第17話「ギルドでの精算」

「おかえりなさい、ヤックさん、アヤメさん! お怪我はありませんか?」

「ただいま、マリア。怪我もないし、アヤメのおかげで探索は大成功だったよ」


 夕暮れの町へ帰還し、探索者ギルドに入ると、カウンターで業務をしていたマリアがこちらに気付いて駆け寄ってきてくれた。彼女は僕の背負うリュックがパンパンに膨れているのを見て、驚嘆の声をあげる。


「うわ、相変わらずすごいですね。早速、換金を?」

「うん。よろしくお願いします」


 迷宮から持ち帰ったものは基本的に探索者本人に所有権がある。とはいえ、個人でそれらを売り捌くのは手間がかかるし、その時間を探索やその準備に充てたほうがいい。そんなわけで、大抵は探索者ギルドへ持ち込んで鑑定と買取を任せるのが普通だった。

 僕たちはギルドの奥にある買取りカウンターへと向かい、そこでリュックを下ろす。すぐにマリアが留め金を外し、中にみっちりと詰まった骨や皮を取り出していく。

 マリアは受付嬢だけれど、物品鑑定の資格も持っている立派な鑑定士だ。眼鏡の奥の瞳を光らせ、手早く品定めしていく。


「うーん。やっぱりヤックさんの解体は丁寧でいいですね。どれも品質が抜群です」

「あはは。そう言ってくれると嬉しいよ」


 荷物持ちの僕は、魔物の解体も合わせて任されていた。ハイゴブリンやブラックハウンドといった魔獣の解体は難しいけれど、丁寧にやれば鑑定金額に直結する。少しでも稼ぎを増やすべく、解体の手法も学んでいたのだ。


「どれも傷が少なくて、素晴らしいです。これは期待してもらっていいですよ」

「ほんと? ああ、でも傷が少ないのはアヤメが手際よく仕留めてくれたからだよ」

「そうなんですか?」


 ハイゴブリンの生皮を広げて恍惚としていたマリアが、壁際で控えていたアヤメの方を見る。

 普通、魔物を剣で切れば皮の品質も落ちる。槍で突いたり、矢を刺したり、魔法で焦がしたりしても同様だ。だからと言って、棍棒なんかでボコボコと殴るのもまた品質を保てるとは言い難い。

 一番理想なのは、首や心臓を一突きして倒すこと。それが必要最小限の傷に留める方法だ。もちろん、理想と現実はなかなか距離があるものだけれど。アヤメは雷撃警棒スタンロッドで的確に急所を狙って素早く仕留めるから、魔獣の状態も非常に良いまま残っているのだ。


「アヤメさん、やはりかなりのやり手なんですね」


 彼女が迷宮に眠っていた存在であることを知るマリアは、しみじみと言う。彼女はアヤメの実力を実際に見たわけではないけれど、持ち帰ってきた魔獣素材を通して感じるものもあるのだろう。


「それでは、合計でこれくらいになりますね」

「ありがとうございま……。ええっ!?」


 最後に合算された買取り金額が書類に記され、差し出される。それを見た僕は、ずらりと並んだ桁の数に驚いて目を丸くした。


「こ、こんなに!?」


 いつもより大量の魔獣素材を持ち込んだから、増収は予想していた。けれど、マリアが示したのはそんな僕の予想を軽く上回る金額だった。あまりにも現実味がなさすぎて、少し彼女のことを疑ってしまう。


「まさか……」

「別に何か思惑や取り計らいがあるわけではないですよ。探索者ギルドは公平公正を忠実に遂行していますから」


 公平公正、そして中立。それが探索者ギルドのモットーだ。この立場を強く貫いているからこそ、ともすれば大量の戦力を保有する勢力として国家から睨まれる可能性がありながら、独立性を保つことができている。

 だからこそ、ギルドの天秤は絶対だ。僕が“大牙”の皆に裏切られたからといって、同情はしても情けはかけない。マリアがそう言うのならば、これが正しい評価額なのだろう。


「すぐに用意しますので、少しお待ちくださいね」

「あ、はい……」


 呆然と立ち尽くす僕を放って、マリアは金庫から買取り金を取り出す。金額が金額だけに、数えるのにも時間がかかりそうだ。


「ヤック様、ご気分がすぐれませんか?」

「いや、そうじゃないんだけどね」


 心配そうにやって来たアヤメに首を振る。

 豪勢な夕食を食べても、まだお釣りが出そうだ。まさか、アヤメがこんなに稼いでくれるとは思いもしなかった。彼女にもしっかりとこの報酬は共有しないと。


「アヤメ、報酬の分配だけど……」

「必要ありません」

「えっ」


 3:7か。もしかしたら4:6でもいいかな、なんて思いつつ話しかけると、アヤメはキッパリと言い切った。虚を突かれて固まる僕に、彼女は続ける。


「私はヤック様にお仕えする身。私によって得られた成果は、全てヤック様のものです」

「えっ」

「ですので、あの資金は全てヤック様に所有権があります」

「えっ」


 な、なんという……。

 流石にそれはダメだと言っても、アヤメは頑として譲らない。が、頑固!


