともしない。
「ふっ!」
ドガンッ!
鈍い音が響き、重量のある捩れた鋼爪が宙を舞う。アヤメの拳がその筐体にめり込んでしっかりと跡を付けていた。
「なぁっ!?」
思わず絶句する。
ほとんど金属の塊と言っていい重量物を片腕のアッパーで叩き飛ばした。
改めてアヤメの力の強さを思い知ると同時に、彼女に握られていた手をそっと撫でる。分かってはいたけれど本気を出した彼女にはとても敵いそうもない。
「ガガガガガッ!?」
「先を急ぎましょう、ヤック様」
天井にぶつかったゴーレムが歪な声をあげてのたうち回る。けれどアヤメはそれを無視して先へと急いだ。ゴーレムを倒すよりも、仲間を助けることを優先しているのだ。
僕とユリは揃って頷き、彼女の後を追いかける。
そうして辿り着いたのは迷宮第二階層の片隅にある扉の前だった。この奥から声がするとアヤメは言うけれど、僕には何も聞こえない。それに扉の様子を見て立ち尽くすしかなかった。
「これは……」
ダンジョンの構造物はものすごく頑丈だ。通常の武器や魔法ではまず破壊できないどころか、傷を付けるのも難しい。世界最硬と目されるほどの堅牢を誇る壁。
――そこに、鉄板が打ち付けられていた。細長い角材のようなものがいくつも、扉を塞ぐ閂のように。絶対にこの扉を開けさせないという強い意志を感じさせる。そして事実、その扉は隙間なく閉じていた。
表面にある無数の引っ掻き傷は、ゴーレムたちによるものだろうか。
「この奥にハウスキーパーがいるの?」
「信号はここから発せられています。強度から推測して、扉の向こうにいる可能性は非常に高いでしょう」
「でも、これはどうやって開ければ……」
こんなにも厳重に封印されてしまえば手も足も出ない。ここで手をこまねいていると侵入者を検知したゴーレムの大群が迫ってくるだろう。
一度体勢を立て直すべきではないか、という思いが強くなる。けれどアヤメはやる気を見せていた。
「――お任せ下さい。すぐに終わらせます」
彼女の胸元にある徽章が青く輝く。その光が飛び出し、両腕に纏われた。細い光の糸が編み上げられ、グローブのように腕を包む。それは形を整えながら大きく固く実体化していく。
「特殊破壊並走“
光だったものが金属の巨大な籠手になる。アヤメの手の動きに追従する巨人の拳だ。
彼女は扉の前に立ち、それを構える。
機装兵にのみ使用が許される特別な武器。それはダンジョンの破壊不能な壁さえも。
「はっ!」
――破壊することができる。
アヤメが拳を突き出した。巨大な鉄拳が壁と衝突する。青い光の輝きがきらめき、周囲を激甚に揺るがした。堅固なダンジョンの壁、無数の封印がなされた分厚い鉄扉を、その一撃で突破する。
あまりにもあっさりと扉を貫き、その奥にあった空間が露わになる。これまで一度も開かれたことのない未踏破領域だろう。初めて人が目にすることになったダンジョンの新たな区画は、薄暗い光に照らされていた。
「ここは、いったい?」
「区画拡張の影響で廃棄されたエリアでしょう」
両側に迫り出した壁はゴツゴツとしていて、確かに外側からいくつもの部屋で押し込まれた細長い廊下のようだ。ひとけはなく、ゴーレムがいる雰囲気もない。
アヤメは慎重に通路の奥へと進んでいく。
その時、遠くから微かに物音がした。
「ユリ」
「聞こえました。マスターも警戒を」
その音は三人とも聞こえたようだ。空気が張り詰めるなか、更に奥へと進む。
そして――。
「目標発見。――“工廠”所属のハウスキーパーのようです」
先頭のアヤメが手を挙げる。
僕が彼女の背中越しに覗き見ると、突き当たりの壁に寄りかかってうずくまる少女がいた。
「うっ、うぅっ……。ぐすっ」
その子は泣いていた。
小柄な少女だ。顔は見えないけれど、長い金髪が僕の持つランタンの光を受けて輝いている。ハウスキーパーと聞いてアヤメやユリのような長身のお姉さんを想像していたけれど随分と違う。むしろ僕と同じか、それよりも小柄だ。
彼女は肩を揺らし、膝を抱えて泣いている。
「――HK-01F404L01。緊急救援要請を受けて出動しました。シリアルナンバーを」
「ふえっ!?」
アヤメの声にその子は驚いて顔を上げる。泣き続けて僕らの存在にまったく気付いていなかったらしい。青い瞳が涙で濡れたまま驚きに開かれる。
「あ、あなたたちは……」
「私はHK-01F404L01。アヤメと呼んでください」
「BS-02F036N78です。私のことはユリと」
「あ、えっと、ヤックと言います。一応その、二人のマスターです」
二人に合わせて名乗りをあげて、吊り下げていた青刃の短剣を掲げてみせる。すると彼女は如実に反応した。
「は、ハウスキーパー!? それにバトルソルジャーに、マスターまで……。生き残りがいたなんて……」
愕然として僕らを見渡す少女。アヤメが、彼女の名前を尋ねる。
「わ、わたしは……」
少女は言い淀む。あまりハウスキーパーらしくない反応だと思った。アヤメなら即座に答えているはずだ。少女は逡巡し、ようやく口を開いた。
「わたしは、HK-02FF03S66。この“工廠”のハウスキーパーよ」
ゆっくりと立ち上がる少女。彼女はメイド服を着ていなかった。代わりにボロ切れのような布を纏っている。しかし、体はほとんど隠れていない。――その下の傷だらけの金属の躯体が露わになっていた。
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