第91話「組み立てエリア」

 第四階層に続く狭い階段を下るにつれて、奥の方から忙しない音が聞こえるようになってきた。僕の耳に届くということは、アヤメたちはすでに感知しているはずだ。けれど二人は歩みを止めることなく進んでいく。


「ヤック様、やはり第四階層は組み立てエリアになっているようです」

「組み立てエリア?」


 階段の終端にたどり着き、アヤメがその先に広がる光景を見て断言する。第四階層は彼女の予想からそれほど大きく離れてはいなかったらしい。


「ゴーレムの生産ラインです。下層で作られた金属部品がこちらに集められ、ゴーレムとして組み上げられています」

「うわ、本当だ」


 アヤメの背中から顔を覗かせる。眼下に広がっていたのは広大な空間を縦横無尽に横切る、細長い足場の数々だった。そこかしこから騒々しい音が鳴り響き、足場がひとりでに動き続けている。その上に載せられているのが、全てゴーレムの部品であることに僕もすぐに気が付いた。

 ここはゴーレムが生まれる場所。この光景を見れば、彼らが生き物ではなく人工物だということがよく分かる。


「コンベア上のゴーレムはまだ起動していないため、大した脅威にはなりません。それよりも気を付けるべきはラインを守る製造用自律機械群です」


 動く足場の側にはヒョロリと細長いゴーレムがまた並んでいる。彼らは無数の腕を巧みに使い、足場の上を流れてくるゴーレムを選別しているようだった。細長い手に捕まったゴーレムは無造作に捨てられ、どこか別の場所へと消えていく。


「あれに見つかったら?」

「製造ラインを破壊する危険のある者として、排除対象になるでしょう」

「なるほど。気を付けて進もうか」


 製造用自律機械は黙々と選別作業に没頭している。足音を殺して慎重に進めば、そのまま回避できるだろう。

 僕らは身を屈めて物陰に隠れながら、組み立てラインを進む。目指すのは第二階層と同じく裏道だ。そこに特殊破壊兵装が収められた武器庫がある可能性が高い。


「マスター、あれを見てください」

「何か見つけたの?」


 コソコソと野鼠のように進んでいると、不意にユリが囁き声でこちらの注意を引く。何か見つけた様子で、慎重に物陰から奥を見ていた。視線の先にはゆっくりと動く足場があり、その上には組み立て途中のゴーレム部品が整然と並んでいる。

 ユリはその部品に目を付けたようだった。


「ゴーレム用の武器パーツのようです。雷撃警棒スタンロッド爆砕刺突杭パイルバンカー、他にもいくつかの種類が確認できます」

「本当だ。あれ、アヤメが使ってる雷撃警棒と似てるね」


 ゴウン、ゴウンと車輪が回り、ベルトが動いている。その上に乗って右から左へと流れているのはゴーレムたちが使う武器らしい。中にはアヤメの手にあるものとよく似た姿も見付けられる。


「私の持つ従来品よりも高性能な改良版のようですね」

「見ただけで分かるの?」

「データベースに存在しない形をしていますので」


 アヤメによれば流れていく武器はどれも彼女の知るものよりも強力な性能になっている可能性が高いらしい。ここ数千年の間で改良が続けられてきたのかもしれない、と彼女は予想していた。


「マスター、あれをいくつか手に入れませんか」

「盗むの? って、あれも迷宮遺物だしいいのか、な?」


 ユリの口からなされた意外な提案に戸惑う。よくよく考えてみればここは迷宮で、僕らは探索者だ。迷宮の中にあるものは誰に所有権があるとも定められていないし、そもそも迷宮遺物を持ち帰るのが僕らの仕事でもある。

 なら、あの足場の上を流れている武器をいくつか拝借しても別にいいのかもしれない。


「我々ハウスキーパーは、緊急時の武装が許可されています。この施設の武器を接収する正当な権限も証明できるでしょう」


 アヤメも乗り気なようで、小難しい言葉で正当性を主張してくる。

 武器は延々と同じものが流れてくるし、そのどれもがアヤメの持つ雷撃警棒よりも高性能なものらしい。そのまま行けば、あれはゴーレムたちの手に渡り、僕らに牙を剥くことにもなる。


