第15話「同業者との遭遇」
迷宮内を徘徊している魔獣を倒しながら、第二階層を巡る。
現代の技術では到底作れないような滑らかな壁が継ぎ目無く続く道は、いつどこの曲がり角から魔獣が現れるか分からない。更に、迷宮内だけに自生している特殊な植物なんかも茂っていて、余計に視界が悪くなっている。
僕たちはカンテラの火を頼りに、ゆっくりと慎重に歩みを進めていく。
「ヤック様、20メートル先の陰にハイゴブリンが5体潜んでいます。刀剣を所持する個体が2体、棍棒が2体、弓持ちが1体です」
もっとも、アヤメは光がなくても問題なくダンジョンを歩けそうな気がするけれど。彼女は全く緊張もしていない様子なのに、まだ目視もできない物陰にいる敵を正確に察知している。そのおかげで、不意打ちや強襲といった探索者の死因の大きな割合を占めるものが全くもって訪れない。
とても強力で頼もしいのだけど、力が抜けてしまうのが困りものだ。
「すごいね、アヤメは……」
「マギウリウス粒子伝播観測技法を用いれば、最大150メートル先の実験体まで捉えることが可能です」
「そっかぁ」
なるほど、やっぱり彼女の話はよく分からない。
とはいえ、幾度となく戦闘を重ねていくうちに、だんだんとアヤメの戦い方は分かるようになってきた。
彼女のスタイルはごくシンプルで、速攻瞬殺を極限まで追求したものだ。
優雅にスカートを広げ、白いエプロンにシミ一つ付けず一方的に圧倒する様子は流石の一言だ。
「実験体の殲滅、完了しました」
「あ、ありがとう……」
20メトほど離れた曲がり角から僕らを待ち構えていたハイゴブリンの群れが、最も容易く蹴散らされた。その間、およそ30秒。まったく、電光石火と言うに相応しい瞬殺ぶりだ。
「あの……」
目にも止まらぬ速攻ともう一つ、彼女の特徴が分かった。というか、現在もそれを実感している。
なんだか、距離感が近いのだ。
「なんか、近くない?」
「何がですか?」
「ええと、身体が」
ゆさゆさと僕のすぐ後ろで大きなものが揺れる気配がする。少し振り返っただけで、鼻先に白いエプロンの膨らみがぶつかりそうだ。
僕が擦り傷をしてから特に顕著になったけれど、アヤメは僕の側にぴったりと張り付いてくる。魔獣と遭遇した時だけパッと離れてパッと倒して、またすぐに戻ってくる。
「これは護衛上仕方のないことです。ご了承ください」
「逆に動きにくくない?」
「そんなことはありません」
適度に間隔をとった方が良いような気がするけれど、アヤメは頑として離れない。感情が読み取りづらい彼女だけど、案外頑固なことは分かってきた。
「そもそもハウスキーパーはマスターの側から離れることはできません」
「そうなの?」
アヤメはしっかりと頷く。
具体的にどれくらい離れたらいけないのかは教えてくれなかった。
「マスターから離れた場合、管理下にないと判断され能力が大幅に制限されるセーフティモードに移行します」
「つまり、アヤメだけ迷宮に入って任せるってことはできないんだね」
「そういうことになります。ヤック様にはご迷惑をおかけします」
別に迷惑だなんて思っていなけれど。アヤメはダンジョンの異変を調べたい、僕はダンジョンに潜って稼ぎたい。お互いの目的は違えど、利害は一致している。
逆にこれは、アヤメが僕から離れていなくならないということでもある。そう考えると少しほっとしてしまうのは、僕が彼女に頼り切っているからだろうか。
「私はヤック様に支える道具です。ぜひ、手足のようにお使いください」
「そう言われてもなぁ」
アヤメは度々そんなことを言う。人間に似せて、人間の側に仕えるものとして造られたからだろうか。
けれど、そう言われても困ってしまう。実際がどうであれ、彼女は美人で背が高くてとても強いメイドさんにしか見えないのだから。
それでも、僕は彼女のことを理解しようと努めてきた。
魔力濃度が低い場所では力が出せない。マスターが側にいなければ動けない。
万能のように思える彼女も、弱点となり得るものが存在する。僕はそれを埋める相棒になれたらいいんじゃないだろうか。主人ではなく相棒。従えるものではなく、隣に立てる仲間に。
