第16話「荷物持ちの力」

「よっと」


 リュックにハイゴブリンの骨を詰め込んで、どうにかこうにか蓋を閉じる。ずっしりと重たくなってきたリュックは、もうパンパンに張り詰めていて留め金も苦しそうだ。

 両肩にのし掛かる重量に耐えながら立ち上がると、アヤメがこちらをまじまじと見つめてきた。その視線に気が付いて振り返ると、彼女はぱちくりと瞬きして口を開く。


「ヤック様は、弱いのですか」

「えっ」


 ド直球な質問に思わずたじろぐ。

 弱いかどうかと聞かれれば、間違いなく弱いんだけど。あんまりそれを認めたくもない。けど、一人で迷宮に潜ることもままならないほどには弱いのも事実だ。


「……よ、弱いよ」


 結局、嘘はつけない。

 僕はもう成人もしているというのに子供や小人族に見られるくらいに体が小さいし、その割に小人族ほど動けるわけでもない。剣の腕もいっこうに上がらないし、一人だと“老鬼の牙城”の第二階層すら探索がままならない。

 いまだに単独探索ができない僕は、三流探索者と言って間違いない。

 ここまでの道中で、ついにアヤメにも見限られてしまうのだろうかと、一瞬不安が胸を過ぎる。しかし、彼女の反応は僕の予想したものとはいささか違っていた。


「私には、ヤック様が弱い、という評価がどのような基準でなされているのか理解できません」

「え?」


 迂遠な物言いで混乱してしまう。けれど、冷静に考えると、彼女は僕を慰めてくれているように感じた。


「確かに戦闘技能の観点では、ヤック様はこの施設の実験体と比べても非常に劣るように思われます」

「うぐっ。そ、そんなはっきり言わなくても……」

「しかし」


 なんで迷宮の中で心にダメージを受けなければならないのか。お願いだからやめてくれとアヤメに嘆願するも、彼女は続ける。青色の瞳が僕をまっすぐに見つめて。


「しかし、ヤック様はとても優秀な探索者であると判断できます」

「そんな。僕は荷物持ちくらいしかできないただの三流だよ」


 下手な慰めは余計に辛くなる。ましてや、僕よりもはるかに強く、ハイゴブリンですら一方的に倒せるようなアヤメから言われるとなると。

 けれど彼女の顔は至って真剣だ。嘘偽りの一切ない表情で、僕の背負うリュックサックを見る。


「荷物持ちは、非常に重要な役割ではないのですか?」

「え? ああ、うん。まあ、そう言ってくれる人もいるよ」


 実際、アヤメの言葉は正しい。

 実力を付けて、ダンジョンの深い階層へと挑戦するような探索者は、多くの場合専門の荷物持ちを雇う。往路では戦闘や探索で消費する食料、水、薬、嗜好品といった物資を運び、復路では魔獣素材、薬草、鉱物、迷宮遺物などの戦利品を運ぶ。


 荷物持ちは探索者の生命線であり、収入の要でもある。それでいて、ただ荷物を持っているだけだと守る対象がひとり増えるということにもなるから、スポットでの武器の手入れや料理の作成など、戦闘以外の場面でのサポートも求められる。

 優秀な荷物持ちが一人いれば探索可能領域が一階層増える、とまで言われるほどだ。


 とはいえ、実態が則しているかといえばそうでもない。

 大抵の荷物持ちは僕のような半人前の探索者が安い賃金でやっている。それでも成り立っているのは、一線で活躍する探索者の動きを間近で見て学べるから、駆け出しの探索者たちに需要があるからだ。


「今日一日、ヤック様と共に行動をして、ヤック様の能力の高さを確認しました」

「え?」


 アヤメは僕を見たまま、そう言った。


「そのリュックサックの重量は、平均的な成人男性の常用最大重量を大幅に超越しています。その重量を背負いながら行動するのは、おそらく常人には難しいのではないかと推察します」

