第43話「大神殿の地下宿」
大神殿の管理を任されている神官だというお爺さんは、夜遅くに突然訪れた僕とアヤメに対してもにこやかに迎えてくれた。てっきり軒先を借りられる程度だと思っていたのに、彼は夜風が吹き込まない神殿の奥へと案内してくれるという。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
「なに、大神殿は全ての人々を助けるためにあるのですから」
これも聖女様の教えなのだろうか。至極当然といった様子で朗らかに笑うお爺さんに、思わず胸の奥が熱くなる。
お爺さんは僕たちを引き連れて、篝火の焚かれた神殿の奥へと進む。やがて地下へと向かう階段が現れて、彼はそこを降りていった。ここに来るまでに散々登った大階段をまた一番下まで降りるような、長い九十九折りの階段だ。不思議なことに、時々扉のようなものが見えても、そこは厳重に鉄板で塞がれていた。
「――大神殿は、そのものが迷宮となっております。故にそのままでは神官も小路に迷い込み、出られなくなることもあるようで。いつからか、聖女様の命を受けて、必要な道以外の全てを塞いだのです」
「そうだったんですか……」
表情に考えが浮かんでいたらしい。お爺さんは階段を降りながら、通路が塞がれている理由を教えてくれた。
あまりにも自然に立ち入ったから意識していなかったけれど、ここはもう迷宮の中だ。魔法の才能がない僕も、意識すれば魔力濃度が高くなっていることはある程度察せる。
むしろ、一番敏感にそれを察知しているのは僕のとなりを静かに歩くアヤメだろう。
「アヤメ、調子はどう?」
「問題なくマギウリウス粒子の補給を行えています。順調にいけば、二時間後には貯蓄容量限界まで補給できるでしょう」
「そっか。なら一安心だね」
アヤメはダンジョン内を満たす濃密な魔力――彼女がマギウリウス粒子と呼ぶものを取り入れて活力に変えている。だから、普通の探索者とは違って、彼女は迷宮内にいる時の方が強い力を発揮できる。
ここしばらくは町から町へと渡ってきたからエネルギーを節約していた彼女も、ようやく息継ぎできたというわけだ。
「さて、着きましたよ」
階段の踊り場でお爺さんが足を止める。階段自体はまだまだ地下深くまで続いているようだったけれど、その壁に長い廊下が接続されていた。
「うわぁ……すごい! これ全部、部屋なんですか?」
廊下の先に出た僕は思わず歓声を上げてしまう。
そこは大きな円柱状にくり抜かれた大穴だった。通路は円柱を囲む回廊につながっていて、壁には無数のドアが連なっている。その一つ一つが宿泊用の小部屋なのだ。そして、同じ回廊が円柱状の穴を中心にして無数に積み重なっている。
現代の技術では説明のつかない、異常なほど立派な地下施設。その姿はまさしく迷宮そのものだ。それなのに、不穏な気配は一切感じられず、お爺さんと同じ白い衣を着た神官らしい人影がまばらに歩いているだけだった。
「ここは神官たちも寝泊まりしている寮のような場所です。部屋だけは多いので、求める方にお貸ししているのですよ」
「すごいなぁ。これだけ立派なら、町の宿屋も商売できないんじゃないですか?」
「はっはっは。いや、それがなかなかどうして難しい。あくまで助力できるのは部屋の提供だけで、食事などは提供できませんからな」
お爺さんは廊下からほど近いドアを開けて、部屋の中を見せてくれる。そこを覗き込んだ僕は、町で宿屋が稼げている理由を知った。
「ああ、なるほど……」
そこは継ぎ目のない金属質な白い壁と床と天井に囲まれた、殺風景な部屋だった。ただ真四角な空間だけがそこにあり、椅子やテーブルどころかベッドすら見当たらない。お爺さんが後で毛布は持って来てくれると言ってくれたけれど、逆に言えばそれだけだ。
あまりにも質素というか、ギリギリ最低限度の生活すら下回っているレベルの環境を見ると、なるほど宿屋も儲かるわけだと思ってしまう。
「私どもの祈りは多くの場合が喜捨によって賄われておりますゆえ。これ以上のおもてなしは期待なさらないでください」
「いえ、大丈夫です。部屋があるだけでも安心できますから」