「前方に生体反応があります」
話しながら歩いていると、すっとアヤメが前に出て腕で動きを制する。魔獣かと思ったけれど、どうやら様子が違う。身構えるアヤメの背後から見ていると、曲がり角からカンテラの光が現れた。
「同業者だね」
「おお、誰かと思ったら」
現れたのは、革の鎧を着込んで剣を腰に吊った探索者の一団だった。パセロオルクを拠点にしてこのダンジョンに挑む、顔馴染みだ。
敵ではないことを知り、アヤメもすっと姿勢を正す。けれど、僕の前からは動かず、まるで守るかのように微動だにしない。
「ヤックじゃないか。昨日は災難だったな」
「いやぁ。あはは……」
フェイドの凶行はすでに探索者全員が知っている。迷宮という閉鎖空間はある意味なんでもできるからこそ、探索者は横の繋がりが強い。誰だって、背中から刺してくるような奴を仲間に加えたくない。
「それで、彼女が運よく助けてくれた流れの探索者だったか」
「そ、そうなんだよ」
「アヤメと申します」
カンテラの光がアヤメの方へ向けられる。マリアのような一部の人は彼女が人ではないことを知っているけれど、対外的には流れの探索者と説明することになっていた。
彼女自身が迷宮の財宝であると知れたらいらぬ混乱を招きそうだし、そもそもどこからどう見ても人間にしか見えないから信じてくれないだろう。
「メイド服の探索者なんて珍しいが……。なんでまたそんな格好なんだ?」
彼女の装いは迷宮の中ではとにかく目立つ。気性の荒い探索者なら舐めてるのかと怒鳴っていることだろう。比較的穏やかな彼らも、困惑は隠せないようだ。
「私はマスターにお仕えすることが存在意義ですので。この装いはいついかなる時であろうとも、私の正装なのです」
「そ、そうか……。まあ、そういうのもあるわな」
あまりにも堂々と言い切るアヤメに、探索者パーティは曖昧な言葉を返すしかない。
それでも、そんな服装にも関わらず二階層までやって来たというのは事実だ。フェイドたちの行いが一瞬で知れ渡ったのと同じように、僕の実力の低さもまたよく知られている。彼らはそれ以上何も言わず、話題を変えた。
「それよりも、ヤックは未踏破領域でなんか見つけてないのか?」
「え? そ、そうだな……。このナイフくらいかも」
どうやら、彼らは早速未踏破領域へ乗り込んだ一団だったらしい。その割には疲れた顔をしているが。
僕が腰に差した青刃のナイフを見せると、羨ましそうな目で見てくる。
「そんな小せえナイフでも羨ましいよ」
「未踏破領域には行ったんでしょ?」
「まあな。けどめぼしいもんは何にもねぇ。無駄に強い魔獣が歩き回ってるだけさ」
散々だったよ、と彼は肩をすくめる。
たしかに思い返せば、あの未踏破領域は財宝がざくざく、といった雰囲気ではなかった。むしろ殺風景な迷宮に場違いなオークが闊歩している厄介な場所、といった印象が強い。
どうやら本格的に探索へ乗り出した彼らも、満足のいく成果は得られなかったようだ。
アヤメがB型近接装備キットを手に入れた場所も、おそらく普通に探索していたら絶対に辿り着けない場所だろうし。
「あれじゃあフェイドもホラ吹き損だな。ヤックを見殺しにして独り占めしたところで、何にもないんだからよ」
「ははは……」
「ま、気をつけるこった。また未踏破領域を見つけたら教えてくれよ」
どう反応したらいいのか困るようなことを言いつつ、探索者パーティは帰路につく。力なく歩く彼らを見送り、自然と強張っていた肩の力を抜いた。
顔見知りとはいえ、彼らは探索者でここは迷宮。自分でも思った以上に、フェイドたちに見捨てられたという事実が心に来ていたらしい。僕はずっと剣の柄から手を離せないでいた。
「ヤック様。大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう」
僕の強張りを見たアヤメが、そっと頭を抱きしめてくれる。体温は感じない、冷たくて硬い身体だけれど、少し心が温かくなった。
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