「そ、そうは言っても。僕は戦闘は全部アヤメに任せっきりだし」

「戦闘は断続的で、合間に休息も可能です。一方で、荷物運搬は常に負荷がかかり、また探索活動が長引くほど負荷そのものも増していくでしょう」


 そう言われたらその通りだ。食料は探索の中で消費していくけれど、その代わりに戦利品が増えていく。基本的に、重量はどんどんと増えていく。

 だから、僕もちゃんと鍛えてはいるし、荷物の持ち方にもある程度工夫をしている。


「ヤック様は、ご自身の実力に対する認識が誤っているのでは」

「そうかなぁ」


 アヤメは色々と言ってくれるけど、やっぱり僕が半人前なことに変わりはない。

 せめて荷物持ちくらいはちゃんとやらないと、明日の食費も稼げないのだ。


「しかし、本来であれば荷物は私が持つべきだと判断しますが」


 不意にリュックサックの重さが消えたかと思うと、後ろに立ったアヤメが片腕でリュックを持ち上げていた。


「うわぁっ!? さっきあんなこと言ったのに、アヤメの方がよっぽど力持ちじゃないか!」

「当然です。機装兵の出力は人間のそれをはるかに凌駕しますので」

「いいから、これは僕が運ぶから!」


 アヤメに強く訴えて、再びリュックサックを背負い直す。ちょっとは鍛えられたかと思ったら、腕一本で持ち上げられてしまうのだから、自信もなくなるというものだ。


「アヤメには戦ってもらってるんだし、荷物は僕が持つべきだ。両手が塞がってたり、重たいものを持ってたら、咄嗟に動けないでしょ」

「それはそうですが」


 探索者パーティの役割分担は重要だ。戦闘の要になるようなメンバーが重たい荷物を持っていたら、いざという時に動けない。だから、“大牙”のようなパーティはわざわざ荷物持ちを雇うのだ。そうすることで、迷宮の往路でも復路でも、常に万全の態勢で戦いに移ることができる。

 けれど、アヤメはまだあまり納得できていないのか、じっと押し黙る。彼女が静かに止まっている時は、何か考えを巡らしている時だ。


「心配しなくても、僕だっていざとなれば荷物を捨てて逃げるよ。一番大切なのは命だからね」


 宝を惜しんで死んでしまったら元も子もない。そのあたりの判断を迅速に下すのは、探索者にとって文字通り命運を分ける能力のひとつだ。僕だってそこは弁えているつもりだ。


「かしこまりました。その際は、私がヤック様を抱えて避難します」

「ええ……。ぼ、僕だって走れば速いんだよ?」

「私の方が速いので」


 真顔できっぱりと言い切られたら反論できない。実際、おそらく同じ重量を抱えていてもアヤメの方が圧倒的に速いのだろう。


「それにしても、アヤメのおかげで今日は大漁だよ」

「大漁、ですか?」


 ずっしりと感じる背中の重みは、稼ぎの実感だ。第二階層を歩いただけだけれど、それでも倒した魔獣の数は今までで一番多い。これだけの魔獣素材を持ち帰って換金すれば、かなりの金額が出るはずだ。

 それもこれも、全てはアヤメのおかげだ。


「今日は美味しいものが食べられそうだね。アヤメは何が食べたい?」


 昨日はドタバタしていたこともあって、ろくな食事も摂らずに眠ってしまった。朝も屋台で簡単に済ませた。今夜くらいは豪勢に行ってもいいだろう。……いいかげん、僕も鬱憤を晴らしたいしね。

 アヤメの好物が知りたくて聞いてみると、彼女はぴたりと止まって考え込む。


「味覚に関する嗜好はありません」

「ええ? それじゃあ、普段は何を食べてるの?」

「摂食は行いませんが、類する行為としては大気中のマギウリウス粒子を取り込み、エネルギーを得ています」

「そういうんじゃないんだけどぁ」


 見た目は人間そっくりだけれど、彼女は食事を必要としないらしい。魔力を食べて生きていくなんていうのは、魔の高みに至った大魔法使いみたいな話だ。


「食べることもできないの?」

「いいえ。味覚センサーは実装されております。システムチェック時に異常は見られなかったため、現在も正常に稼働すると予測されます」

「なら、夕飯はちょっと良いもの食べようか」


 食べる必要がないだけで、食べられるわけだ。それなら、パーティ結成祝いも兼ねて祝宴をあげるのもいいだろう。


「摂食は緊急時のエネルギー補給手段として用意されている機能です。エネルギー交換効率としてはマギウリウス粒子の吸入が最も優れていますが……」

「そういう話じゃないよ。よし、時間も良い頃合いだし、町に戻ろうか」


 何か小難しいことを言っているアヤメの背中を押して、一階層へ続く階段へ向かう。これ以上探索しても荷物を詰め込めないし、そろそろ帰る頃合いだ。

 迷宮内は昼も夜もないけれど、ギルドには日帰りの予定を伝えてある。このまま帰るのが遅くなったら、それこそ救難隊がやって来るかもしれない。

 僕はアヤメとの初探索を成功裏に終えて、意気揚々とパセロオルクへと帰還するのだった。

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