第77話「鉄の魔獣」
宿場町アクィロトスに到着した僕たちは御者のお爺さんや乗客の人々から強く感謝され、さらには狩人ギルドから報償金まで頂いてしまった。懐には余裕があるとはいえ、お金が増えるのは素直に嬉しい。
それもこれもアヤメとユリのおかげだろうと感謝に言葉を二人に伝える。
「私はヤック様の指示に従ったまでです」
「マスターの身辺警護はハウスキーパーの務めですので」
結局、二人ともそんなことを言って受け取ってくれなかったけど。
「それじゃあ、二人にお礼も兼ねて今日はちょっといいもの食べようか」
とはいえ働きを労うのもマスターの役目だろう。僕は二人が拒否しないうちに、アクィロトスの繁華街へと繰り出すことにした。せっかく思わぬ収入も舞い込んできたのだから、いっそ景気良く使おう。
通りをざっと眺めて、立ち並ぶ酒場や料理店を品定めする。こういう時はある程度賑わっているけど、客層が荒っぽくない店を探すのが重要なのだ。神聖都市アレクトリアほどではないにせよ、アクィロトスも宿場町として栄える交通の要衝だ。旅人たちを迎える店が数多く立ち並んでいる。
「ヤック様。我々は食事を必要としないのですが……」
「それは栄養としての話でしょ」
人のようで人ではない、機械の身体を持つアヤメたちは食事をしない。より正確に言えば食事はできるし、そこから栄養も摂取できる。けれど、魔力濃度の低い地上での食事は彼女たちが求める栄養量と比べるとあまりにも少なすぎるらしい。
彼女たちハウスキーパーは迷宮内での活動を前提として作られている。迷宮内の魔力濃度は地上のそれをはるかに上回り、深い階層では魔力酔いしてしまうほどだ。アヤメたちは空気中の魔力――彼女たちはマギウリウス粒子と呼んでいる――を取り込むことで活動している。地上にいる今は、トランクの中にあるバッテリーを使って補給を行っているのだ。
「食事はみんなで楽しく。ユリが加入したお祝いも兼ねてさ」
「それは……。かしこまりました」
僕が強く押せばアヤメも頷く。彼女の背後でユリがきょとんとしていた。
神聖都市アレクトリアで出会ったユリは、もともと聖女様の下に仕えていた。そんな彼女が僕らの探索者パーティ“青刃の剣”に加入したのは、つい最近のことだ。そういえば彼女の歓迎会を開いていなかったと思い出し、ついでに理由に挙げたわけだ。
「あの店にしようか」
目ぼしい店を見つけて、アヤメとユリを引き連れて入店する。普段ならまず選ばないような、ちょっと高級路線の店だ。二人の美女、それもメイド服という変わった服装の彼女たちと共に入店すると、店員さんは少し驚いた顔をしつつも深く追及することなく奥の部屋に通してくれた。
四人がけのテーブルに案内され、椅子に座る。アヤメとユリが一瞬見つめ合い、アヤメが僕の隣に座った。
何が食べたいか聞いても「マスターの食べたいものを」と言われてしまうので、とりあえず色々と頼む。明日もすぐに出発する予定なのでお酒は飲まない。程なくして運ばれてきたのは、見るからに豪勢な猪肉のシチューや鹿肉のロースト、更にはわざわざ遠方から運んできたという魚や貝だった。
「それじゃあ、乾杯!」
ジュースを注いだ杯を打ち付けあって、ひとまずユリの加入を歓迎する。
そして、料理に舌鼓を打ちながら話にも花が咲いていった。
「次の目的地にしてるココオルクまでは馬車で一日。あとは歩きで二日くらいかかるみたいだね」
アレクトリアを出立した僕たちの次なる目的地はココオルク。急峻な山の中腹にある迷宮都市だ。その立地だけでなく、近郊にある迷宮の特殊性からも有名な町だ。