大神殿の神官とはいえ、財に余裕があるわけではない。むしろ神職であるが故に清貧を尊び、質素倹約を旨とする暮らしを送っている。僕もアヤメもそこまでのことは求めていないし、それで彼を責めるはずもない。
「それでは、私はこれにて」
「ありがとうございました。何から何まで」
最後に人数分の毛布と身ずの入った桶を準備してくれて、お爺さんは去っていく。
「ふぅ。思ったよりも何倍もしっかりした部屋だね」
改めて貸してもらえた部屋を見渡す。殺風景な白い部屋で窓もないけれど、少なくとも雨風や騒音に悩まされることはなさそうだ。毛布は柔らかくて暖かそうだし、ダンジョン内とは思えないほど快適に眠れそうだった。
部屋が手に入ると、途端に長旅の疲れが出てくるのは我ながら素直な体だ。僕は革のブーツを脱いで、蒸れた足を濡らした布で拭う。じんわりと疲れがほぐれていくのを感じながら脱力していると、アヤメがずっと押し黙ったまま壁を見つめていることに気が付いた。
「アヤメ?」
もしかしてエネルギーの補給中に専念しているのだろうか。
そう思ったけれど、彼女がそんなふうにしている姿は見たことがない。声を掛けると、アヤメはゆっくりと僕の方へと振り返った。
「どうかした?」
「――第三六戦術実験施設。それが、この迷宮の名前です」
脈絡のないまま、彼女は語り始める。その聞き慣れない名前は、パセロオルクの“老鬼の牙城”が第四〇四閉鎖型特殊環境実験施設と呼ばれていた時代のものだろう。つまり、アヤメが本来暮らしていた時代だ。
やはりこの大神殿、“銀龍の聖祠”は彼女の時代から存在する過去の遺構なのだ。
「それじゃあ、ここも近いうちに
僕とアヤメがパセロオルクを旅立って各地の迷宮を目指したのは、間も無く発生するという
けれど、僕の疑問にアヤメは珍しく言い淀んだ。じっと僕の顔を見つめたまま、頬をほんのりと赤くする。それが照れているのではなく、考えている時の彼女の様子であることを知ったのはここ最近のことだった。
しばらくの沈黙を経て、彼女が口を開く。
「まだ簡易的な観測しか行えていませんので、確定的な結論は出せません。しかし、現在のところ施設内部の各種計測結果を総合的に分析したところ、魔獣侵攻の発生可能性は当初の予想よりもはるかに低いようです」
「え、そうなの?」
それは安堵するべきことだったのかもしれない。けれど、最初に感じたのは肩透かしを受けたような意外さだった。
アヤメの予測が大きく外れるのはそれだけ珍しい。彼女自身もこの結果を不可解に思っているようだった。
「もしかしたら、聖女様のおかげかもね」
「聖女様、ですか」
大神殿に住まう聖女様。彼女の力は偉大で、ずっと昔からこの神聖都市アレクトリアと“銀龍の聖祠”を守り続けてきたと言われている。彼女の加護によって、この都市の安全が守られているのだ。
いったいその聖女様とはどんな人なのだろうか。気にならないと言えば嘘になる。けれど、最近はなかなかその姿を衆目の前に現すことも減ったらしい。
「せっかく大神殿に泊まるんだし、もしかしたら出会えるかもね」
「それはぜひ期待したいところです」
アヤメは真面目な表情で頷く。
そんな話をしているうちに、僕はだんだんと瞼が重たくなってきた。
「ごめん、アヤメ。僕は先に寝るよ」
「かしこまりました。おやすみなさいませ、ヤック様」
毛布で身を包み、そのまま横になる。多少床の硬さと冷たさが気になったけど、スポットのゴツゴツとした石だらけの地面と比べれば天国みたいだ。長旅の疲れも相まって、僕はあっという間に深い眠りに落ちていった。
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今月、7月28日に発売予定の「合法ショタとメカメイド」書籍版の書影の公開許可が頂けましたので、近況ノートにて掲載しております!
ぜひ、※Komeさんの描くヤックとアヤメの姿をご覧ください!
https://kakuyomu.jp/users/Redcoral/news/16817330660397132332
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