「それなら、少し借りようか」

「了解です。しかし、流石にラインから奪取すれば存在は露呈するでしょうね」

「さっき正当な権限がどうとか言ってなかった!?」


 それはそれ、これはこれ。武器を手に入れることに躊躇はないが、それによって監視の目に捉えられることも事実だった。


「というか、このラインは武器を運んでるんだよね。このまま武器庫に繋がってるってことはないかな?」

「ふむ……。検討する余地はあるかもしれません」


 久しぶりに建設的な提案ができた気がする。顎に指を添えて俯くアヤメを見ると、少し自信が湧いてきた。これまでずっとアヤメとユリに頼り切りだったからね。


「それでは武器を奪取――接収しつつラインの先を辿り、武器庫の探索を行いましょう」

「今、なんか……。まあいいか」


 アヤメのシンプルな作戦に僕も同意する。時間的な余裕もなくなって来ているし、多少のリスクは取るべきだろうと考えた末のことだった。

 覚悟を決めて、改めて周囲を見渡す。武器パーツを流しているラインの側に立っている製造用自律機械は八体。黙々と手を動かし、不良品を弾いている。彼らに見つかったら戦闘は避けられないだろう。

 なんとなく人型にも近い見た目だけど、細長い手が四本も生えていて、見るだけでも戦いにくそうだ。そもそも、僕は魔獣以上に対人戦闘の経験が浅い。


「どうやって行くの? 一人ずつ慎重に撃破していく?」


 真っ先に思いつく作戦は、自律機械を一つ一つ無力化して安全を確保するやり方。時間はかかるけど、安全性は高いはず。

 けれどアヤメは即座にそれを否定した。


「相互通信によって、一体でも欠落した場合は通報がなされるでしょう。このまま一息に駆け抜けた方が、結果的には安全です」

「そ、そっか……」


 ユリの補足によれば自律機械に限らずゴーレムたちはお互いの状況を把握しているらしい。一体密かに暗殺しても、即座に周囲のゴーレムに見つかってしまう。となれば、各個撃破は意味をなさない。


「では、私が切り込みます。アヤメは制圧をお願いします」

「任せてください。そちらも頼みましたよ」

「えっ、あれ」


 僕を置いて、アヤメとユリだけで打ち合わせが始まり一瞬で終わる。二人はすっと立ち上がると、堂々と自律機械たちの前に姿を現した。

 アヤメが格納していた“万物崩壊の破城籠手”を展開し始める。その時間を稼ぐため、ユリが槍を構えて走り出した。


「はぁあああああああっ!」

「ちょっ、ユリ!?」


 威風堂々と声を張り、気炎を上げて駆け出すユリ。当然、周囲のゴーレムたちも彼女に目を向ける。即座にけたたましい警戒音が工場中に鳴り響き、至る所から武器を携えたゴーレムたちが飛び出してきた。


「ユリ!? ユリ、なんかいっぱい来てるよ!?」

「マスターは離れずについて来てください。――烏合の衆が増えたところで、私は落とせませんよ!」


 ヴン、と鈍く風を切る槍。次の瞬間、熾烈な刺突が次々と繰り出された。


「ギィィィイイイ!」


 ゴーレムたちが金切り声を上げて襲いかかってくる。ユリはそれを軽やかに蹴散らしながら走り、動く足場に飛び乗った。


「マスター、これを」

「こ、これは!?」


 ユリがこちらに何かを投げてくる。反射的に受け取ったそれは、手のひらに収まる程度の円筒型のものだった。何やら上部に細いピンが突き刺さっている。


「拡散衝撃電流手榴弾です。マスターでも扱える武装ですが、我々にも被害が及ぶので、遠くに投げてください」

「えっ、ちょ、ええっ!?」


 訳がわからないまま、ユリがピンを抜いてしまう。これを投げたら、広範囲に衝撃が広がってゴーレムを破壊できるらしい。けれど同時に、彼らと同じ機械であるユリたちもダメージを受けてしまう。

 突然そんな武器を渡されて混乱してしまうけれど、彼女も僕を信じて託してくれたのだ。僕は前方のゴーレムが集まっている場所に向かってそれを投擲した。


「投げたよ!」

「3秒後に爆発します!」


 3、2、1――。

 光芒一閃。目を焼く眩い光が周囲に広がる。

 それだけと言ってしまえばそれだけ。派手な音もないし、衝撃も伝わってこない。いささか拍子抜けの感触を抱きながら恐る恐る目を開き、僕は愕然とした。


「うわ、ぁ……っ!?」


 そこに広がっていたのはガラクタの山だった。ゴーレムだったものが粉々に砕けて崩れ落ちている。


「こ、こんな威力が……」

「機装兵や機械限定ですし、防護措置を行なっているものには効果がありませんが。ひとまず、これで足止めはできるでしょう。アヤメ!」

「特殊破壊兵装“万物崩壊の破城籠手”――完全展開」


 ユリがアヤメを呼ぶ。返事の代わりに返ってきたのは、粉々になって吹き飛ばされた製造用自律機械だった。

 巨大な籠手を携えたアヤメがこちらに駆け寄ってくる。その背後から、無数のゴーレムが追いかけてくる。僕は足元を流れていた武器の中から新しい手榴弾を拾い、アヤメの向こうに向かって思い切り投げた。

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