「ココオルク……。その近くに“工廠”があるのですね」
もぐもぐとステーキを頬張っていたユリが、真剣な顔になって町の名前を復唱する。ココオルクへ向かうことを提案したのは他ならぬ彼女だった。
「多分ね。ココオルクの近くにある迷宮“黒鉄狼の回廊”は、アヤメたちの情報とも一致してるはずだから」
アヤメたちは迷宮の名前を、彼女たちの時代の名称で呼ぶ。ココオルクが迷宮都市たる所以となっている迷宮“黒鉄狼の回廊”は、おそらく二人が“工廠”と呼ぶ古代の施設の残滓だった。
「そこに行けば、私たちの
アヤメとユリは、それぞれ一つずつ特殊破壊兵装を持っている。ダンジョン内部のような魔力濃度の高いところでないと展開することさえできない代物だけど、今も待機形態の徽章となって二人の胸に輝いている。
ユリが“工廠”――“黒鉄狼の回廊”を目指すのは、彼女が持つ特殊破壊兵装が理由だった。彼女の持つ“堅緻穿空の疾風槍”は、アレクトリアの迷宮に君臨する四体の強化魔獣を打ち倒せるほどの強力な武器だけど、元々は折れて砕けた無惨な姿で発見された。それをダンジョン内の整備室でなんとか補修したものだ。
「整備室での補修はあくまで応急処置的なものです。“堅緻穿空の疾風槍”の能力を全て引き出すならば、“工廠”でのメンテナンスが必須となるでしょう」
「私も賛成です。同時に、“万物崩壊の破城籠手”に関しても、アップデートを行いたいと考えています」
ユリの考えにアヤメも同調し、彼女は自分の特殊破壊兵装を俎上に上げた。アヤメの特殊破壊兵装“万物崩壊の破城籠手”は、僕の目には特に問題もないように思える。けれど当人からすると不安なことがあるらしい。なんでも内部のそふとうぇあぷろぐらむの更新? が必要なんだとか。
よく分からないけど、まあいつものことだ。アヤメが必要だと言うのなら、それに従う方が間違いない。
「でも、“工廠”は大丈夫なのかな」
不安なのは“工廠”が今もアヤメたちの求める機能を残しているかどうか。
アヤメたちがいた時代と現代には、何千年という空白がある。聖女様によれば“大断絶”と呼ばれる原因不明の事件によって、世界がほとんど滅んでしまったとか。各地に残る迷宮は古代文明の遺産だけど、本来の機能を果たしているとは言い難い。内部に跋扈する魔獣たちも、元々は管理下に置かれていたはずだ。
「“工廠”は魔獣が存在しない施設ですから。大丈夫でしょう」
「魔獣が存在しない?」
どこかで聞いた話だ。ユリの方に視線を向けると、彼女は頷いて口を開いた。
「アレクトリアの“銀龍の聖祠”とは異なり、当時から生物が存在しないのです。特殊破壊兵装の定期点検業務の際に人間が訪れる以外は、全て統括管理システムの制御下で機装兵が施設の運用を担っています」
「でも、今の“黒鉄狼の回廊”は迷宮として有名だよ」
「それも承知しております。――おそらく、魔獣の代わりに製造用自律機械などが現在も動いているのでしょう」
ユリたちにも“黒鉄狼の回廊”の概要は伝えている。
確かに、かの迷宮には生身の生物としての魔獣は存在しないらしい。けれど、それ以外の魔獣が無数に湧き出し、跳梁跋扈している。
「現在の言葉に直せば、ゴーレムと呼ばれる存在。それらはおそらく、主人を失い統率のなくなった機械のことでしょう」
迷宮から湧き出す特異な存在は、迷宮都市ココオルクに豊富な鉄資源をもたらした。
“黒鉄狼の回廊”に潜むのは鉄の体を持つ魔獣。他の迷宮では見られない、ゴーレムたちだった。
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