第3章

第76話「二人のメイド」

第3章です。よろしくお願いします。

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 アレクトリア発の乗合馬車に揺られて、なだらかな丘陵地帯を越えていく。僕は相変わらずアヤメの膝の上に座らされるという恥ずかしい思いを強いられた。町へ来た時よりも周囲の視線を強く感じるのは、きっと気のせいではないだろう。


「マスター、人工的な建造物群が見えてきました。あれは村でしょうか、町でしょうか」

「村だよ、ユリ。町はもっと大きいし、大抵は城壁が囲んでるからすぐ分かる」

「なるほど。あれは村なのですね」


 僕の隣に座りつつ幌の隙間から外を熱心に覗いているのはユリだった。綺麗な赤髪をざっくりと切り落として短くまとめた彼女は、その長身と大きな胸も相まって乗客の視線を集める。そして、彼女はアヤメとおなじく丈の長い綺麗なメイド服を装っていた。

 どう考えても旅には適さない服装の美女が二人。それもちんちくりんな男と一緒に居るとなればどうしても注目されてしまう。


「ヤック様、もっと深く腰掛けてください」

「うぎゅぅ」

「マスター、あの畑では何を育てているのでしょうか」


 ――だというのに、二人のメイドたちは全くもって周囲の目を気にしていない。アヤメは苦しいほど僕を自分の方へと密着させるし、ユリは初めて見る外の景色に興奮しきりだ。

 僕はユリの質問に答えながら、この馬車が早く目的地に着くことを祈っていた。


「あれ、止まった?」


 そんな祈りが通じたのか、馬車が動きを止める。けれどおかしい。目的地である宿場町アクィロトスはまだまだ先だ。それに外が何か騒がしい。

 なんだろうと首を傾げたその時、御者台に続く小窓が開き、手綱を持っていたお爺さんが大きく叫んだ。


「狼が出た! 幌を閉じておけ!」

「なにっ!?」

「狼だと!」


 その一言で車内は騒然とする。悲鳴と泣き声に混ざって、外から無数の足音が聞こえてきた。狼の群れがこちらに迫っていることを、幌の隙間から目視する。


「アヤメ、ユリ」

「お任せください」

「マスターの安全を確保します」


 僕が呼びかけるまでもなく、二人は動き出していた。


「失礼っ!」


 ユリが携えていた槍を袋から出す。輝く鋭利な刃に乗客たちが悲鳴をあげるなか、彼女は軽やかにそれを振り、馬車の横腹を切り裂いた。


「お前、何を――」


 乗客の一人が叫ぶ。だが、そこにはもう非難を受ける相手がいない。

 アヤメとユリが勢いよく馬車の外へと飛び出した。僕も遅れてその後を追いかける。


「危ないわよ、早く中に戻りなさい!」


 親切な誰かがこちらに手を伸ばす。僕は振り返って首を振る。


「大丈夫です。皆さん、安心してください。馬車は僕たちが守りますから」


 取り出すのは、探索者ギルドの身分証。それを見た人々が息を呑む。

 世界各地に点在する迷宮ダンジョンに潜り、魔獣を退けて迷宮遺物を持ち帰る専門家。それが探索者だ。地上にいる魔力を持たないただの獣に負けるはずもない。彼らもそれを一瞬で理解したのだ。


「――よし、アヤメ、ユリ。よろしくね」


 僕は身分証をしまいつつ、二人に後を託す。

 乗客には全てを説明したわけではない。実際のところ、僕はただの狼さえ倒せないくらい貧弱だ。剣を提げてこそいるものの、その扱いは素人に毛が生えた程度。

 でも大丈夫。僕には二人がいる。


「せいっ!」

「ギャンッ!?」


 振り返った瞬間、狼が血飛沫を上げながら宙を舞っていた。その下でぐるんと槍を回すユリ。その背後には、雷撃警棒スタンロッドを握ったアヤメが次々と狼を蹴散らしていた。

 草むらの中から勢いよく狼が飛び出す。それは狙いを澄ましてユリの二の腕に牙を立てる。しかし――。


「ガッ!?」

「無駄ですっ!」


 一瞬、狼の顔に驚愕が浮かぶ。直後、ユリの槍がその脇腹を強打し地面へと叩きつけた。

 噛みつかれたはずの二の腕には全く怪我がない。血の一滴すら滲んでいない。


「ふっ!」

「キャンッ!?」


 アヤメの蹴りが狼の頭蓋を割る。人間の膂力では到底不可能な光景だ。けれど彼女は涼しい顔で黒髪をたなびかせ、メイド服のロングスカートを円に広げている。


「っ! マスター!」


 ユリの声。


「えっ? うわっ!?」


 後ろを振り返り、間近に迫る狼に気付く。一際大きな個体。恐らくは群れのボス。それが、僕に狙いを付けていた。黄濁した鋭い牙が迫る。咄嗟に剣に手を伸ばすも、間に合わないことを理解していた。

 油断した。

 目を閉じそうになる。

 その時――。


「――はっ!」


 横から割り行ってきた拳が狼の顔を抉った。十メトは離れていたはずのアヤメが、一瞬のうちに距離を詰めていた。

 殴り飛ばされた狼は弧を描いて地面に転がり、アヤメはその後を追わずにこちらへ振り返る。


「ご無事ですか、ヤック様」

「あ、うん……」


 透き通った青い瞳がこちらを覗き込む。頷いても、彼女は念入りに僕の顔や体を調べ、怪我がないことを確かめる。


「ありがとう、アヤメ。助かったよ」


 頬を白い手袋が撫でる。彼女は呆れてしまうくらいに心配性で過保護だ。


「人間は非常に脆弱です。マスターが傷つくことは許容できません」


 真剣な表情できっぱりと断言する。

 アヤメも、その背後から心配そうにこちらを伺っているユリも。二人は人間ではない。外見は美しい女性の姿をしているけれど、その肌の下にあるのは鋼鉄の機体だ。

 彼女たちは過去の遺構である迷宮ダンジョンに眠っていた高度な古代技術の産物。僕らが迷宮遺物アーティファクト、機械人形と呼ぶ代物。彼女たち自身は、自らを機装兵と、そしてハウスキーパーと称している。


「マスター、獣の殲滅が完了しました。死体はどう処理しましょうか」

「そうだね。一応、御者のお爺さんに聞いてみようか」


 僕が斜めに掛けている革の鞘に収まっている青い短剣が、僕と二人の関係を示す。

 人を超える力を持ち、人ならざる身体を持つ彼女たちは、僕のことをマスターと仰ぐ。探索者としては三流、背伸びしても二流止まりの僕に仕えてくれている。だから僕も彼女たちに相応しいマスターになれるよう、日々精進しているところだ。


「行こう、二人とも」


 僕は機械のメイドさんと旅をしている。

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