「そもそも、私はハウスキーパーです。こちらの通貨を得ても、使用することができません」

「えっ!? そうなの?」

「はい」


 まさかとは思うけれど、アヤメは嘘をついている様子もない。

 結局、僕は押し切られる形で今日の稼ぎを全て受け取ることになった。

 とはいえ、この程度で僕は諦めない。アヤメがお金を受け取ってくれないのなら、別の形で返すだけだ。分配は公正に、働いた人が働いただけの報酬が貰えるようにしないといけない。

 僕はマリアからずっしりと重たい巾着を受け取りながら、頭の中で算盤を弾いた。


「アヤメ、欲しいものはないの? 服とか、ご飯とか。あとはええと、武器とか」

「ありません。全て現状で十分な物資を所有しております」

「そんなぁ」


 お金がダメなら現物で、と思ったのだけど。アヤメは物欲すら一切ない様子で首を振る。何か彼女が欲しがりそうなものがないかと頭を悩ませるけれど、出てくるのは自分が欲しいものばかり。


「マリア、女の人って何をあげたら喜ぶの?」

「今ここで私に聞くんですか……」


 困り切ってマリアに助けを求めると、彼女は呆れた顔で肩をすくめる。それでも律儀な彼女はアヤメの方を見て、真剣に考えてくれた。


「ネックレスとか指輪とか? でも、そもそもアヤメさんは人間じゃないんですよね」


 マリアはアヤメが人間ではないことを知る数少ない人物だ。彼女の言葉に、アヤメも軽く頷く。


「はい。私は機装兵であり、ヤック様を護衛するハウスキーパーです。装飾品は任務遂行の弊害となる可能性が高いため、ご遠慮願います」

「それを言ったらスカートなんて履いて迷宮に潜るのが舐めてるとしか思えないんだけど……」

「メイド服はハウスキーパーの制服であり正装です。任務遂行の問題はありません」


 眉を寄せるマリアに、真顔で淡々と答えるアヤメ。なんだかんだ、二人も仲良くなりそうな雰囲気がある。


「やっぱり、ヤックさんの評価は低いですよね。パセロオルクの荷物持ちにヤックさんほど大量に持てる人はいないんですよ。それにどんな魔獣も綺麗に解体してくれるし、“大牙”の以前にヤックさんを雇ったパーティからも高い評価を得てるんです」

「そうでしょう。私も今日一日の活動でヤック様の優秀さを確認しました。そもそも、体もオーバーサイズな服装によって隠れてしまっていますが、実際に触ると非常に逞しく、戦闘能力の下地となる部分は高いレベルで完成していると――」


 あれ? なんだかいつの間にか二人の話が違う方向にそれている気がする。マリアは笹型の耳を小刻みに揺らしているし、アヤメも心なしか言葉が弾んでいる。


「そうだ、ヤックさん。アヤメさんへの報酬はともかく、彼女はどこで寝泊まりするんです?」

「えっ? それは、僕の家だけど……」

「あの狭いアパートですか。流石に二人で暮らすのは厳しいでしょう」

「そ、そうかな……」


 女性の話はころころ変わる。気がつけば僕は住環境を責められていた。

 確かに男一人暮らすのに十分なだけのワンルームだけど……。


「魔導人形とはいえ女性と暮らすんなら、もっといい部屋を借りた方がいいですよ。ていうか、一緒のベッドで寝てるんじゃ!?」

「そ、それは違うよ!」


 昨日は僕が床で寝ようとしたけど、アヤメが睡眠は必要ないと言って壁際に直立不動で過ごしていた。断じて、同衾などしていない。

 けれどマリアは疑わしげな目をこちらに向けて来て、心の中まで探ろうとしてくる。ハーフエルフの目はどこか迫力があって、やましい事はないはずなのに焦ってしまう。


「とにかく、お部屋はこちらで探しますから、そちらへ移ってくださいよ。そもそもあのアパートじゃ二人暮らしは厳しいでしょう」

「そ、そうだね……。よろしくお願いします」


 結局、僕はマリアのアドバイスを受け入れて、新たな住居へ移る準備をすることになった。

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