第80話「町の名産」

 ココオルクの町には立派な鉄の門が立っていた。太い円柱に支えられたモニュメントのようで、町を守るためというわけではないらしい。鉄が多く産出する迷宮を擁するということで作られたのだろう。


「立派な門だねぇ」

「左右に防壁がなければ、建造物としての意味はないのでは?」

「そういうことじゃないんだよ、これは」


 不思議そうに首を傾げるユリに苦笑しつつ、しっかりとその門をくぐって町に入る。

 コルトネ山の中腹、なだらかな斜面に広がるココオルクの街並みは、突き抜けるような空と高い山の稜線に縁取られている。煙突から煙や湯気が立ち上り、そこかしこで鉄を打つ音が響く。

 町の中へと入っていくと、魔導灯や窓枠なんかの設備にもふんだんに鉄が使われ、ここが鉄の町であることをより実感させられる。


「とりあえず宿を探そう。その後はギルドに行って、物資を買い込んで……」

「もうすぐ日も落ちるようですし、急ぎましょう」


 周囲を高い山で囲まれた町は日が暮れるのも早い。空を見上げたアヤメの言葉に従って、僕らは足早に宿を探し始めた。ココオルクは多くの鉄を産出する町ということもあり、それを買い付けるためにわざわざ山を登ってくる商人も多いらしい。門から続く通りにはいくつかの宿屋が立ち並び、部屋を探すのには苦労しなかった。


「ヤック様、こちらの鍵付きの宿が良いでしょう」

「そう? でも個室を二つ取ると結構高くなるね」


 宿も馬小屋みたいなところから、豪商が泊まるような絢爛なものまで様々だ。アヤメが目を付けたのは、少し高級路線の立派な構えの宿だった。軒先に出ている料金表を見て、つい唸ってしまう。


「では大部屋を借りましょう。そもそも、我々と部屋を分ける必要がありません」

「え、そ、そうかな……」


 アヤメとユリは人間ではなく機装兵と呼ばれる機械だ。とはいえ見た目は綺麗な女性に違いない。これまでは止むに止まれぬ事情があったから一緒の部屋で寝泊まりしていたものの、アヤメたちも二人になったら部屋を分けた方がいいかと思ったんだけど。


「我々はハウスキーパーです。どうぞお構いなく」


 ユリまでそんなことを言う。更にアヤメがぎゅっと拳を握り、


「何か異変を察知すれば、壁を破壊してでも向かいますが……」

「一緒の部屋にしようか」


 流石に部屋の壁を壊されたらたまらない。いくら懐に余裕があるとはいえ、そこまでカバーできるほどじゃない。

 なんだかアヤメに脅迫されたような気もするけれど、まあ二人とも気心が知れた仲と言っていいだろうし。結局、僕らはその宿の三人部屋を借りることになった。


「そもそも、我々はベッドも必要ないのですが」

「それはダメだよ。休めるならちゃんとベッドで休まないと」


 ユリたちは機装兵だから夜通し立っていても問題ないと言う。けれど二人を立たせたまま自分だけ眠るというのは、僕の方が納得できなかった。二人も眠らないわけではないらしいし、むしろ定期的に体を休めないと行動に支障が出るとも言っていた。それなら、しっかりベッドで休んだ方がいいはずだ。

 鍵付きのしっかりとした宿に重たい荷物を置いて、僕らは町に繰り出す。まずはココオルクの探索者ギルドに顔を出して、これから“黒鉄狼の回廊”に挑戦することを伝える。外から探索者がやって来ることは珍しいのか、職員のお兄さんは驚きつつも僕らの情報を記録してくれた。

 あとは旅の途中で消耗した物資を補充し、迷宮に挑むために必要な道具類も揃えていく。

 日が暮れて路傍の街灯に青い光が灯る頃には、僕はずいぶんな大荷物になっていた。


「そういえばココオルクの特産ってなんなんだろうね」

「鉄ではないのですか?」

「いや、そうなんだけど……。食べ物とかそういうの」


 首を傾げるアヤメに苦笑しながら、言葉足らずだったと反省する。ココオルクは近くの迷宮から生み出される鉄を外に輸出して栄えている町だ。素直に特産物と言えば鉄になるに違いない。

 とはいえせっかく旅に出たのだから、ぜひその土地の珍しいものを食べてみたいと思うのが人だろう。そういえばアレクトリアでも、その町の名物というよりは他の土地から運ばれてきたものを食べていた気がする。

 内心でワクワクとしながら、僕らは飲食店の立ち並ぶ区画に足を向ける。日が沈み、鍛治仕事がひと段落したこれからが本番の街だ。店の軒先に可愛い制服を着た色々な種族の客引きが並び、仕事で体を酷使した職人たちを呼び込んでいる。


「お兄さん、お店決まってないならウチはどう?」


 ふらふらと歩いているとすぐに声を掛けられる。メイド服を着た猫獣人のお姉さんだ。


「こんばんは。実は今日この町に来たばかりなんですけど、何か名物料理があれば食べてみたいんです」

「名物料理? そうねぇ……」


 そんなに突拍子もないことを言ったつもりはないけれど、ウェイトレスのお姉さんは首を傾げて思案する。


「強いて言うならお芋かしら。それも近くの別の村から仕入れてるんだけど」


 どうやらココオルクは基本的に迷宮産の鉄を中心に成り立っているらしい。食料品やその他の生活必需品は全て近隣の集落から買い集めているのだとか。ドンドさんのような商隊が各地を巡って集めてくるという体制が整っているのだろう。


「ヤック様」

「どうかした、アヤメ?」


 店の軒先でお姉さんと話し込んでいると、アヤメがそっと耳元で囁いた。


「この店は怪しいです」

「ええ? そうかな……。普通の酒場みたいだけど」


 開け放たれた扉の奥には、賑やかな店内が見える。男女問わず客も多く、猫獣人のお姉さんと同じくメイド服を着た店員さんがくるくると忙しそうに働いている。

 けれど、アヤメはその様子に何か納得がいっていないようだ。


「あのメイド服は丈が短すぎます。あれでは主人の側に目立たず仕えるというメイドの本来の使命すら――」

「いやまあ、そうかもしれないけど……」


 真剣な顔で彼女が語ったのは、店の制服になっているメイド服が華美すぎるという話だった。たしかにアヤメが着ているロングスカートのメイド服と比べて、太ももまで大胆に露出したスカートや胸元を強調するようなデザインはかなり派手だ。

 とはいえ、そもそもメイド服というものが目立つ衣装だし、酒場ならこれくらいは普通だと思うんだけど……。


「ていうか、それならユリのメイド服はどうなるの」


 通りの方に目を向けているユリをチラリと見る。彼女のメイド服はスカートにスリットが入ったデザインだ。長い足もほとんど見えていて、僕としてはあちらの方が目のやり場に困ってしまう。


「あれは動きやすさを重視した結果ですので、問題ありません」

「ええ……」


 アヤメの判断基準がよく分からない。

 とにかく、店自体はぼったくりといった悪質な雰囲気もないし、地元からも愛されているようだ。アヤメの忠告をさらりとながして、僕は入店を決めた。


「三名様、ごあんなーい!」


 ゆるりと尻尾を揺らす猫獣人のウェイトレスに案内されて、僕らは店の奥に入る。アヤメはどこか不満そうな顔をしつつも静かに後をついてきた。

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